戦巫女のひみつ
シルバー騎士団のフェリスとケイトが放った『サン・ジャステス』の攻撃力は凄まじかった。それは砂漠に照りつける太陽の光を利用した攻撃で、ドラゴン『ペルガモン』から、相当の体力を奪った。一撃で8000ポイント以上のポイントを獲得することができた。しかし、その反撃を受けてしまってフェリスもケイトもヒットポイントが0となってしまった。
それはすなわち、このアイアンデュエルの失格を意味する。実際のダメージでも、二人共大怪我をしていた。フェリスはドラゴンの攻撃で肋骨を折り、ケイトは左腕を折ってしまった。担架で運ばれていくフェリスに、うなだれてついて行く部下のケイト。
「フェリス大尉」
「あ、葵様……」
運営の救急馬車に運ばれていくフェリスに葵が話しかけた。驚いて起き上がろうとするフェリスを葵が片手で制する。
「そのままでよい」
「す、すみません……」
葵の心遣いに甘えるフェリス。実際、肋骨の何本かが損傷して。体を動かすと激痛に見舞われるのだ。葵はそんなフェリスとケイトの痛々しい姿を慈愛の目で見る。
「大尉、よく戦った。お礼を申す」
「葵様、そんなもったいない……」
フェリスとケイトは第3王子の公妃である葵に頭を下げられて恐縮する。葵は知っていた。自分が出場することで、軍がサポート役に回ったことを。それは葵には屈辱的なことであったが、立場上、受け入れるしかなかった。下馬評では、葵は3番手に位置づけられており、2回戦で消えるだろうとまで予想されていた。
だが、ここまでの結果はその予想を覆していた。トータルでもトップを走っている。戦いぶりも安定しており、今は優勝候補の一角になっている。
「大尉たちがペルガモンのヒットポイントを使わなければ、もっと脱落者がいたことだろう。大尉たちの武勲は語り継がれる。フェリス大尉。早く傷を癒して軍に復帰してくれ」
「も、もったいのうございます」
「うむ。大尉たちのためにも、私が優勝せねばな」
担架が動き出す。フェリスは両手で顔を覆う。葵の言葉に感激して涙が溢れてくるのだ。それはとめどなく流れていく。左腕を三角巾でつったケイトが感動して、フェリスに話しかける。
「隊長、あの方はやっぱり勇者です」
「ああ……。ご結婚され、お子様がいても勇者は勇者だ。軍はあの方の実力を見誤った……」
ペルガモン王国が出場させた4組のうち、この2回戦で2組が脱落した。優勝候補と言われた巨人族ペアが負け、葵のサポート役の任務を受けたフェリスたちが退場となった。これはペルガモン王国としては、予想外の結果であった。
「おい、どうしたんだ?」
キル子たちを収容し、休養地であるオアシス目指して移動の準備をしていた頃、右京は砂丘の影で蹲っている人影を見つけた。一人が倒れていて、もうひとりが介抱している。
「満天が急に倒れて……」
那の国の戦巫女たちである。ドラゴンとの戦いにかろうじて間に合い、失格は免れたものの、戦う前から体調が悪かったのだろう。倒れている満天と呼ばれている方は、ぐったりとしている。戦巫女は顔の下半分を白い布で覆っている。
長い髪もすっぽりと白い布で覆っているから、表情は分からない。ただ、閉じた目を見るだけでもかなりの美少女だと想像できる。これは帰蝶の方も同じである。
「熱中症だろうな。たぶん」
「顔半分が赤いでゲロ。汗もかいているでゲロ。間違いないでゲロ」
「ゲロ子、あれを出せ」
「伊勢崎ウォーターでゲロ」
ゲロ子がポシェットから(にゅっ)と取り出したのは、右京特製のスポーツドリンク。クロアからもらった魔法のポシェットである。これは指定した食料庫に魔法陣を描いておけば、その場所から品物を取り出せるアイテムなのだ。
「これを飲ませてやれ」
「え? いいんですか? 私たちはあなたのチームのライバルじゃ……」
「困ったときはお互い様さ」
帰蝶はボトルの蓋を開ける。そして、右京から隠すように満天の顔を覆っている布をめくって、口にボトル口をあてる。
「うっ……ううう……」
水の反応を感じて満天が吸う。唇に水分が染み渡ると目は閉じながらも、ごくごくと飲み始めた。意識がはっきりしない状態でも水を求める本能は失われないらしい。
「君も飲んだ方がいい……」
右京が帰蝶にそっとボトルを差し出した。慌てて満天の顔の覆いを被せる帰蝶。差し出されたボトルを受け取る。帰蝶も先程から頭痛を感じてきた。体が水分を欲していたが、水を飲んでも体に吸収されない感覚にとらわれていた。熱中症の一歩手前である。
渡されたボトルの液体を飲み、満天の様子が落ち着いてきた。『伊勢崎ウォーター』の中身が何なのか分からなかったが、薬か何かであろうと帰蝶は思った。そこでボトルに口を付ける。
(つ、冷たい……)
ひんやりとした感触とレモン果汁の味と香り。砂漠の暑い環境で、戦闘を行った直後の乾ききった体に染み渡っていく。
「うう、うぐっ……ごくごく、ごくん」
右京から顔を背けて、口元を隠す布を上げて、無我夢中で飲み干す帰蝶。
「君たちのサポートチームは遅れているみたいだな」
「昨晩、馬車の車輪が壊れて立ち往生している。私たちは何とか間に合ったが、まだ、ここには到着していないみたいだ」
那の国の戦巫女を輩出している神社。護国神社によるサポートチームは、昨夜のトラブルで到着していないのだ。この砂漠での戦いはあまりに過酷なので、見学客は近くのオアシスで観戦しているくらいだ。
「よかったら、俺たちのチームの馬車に乗っていかないか。支援チームもまだ来ないみたいだし、ここにいたら死んでしまう」
「む、無用じゃ……。これ以上、ライバルの世話になるわけには……」
「う……うううっ……」
「……」
気を失っている満天がうなされているのを見て帰蝶は沈黙した。伊勢崎ウォーターを飲んで回復しつつあるとはいえ、気温は50℃近くに達する砂漠だ。1時間もいたら命にかかわるだろう。
「まあ、そう遠慮するなよ。このアイアンデュエルは確かに競技だけど、あの強大なターゲットは、みんなで協力しないと倒せないだろう。ここでこれ以上、出場者を脱落させるのは俺たちにとってもマイナスなんだ」
「主様、うまいこと言うでゲロ」
ゲロ子が腕組みをしてうんうんと頷く。帰蝶も右京の申し出を断るリスクは分かっている。要するにプライドが邪魔をしていたのだ。右京の申し出にその障害も小さくなる。
「そ、そういうことなら……。オアシスまでお願いする」
「それじゃ、さっそく」
「気をつけてくれよ」
右京は帰蝶に膝枕してぐったりしている満天をひょいと抱き抱えた。顔は下半分が布で覆われているのでよくわからないが、まだ若い女の子だ。目だけ出しているから、格好だけなら帰蝶と区別がつかない。戦巫女の戦闘スタイルである上着が白の着物調、下が赤い袴姿はまさに日本の巫女さんのコスチュームだ。
違うのは白い革ブーツを履いていること。大正時代のハイカラな女子学生のような出で立ちである。
帰蝶もトコトコと付いてくるので、このまま、右京たちの支援チームの馬車に案内する。ハンナに満天の介抱を頼んだ。オアシスにいけば、彼女らのサポートチームも到着するであろう。
参加チームはどこもオアシスを目指していた。次の目標地点に行くまでにそこで休憩をするのだ。次のポイントまでは2日間の距離があり、また、日程的にオアシスでは十分な休息を取ることができることになっていた。休憩時間は12時間程。
選手はここでサポートチームと合流して、十分に休んで次の戦地に向かうのだ。
「しかし、主様はとことん、女に甘いでゲロ」
「さっき、言ったろ。このアイアンデュエルは協力も必要だと」
「それでもあの戦巫女はライバルでも強力過ぎるでゲロ。放っておけば脱落したでゲロ」
「ゲロ子、お前は相変わらず、器の小さな奴だな」
「小さいでゲロ。ゲロ子の身長は15センチでゲロ」
「そういうことではない」
「それに主様、気をつけるでゲロ」
「何をだ?」
右京の心は既に遠くに見えてきたオアシスの森にある。広大な砂漠地帯の真ん中にぽつんと500m四方の森が出現する。オアシスとは、砂漠などの乾燥地域にある淡水が存在する場所だ。
このペルガモン砂漠のオアシスはいくつか存在するが、右京たちが目指しているオアシスはその中でも小規模な部類に入る。地下水が湧き出す泉の周りに森ができている。地下水は豊富な水量で100mほどのプールのような泉を作っていた。
「戦巫女には変わった掟があって……。主様、聞いていないでゲロ?」
先に到着したチームが泉に飛び込んで騒いでいる声が聞こえてくる。この暑さだ。水に飛び込む気持ちは分からなくはない。というより、右京は心待ちにしていた。何しろ、息をするのも苦しい暑さなのだ。




