砂漠の戦い
砂漠での移動は夜から涼しい朝にかけて行うのが正しい行動だ。夜は暗くて周りが見えないんじゃないかと思うが、雲ひとつ出ていないので月が煌々と砂漠を照らしている。そして、この異世界では2つの月を見ることができる。
気温の差が激しく、昼間は50℃近くまで気温が上昇するが、夜は一気に冷え込む。これは乾燥しているために熱を保温することができず、一気に上空へ拡散してしまうためだ。雲もないから放射冷却が進んでしまう。
このペルガモンの砂漠地帯の夜は10℃ほどまで下がる。服を着込まないと寒い。そんな中を走っているキル子と瑠子。順調に行けば、午前中にはドラゴン遭遇ポイントまでたどり着ける。他の参加者も同じようなスピードで移動していることだろう。
ギュルギュルル……。クシュン……。
瑠子の乗る機械馬から異音がし始めた。機械馬といっても蒸気機関で動くオートバイみたいなものである。2つの車輪を蒸気で押し下げられたピストンの上下運動が、回転運動に変えて動かすのだ。ここまで順調に走ってきたのに思わぬトラブルである。
そしてついには動かなくなってしまった。もうすぐ夜が明けるという時間帯である。瑠子はエドに教えられたメテナンス帳をめくったが、全然分からない。
「あ~ん。こんなの全然わからないよ~」
そりゃそうだ。こんな機械馬はこの世界には1台しかない。カラクリが得意なドワーフの武器デザイナーが思いついたアイテムなのだから。
「どうする。ここで立ち往生していては、戦いに間に合わないぞ」
一番いいのはサポートチームにここまで来てもらって、機械馬を回収。予備の茶色の馬を使って移動を再開することだろう。クロに2人乗って長距離移動はさすがに無理だ。それにここに瑠子を置いていくわけにはいかない。ペアの脱落は長丁場のこのアイアンデュエルの棄権につながるからだ。
「照明弾を上げる」
キル子が赤い照明弾に火を付けた。それはシュルシュルと音を立てて、3発の音を出して夜空に輝いた。赤はキル子たちのチームを表す。サポートチームは近道を使って先回りしており、緊急事態を察してやってくるだろう。ここからなら近いはずだ。
2時間ほどで右京が率いるメンテナンス部隊がやって来た。エドが機械馬を見たが、すぐに故障の原因が分からない。とりあえず、瑠子には茶色の馬に乗り代えてもらい、移動を再開する。既に太陽が昇り、気温がジリジリと上昇し始める。
「とんだハプニングだったな。エド、原因は分かるか?」
右京はある程度は予想していた。サファリラリーとか、パリーダカールラリーなんてレースだと途中でマシンの故障なんて当たり前に起こる。この魔法技術が発達した世界でも、自然の驚異は同じなのだ。
「おそらく、細かい砂がエンジン内に入って故障したのだろう。今、見ただけでもピストンが砂の抵抗で破損しているし、蒸気管のいくつかに穴が空いている」
「直るのか?」
「部品を取り替えればとりあえず動くかもしれないが、この砂漠地帯を走れば同じことになるだろう」
「う~ん」
太陽が照りつける。メンテナンス部隊は2台の馬車だが、砂の上を移動できるよう太いタイヤである。それを2頭の馬で引っ張るが、道を外れたら砂に埋まってしまう。さらに馬は暑さに弱く、長時間の移動に耐えられない。早くサポート隊の本体に合流しないと遭難してしまう。
(キル子たち、大丈夫かな)
ここから2時間いったところが2回戦の戦場だ。そこまで瑠子の馬がもつかである。
戦場には既に6組のチームがたどりついていた。だが、どう攻めてよいか攻めあぐねていた。なぜなら、ドラゴン、ペルガモンはまるで蟻地獄のようなすり鉢状の穴の中央に陣取っていたのだ。すり鉢状の淵から様子を伺う6組の戦士たち。
「葵様、どうしたものでしょうか……」
「うむ。難しいな。このすり鉢状では馬を使って移動することは困難だ。突撃すれば足を取られて、ドラゴンの攻撃射程内にご案内となる」
葵は大きな瞳を少し細めて、ドラゴンと周りの様子を伺う。他のチームも考えているようだが、葵よりも有利なチームも存在する。
空を飛ぶロック鳥に乗る鬼族のカーラとミスト。長距離攻撃を得意とするシルバー騎士団のフェリスとケイト。魔法の弓矢の攻撃が主体のエルフ姉妹である。だが、攻撃しないのを見ると様子を伺っているようだ。
それもそのはずで、単独で攻撃するとドラゴンの反撃が集中するからだ。特に長距離攻撃は、近接攻撃する者がいて、初めて効果を現す。単独で攻撃すると狙撃ポイントを知られて一瞬でドラゴンの反撃を受ける。
「アルフェッタお姉さま。攻撃しまひょ。これ以上、待っておっても、誰も口火をきろうとしまへんわ」
「そうですやろか……。上空にいてはる鬼族の方々が攻撃しなはるんとちゃう?」
「お姉さま、待っておってもあきまへん。我ら姉妹のポイントはえろう低うおます。ここは先制攻撃するのが吉やおまへん?」
「ジュリエッタ、それならわてらで口火を切りまひょ」
姉のアルフェッタは背中に背負ったロングボウを手に取った。エルフ姉妹の武器はすべて弓矢系。ロングボウにショートボウ、それにクロスボウである。すべて魔法を付与した矢で攻撃するのだ。
「このすり鉢状の淵から撃ち下ろせば、威力は倍増するでおます」
「凍てつけ! 氷の刃!」
「コールド・アロー」
「コールド・アロー」
エルフ姉妹が放った氷の矢がペルガモンの体に突き刺さる。これが戦闘の合図となった。上空に舞っていたロック鳥に乗っていた鬼族のカーラとミストも槍を振りかざし、降下する。
「うらうらうらーっ! やっとエルフの姉ちゃん達が攻撃したズラ!」
「ミスト、行くズラ!」
カーラとミストが急降下して、クロスするように急上昇する。その間にドラゴンの体に数箇所を突き刺した。だが、1回戦のように体に刺さらない。硬くなったウロコはまるで鋼鉄のような硬さで、鬼族の槍の攻撃を受け付けない。
「手がしびれるズラ!」
「2回戦でこの防御力、先を思いやられるズラ」
ドラゴン『ペルガモン』は戦いの回数が増えれば増えるほど、防御力が強化されていくのだ。ウロコの硬度も引き上げられて、より武器の性能が問われるようになってくる。
「戦いは始まったようだな、ケイト上等兵」
「はい、フェリス大尉」
「今回の攻撃目標はすり鉢の中心。目標点を固定すればいい。お前の石弓と私の投石器で大ダメージを与えてくれよう」
ペルガモン王国シルバー騎士団の小隊長を務めるフェリスは28歳の女性。いつもは白銀に輝く鎧を着用しているが、ここは砂漠。そんな装備だと一瞬で熱中症になってしまう。そこで砂漠専用の軍服を着ている。
砂の色と同じ柄の迷彩服。ダブダブのズボンに長袖シャツ。ベレー帽のようなものを頭に乗せている。長いブルーの髪を編んで一まとめにしてサングラスをかけている。ケイトは赤髪のおかっぱ頭。こちらはメガネをかけている。
「てーっ!」
隊長フェリスの命令で発射される石弓と投石器。投石器には刺を生やした鉄球が装備されていた。これが弧を描いてすり鉢状の穴の中心へ落ちていく。防御力の上がったドラゴンも高高度から落ちてくる鉄球と巨大な弓矢には対応しきれない。
「隊長、命中したようです。今の攻撃で800ダメージを与えました。これはいけるんじゃないでしょうか!」
ケイトがはしゃいだ。一撃で800ダメージである。この2回戦で大幅にポイントを稼げる予感がした。この場所はドラゴンの死角になっており、一方的に攻撃を加えることができる。攻撃し続けるだけでポイントがガバガバ入ってくる状況だ。
(これは大チャンス! 撃って撃って、撃ちまくる!)
ドラゴン『ペルガモン』は再び飛んできた鉄球によるダメージを受けた。鋭い目で上空を見上げ、放物線を描いて飛んできた鉄球と矢を思い起こす。そして呪文を唱え始めた。そう、高レベルドラゴンは魔法を使いこなすのだ。
「隊長! メテオストライクが来ます!」
「なに!?」
フェリスが上空を見上げると燃え盛った隕石がいくつも上空に浮かんでいる。本物なら町に空襲をおこなうことができる上級魔法である。バーチャルモンスターが唱えるメテオストライクはせいぜい、陣地を破壊することぐらいである。
「しまった!」
投石器も石弓も移動式の砲台から発射している。一発攻撃する毎に移動して発射位置を悟らせないのが鉄則であったのに、思わぬダメージを与えることができて、つい、連続攻撃を命じてしまった。ペルガモンはそのうかつさを見逃さなかった。
ドゴーン! ドゴーン!
遠くに聞こえる雷鳴かと各選手は思ったが、攻撃されたフェリスとケイトは吹き飛ばされて、砂の地面に転げ回った。
「隊長……。石弓完全に破壊されました……。私のヒットポイント、残り100切ってます」
「くっ……。一撃だな。投石器も破壊されたが、まだ、こちらには切り札がある」
フェリス隊長の残りヒットポイントは85。今の一撃でほとんどのポイントを奪われた。だが、最後まで0にならなければ、選手は次の戦いまでに回復することができる。ポイントを失わないことが重要なのである。それでもフェリスは胸に違和感を覚えていた。そらく、投げ出された衝撃で肋骨が折れたのだと思った。重傷である。
「ケイト、あれを使うぞ!」
「た、隊長。まだ早すぎますよ。今回は逃げ回って時間を稼ぎましょう。そうしないとここで終わってしまいます」
「だめだ。ここで使わなければ、使えなくなる」
「隊長……」
ケイト上等兵はフェリス隊長の姿を見て、確信した。自分たちの戦いはここで終わるかも知れないということだ。
「分かりました。すぐに準備します」
「くそ! 負けてなるものか……。せめて、奴に大ダメージを与えて、ペルガモン軍の強さを知らせねば……」
フェリスはこの戦いに参加するよう命令された1ヶ月前のことを思い出した。