ハンナのひとりごと3
ハンナ・アビーです。誰? と思われるかもしれません。伊勢崎ウェポンディーラーズで店員をしています。15歳のちょっと地味な女の子です。
「ハンナ、ちょっと話がある」
お店が終わって右京さんに呼び止められました。私の心臓はドキドキします。
(なぜって?)
決まっているでしょう。ペルガモン王国に行けるかもしれないって思うからです。
実は数日前から伊勢崎ウェポンディーラーズの従業員の間では、噂になっていました。右京さんが、霧子さんをサポートしてあの『アイアンデュエル』に参加することをみんな知っていたからです。
そうなるとお店の従業員からサポートチームに何人かが選ばれるはずです。私はまだ一人前ではないけれど、このチャンスを生かしたいと思っていました。なぜなら、私は遠くへ旅行に行ったことがないからです。
ペルガモン王国は私の国オーフェリアよりも西にあります。イヅモの町からは馬車で1週間も離れた国です。とても綺麗な国だと噂されています。
もし、このアイアンデュエルのサポートメンバーに選ばれたら、その外国に行けるのです。私は心の中で(行きたいなあ……)と何度もつぶやいてここ数日過ごしていました。
「行きたいなあ……」
お客さんがいなくなるとつい言葉にも出てしまいます。だからと言って、お仕事は手を抜いていません。伊勢崎ウェポンディーラーズでは、セールス担当として、冒険者さんに買い取った武器の販売をしています。
今日も目標設定以上の売り上げを達成しました。私をライバル視するアマデオさんに負けるものかと頑張った結果です。
「ハンナ、ペルガモン王国へ来てくれないか?」
(キター! キター!)
私の心は踊ります。くるくる回ってお辞儀をし、軽くステップを踏んで次のパートナーの手を取ります。
「は、はい! 喜んで!」
右京さんが言うには、サポート隊の中で主に霧子さん、瑠子さんの世話を任せたいとのことでした。そういう仕事は私、すごく得意なんです!
(任せてください! 右京さん)
ペルガモン王国は噂以上に素敵なところです。首都テーベはオーフェリア王国の都、アマガハラと同じくらいの大きな町です。食べ物も変わっていて、香辛料が効いたスパイシーなものが多いです。あと、南国らしくフルーツも豊富です。
サポート隊は食料を買い込むとショートカットして第1回戦の戦いの場である、草原地帯へ向かいました。ここで問題がおきます。
「ハ、ハンナさん!」
「ア、アマデオさん!」
サポートチームに私の永遠のライバル、アマデオさんが参加していたのです。アマデオさんは新品武器を売るイヅモ武器ギルドの御曹司さんです。自ら伊勢崎ショッピングモールに店を出し、私たちの伊勢崎ウェポンディーラーズと激しい売上競争をしているのです。
そんなライバルのアマデオさんが、サポートチームで一緒に仕事をするというのです。
「ご、ごほん……。ハンナさん。いつもは商売敵だけど、ここでは協力し合う関係。一緒に頑張って、アイアンデュエルをチームとして優勝を勝ち取りましょう」
そう言って右手を差し出します。
(なるほど。今は休戦ということですね)
私も手を差し出し、一応握手をします。今だけは日頃のライバル心を忘れて、一緒に協力して差し上げましょう。それが伊勢崎ウェポンディーラーズの売上増につながるのでしたら。
「あれ? なんで泣いてるんですか?」
私の手を両手で握り締め、涙をボロボロ流しているアマデオさん。
(なんだか怖いですよ~)
昨日、テーベの町の神殿で大会の安全祈願をしました。その時にアマデオさんは、おみくじを引いて、『大吉』を引いたと大喜びしていたのに、内容を読んで落ち込んでいたから、そのことでも思い出したのでしょう。ちなみに私は『小吉』でした。
アマデオさんのおみくじ
金運……収穫の時、どんどんと増える
健康運……病気にならない。すこぶる元気
恋愛運……前進するも、なぜか気づかれない
結婚運……運命の人は変わらじ。粘り強く
金運がすごいですね。アマデオさん、お金持ちなのに益々、お金持ちになります。
恋愛運の『なぜか気づかれない』ってなんでしょう。お相手の女性、相当に鈍いようです。あんな分かりやすい人に迫られて、気づかれないってどんな人でしょうね。顔を見てみたいです。
ちなみに私のおみくじ
金運……そこそこ。ボーナスが入る
健康運……疲れやすい
恋愛運……相手が自爆する
結婚運……落ち着いてよく見ること
(恋愛運に相手が自爆ってなんでしょうね。笑ってしまいます。私の未来の恋のお相手はちょっと、おばかさんな方のようです)
アマデオさんの仕事は、サポートチームの運営全般に関わることです。これは10台もある大小様々な馬車の運行計画、サポート基地の設営、食料、水の調達などです。これは結構大変な仕事です。右京さんは選手の武器のメンテナンス、体調管理、宣伝などをやっています。
私の仕事は霧子さんや瑠子さんの生活面でのサポートですから、右京さんが上司ということになるのですが、なぜか、アマデオさんが現れます。今日も、霧子さんや瑠子さんに持たせる携帯食の準備をしていると、食材を持ってきたと言って私のところへやってきました。そんなことは他の人にやらせればよいのにと思ってしまいます。
「ハンナさん、要求通りにチョコレートと水飴と砂糖、ハチミツとアーモンド、ピーナッツを持ってきたが、一体、何を作るのです?」
アマデオさんが持ってきたのは、右京さんに教わったスペシャル携帯食の材料です。夜通し走る霧子さん、瑠子さんのためのエネルギー補給に今から作るのです。
1時間後に、霧子さんはクロに乗って、瑠子さんは蒸気で動く不思議な馬に乗って出発する予定です。平原地帯を夜通し走るそうで、走りながら簡単にエネルギー補給ができる食事ということで、右京さんが考案したものなのです。レシピはばっちり、私の頭の中に入っています。
「まあ、見ててください」
私はアマデオさんに自慢したくて、調理過程を見せてあげることにしました。するとアマデオさん、手にもった紙袋を私に渡します。
「ハ、ハンニャ……いや、ハンナさん。調理をするならこれを……」
(なんでしょう? 急にかんじゃって)
恐る恐る中を開けると白いフリフリのついたエプロンが入っていました。調理するのに使えということでしょうか。
(あ!)
今使っているエプロンは古いので、不衛生ということで、これに変えろということですか! 失礼な! 確かに古くてちょっとシミもあるけど、ちゃんと洗っています!
「大丈夫です。このエプロンはちゃんと洗ってあります」
「いや、そういうことじゃなくて……プ……プレ……」
(プレ?)
「プレゼント!」
「プレゼント? 私に?」
コクン、コクンと頷くアマデオさん。なぜ、私にプレゼントをくれるのでしょうか?
(はっ! まさか、ライバルの私を取り込む作戦ですか!?)
「せっかくですけど、遠慮させていただきます」
「そ、そんな~。これを君に着てもらうのが夢だったのに~」
目から涙が流れ出るアマデオさん。賄賂が渡せないだけで、泣くってどんなけ、残念なんですか! 仕方ないので受け取ることにしました。よく考えたら、この程度で私が買収されるわけがありません。
それにしても、着てみると何だか新妻になったようなエプロンです。こういうふりふりなのは好きですけど、ちょっと私にはまだ早いような……。
(あら、アマデオさん。先程よりも涙をボロボロと流しています。どうしてですか!)
泣いているアマデオさんを慰める時間はありません。私はすぐに右京さんに教えてもらったスペシャル携帯食を作ります。まずはヌガー作りです。ヌガーとは、水飴と砂糖を煮詰めて作ったものにアーモンドやピーナツを入れたものです。右京さんに教えてもらった時には、こんな食べ物があるのかと驚きました。そりゃ、キャンディとかは知っていましたよ。でも柔らかいキャンディなんて知らなかった。
これが意外と美味しいのです。まずは水飴と砂糖を弱火で煮詰めます。ここへはちみつを加えるのがコツ。絶対に焦がしてはいけません。ここへアーモンドとピーナッツを粗く砕いたものを混ぜ込みます。
「それはなんです?」
泣いていたアマデオさんが立ち直ったのか、私の取り出したものを見て不思議そうに尋ねました。
(めんどくさい人です。意味不明な理由でずっと泣いてくれていていいのに)
アマデオさんが食いついたのは、直方体をした金型。実はカイルさんに作ってもらったものです。ここに作ったヌガーを入れてチョコレートを流し込むのです。
「アマデオさんも手伝ってください」
湯煎で溶かしたチョコレートはすぐに固まってしまいます。金型は6個あります。アマデオさんに手伝ってもらって3個ずつに流し込みました。ライバルといえでも猫の手も借りたいですから。まあ、アマデオさんは猫よりは役立ちますけどね。
「あら? アマデオさん、鼻にチョコレートが……」
慌てて入れたのでチョコレートが跳ねたのでしょう。熱くなかったのでしょうか?
私は人差し指でアマデオさんの鼻を拭いました。美味しそうなチョコレートです。思わず、そっと舐めてしまいました。私としたことが貧乏症です!
「うううう……」
アマデオさんがうずくまりました。私に触られたことがショックだったのでしょうか?
この程度で落ち込むとは精神の弱い人です。ちょっと、心外だけどこれからは勝負の前に触って落ち込ませてあげましょう。そうすれば私の勝利は決まったも同然です。
アマデオさんは放っておいて、私は慌てて6個の金型を氷で冷やします。氷の中に金型を入れるのです。冷やすと固まったチョコレートが取り出せます。
「これが特製、伊勢崎チョコレートバー!」
コロンと金型から取り出された四角柱の物体。チョコレートで分厚くコーティングされ、中はソフトヌガーとアーモンド、ピーナッツがぎっしり入ったチョコレートバーです。これを銀紙に包みます。これなら、移動中も片手で食べることができます。
「はい、完成です!」
突然、ガバッとアマデオさんが後ろから抱きついてきました。
(な、なんですとー)
「ハ、ハンナさ……ん、僕の……つ……」
ピーッ。
「まになってくれ!」
けたたましい音が馬車の調理室に鳴り響きました。お湯を沸かしていたのが湧いたようです。アマデオさん、先ほどの仕返しに実力行使できたようです。私を後ろから羽交い締めにして、やっつけようとしているのです。
ところがどっこい。こういう時の対処法をネイさんから教えてもらっています。両手を握って大きく振り上げ、右肘で相手のみぞおち目掛けて突き立てます。
「うっ!」
「アマデオさん、まだまだですね!」
後ろへ倒れたアマデオさん。格闘でも負けません。
「ち、違うんだ! 僕のおよ……」
何とか体制を立て直したアマデオさん。今度は私を壁に追い詰めて、右手でドンと壁を突きました。
「めさんになってください!」
「うおおおおおおん!」
「プシュー、ボボボボ……」
何か叫んだアマデオさん。でも、出発前のクロの吠え声と機械馬のエンジン音で聞こえませんでした。私を壁に追い詰めて何がしたいのでしょう? 先ほどの肘打ちの仕返しでしょうか。それなら今はボディがガラ空きです。
「うっ!」
私の拳がアマデオさんのお腹にめり込みました。
「そ、そんな~っ」
「アマデオさん、選手が出発してしまうでしょう! あなたの格闘の相手なんかしている暇はないのです。選手が出発したら、いつでも受けて差し上げますわ! これでも私、ネイさんに格闘術を習っているのですから!」
「か、格闘……ううう……」
ばたりと倒れるアマデオさん。彼に構っている暇はありません。すぐにチョコレートバーを霧子さんと瑠子さんに渡さねば……。
負けるなアマデオ、めげるなアマデオ。
君の純情はいつかニブチン娘にも伝わるはず……?
恋愛運……前進するが、なぜか気づかれない。
虚しいでゲロ。




