草原での戦い
いきなり、1回戦?
早く始めんとだらだら展開になってしまうのでw
ニケの話やアマデオ君の話とか・・いろいろと端折ってますが、そのうち語ります。
「はっ、はっ、はっ……」
草原地帯を駆け抜ける黒い影。そしてそれを追いかけるようにガシャン、ガシャンという無機質な音。朝焼けの光が広い草原を照らす。ここはペルガモン王国のテフサの草原。見渡す限り、放牧地が広がる。
「クロ、よく頑張った。どうやら間に合ったようだ」
大きな黒い犬にまたがったキル子。クロの歩みを止める。後方でブシューと蒸気が噴出する音がして相棒の機械馬も停止した。ペルガモンの首都から走りに走って100kmの地点。昨夜の夜7時にアイアンデュエルは首都テーベでスタートを切った。
この時点で出場者の正式発表はされてない。主催国であるペルガモンから4組。那の国から2組。オーフェリア王国から2組が出場していることしか分からないのだ。出場者8組のスタート地点はそれぞれ違い、お互いに顔も見ていない。
選手は第1ステージである100km先の草原地帯に向かい、そこでドラゴンと戦うのだ。ドラゴンが逃げ去る前に到着できなければ、それだけで脱落するのだ。
「瑠子、どうやらあたしらが最初に到着したみたいだ」
「疲れ知らずの黄泉の世界の犬と機械馬ですからね。夜通し走ってこの時間に到着なんて、想定外なんでしょう」
草原の中央にドラゴンが翼を休めている。幻術士が召喚した赤龍ペルガモンである。その力は強大で、幻術士が召喚したバーチャルリアルモンスターとはいえ、威圧感はひしひしと感じる。
「体力は999999。笑っちゃうくらいあるね」
「ドラゴンの体力は原則回復しないんだ。7日間で0にすればいいんだろ」
「瑠子たちの体力が0にならなきゃね」
このアイアンデュエルのルールだ。出場選手のHPは10000と一律である。選手は1日休むと失われた体力が回復する。これはポイント上の回復だが、実際の体力は選手をサポートするチームによって回復することができる。いくらポイントが残っていても、出場選手の実際の体力がなくなればそれでリタイヤとなる。このアイアンデュエルならではのルールと言える。
「まだ、他の選手は到着していないがどうする?」
キル子は瑠子にそう確認した。到着した後、他の選手を待ってから攻撃するか、すぐ攻撃するかは最初に到着した選手の判断となる。ドラゴンに対する最初のファーストアタックから1時間でドラゴンは次のステージの場所へ移動するのだ。
「そんなの決まっているじゃない!」
瑠子は両肩の『全自動ロケットアロー』の照準を合わせる。それを見てキル子も魔法弾の玉をスリングに包み込むと、それを頭上で回し始める。先制攻撃を開始する意味は、まだ到着していない他の選手に対するプレッシャーになる。戦闘開始から1時間以内に到着しなければ、それで失格になるからだ。
ただ、他の選手がいないということは攻撃力が十分でないということにもなる。また、当然ながらドラゴンの攻撃は集中する。
「いけーっ!」
バスンバスン……。
鈍い音を立てて、白い煙とともに鉄の太い串が一直線にドラゴンに向かう。瑠子の放った全自動ロケットアローだ。両肩に付けられた発射ユニットから、太い鉄の針が飛び出す。それがドラゴンの硬いウロコを突き破り、柔らかい皮膚まで届いた。緑色の血が噴き出す。
ギャオオオオオオオオッ……。
寝ていたところに不意を突かれて、ドラゴンが天に向かって吠えた。
「瑠子だけに活躍はさせない」
ブンブンと頭上でスリングを振り回すキル子。タイミングよく片方の紐を外すと、革に包まれた魔法弾が飛び出す。それは猛スピードで巨大なドラゴンの体に当たる。
ドゴーン!
大爆発ともに黒い煙が上がる。そして炎がドラゴンの皮膚を焼く。1発で500Gが吹き飛ぶ攻撃だ。
たぶん、この様子を見ているであろう右京の顔が引きつる様子が想像できる。
「来るぞ!」
不意をつかれたドラゴンであったが、恐ろしいまでの咆哮と射抜くような目で攻撃してきたキル子たちを睨みつけた。そして巨大な口を開けた。無数の鋭い牙が現れる。そして、喉の奥がオレンジ色に光る。
ブオーッ……。熱風が巨大な塊となって襲ってくる。そのあとには炎。バーチャルリアルモンスターであるから、実際に焼き尽くされることはないが、それは一瞬で出場者のHPを奪うほどの攻撃だ。
「クロ! 回避!」
「わおおおおおん!」
左へステップ気味に飛んでかわす。瑠子の機械馬も反応する。アクセルスロットを全開にすると、草原の地面をタイヤが食らいつき、急加速で危険地帯から離れる。
離れたところを炎が舐めまわす。草原が焼き払われ、黒々とした地面がバリカンで刈ったかのように残った。
瑠子とキル子の戦いを少し離れた小高い丘の上から眺めてる二人組がいた。一人は巨大な馬に乗った女戦士。いや、腰に装備した武器は刀なので、女侍である。手には湾曲した薙刀を持っており、源平合戦の時代に活躍した巴御前は、こんな姿だったろうという黒髪美人。年齢は30を超えた妖艶な色気を匂わせた魅力的な女性であった。
もう一人はまだ小娘と言っていい年齢である。そよ風に揺られてぴょんと跳ねたアッシュの髪が揺れる。
「やれやれ……。もう攻撃を始めてしまったようね」
「葵様、どういたしましょうか?」
「始まってしまったからには仕方がない。コゼット、私たちもいこう」
ペルガモン王国第3王子の妻で勇者をしている葵公主である。オーフェリアで大使をしている夫を残して、このアイアンデュエルに参加していた。ペアを組む相手は侍女のコゼット。葵に忠実な少女だ。
「葵様、待ってください! その馬についていくのが精一杯です。私の馬は夜通し走ったせいでバテています」
「無理もなかろう。お主の馬は私の馬と違い、普通の馬だからな。お前は後方でサポートをしてくれればよい。手にした魔法の杖で私をサポートしてくれ」
「はい、葵様」
コゼットはアッシュのくるくる巻いた髪を白いリボンで縛っている。格好はペルガモン王宮付き侍女の制服でおよそ戦いにはふさわしくない。葵は実家の『義』の国の鎧を着け黒く長い髪に白い紙で縛ってある。義の国の鎧は、日本の鎌倉時代の大鎧にソックリで、赤い糸で作られた直垂が特徴である。
そして乗っている馬は、あの右京が買い損ねた龍の馬であった。この巨大な馬は夜通し100kmの道を走り抜いても疲れた素振りもみせず、葵とともに戦闘態勢に入った。葵は手にした薙刀を振り上げた。ドラゴンの硬いウロコをものともせずに斬る。
葵の乱入でキル子や瑠子への攻撃が弱くなった。ドラゴンが狙いを葵に定めたのだ。
「どうやら、他の選手も到着していたようね。様子を窺っていたということかしら?」
「スタート地点が違うからな。だが、まだ全員が着いたわけじゃない」
ドラゴンの攻撃対象が刀をもち、巨大な馬に乗った女戦士に変わったため、瑠子とキル子は一息つけた。他にも到着した選手はいるようで、離れた場所から放物線を描くように2本の矢が放たれた。それは電撃を帯びた矢で、突き刺さると同時にドラゴンに電撃を与えるのだ。その攻撃が次々とヒットする。
「うがああああっつ」
いつの間にか2mを超す身長の大女が2人。巨大なバトルアックスを振り回して、ドラゴンの足に攻撃を加えている。巨大な鎧から腹の肉がはみ出てマフィンみたいである。だが、太っているのに動きは警戒で一つに編んだ髪の毛を振り乱し、ドラゴンの攻撃を避けている。
地上での攻撃に閉口したのか、ドラゴンは翼を広げて上空へ舞った。すかさず、キル子のスリングによる火炎弾と瑠子のアイアンニードルが襲う。電撃の矢も追撃する。葵も刀をしまうと背中にくくりつけた弓を手に持つ。
「コゼット! 魔法でサポートしなさい!」
「はい、葵様」
コゼットが魔法の杖を振る。すると葵の弓の番えた矢に冷気が帯びる。コゼットの役割は葵のサポート。特に武器に一時的な魔法を付与し、攻撃力を高めるのだ。今は矢に氷の魔法を施し、ドラゴンの体を凍らせてダメージを与えるのだ。
ギャオオオオッツ……。
電撃の矢と冷気の矢。さらにスリングによる火炎弾の攻撃が炸裂する。それに加えて、巨大な矢がドラゴンの背中に突き刺さった。その矢は3mもある。人間が放ったものとは到底考えられない。
「1発目、命中。ドラゴン、下方向へ移動。攻撃角度、1度修正」
「2発目、準備中!」
白銀の胸あてをつけた女騎士である。一人は隊長格らしく胸当てに階級章が刻まれている。金髪の長い髪が白銀のフルフェイスヘルメットから流れるように出ている。顔はフルフェイスヘルメットのせいでまったく分からない。
丘の上でうつ伏せになり、双眼鏡でドラゴンの動きを見ている。そして後方の矢の射出機に指示を与えている。フルフェイス状の兜には、伝達魔法の術式が仕込まれていて、双方向で話ができるのだ。
射出機を操作している騎士はその部下のようで、赤い髪を2つに編んでいる。こちらも顔が分からない。射出機はコンパクトな作りながらも、3本の大きな矢を発射できるようになっており、大きさは人力車くらい。一人で移動させることができる。赤い髪の騎士は、隊長格の命令でレバーを無言で引いた。
シュパ、シュバ、シュバ……。
一度に3本の巨大な矢が発射されていく。それは丘越しに放物線を描き、高度を下げたドラゴンに見事に命中した。1本は跳ね返されたが、2本は硬いウロコ越しに皮膚に突き刺さる。
ギャウウウウッ……。バーチャルモンスターながらも苦痛の叫び声を上げて怒り狂うドラゴン。まずはちょこまかと地上から攻撃をしてくる輩を排除しようと、再び、地上に降り立ったドラゴン。その巨大な尻尾を振り回し、キル子たちを追い払う。
「舞え、爆呪の札!」
無数の白い紙が竜巻のように上空に舞ったかと思うと、ドラゴンめがけて襲いかかる。その神に触れると小爆発するのだ。まるで爆竹を体に無数巻きつけて、バチバチと爆ぜつするようにドラゴンが音と煙に巻き込まれた。
白い2頭の馬に乗った女の子が2人。無数の呪符を操って攻撃しているのだ。格好は日本の袴。黒い着物に白い色の袴を着用している。髪はオレンジ色で肩に付くくらいで斜めに切りそろえ、シャギーになっている。那の国の『戦巫女』と呼ばれる職業の女性だ。戦巫女は呪符による攻撃が主であるが、式神を召喚して戦うこともあるという。
「瑠子たちの他に5組いるようね」
「じゃあ、まだ2組は到着していないということか?」
ドラゴンの攻撃を避けながら、キル子たちは続々とこのアイアンデュエルに参加するライバルの動向を伺う。この1回目の戦いは大草原がバトルフィールド。中心から半径1キロの園内に設定されている。その外側には、サポート隊が控え、また、このアイアンデュエルを見る参加ツアー客がバトルの様子を見ている。
観客は実際の戦いの様子を直に見ながらも、時折、大きなモニターに映し出される選手の姿に喝采を送っているに違いない。
「戦いが開始されて30分は経過しているわ。そろそろ、全員が揃うはずだわ」
瑠子がそう言うやいなや、新たに攻撃に加わったペアがいる。大きな鳥に乗った2人の戦士が、手にした槍でドラゴンに攻撃を加える。その姿は異形で、頭に小さな2本の角が生えている。さらに口には牙が少し見える。なんの革で作られたか分からない腰巻をつけ、上半身もその革で作られたビキニという軽装である。
「珍しい。あれは那の国の少数民族、鬼族の女性だわ」
瑠子は鳥に乗って戦っている戦士を眺める。キル子も噂には聞いていたが、目にするのは初めてであった。さらに最後の参加者が攻撃に加わった。その参加者はキル子もよく知っている人物。マフラーを首に巻き、腰の後ろに2本の短刀を付けた小柄な女の子。もっている武器は軽量化の魔法が発動している巨大な戦斧である。
「音子じゃないか!」
中村音子である。伝説の聖なる武器を勇者オーリスと探している彼女が、この大会に出ているとは意外である。音子とペアを組む戦士は見たことはないが、もっている剣はドラゴンに斬りつけるたびに、氷が飛び散る魔法剣。低温攻撃を付与したものである。
「何とか間に合った……」
「音子さんが寝坊をするからですよ」
ドラゴンに一撃を与えれば、失格とはならないがポイント的には大きく出遅れたことは間違いない。音子とペアの女性は金髪のポニーテール。白いマントごしにオーフェリア王国の騎士装束がちらりと見えた。
「グオオオッツ……」
ドラゴンが翼を広げた。そして、巨体を空中に浮かべると東に向かって飛び去った。バトル終了である。削ったポイントは1万ポイントあまり。8組の参加者による攻撃の凄まじさが分かる。




