犬に乗る女戦士
「犬に乗るのか?」
「ああ。クロはこれでも黄泉の国の番犬だからな。キル子を乗せるくらい大きくなれる」
「クロ、カモン!」
右京はクロを呼ぶとキャン、キャン鳴いて走ってきた。この犬、女性と右京だけにはなついている。女好きなのは、女好きの閻魔大王が元の飼い主であったからであろう。女性客が来ると起きてその足をスリスリして甘え、体をなでてもらってご満悦なのである。ちなみに男客は無視する。
右京の言うことを聞くのは、黄泉の国で命を助けられたので恩を感じているのだ。さすが犬である。もしかしたら、ゲロ子よりもはるかに忠実なペットかもしれない。カエルと犬じゃ、忠孝の志が違いすぎる。
「クロ、キル子を乗せて走れるくらい、大きくなれるか? 頭は1つでいいからな」
「く~ん……」
クロは右京からそう言われて、キル子を見る。賢いこのケルベロスは女好きである。キル子を背中に乗せると理解したのか、目がハートになっている。
「わんわん……」
急に興奮しだしたクロは、たちまち大きく変身した。閻魔大王によって魔力を封じられているが、任意の大きさに自分で調整できるようだ。元の姿は頭が3つあるケルベロスだが、さすがのこの世界で正体を晒すわけにはいかないので、頭は1つだと言い聞かせた。
「頭は1つでもこんなデカイ犬はいないでゲロ」
「何でもありだけど、さすがにケルベロスじゃ、いろいろと面倒なことになるからな。デカイだけなら、許容範囲だろう」
犬もいろんな種類がいるから、キル子を乗せて走るくらいの犬がいても、この世界なら許されるような気がする。さすがに頭3つで火を吹いたら、大騒ぎになるだろうが。
「何だか、カッコ悪くないか?」
キル子がクロに乗る。今のクロは400ccのオートバイ並みの大きさだ。キル子が跨ると足が着く。足の位置を固定しないと、常に太ももでクロの体を締め付けないと落ちてしまう。そこで馬に付ける鞍を取り付ける。
鞍から足を乗せる金具を垂らして、そこにキル子の足を置く。微妙な調整はいるが、これで安定して乗れるだろう。手綱はクロの首輪に手でつかむロープを取り付ける。
馬は乗り手が操作をする必要があるが、クロの場合は人間の言葉を理解するから、キル子の指示を聞いて動くことができる。馬よりもトリッキーな動きができるから、攻撃の幅が広がるのは間違いない。
「う~。やっぱり、これはカッコ悪いぞ。他の出場者は馬だろ? あたしだけ、犬じゃ笑いものになってしまう」
「何を言う、キル子。俺の世界には巨大なオオカミに乗って山を駆け抜けて、森を守るために戦う獣のお姫様がいた。今の姿はその気高く、美しい姿そのものだ」
キル子が拒否反応を示したので、右京はそう説得した。右京の世界にいたと言ったが、正確にはファンタジー物語での話だ。
「カッコ悪いのは、馬に乗ってチビったことでゲロ。あれほど、カッコ悪い姿をさらしておいて、今がカッコ悪いとか言うのはおかしいでゲロ」
(かあ~)
ゲロ子に指摘されて、とんでもない醜態をさらしたことを思い出したキル子。今もバスタオルで下半身を巻いている姿だ。クロが(はっ、はっ)と興奮して舌を出して息をしているのは、キル子の大きな生ケツが背中に乗っているからだろう。
「これで俺が手に入れたユニコーンランスを装備してみろよ。きっと、キル子はアイアンデュエルのヒロイン間違いなし」
「あ、あたしがヒロイン……」
キル子はアイアンデュエルに出場して自分が活躍する姿を妄想した。この大会は最強の女性を決める大会でもある。出場することは女戦士にとっても栄誉なのだ。馬に乗れないから、出場は辞退するしかないとキル子は思っていたので、その問題がクリアになったことは嬉しいことに違いない。右京に感謝しなくてはならない。
「あ~ん。ヒロインは瑠子ですよ。霧子ちゃんが出場できるのはよいことだけど、霧子ちゃんは、あくまでも瑠子の引き立て役なんだから……」
そうは言ったが、瑠子は瑠子でキル子が出場できることは、嬉しいことでもあった。優勝を狙っている瑠子にとって、タッグを組む相手は強力な方がいい。自分のライバルと認めているキル子なら申し分ない。
「何だか、その女が犬と我に乗ってアイアンデュエルとやらに出場するという話が進んでんでおるようじゃが……」
ずっと黙って聞いていたニケが、そう右京の上着の袖を引っ張って文句を言い始めた。
「我は九尾の狐ぞ。神の眷属たる我が、黄泉の番犬と同列に扱われ、あまつさえ、その女戦士を背に乗せることなどするわけがなかろう!」
「そこを何とかお願いするでゲロ。九尾の狐にゲロ子アイスのステッカーを貼ったら、目立つデゲロ。すごい宣伝効果でゲロ」
「だから、我は協力せぬと言っておる」
ニケは断固拒否する。そりゃそうだ。クロはペットだが、ニケは右京がこの世界の驚異に関わる人物だと見込んで観察すると言ってやってきたのだ。
「毎日のタダ飯のお礼をするべきでゲロ。それとも神の眷属は、恩も感じない薄情な奴でゲロか?」
「ふん。挑発しても無駄じゃ。神の眷属は人とは違うのじゃ。それに人が我らに貢ぐことは当然じゃ」
「人間は神様の力が借りたくて祈ったり、貢ぎ物を供えたりするするでゲロ」
「神は人の願いを叶えることはあるが、それは神の気まぐれに過ぎぬ」
ゲロ子の説得に応じそうにないニケ。アイアンデュエルには馬2頭分の移動力をエントリーすることができる。瑠子は右京の用意した茶色の馬とエドが開発した機械式戦闘馬を登録する。右京としては馬に乗れないキル子のために、クロとニケを用意してやりたい。黄泉の国の番犬、ケルベロスのクロと妖狐と称される九尾の狐ニケ。よくよく考えたら、最強の組み合わせである。
「あたし、そんな幼女に乗るのか?」
キル子はニケの姿を見てイメージが、わかないようだ。キル子は一応、ニケが九尾の狐の化けた仮の姿とは知っているが、元の姿を見たことがなかったからだ。
「我もこんなガサツな女なぞを高貴な背に乗せるわけがなかろう」
「ガサツって、口の悪いガキだな」
「まあまあ……」
キル子とニケの間で火が燃え上がりそうなので、右京が割って入った。ニケの説得は時間をかけて行うしかないという判断だ。ただ、いくら黄泉の番犬とはいえ、クロだけでは7日間戦い抜けるのは難しい。ニケの背中に乗れるのだったら、その方がいいに決まっている。
「ニケ、神は気まぐれで人を助けるのだと言ったな?」
「いかにも」
「では、気まぐれを起こすキッカケは何かないのか?」
「そんなものはない。気まぐれに理由などない」
「何か気を引く供物があれ心が動くとか……」
「ふん。人の供物など神は期待しておらぬ。この世の全てのものは神の知識の範疇にある。神の知らぬ物などない」
「ほう……。じゃあ、ニケが知らないものが供物になったら、驚いて心が動くとか?」
「そんなものないと言っとるじゃろ!」
「まあ、いいや。それさえ聞ければ今は十分だ」
「主様、なんかよいアイデアを思いついたでゲロか?」
右京のニヤニヤした表情を見てゲロ子は察したようであった。右京にはアイデアがあった。ニケの知らない供物でニケを釣ろうという作戦だ。この世界にはなくて、ニケが喜びそうなもの。右京が異世界人だからこそ知っているものだ。




