ミッションインポッシブル?
「屋敷の侵入経路は2つしか考えられない。正門及び裏門には警備兵がそれぞれ5人ずつ。屋敷を取り囲む敷地内には、警備犬3匹と警備兵10人が巡回。地上を使ってはまず捕まる」
そう今回のミッションのために集められたシーフの一人が説明を始めた。ネイの知り合いのシーフ仲間だ。全部で5人。右京が今晩のために雇ったバイトだ。一人、30Gのバイト料を支払うことにしている。
シーフたちは話を聞いて面白いと言って、どちらかというと積極的に参加してくれた。青年貴族の鼻を明かしてやりたいのと、自分のシーフとしての技術を見せつけたいという思いがそうさせたのだ。冒険者の職業の中でどうしてもシーフが軽んじられる。それをこのミッションで覆そうというのだ。
侵入経路は2つ。1つは屋敷の隣にある大きな木から屋敷の屋根へロープ伝いに侵入する方法。これだと子爵のいる部屋が3階部分にあるので近い位置に侵入できる。もう一つは地下水路を通るルート。これだと屋敷の中庭の噴水に出ることができる。
「旦那は比較的安全な地下水路で行ってください。屋根ルートはアルとダンと俺とネイで行きます。あと二人はそっちに付けますんで」
「俺も行くのか?」
「そうでゲロ。引き受けたのは主様でゲロ」
「だが、俺は商人だぜ。シーフのように隠密で行動できないし、すぐ捕まる」
「捕まるからいいでゲロ」
「何言ってるんだ?」
「ゲロゲロ……」
ゲロ子は耳をほじっている。言われれば確かにそうだ。右京は素人だからおそらくすぐ捕まる。だが、捕まることは悪いことではない。敵を引きつけ、味方を生かす捕まり方をすればいいのだ。この中のただ一人が子爵に迫り、宝石を奪えば良いのだ。その時点で勝負はこちらの勝ちなのだから。
ミッション開始は夜中の3時。これは夜も更けて敵が油断する時を見計らった。子爵は飽きっぽいから、12時開始から3時間も焦らされて、油断をするかもしれないという考えからだ。
「ネイ、よく狙え」
「分かってるのじゃ。エルフは弓が得意じゃ」
ネイと3人のシーフは、屋敷の隣にある林にいた。木に登り、その上から屋根を弓で狙う。矢にはロープが付いていて、それを伝って屋根へ移動するのだ。狙いどころは下からは見えにくい屋根の陰にあたる部分で、ここからなら下から発見されずに移動できるであろう。
「それ!」
ネイが弓を放つ。矢は弧を描き、見事に屋根に刺さった。ロープが渡される。まずは身軽なネイがそれを伝って移動する。次に頑丈なロープを張り直して3人のシーフが次々と屋根にたどり着いた。下の警備兵は全く気づいていない。
「これならいける」
3人のうち、1人は煙突から、2人はバルコニーから中に侵入する。ネイは別行動で屋根裏部屋から中へ入ることにした。屋根裏部屋へは小さな窓しかなく、ネイのような小柄な女の子じゃないと入れないのだ。
「おいおい……。水路って一番安全じゃなかったのかよ」
結構な水の流れを見て右京はシーフに一人に尋ねた。みんな上半身はだかで頭に油紙で包んだ服をくくりつけている。右京も同じ格好だ。どう見てもマヌケである。シーフの男は右京の不安にめんどくさそうに応えた。
「安全だ。何もしなくても中庭まで行けるからな。ただ、途中で水路は二手に分かれる。進むのは右の方だ。左は一部は屋敷に行くが細いパイプになってしまって人間は行けない。それ以外は川へ行ってしまうから気をつけろ」
そう言ってシーフたちは水に潜った。水の流れに任せて出発する。この勢いなら水路から中庭の噴水まで3分とかからないであろう。途中、息継ぎを1回するポイントはあるがそれでも1分ちょいは息を止めないといけないのだ。ちょっと激しい運動になる。
「ゲロゲロ……。主様、覚悟を決めるでゲロ」
「仕方ない。せいの!」
右京は潜った。水の流れに身を任せる、流れるプールのようにどんどんと流されていく。まさか、警備兵も水の中を通ってくるとは思わないだろう。ゲロ子はというと、さすがはカエル。水の中で生き生きとしている。
「気持ちいいでゲロ~っ。あれ? どっちでゲロか?」
流れに身を任せてスイスイ進むゲロ子。だが、水路は途中で2手に分かれていた。右に行くように言われていたのに、ゲロ子の奴、判断が遅れて左の方へ吸い込まれてしまったではないか。
(おい、ゲロ子、そっちじゃないぞ!)という右京の顔。
「主様~っ」というゲロ子の顔。
「ゲロ子~っ!」っと叫んでいるような右京の顔。
右京は一応、手を伸ばしたがゲロ子をつかめない。しゅっと左の水路へ流されていくゲロ子。右京はどうするか迷う暇もない。息が続かないからだ。やむを得ず、右京は右手へ進む。途中、息継ぎできるポイントで水面から顔を上げた。
「ぷっはあっ……。ちっ……ゲロ子の奴、いきなり、脱落かよ」
全く役に立たない使い魔である。先に行ったシーフ2人はとっくの昔に噴水へ移動している。ゲロ子のせいで右京も遅れてしまった。
「畜生。俺まで単独行動になってしまったじゃないか」
仕方なく、右京はまた潜った。シーフを追わないと自分ひとりで屋敷の中を探索する羽目になる。
「お館様、奴らは行動を開始したようです」
3階の部屋に陣取るアーウィン子爵は、警備隊長と執事の報告を受けている。アーウィンは30人の警備兵を計画的に配置していたが、それも侵入者を罠にかけるための作戦の一環であった。
「やっと動き出したか。まあ、予想どおりだがな。このアーウィンを焦らそうなんて100年早い。このイベントのために十分昼寝してるからね」
「さすがアーウィン様。遊びには常に全力投球」
そう言って執事が紅茶を入れる。さらの頭をスッキリさせる濃い目の紅茶をカップに注いだ。
「アーウィン様の作戦通りです。門と庭の警備が固いと読んで、ターゲットは水路と屋根から侵入をしてきました」
「やっぱりね。予想通りでつまらないね」
「一網打尽にしますか?」
「うむ。水路からの侵入先は中庭の噴水だったな」
「はい」
「噴水へ行った連中とバルコニーから室内に入った奴は拘束せよ。あとは少しだけ、泳がせておこう。いっぺんに捕まえては面白くないからね」
そう言ってアーウィンは屋敷の見取り図を広げたテーブルに、人型に型どった駒を動かす。中庭の噴水に5人の警備兵。3階にも8人を向かわせる。
アーウィンの命令で噴水に向かった警備兵が、水面に浮かび上がった2人のシーフをすぐさま拘束する。水の湧き出る床面の穴から泳いで出てきたところを捕まえたのだ。
さらにバルコニーから部屋へ入ったシーフも部屋の中全体が大きな網で覆われていることに気づいた。それがドアから様子をうかがっていた警備兵の合図で落ちて、抵抗する間もなく絡め取られた。
「子爵、噴水で2名確保、バルコニーで2名確保したとの報告が上がりました」
「届け出では、7人だったよな」
「ご主人様。正確には7人と1匹ですが」
「で、警備隊長。確保した中に商人とハーフエルフはいたか?」
警備隊長は首を振った。首謀者の2人を捕まえなければゲームを勝ったとは言えないからだ。
(おかしい……。ハーフエルフはともかく、商人の男はこういう仕事は不慣れだ。プロのシーフに同行するのが筋というもの)
アーウィン子爵は首をかしげた。行動が読めない。
そりゃそうだ。右京はゲロ子のせいで遅れて噴水に到着した。それが幸いした。2人のシーフを連行して警備兵がいなくなっていたのだ。そっと自ら上がっても誰も見とがめるものはいない。
「おーい。もう行ってしまったんですか~?」
小声で暗闇に向かって聞いてみたが反応はない。先に行ってしまったのだろう。少しくらい待っててくれてもよさそうなのに……と右京は悪態をついたが、シーフ2人は既に逮捕されていることを知らない。
服の水を絞って右京はテクテクと歩いて建物に近づく。近くのドアを開けると開いたので体を滑り込ませた。




