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伊勢崎ウェポンディーラーズ ~異世界で武器の買い取り始めました~  作者: 九重七六八
第18話 純潔の槍(ユニコーンランス)
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愛馬セフィーロ

 オーフェリア王国には騎士養成学校がある。それは9歳から入学する全寮制の学校で、入るには試験がある。試験は貴族でも平民でも平等で、あくまで能力第一主義。若い才能を集めて、国の軍事の中枢を担う騎士を育てる学校なのだ。


 貴族の子弟は、名誉を得るために。平民の子弟はこの学校を卒業して騎士となり、武勲を立てて貴族の称号を得るためにこの学校を目指した。

 

 受け入れる人数は毎年300人前後。18歳の卒業までの9年間で50人程脱落するが、250人ぐらいは騎士になるのだ。騎士の資格を得て、任官すれば正規の騎士として国から俸給がもらえる。また、瑠子のように騎士の資格をもったまま、デモンストレーターや冒険者になる者もいる。これは自由騎士と言って、国の危機には仕官して騎士としての役割を果たすが、普段は国の規則に縛られないで暮らすことができるのだ。

 

瑠子は上から命令される堅苦しい生活は嫌いなので、後者の方を選んでいるのだ。それにしても、キル子が騎士養成学校に通っていたのは初めて聞いた。瑠子と幼馴染で一緒の学校へ行っていたことは聞いていたから、てっきり、街中の小学校での話だと思っていたのだ。


「瑠子と霧子ちゃんは、9歳の時に入学した第123期生なんですよ。もちろん、その前から同じ小学校に通っていたお友達でしたけど」


 そう瑠子が懐かしそうに遠くを見る目で話している。が、急に目が虚ろになり、ぶつぶつと何やらつぶやき始めた。


「霧子ちゃんは瑠子の男を盗った、男を盗った……お菓子も盗ったし、アクセサリーも盗った……許さないんだから……」


 瑠子が言う『キル子の7つの大罪』である。


(1)5歳の時、瑠子のもっていたお菓子をキル子が全部食べてしまったこと。

(2)7歳の時、学校の運動会のかけっこでキル子に負けたこと

(3)9歳の時、テストの点でわずか1点キル子に負けたこと

(4)10歳の時、クラス委員長に立候補したけど、なぜかキル子が選ばれて、なれなかったこと。

(5)11歳の時、限定アクセサリーの最後の一個をキル子に買われたこと

(6)12歳の時に瑠子が好きだった男の子がキル子に告白したこと

(7)その時、キル子が瞬殺でその男の子を振ったこと


(何というか、瑠子は顔に似合わず粘着質だな。ちょっと怖い)


 右京でなくても、そんな小さなことをいつまで覚えてるのだと思ってしまう。


「まあ、瑠子の鬱話は置いといて、騎士学校では12歳になると馬の世話をするんだ。最初は先輩の馬。そして、13歳からは自分の馬をもらって世話をするんだ。生まれたばかりの子馬なんだ……」


 キル子がそう昔を思い出すかのように目を閉じた。キル子がもらった馬は真っ白の白馬。通常、白馬は戦場では目立つので避けるのであるが、指揮官として隊を率いる場合は、あえて目立つ白馬を選ぶことがある。それは勇気と強さの証である。


 13歳のキル子は学年でも成績がよく、学年リーダーであったから白馬を選ぶことができたのだ。


「その馬がセフィーロって名前なんだな」

「ああ……。古代語の言葉で西風という意味なんだ。賢くて、優しくていい馬だった……」


『だった……』という響きに悲しみが含まれていることを右京は感じた。どうやら、キル子が馬に乗れない理由はこの初めて世話をして、騎士学校時代にキル子の乗馬となったセフィーロという白馬が関係するのだと右京は察した。


「で、簡潔に馬に乗れなくなった話をしてくれ」

「そうでゲロ。騎士学校時代の話は外伝でいいでゲロ」

「おい、ゲロ子、外伝ってなんだよ」

「さあでゲロ」


 瑠子も加わり、懐かしい子供時代のキル子の話も気にはなったが、夜も更けてくる頃だし、出前で取った夕食を食べながらであるから、核心部分を話すようにキル子に要求する。そうでないと、ひと晩かかっても話が終わらないだろう。


「16歳になると自分で育てた馬に乗って、戦場に出るんだ。戦場といっても、最前線ではなくてその近くで実習をするんだ。当時は王国の北方にリザードマン族が抵抗していて、激しい戦闘が行われていたんだ」


「瑠子も霧子ちゃんも参加した実習。今ではピッツファリーナの悲劇と呼ばれているけど」

「ピッツファリーナの悲劇?」


「最前線じゃない場所に配属された実習生の部隊が、戦闘に巻き込まれたのさ」


 キル子がその様子を話し始めた。




「ディートリッヒ隊長、予定通り、第123期生部隊第1小隊はピッツファリーナ村にあと10分ほどで到着です」

「了解した。ボードアン副隊長、他の隊の様子は?」


「第2小隊のクラリーネ隊長からは、あと40分ほどで合流できるとの報告があります。先行しているニコラ第3小隊からは、本日の野営の準備は万端だと報告がありました」

「そうか」

 

 キル子はこの時、16歳。霧子・ディートリッヒが本名なのでクラスメイトの男子からはディートリッヒと呼ばれていた。霧子なんて呼ぶとぶん殴られたからだ。キル子は123期生250人ほどを5隊に分けた50人の第1小隊を率いていたのだ。


 今は50騎の学生と共に実習場所の村に向かっているところである。あと10分ほどで到着している予定だ。


「第4小隊と第5小隊は、西方のガウガメラに配置だったよな?」


「はい。あっちの方は前線に近いので緊張すると言っていましたよ。それに比べて、こちらは楽ですね。補給基地である村の警護をするだけですから」


「ボードアン、油断は禁物だぞ。例え、前線より遠く離れていてもここは戦場だ。いつ、敵の攻撃があるかわからない」


「そりゃそうですけど。そもそも、この実習はあくまで部隊の運用体験をするだけで、せいぜい、後方の簡単な警備をするのが任務。パパも言っていたけど、遠足みたいなもんだってね」


(まあ、遠足だから女が指揮官でも問題ないけどね)


 ボードアンの父親は騎士で都に勤めている、赤い髪を刈り上げた長身の少年で、成績もよく、格闘も得意である。キル子に戦闘訓練でボコボコにされたので副隊長に甘んじているが、自分がこの小隊を率いるのがふさわしいと思っている節がある。


 小隊には女子の騎士候補生もいるが、10人ほどで後は男子なのである。どうやら、ボードアンは、女子は男子に劣るものと思っているようだ。


(ふん……。こんな実習が危ないわけがないだろ。だから、女は真面目過ぎて面白くないんだよ。女は家で鍋磨いて、男の帰りを待ってろって!)


 顔はニコニコと笑いながらも、ボードアンはそんなことを考えている。そして、リザードマンの部族もさっさと抵抗を諦めて降伏してしまえばいいのにと思った。王国は基本的に人間と協力する部族は、自治権を認めている。リザードマンはかなり人種族とは違うが、ゴブリンやオークのような知性も文明もない種族とは違って、独自の文化をもっている。


 それだから、戦闘では勇猛で作戦も立ててくるから、厄介な相手であるのだが、そこは多勢に無勢。正規軍の優勢は動かないから、この戦争も今年中にケリが付くはずだ。そうなると、この騎士養成学校の実習もゴブリン狩りとか、オーク狩りに変わるだろう。その方が、戦闘に実際に参加できそうで面白そうだ。


「隊長のその馬、白馬ですが、戦場じゃ白馬は狙われますからね。気を付けないといけませんよ。特に女子はいろいろと狙われますからね」


 人間同士の戦争ではまだしも、モンスターであるオーク族やオーガ族との戦闘では、女性は真っ先に狙われる。オークは人間族の女が好きだし、オーガは肉の柔らかい女を好むからだ。


「セフィーロは大丈夫だ。どの馬よりも強いし、足も速い。お前の馬もいい馬だが、セフィーロには敵わない」

 

 そうキル子はボードアンの栗毛の馬を見て言った。学生の乗っている馬はみんな13歳から大切に育てて、自分の愛馬にしているのだ。


「おい、ちょっと、待て! 小隊、止まれ!」


 キル子は右手に持った小隊旗を左右に振って、地面に向けた。止まれという合図である。


「ディートリッヒ隊長、どうしたんですか?」

「あれを見ろ!」


 キル子が指差した方向には黒々と煙がいくつも上がっている。これから向かうピッツファリーナ村の方向である。


「村で何かあったんですかね?」

「もしかしたら、襲撃にあったのかもしれない」


「それはないでしょう。前線からも遠いし、あそこには歩兵の1個中隊が守備してますよ。第3小隊も到着しているだろうし……」


「だが、あの煙は異常だ。後方の瑠子の第2小隊に連絡。その場から動くなと。また、後方のタンゴの町に正規軍が駐屯していたはずだな」


「ああ、確か、前線に移動する連隊がいるはず」


「そこへも伝令を出す。5人ずつ、10人だ。女子を選んでくれ。戦闘に巻き込まれる恐れがある」


「隊長はどうします? 女子ですが?」


 ボードアンの言い草にちょっとイラっとしたキル子。それでも、当時はここで喧嘩をするほど大人げない性格ではなかった。


「あたしは隊長だ。この小隊に責任がある。偵察隊を村に出す。あたしと男子二人でいい。ボードアン、隊はお前に任せる。あたしたちが戻ってくるまで、現地点で待機。連隊の到着を待て」


「了解、隊長」


 ボードアンはほくそ笑んだ。これはチャンスだと思ったのだ。


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