サポートチーム始動
「とりあえず、これがベースになる馬車。選手やスタッフの就寝スペース、生活スペースがある。足りない分は停めた所にテントを張る。次に馬を運ぶための馬車、食料や生活品を運ぶ馬車。それに武器の修理を行うことができるミニ工房を備えた馬車……」
翌日、アマデオは、家のような巨大な馬車も含めて全部で5台の馬車を引き連れて、右京のところにやってきた。巨大な馬車は馬30頭で引かれており、動く家といってよいものであった。この馬車を『イヅモベース』と呼ぶことになる。
「アイアンデュエルって、すごい大会だな。こんな多くのサポート体制が必要だなんて」
「そうさ。このくらいのサポートがなければ選手は完走できない。道中は平坦な道なんかないし、山もあれば、泥沼みたいなところもある。ドラゴンと戦うのも大変だけど、戦わずに完走するだけでも大変なんだ」
アマデオはそう右京に教え、自分の用意したものを説明する。食料や生活用品など、おおよそ必要と思われるものは全部備えてあった。注意深く装備品のことを聞いていた右京も、特に指摘することがないくらい充実していた。
何しろ、選手の食事に肉がないとパワーが出ないだろうと、肉を冷凍保管できる設備を内装した馬車まであったのだ。この基地となる馬車軍は、常に選手よりも先回りしてチェックポイントに陣取り、選手を出迎えてケアをするのだ。
「馬の数も半端ないが、馬の餌とかどうするんだよ?」
右京は素朴な疑問をアマデオにぶつけた。それにこの巨大な馬車を含めて移動するサポートチームの速度は遅い。ドラゴンを追って進むキル子たち選手には到底追いつくことはできない。
「なんだ、右京はあまり詳しくないんだな」
「当たり前だ。お前の親父さんに大会のことを2日前に聞いただけだからな」
「馬の餌は心配ない。サポートチームのルート上に先回りして保管してあるよ。そのへんは会長が手配済みさ。あと、サポートチームが通るルートは選手とは違うんだ」
アマデオの説明はこうだ。選手はペルガモン王国をぐるりと回る円周上のルートでドラゴンを追い回す。サポートチームは選手のサポートをした後、直線で中心に戻った後、次のポイント方向へ進路を変えて直線で移動するのだ。
円周は直径のおよそ3.14倍だからサポートチームの方が早くポイントに着く。しかも、サポートチームが進む直径状の道は整備されており、馬車はスムーズに進めるし、モンスターの出現もない。それに比べて、選手の進む道は厳しいのだ。
「なるほどね」
「だから、選手の能力や携帯する武器の性能、移動手段やそのサポート体制が試されるんだ」
この大会は単純に武器の性能と選手の能力が比べられたこれまでのウェポンデュエルとは違う。例えるなら、これまでのウェポンデュエルが『F1レース』なら、このアイアンデュエルは『WRC(世界ラリー選手権)』みたいなものだ。それにしても、アマデオの準備は抜かりがない
「アマデオはこういう仕事は優秀でゲロな」
「ちっ……。カエルに褒められても嬉しくはない!」
アマデオはそう言うが、右京も出会った時には、この男はまったく使えない人間だと思っていた。しかし、最近の商売の様子を見るとそうでもなさそうだ。父親のディエゴの教育のせいもあって、彼なりに成長したせいであろう。最初は、苦労知らずのボンボンという感じであったが、今はそういうところはない。どうやら、右京に負けてから成長したようだ。
「アマデオ、俺の方も見てくれ」
そう右京はアマデオに手に入れたものを見せた。白馬とユニコーンランスである。武器商人を生業としているアマデオは、まず、ユニコーンランスを見て驚いた。
「これはすごい! いいものを手に入れたな」
「おお……。分かるようだな」
「ゲロゲロ、やるでゲロ。おぼっちゃま」
「分かるわい! ただのランスじゃあないことは分かる。おそらく、一角獣の角か何かで作ったランスだろう。金属の方が安心感はあるけど、生物の角は材質によっては、下手な金属よりも使える」
「うむ。そして、希少価値も高い」
アマデオはスベスベのランスのブレード部分を手で触り、感触を確かめた。触り心地の良さ、そして重量感。鋒の鋭さに全体から醸し出す威圧感。
「これはまさかと思うが、ユニコーンの角か?」
「そのとおりだ。これはユニコーンの角でできたランスだ。整備をしてから、キル子に持たせようと思う」
「なるほど……。霧子になら合うだろう。で、その馬が霧子の馬か?」
アマデオは右京が購入した白い馬を見る。見るだけでなく、その体にびっしりとついた筋肉を手のひらで触る。
「馬のことは専門ではないが、これはいい馬だと分かる」
「ああ、そうだ。とりあえず、一頭だけだけど、これからもいい馬を買おうと思う。まだ、3頭は手にれないといけないからな」
「馬はこれで十分」
「え? 全部で4頭必要だろう?」
「別に馬でなくてもいいのだ」
「馬の代わりにこの戦いに参加できるものなどないだろう?」
アマデオが意外なことを言う。このアイアンデュエルは、長距離を移動して戦う。道は荒地や砂漠、岩山に沼地……。かなり過酷な行程なのだ。さらにスピードがいる。一定時刻内にドラゴンが現れる場所に到着して、戦わないとポイントを獲得できない。
それを可能する乗り物なんて、この異世界には馬か、馬が引く馬車くらいしか思いつかない。馬以外の動物では牛やロバが考えられるが、それでは早く走れないだろう。
「ふふふ……。右京、驚くなよ。エド、あれのお披露目の時間だ」
そうアマデオは馬車に乗ったスタッフに目配せをする。するとプシューっと聴き慣れた音がして白い蒸気が上がり、あの武器デザイナー、ドワーフのエドが乗った妙なものが現れた。
それは手綱の代わりにTの字になった金属の棒があり、両はしには手で握りやすいように布が巻かれている。そして正面は魔法で光るライトが取り付けられている。4本の足の代わりに回転する車輪が取り付けられて、それはゴムで作られていた。
「おいおい、オートバイってこの世界に合わないだろ!」
思わず叫んでしまった右京。造形はまだまだオートバイには程遠いが、もうこれはオートバイと言って良いだろう。正確には後ろ車輪は2つで三輪車であるが。三輪車だから自立している。
「オートバイって何か知らないけど、これはエド君の発明だ。魔法で水を蒸気に変えて、それを回転運動に変えて動くんだ。1回の燃料は沸騰の魔法石1個でいい。それで100キロは走れる」
「仕組みはどうなってるんだ?」
エドが得意そうに説明しだした。いわゆる蒸気機関である。水が魔法の熱で熱せられ、蒸気となってピストンに送り込まれる。ピストンの上下運動がクランクによって回転運動に変わり、車輪が回るというわけだ。仕組みは簡単そうであるが、実際に作るとなると高度な技術がいる。ある意味、現代よりもすごい技術かも知れない。
そもそも蒸気機関は大掛かりな仕掛けがないとできないのだが、オートバイのような小さな乗り物にエンジンとして積めるのは、魔法アイテムのおかげとはいえ、すごいアイデアがないと実現は不可能だ。
「残念ながら、今回は1台しか作れませんでしたが、機械式戦闘馬一式と名づけました」
ブシューっと白い蒸気が上がる。まともに走れば、疲れ知らずでどこまでも行けるのが利点だ。まあ、試作品ということだから、部品の摩耗とか、悪天候でも走れるかとかいろいろと疑問に思うこともある。
「あと、これも作りました。名づけて10連射ロケットアロー」
エドが次に取り出したのは、新作の武器。それは背中に取り付けるロケットランチャーのようなもの。左右に長さ2mの太い鉄のニードルが10本装備されて、それを高速で発射することができるのだ。
「すげえ!」
「重さも軽量化してあります。ドラゴンは空を飛びますから、こういう射程距離の長い武器はもっておかないといけません。矢は別のマガジンから補充できます。有効射程距離は50mほど。ドラゴンの硬いウロコも突き破ることが可能です」
「あら、やだあ~。また、そんな変な武器を使わないといけないの?」
エドと右京の会話に、不意に加わった人物がいる。瑠子・クラリーネ。今、本拠地である都から到着したのだ。チェックのスカートに金髪のツインテール。クリクリした大きな目。都では女騎士として名を馳せ、このイヅモの武器ギルドの専属デモンストレーターを務める女の子である。キル子と同い年でライバルを自称している。
「まあ、武器は私の愛用のレイピアとサンダースピアがあるから、その変てこな武器を3つ目の武器として使ってみてもよいのだけど」
瑠子は腰に愛用のレイピアを装備している。右手には長い槍が握られている。『サンダースピア』という魔法の武器だ。突き刺すと同時に雷撃を発生させて、相手を感電させるという力を持っている。都で手に入れた一品だそうだ。
「武器はともかく、その変な馬に乗るのは嫌だわ。せめて、1頭はまともな馬にしてよ。右京が手に入れたその白馬、るこが使う馬だよね?」
「これは一応、キル子専用に……」
「あれ? 右京は知らないの?」
怪訝そうな顔の瑠子。とっくの昔に右京は知ってるはずだと思っていたようだ。
「知らないのって? 何んだい?」
「霧子ちゃん、右京に言ってなかったんだ。そりゃそうよね。あの子の性格なら……。うんうん」
何だかもったいぶっている瑠子。右京は何だか嫌な予感がした。ここまで準備してきたものが崩れ落ちる予感だ。
「まさかと思うでゲロが……」
「そのまさかだよ。霧子ちゃん、馬に乗れないの」
「えーっ! 嘘だろ!」
これは驚いた。キル子は勇猛な戦士だ。デモンストレーターとしても腕が立つ。戦闘のプロである。それなのに馬に乗れないって!
「そう言えば、キル子の奴、泳げなかったでゲロ。馬に乗れなくても不思議じゃないでゲロ」
「しかしだな。水はともかく、キル子の運動神経なら馬なんて乗れるだろう?」
「それがね。馬が怖いから乗れないのよ」
「馬が怖い? あのゴリラ女がでゲロか? そんな可愛いところがあるでゲロか? 何だかキモイでゲロ」
ゲロ子の奴、本人がいないことをいいことに言いたい放題である。これを聞いたらキル子は激怒して、ゲロ子を一瞬で叩き潰すに違いない。キル子は確かに一般女子よりも大柄であるが、可愛い女の子なのだ。ゴリラ女とは失礼なことを言う。
「馬が怖いって、それはないだろう。馬車に平気で乗っていたし、馬にも触っていたのを見たことあるぞ」
「それに妄想で主様とユニコーンに乗って主様といちゃつく妄想もしていたでゲロ」
(おいおい、ゲロ子、嘘言うなよ。なんでそんなこと分かるんだよ)
「ああ。それはトラウマって奴だよ。馬が嫌いというわけじゃないし、触れないこともないのよ。だけど、馬には乗れないの。瑠子の口から話してもいいけど、本人の口から聞いた方がいいんじゃない?」
「そりゃそうだけど。信じられないなあ……」
「聞きたくてもキル子の奴、逃げているでゲロ。姿を見せないでゲロ」
「あらまあ……。霧子ちゃんたらまたまた面白い反応を。いいでしょう。瑠子が説得して連れてくるわ。今晩、右京の店で相談しましょう。瑠子も一緒に出場するなら霧子ちゃんがいいし」
相談するといっても、そもそもキル子が馬に乗れないと困る。アイアンデュエルは移動するドラゴンを追い回して戦うのがコンセプトなのだ。戦略の練り直しが必要である。
「話を聞いてから方法を考えよう。何かいい方法があるかもしれない」
「全く、役に立たたない女でゲロ」
「お前が言うと何だか、違和感があるのだが」
とにかく、今日の夜の話し合いが重要となってくる。場合によっては、キル子以外の人材を探さないといけなくなる。
「それじゃ、右京。準備は3日後までに完了だ。3日後にはペルガモン王国目指して出発する」
「ああ。了解した」
「それと……」
ちょっとアマデオが口を濁した。何だか右京に頼みごとがあるようだ。
「今回のサポートチームの人選だけど。右京のところから、何人か出して欲しい」
「ああ。それは承知している。武器修理にはカイルに来てもらう」
「生活サポートで料理したり、洗濯したりする人材も必要だ」
「それなら、店の従業員を何人か任命するつもりだ」
「そこにだな……」
アマデオの奴、何だか焦れったい態度を取る。何だかめんどくさい奴だ。
「ハ、ハンナさんを入れてくれると嬉しいのだが」
「ハンナ?」
ハンナとは右京の店で雇っている女子店員である。元は貴族の屋敷に仕えていたメイドであったが、今は右京の店で働いている。茶色の髪を三つ編みにした素朴な少女である。今は右京の店の販売部門で頑張っている。
「まあ、彼女なら縫い物も炊事もできるから適任だけど……」
「是非、そうしてくれ!」
何だか必死のアマデオ。まあ、右京もハンナはサポートスタッフとして適任だと思うから、アマデオの要望は聞いてやろうと思った。
嬉しそうに馬車と一緒に戻っていくアマデオを見送りながら、右京は首をかしげた。
「アマデオの奴、どうしてハンナにこだわるんだ?」
右京の肩で耳をホジホジしているゲロ子。つまらなさそうに指に息を吹きかけた。
(主様は鈍いでゲロ。そんなの決まっているでゲロ)
まあ、雑魚キャラの恋バナなんて誰も聞きたくないだろうから、ゲロ子は敢えてそのことを口にしなかった。
やった! アマデオ君、ハンナと過ごせることに!
誰も興味持ってないでゲロ!
 




