ユニコーンの槍
この話のタイトルを変えました。
右京の脳裏に日本で社会人をやっていた時の先輩の話が浮かんできた。
「この前、駅前の中古のマンションが売りに出てたんだよ」
「ああ、あの駅前タワーズですか? あれ築10年ぐらいですよね」
「そうなんだよ。新築時は高くて手が出なかったけれど、中古なら手が届くと思って、妻と見に行ったんだ」
「へえ、それで購入を決めたんですか?」
「それがなあ……」
先輩の妻も気に入って、おおよそ買うことを決めたのだが、資金が十分でない。今住んでいる郊外のマンションを売りに出して買うしかない。明日、銀行と不動産屋に行って手続きを進めようと考えていたら、携帯の電話が鳴った。仲介業者からだったそうだ。
「俺たちの次に見に来た客がいたそうで、そいつが現金一括で買うからと申し出ているそうだ。なにやら、その客は親が全部資金を出してくれる新婚夫婦だそう。俺の方が商談は早かったけど、仲介業者は買い替えができないかもしれない俺よりも、現金一括払いの方に売ると言いやがった」
「残念でしたね」
「そりゃ、即金の方が確実だけどよ……。あの時に手付金を払っとけばよかったよ」
手付金を払えば、法的拘束力は強くなる。少なくとも口約束よりは強い。手付金を受け取った業者は、約束を反故にする場合、手付金を2倍返ししないといけないのだ。
あの時の先輩は買う機会を失っただけだが、今の右京の場合、状況はもっと深刻だ。優勝するために必要な龍の馬を買う資金を集めたのに、その馬が手に入らなかったのだ。手に入らなかったとはいえ、出資者にはレースの結果に合わせて利益を乗せて還元しないといけないのだ。
もちろん、リスクのある投資話だから、失敗すれば投資した人間も損するのは仕方がないが、それでは右京の信用が失われてしまう。
「すまぬ……。本当にすまぬ」
「ううう……。こうなっては仕方がない。すっぱり、あきらめましょう!」
「主様、開き直ったでゲロか? 」
「開き直ったんじゃない。今更、ザペットさんを責めたところで、龍の馬は手に入らないのだ。次の方策を考えた方がいい」
ゲロ子は大きな目を右腕でゴシゴシとこすった。そして、キラキラ輝いた目で右京を見る。その表情はゲロ子の大好きなお金の山を見た時と同じものだ。
「主様が偉大に見えるでゲロ」
「お前に褒められても嬉しくはないがな」
「右京、ちょっと待つがいい」
ザペットじいさんは、そう言い残すとそそくさとテントの中に入っていった。馬商人たちは、大きなテントを張って商売を行う場所に滞在する。モンゴル平原の遊牧民のようなテントである。ここを住処にして、町から町へ移動しながら、馬市場を開いて商売をするのだ。
「これを見てくれ……」
ザペットじいさんが取り出したのは、白布に包まれた長い槍状のもの。長さは3m以上はある。
「何ですか?」
「お前は武器の買取り商人だろう。これを見れば喜ぶはず」
ぐるぐる巻かれた白い布を解いていくザペットじいさん。やがて出てきたのは槍であった。三角錐で握手をガードする笠状の大きな鍔が特徴である。
「ランスですね」
ランスとは西欧騎士の標準装備たる槍である。冒険者が持つ武器としてはマイナーであるが、国に使える騎士にとっては標準装備の武器だ。右京はこれまでランスを買い取った経験はないが、騎兵が持っているのを見たことがあるから知らない武器ではない。
長さは3.6m、重さは4kgもある。これは馬に乗って構え、そのスピードでもって突くためである。腕力で突き刺すのではなく、馬のスピードで破壊力を生み出すのだ。まさに馬に乗っている時に使う武器である。
しかし、ランスはラテン語の『軽い槍』という言葉、『ランシア』から来ていると言われる。4kgもあってはとても軽いとは言えないが、馬に乗って使うからであろうか。
ランスは騎兵が使う槍の総称であったが、16世紀ごろには騎兵が使うスタンダードな武器として認知されているのが、目の前にある武器なのである。ランスは一時はサーベルに取って代わられたが、ポーランド騎兵やロシアのコサック騎兵が使い、ナポレオン戦争の時代にすさまじい戦果を挙げたので、騎兵用の武器として復活している。ランスを装備した騎兵は、戦車が現れるまで戦争の花形であったのだ。
西洋では騎士の腕試しとしてのトーナメントが行われ、切っ先を丸くしたり、コロネルと言われる王冠状のものにしたりして死傷しないよう配慮したランスが登場する。いわゆるトーナメント専用の武器である。
だが、目の前のランスはそんな競技用のものとは違う。鋒の鋭さはどんな硬い鎧も突き刺す鋭さ。まさに戦闘用の武器である。武器全体から感じるオーラに迫力がある。
「この材質は何ですか?」
右京が気になったのは、ザペットが差し出したランスのブレード部分が純白であったこと。普通、金属なら純白はありえない。それにその白さは尋常ではない。汚れを寄せ付けない無垢な輝きを放っている。触ると冷たいが金属ではない感覚が指先に伝わった。近い素材としたら象の牙だ。
「聞いて驚くなよ」
「なんでゲロ?」
ザペットじいさんは右京が興味をもちつつあるので、先程まで感じていた贖罪の気持ちが少し軽くなったようだ。ゲロ子も金の匂いを感じたのか、鼻をヒクヒクさせている。
「ユニコーンだよ」
「ユニコーン?」
「ユニコーンでゲロか?」
ちょっと、ゲロ子がビビり始めた。ユニコーンと言えば、穢れのない乙女しか乗せないと言われる伝説の動物である。邪妖精のゲロ子が触れるとダメージを受けるかも知れない。
「ユニコーンの角を使ったランスだ。おそらく、この世にそうそうあるものではない」
「どうしてザペットさんがこれを持ってるんですか?」
「昔、馬を買いに来た騎士がいてのう。どうしても欲しい馬があって、代金の代わりにこれを受け取ったのだ」
「その馬の値段はおいくらぐらいでした?」
「10万G」
「た、高い!」
10万Gと交換する武器なら、まさに伝説級の武器である。この世に2つとなく、そして強大な力を持っている武器にしか付かない値段だ。しかし、目の前のユニコーンランスは素晴らしい武器だが、さすがにそれは高すぎるであろう。
「いやいや、正確には代金の不足分の補充分としてもらったんじゃ。不足分は3万Gじゃ」
(3万G……)
日本円にして1500万円である。武器としてはそれでも最高レベルの値段である。高すぎるがそれだけの価値はあるだろう。ざっと見ただけだが、3万Gなら、十分に買う客はいると右京は思った。
(確かに本物のユニコーンの角でできた武器なら、収集家の大金持ちや大貴族なら喜んで買い求めるだろう)
「ユニコーンの角で作ったランスですか……」
よく見るとところどころに亀裂や金属部品に腐食や破損がある。修理は必要であるが、致命的な損傷ではない。
「これをお詫びにくれるでゲロか?」
「ば、バカを言うな。さすがにただではやらん。これを格安で売ろう。どうじゃ」
「商売のうまいジジイでゲロな。馬も売って儲け、武器も売って儲けるでゲロか」
「ゲロ子、言葉が過ぎるぞ。武器を売るということは、ザペットさんは我が伊勢崎ウェポンディーラーズのお客様だ」
そう言うと右京は念入りに査定をする。正直、こういうレアな品の査定は困る。値段が言い値になるからだ。ザペットはこの槍を3万Gと踏んで、馬の代金の一部として受け取った。武器の専門家でないザペットの評価であるが、右京も同感であった。
これは3万Gでも安いくらいだ。もっと出しても良いという客は結構いると右京は判断した。だが、今のザペットは右京に負い目を感じている。それに30万Gもの利益を得て気持ちも大きくなっている。ここは利益のために勝負のしどころだと右京は思った。
「ううむ。査定は難しくなりますね。他に例がないですから」
「あのアイアンデュエルは馬も大切だが、武器も大切じゃ。この武器は大会で活躍できると思う。ターゲットのドラゴンの鱗は鉄より硬いと聞く。このランスならその鱗も突き破れるであろう。馬のお詫びに特別に譲ってやろう」
「1万2千Gでどうでしょう?」
ちょっとだけ、ザペットの表情が曇った。負い目はあるといっても、そこは商人。もう少し利益を乗せたいと思ったのであろう。だが、右京も妥協はしない。既にこの大会のためにリスクを負っているのだ。できるだけ、経費を削減するしかない。
「ムムム……。わしは3万Gの代わりに受け取ったのだが」
「馬の代金ということは、馬にザペットさんの利益が乗っているわけで、原価から考えるとそれより低いでしょう。それに大会で使ったあとに売ることを考えると、いくら超レア物でも3万Gは出せません」
大会で使うとなると致命的な損傷を受けるかも知れない。逆に優勝者の武器として価値が上がることもあるが、リスクも大きいのだ。
「それはそうじゃのう……」
「それに修理が必要です。金属製じゃないだけに、修理も難しいし、高価な武器である分、修理に使う材料も高価になります」
「ムムム……なるほど」
「本当は1万Gで買取りたいところですが、レアな武器を譲ってくださるザペットさんの心意気に2千上乗せしました」
「……よかろう。それでいい」
右京は右手を差し出した。がっちりと握手をする。取引成立である。さっそく、右京は小切手を取り出して1万2千Gと記入する。目標である龍の馬は手に入らなかったが、キル子に使わせる武器の一つは手に入れることができた。
「右京さん、龍の馬は手に入らなかったっちゃ? 残念だっちゃ」
右京が龍の馬を手に入れられなかったと聞いて、馬商人の少女ニナもがっかりしたようだ。何しろ、30万Gの2割をリベートとして要求していたから落胆するのも無理はない。だが、すぐに気持ちを切り替えたようで右京に商談を持ち込む。
「右京さん、龍の馬は買えなかったけど馬は必要だっちゃね?」
「ああ……。少なくともいい馬を1頭は確保したい」
正確にはキル子が乗る馬2頭。瑠子が乗る馬2頭で4頭は必要である。だが、慌てて買ってもしょうがない。過酷なアイアンデュエルでは、普通の馬では勝てないと思うからだ。
「それならいい馬がいるちゃよ」
馬商人のニナ。まるで街角で『いい娘いますよ、今なら60分飲み放題で3千円』なんて誘う口調で右京に言い寄った。こういう場合、誘いに乗ると100%ひどい目に合うが、ニナの場合は違った。
「あの白い馬はこの前はいなかったな」
イヅモの馬市は今日でおしまい。ニナたち馬商人の団体は隣の町へと移動する。途中、商品の馬を本拠地から補充することがある。売る馬がいなくては商売にならないからだ。
「今日の朝に入荷したばかりの馬だちゃよ。龍の馬には勝てないけど、かなり上級クラスの馬だっちゃ」
ニナに言われなくても右京もそう思う。筋肉のつき方、他の馬よりも一回り大きい体格。隣に昨日ニナが勧めた茶色の馬がいるが、それと比べても段違いである。ちなみに茶色の馬は売れてしまったようで『売約済』のシールがお尻に貼ってある。今から引き渡すそうだ。
「あの茶色の馬と比べて、白い馬を買わなかったということは、相当に高いと思うでゲロ」
「ああ。俺もそう思った。白い馬は目立つから戦いには不向きだが、今回の俺たちの目的の一つに、宣伝というものがある。その場合は目立つのは悪いことではない」
「ゲロ子のアイス屋のステッカーも目立つでゲロ」
「お前の店の宣伝ステッカーは尻にしか貼らないからな!」
「尻じゃ、目立たないでゲロ」
「尻でも宣伝料は1000Gだからな」
「主様は使い魔からもお金を取るでゲロか?」
「当たり前だ。商売は商売だ」
一番目立つ馬の横腹部分は、『伊勢崎ウェポンディーラーズ』と『イヅモ武器ギルド』が来る予定だし、クロアの「黒猫亭」も貼る予定だ。
「どうするっちゃ?」
「値段はいくらだ?」
「2万Gだっちゃ」
「高っ!」
通常の馬の2倍以上である。茶色の戦闘馬が11,600Gだったから相当に高い。茶色の馬を買った客が欲しいと思っても予算不足で諦めるしかなかったのであろう。
「龍の馬を買う気だったちゃなら、安いちゃよ」
「そりゃそうだが」
「龍の馬が馬の王様なら、この白い馬はクイーンだっちゃ。早く買わないと他の人に買われるっちゃよ」
「……分かった。買おう!」
右京は決断した。龍の馬は手に入らなかったが、いずれにしても馬は必要だ。この馬をキル子が乗るか、瑠子が乗るかは分からないが、1頭は確保しておきたい。大会に出るのにふさわしい力をもっている馬はそうそう手に入らないだろう。
「毎度ありい~」
右京から小切手を受け取ったニナはニンマリ顔である。茶色の馬とこの白い馬の商談で兄貴達に勝ったようである。ニナは安い軽自動車やコンパクトカーを数多く売った兄たちより、高級輸入車のスポーツカーをガツンと2台だけ売って大儲けしたと言えるだろう。
「ゲロ子、帰るぞ。この馬とユニコーンランスを見ればキル子も出場したくなるだろう」
「そうだといいでゲロが」
馬を引いて店に戻る右京。とりあえず準備は進んでいる。明日には同じく、準備を進めているアマデオとの打ち合わせの予定だ。
マンション購入の話、実話です。私も昔、車を買い損なったことあります。在庫1台、目の前で持ってかれた~。(アルファ・ロメオ・ジュリエッタ)




