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伊勢崎ウェポンディーラーズ ~異世界で武器の買い取り始めました~  作者: 九重七六八
第17話 病魔のバトルアックス(アポカリプスの斧)
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和解の条件

これで17話は終了です。


・村の所有する山林の半分を九尾の狐の土地とする。

・九尾の土地に人間が入らないよう村の人間が管理すること。

・九尾の狐を祭る祭壇を設けて、半年に1度供物を捧げること。

・九尾の土地での狐狩りは禁止。

・村の水源である泉及び湧き水が出るところには狐は近づかない。

・この和約が順守される限り、九尾と人はお互いに干渉しない。


 九尾の狐ベレニケとの交渉で話し合われたのは、以上の点だ。村が所有する山林は広大でその半分を狐側に差し出すのは、村にとってはそんなに痛手ではない。小さな村の経済規模では、すべてを使うことができなかったからだ。


 九尾の狐に渡すエリアも未開発地域で問題はない。土地に管理や供物を捧げることは、これまでも似たようなことをしてきており、供物も村の特産の農作物であるから、そんなに負担でもない。


 九尾側が提案する「狐が村の水源に近づかない」という条項は、クラマ病を防ぐ上では有効であり、これによって病気を封じ込めることができた。


「村を代表して、私がこれを順守するよう誓う」

「我も狐の王として誓うぞよ」


 ダリアは羊皮紙に書かれた書類にサインした。九尾は右足の足型を証拠に残した。これで和解が成立だ。


「これで村を襲う病気の脅威がなくなったな」

「主様、一軒落着でゲロ。アポカリプスの斧はお役御免でゲロ」


 ゲロ子の言うとおり、水の浄化が今後は必要ないということは、アポカリプスの斧の役割はなくなる。一応、水源の泉には「氷の石」という魔法アイテムをクロアの店から調達して、底に沈めておく。これで泉の水温は1~2度に保たれる。ロンの研究ではクラマ病を媒介する『エキノコックス』の卵は死滅するので、人に感染する可能性がなくなる。


 さらにロンが連れていた研究チームは、クラマ病の治療方法確立していた。発症した患者は体を低温に保ち、12時間の拘束。これでエキノコックスは死滅する。さらに研究チームは、予防薬の開発にも着手していた。村に生息する狐草の根にエキノコックスを排出する成分があることが分かり、その成分を抽出する研究を進めているとのことだ。


「右京さん、音子さん、それにみなさん。ありがとうございました。おかげで長年の懸案がなくなり、村に平和が戻りました。アポカリプスの斧は音子さんに差し上げます。世界の危機を救ってくださるようお願いします」


 そう村を代表してダリアが申し出た。これで聖なる5つの武器の一つ、アポカリプスの斧が右京たちの物になった。


「所有者となるのはいいけど……。これは私には重い……」


 音子はそう右手に持った巨大な戦斧を眺めた。長さは自分の背丈よりもあるし、何よりも重い。小柄な音子が振り回すには厳しい。元々、音子の専用武器は腰に着けた2本の短刀。これを使っての素早い攻撃が身上なのだ。巨大な武器では、戦闘スタイルが崩れる。


「フフフ……。人間よ。心配はいらぬ」


 そう九尾の狐ニケがアポカリプスの斧と因縁を語り始めた。アポカリプスの斧は、200年前にこの村を切り開いた勇者の武器であった。九尾の狐ベレニケはこの斧の前に敗れたのだが、完全に負けたわけではなかった。勇者もベレニケにとどめを刺すことができず、その霊魂を岩に封印したのだ。


「我は戦いの最中にその斧に呪いをかけたぞよ」

「呪い?」

「倍加の呪いぞよ。これを受ければ、武器の重さが10倍となるぞよ」

 

 ベレニケはそう言うとなにやら呪文を唱えだした。武器に施した呪縛を解き放ったのだ。それは九尾の狐への攻撃で発動する。戦闘が始まって重くなったのもこの呪縛のせいであった。


「あ! 軽い……」


 音子がそう言って片手でアポカリプスの斧を持っている。そして、片手で軽々と振り回す。元々の斧自体の重さは軽く10kg以上はあると思われるが、そんな感じに見えない。

体の小さな音子が使っている姿が異様に見える。


「軽いどころか、あれ浮いてないか?」


 右京が武器の試し振りを終えた音子を指した。よく見ると地面に着いているはずの柄が地面に着いていない。磁石が同じ極同士で反発するかのように浮いているのだ。


「あれは浮遊化の魔法のせいね」

「浮遊化の魔法でゲロか?」


「レビテーション系の魔法が施されているんだよ。おそらく、そのせいで音子ちゃんには、その重量はほとんど感じない」


 クロアの説明に右京は驚いた。そうだとしたら、あの巨大なバトルアックスがカッターナイフよりも軽いということになる。


「重さは感じないけど、まだ私にはしっくりこない」

「音子ちゃん。イズモに帰ったらカイルにカスタマイズしてもらおう。グリップ部分は音子ちゃんには太すぎるし、背中に装着できるようにフックもつけよう。刃の部分にはカバーを付けないといけないだろう」


「うん……」

「カスタマイズ代はいただくでゲロ」


 ゲロ子の奴、金儲けに関してはしっかりしている。代金は音子からきっちり取る。


「ダーリン、いろいろあったけれど、これで5つの聖なる武器のうち、3つが手に入ったことになるよ」


「ああ……。この世界と俺の元いた世界を滅ぼすという混沌の意思とかいう、ラストボスを倒す武器。クロ

ア……今更だが俺は思う。本当にそんなラスボスいるのか? この世界、いろいろあるけど、今のところみんな平和に暮らしている。滅びるなんて思えないのだが……」

 

 右京の疑問にクロアは(ふーっ)と息を吐いた。


「滅びる時はきっとそういうものよ。誰も気が付かず、誰も警告することなく。安穏とした生活のうちにじわじわと危機が近づいて、その時を迎えるの。警告する者は大抵、嘲笑されて狂人扱いされるわ。でも、わかっている人は行動する。行動できないのはわかっていないからよ」


「……そう言われれば、そうかもしれないな……」


 例えは悪いが、右京の暮らしていた日本でもクロアの言うことは繰り返されてきた。大地震が起きることを予知していたのに、それに備えることをしておらず、大災害に何度も見舞われた。起きると行動するが、月日が経つとやがて人々は忘れてしまう。安穏とした生活に身を浸し、便利さを優先する生活スタイルに戻る。


 そんなことを繰り返し、滅亡までの残りの日々をなんとなく過ごしていたのではないかと考えている。水に浸かったカエルが徐々に火で温められ、最後はゆでガエルになってしまって死んでしまうように。最後は死ぬとわかっていても、人間はみんなが行動しないと動けない生き物なのだ。


「ベレニケさんもそれを知っての和解なのよね」


 クロアはそう九尾の狐に問いかけた。九尾の狐ベレニケは顎をそろえた前足に乗せて、片目をゆっくりと開けた。


「バンパイアの少女よ。お主はよく分かっているのう……」

「そうなのでゲロか?」


 右京の左肩でゲロ子が右京の代わりに反応してくれた。よくよく考えれば、例え、激戦になって負けるかもしれない可能性があるにせよ、200年も封じられていた九尾の心情を思えば、和解などという提案はできないはずだ。それを提案したということは、この問題よりも重要なことがあるということである。


「世界が滅ぶ事態が迫っておる。今、土地を取られたとかという問題で争っている場合でないことは我も承知している……」


 目を閉じた九尾の狐。ベレニケ・アントワープ・デ・クアトロポルテは徐々に姿が薄くなっていく。存在が消えていくのだ。


「我の英断によって、アポカリプスの斧は本来の役目を果すことができるぞよ。異世界の少女よ。汝の活躍に期待するぞよ」


 九尾の狐にそう託されて音子はゆっくりと頷いた。こうしてアポカリプスの斧は、中村音子の手でイヅモの町へ持ち込まれ、カイルの手によって音子専用に改造されることとなる。



「おう、右京。久しぶりだな……」


 クラマの村から帰ってきて出迎えたのは女戦士キル子。一足先に冒険から帰ってきたらしい。右京が出かけていると聞いて、その帰りを今か今かと待っていたのだ。


 2台の馬車からはクロアにホーリー。ロンに音子。勇者オーリスが降りてきた。音子とオーリスはこのイヅモの町で休養を取った後、残り2つの武器を探しの旅を再開させるらしい。


「ああ。キル子。戻ってきたのか?」

「相変わらず、発情ビッチは主様にべったりでゲロな」


「うるさい、カエル。てめえもまだ生きていたのか」

「ゲロ子は簡単には死なないでゲロ」

「ふん……」


 忌々しそうにゲロ子を見るキル子。その視線は右京にそそがれる。右腕にはクロア。左腕にはホーリーが絡んでいる。おそらく1台の馬車にこの状態で乗ってきたに違いない。


(右京……相変わらず、節操のない奴)


 なんだか無性に腹が立ってきたキル子だが、それよりもクロアの後ろに隠れている小さな姿に驚いた。白い無地のワンピースを着た幼女がひょっこり顔を出している。


「う、右京……。その子どもは誰だ?」

「子ども? 」

 

 右京もキル子に言われて、その視線の先を見る。クロアの黒ローブにすがりつくように小さな子どもが顔を出している。その肌は異様に白く、そして瞳はトパーズのように黄色い。かわいい女の子だ。


「クロア、誰だよ?」

「あら。やっぱり、ついてきたの?」


 クロアが驚いた様子も見せず、そう下を見た。頭を右手でそっと撫でる。


「この子、ダーリンとクロアの子どもだよ」

「なっ……」

「え!」

「そうでゲロか?」

「ひどい右京様。隠し子がいたなんて!」


 その場が凍り付く。キル子はへなへなとその場に崩れ落ちる。ホーリーなんか涙目だ。


「待て、待て! 違う、誤解だ。ホーリー、よく考えろよ。この幼児、馬車に乗っていなかったろ! それにこの子、頭に耳が生えてるだろ」


 頭の毛も艶やかな白。肩まで伸びる髪から2つの狐耳がピンと立っている。ホーリーもまじまじと幼児の顔を見る。それにこの幼児。見た目は4,5歳である。右京がこの世界にやってきたのは1年とちょっと前。年齢が合わない。


「そう言われれば、そうですよね」


「そうでゲロか? ゲロ子は主様が意外にもてるので、どこかにまいた種が実ったと思ったでゲロ」

「ゲロ子、貴様、あとでおしおきだ!」

「それはないでゲロ!」


 ゲロ子を中指で弾いて肩から落とす右京。そして、騒ぎの口火を切ったクロアにも文句を言う。


「クロアも冗談はよせよ」

「てへ!」


「(てへ)じゃないだろうが!」


 右京はクロアのローブを片手でつかんでいる幼児にやさしく話しかける。


「お嬢ちゃん、名前は?」

「我はベレニケ・アントワープ・デ・クアトロポルテぞよ」

「やっぱりかよ!」


「我は見届けねばならぬのじゃ。お主が世界を救うキーマンであるからには、お主の行動を監視しないとな。それには傍で見張るのが一番ぞよ」


 そう幼女は偉そうに胸を張った。九尾の狐が人間に化けてついてきたのだ。現れた時から右京は嫌な予感がしたが、その予感は当たったらしい。


「ニケ、うちに住むなら働いてもらうでゲロ」

「我も人間ごときに養ってもらうつもりないぞよ」


 どうやら、伊勢崎ウェポンディーラーズの看板娘が増えたようだ。見た目、幼女だが年齢は200歳以上の妖狐である。役立つかどうかは知らないが。


「あのう……。どういうことか分からないんですけど……」


 地面に座り込んだキル子が涙目で右京に訴える。どうやら長い話になりそうだ。一体どこから話せばよいのやら……。ここから夕食をはさんで長い夜になりそうだ。



収支

アポカリプスの斧カスタマイズ代

柄の改造  200G

刃のカバー 100G

革ベルトとフック加工 30G

村からのお礼 1000G


支出

鑑定代 100G

カイルへの支払い 330G

お礼の分配 800G


差額 100G

アポカリプスの斧を手に入れた。


「骨折り損のくたびれ儲けでゲロ」

「そういうなよ。聖なる武器の案件は商売抜きだろ」

「そんなボランティアは、余裕のある金持ちがやることでゲロ」

「おい、ゲロ子。ボランティアは気づいたらやるんだ。損得じゃない。ハートだ」

「カッコつけてもお腹は膨れないでゲロ」

 

 ゲロ子、相変わらずである。


次回18話が始まります。

ディエゴが紹介するウェポンデュエルは、耐久レース形式の過酷なものであった。それに参加することになった右京は、キル子のために武器調達をするのだが……。

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