死闘と和解
「罪あるもの、その罪とともにすべてを焼き尽くせ!」
白い毛色の大ギツネが空に舞い、その周りを9個の火の玉が取り囲む。その一つ、一つがファイアーボールの強化版である。体が一部半透明なのは、まだ封印が完全にとけていないせいだろう。
「なんて魔力。あれで30%なんて!」
驚いたクロアは急いで耐熱魔法の障壁を紡ぎ出す詠唱に入る。クロア自身もとんでもない魔力の持ち主であるが、その彼女をもってして恐怖を感じる九尾の狐の強さである。
「音子ちゃん、行くぞ!」
「右は任せた……」
勇者オーリスと音子は、飛び上がり九尾の狐の左右から同時に攻撃を加える。呪文詠唱中で静止している状態。そこからの高速攻撃を左右から加える。この攻撃をかわすことは困難だ。
しかし、音子の攻撃が遅れた。スピードを生かした攻撃スタイルの音子であったが、今、装備している武器はアポカリプスの斧。巨大な武器は音子のスピードを奪った。オーリスの剣を右足で受け流した九尾の狐は、遅れて攻撃してきた音子ごと左手で弾き飛ばす。
「うっ……」
「ちっ! 音子ちゃん、大丈夫か!?」
攻撃をかわされて地面に着地したオーリス。弾き飛ばされた音子も受身を取って、地面に転がった。かろうじてアポカリプスの斧を杖がわりに立ち上がる音子。
「炎を妨げる遮熱の壁! レジストファイア!」
クロアの魔法が完成した。その場にいるメンバー全体にファイアレジストの障壁が作られる。これでいくつかの炎の玉なら防ぐことができる。
「無駄じゃ。バンパイアの娘よ! 九尾の業火!」
九尾の狐の周りに生じた炎の玉全てがクロアの方へ向かってきた。攻撃を分散させるのではなく、最初から全力攻撃でクロアを狙ったのだ。
「きゃあああっ!」
凄まじい爆発とともにクロアが弾き飛ばされる。クロアの魔法レジストファイアも、集中攻撃をされると、全ての攻撃は防ぎきれない。
「クロア!」
焼け焦げてボロボロになっているクロア。人間なら即死であっただろうが、彼女は不死のバンパイア。かろうじて生き残った。
「ダ、ダーリン……」
「ク、クロア……」
右京は慌てて上着のベストを脱いで、燃えているクロアの服を叩いて消す。ホーリーも身につけていたマントを急いで脱いで火を覆う。
「ククク……。まずは厄介なバンパイア娘を倒す。次はアポカリプスの斧を持つ、そこの小娘じゃ」
九尾の狐は賢い。このパーティで最も警戒しなくてはいけないのがクロア。その魔力は強大で侮れないと判断したようだ。レジストファイアをパーティ全体にかけるだろうと予想して、クロアに全攻撃を集中したのだ。
バンバン……。強烈な前足の攻撃が音子を襲う。それをかろうじてかわす音子。高速スピードを彼女に与える『火渡りのブーツ』と言われるマジックアイテムだ。これを使えば、目に止まらぬ速さで移動できる反則的な技を使うことができる。だが、アポカリプスの斧はそのスピードを音子から奪っていた。
(なんて重いの……。戦闘に入ったら重さが倍増したように思える)
小さな体の音子だから重さがハンディとなると思いがちだが、音子の両手にはリストバンドが装着されている。これは重い武器でも音子が軽く扱えるよう補助をしてくれるアイテムだ。このアイテムをもってしてもスピードが奪われる。
もしこの武器をダリアや勇者オーリスが使ったとしても、同じことが起こったであろう。アポカリプスの斧は人間が使う武器ではない。
(これはあくまでも儀式用の武器か?)
(でも、伝承ではこの斧で九尾を討ったと伝わる。何か他の使い方ができるのか?)
九尾の狐の攻撃をかろうじてかわしながら、音子は考える。九尾の狐がこの斧を恐れていることは、今の攻撃が音子に集中していることでもわかる。九尾の狐はオーリスの斬撃やダリアの攻撃はかわすか、敢えてダメージを受けてでも音子への攻撃をやめないからだ。
「ええい。ちょこまかと逃げおって! それに周りの攻撃も鬱陶しいぞえ!」
九尾の狐はそう言うと呪文を唱えだした。唱えると同時に黒い影がいくつも地面から現れる。
「くっ! 召喚呪文か!」
オーリスが剣を構えて現れた黒い影に対峙する。同じくダリアも取り囲まれている。九尾の狐が召喚した『黒狐』である。九尾の狐の魂の欠片が入った管狐の一種。攻撃対象にエナジードレンを仕掛けて生命力を奪う召喚獣である。
「音子ちゃん、逃げろ!」
オーリスは剣を振り回し、飛びかかってくる黒狐を斬る。そして、音子に加勢しようと進むがさらに地面から現れた黒狐に行く手を阻まれる。
「ククク……。仲間は足止めしたぞよ」
九尾の狐はそう言って、口から炎をちょろちょろと吐き出した。音子に向かって強烈な炎のブレスを吐き出す体制である。
「クリスタル・コフィン!」
「業火!」
九尾の狐が凄まじい炎を吐き出す。それはドラゴンブレスに匹敵する熱量である。鉄ですら一瞬で蒸発させる高温度。だが、音子は自らの体に氷の柩を纏わせた。間一髪で氷の柩は溶けてなくなったが、高温から音子をかろうじて守った。
「くっ! 忌々しい斧ぞよ。どこまでも我の邪魔をするか!」
「はあはあ……。この斧があなたの天敵であることは間違いないよう。火に対する氷。まさに正反対の力……」
「だが、小娘よ。守るばかりでは我を倒せぬぞ。我の力は元の3割に過ぎぬ。それにすら及ばぬとは、やはり人間とは虫けらと同じであるぞよ」
「まだ戦いは終わってはいない……。私たちが虫と同じとこの戦いが終わっても言えるかどうか、試してみるがいい……九尾」
「ククク……。人間とは面白い。では、本気でひねり潰してくれよう!」
九尾の狐は呪文を唱える。自分の周りに火のついた矢を無数に出現させた。ファイアーアローの魔法である。普通は1、2本の矢を出現させるのであるが、強大な魔力を誇る九尾の狐が出したのは30本。それが一斉に音子に襲いかかる。
「音子が集中攻撃されているでゲロ。もう長くもたないでゲロ……」
音子と九尾の狐の戦闘が激しさを増している。それを眺めているゲロ子。戦闘といっても音子が九尾の狐の攻撃をかろうじて回避しているのであるが。戦闘力皆無。魔力も皆無のゲロ子にはどうすることもできないというより、そんな危険なところへ行く気もない。
「クロア……大丈夫か! 気を確かにもて!」
ゲロ子の言葉が耳に入らない右京。最初の攻撃で重傷を負ったクロアを抱きかかえている。不死の体を持っているはずのクロアであるが、九尾の狐の業火はクロアの回復力をはるかに上回る力で生命力を蝕んでいた。
「ダーリン……クロアはもうダメ……」
「右京様……ダメです。クロアさんには回復の魔法の効果がありません」
必死で神聖魔法の回復を施すホーリー。しかし、それは人間に効果がある魔法。バンパイアのクロアには効果がない。
「クロア! 目を開けるんだ! 気をしっかりもたないと消滅するぞ!」
右京はクロアの体が徐々に灰になっていくのを腕で感じる。徐々に体重が軽くなっていくのだ。既に足は灰となり、黒いローブの覆われた下半身も灰に変わりつつあり、膨らみがぺしゃんこになっていくのだ。
「ダーリン……。クロアが死んでも……浮気しちゃだめだよ……」
「クロア……。何言ってるんだ! お前はバンパイアだぞ。不死のバンパイアが死んだら不死じゃないだろが!」
「永遠の命なんて、誰ももっていないよ。例え、神様でも……。それよりもダーリン。クロアの最後のお願い……聞いて……」
「な、なんだよ! 最後なんて言うなよ……。何でも聞く。だから、死ぬな!」
右京の目から涙が溢れてくる。クロアが両手を広げる。最後に抱きしめて欲しいというアピールだ。右京は目を閉じてもはや上半身だけになったクロアを力いっぱい抱きしめる。
ギュッと、ギュッと抱きしめた。
「かぷ~っううううっ」
「うわああああっ……」
突然目が回って右京は卒倒する。
「ぷはあああっ……。ああ~。美味しかった!」
「ク、クロア~。お前、どんなけ、吸ったんだよ!」
「ゴメンネ。ダーリン。今回は本当に危なかったから1リットル頂いちゃった。てへ!」
「て……てへ……じゃないぞ」
フラフラで腰も立たない右京。もう目の前が真っ白だ。それに比べてクロアは灰になった体が全て元通りである。血を吸う前よりも血色がよく、お肌がツヤツヤだ。
「やっぱり、こうなるとゲロ子は予想していたでゲロ」
「ゲロ子、それを早く言えよ……」
「クロアさんって、右京様の血を飲むと生き返るのですね」
目をきょとんとしているホーリーを尻目に、クロアが戦闘に加わった。猛攻撃で音子を一方的に追い詰めている九尾の狐に向かって極悪魔法を唱えた。
「縫止めよ! アース・ウェッジ!」
巨大な岩の楔が地面から出没する。それは音子を追い回す九尾の狐を突き刺した。それは九尾の腹を突き刺して動きを止める。
「グエエエエッ……。馬鹿な! 忌まわしき、バンパイアめ。復活するとは!」
「今よ!」
「行くぞ!」
音子が攻撃に転ずる。アポカリプスの斧を振りかざして、九尾の狐の体に向かって飛ぶ。黒狐を切り飛ばした勇者オーリスも同時に飛んだ。2人の攻撃が九尾の狐を一閃する。
「ぐああああっ……。人間ごときが……我の体に傷つけるとは……許さじ……」
魔法で生み出された岩の楔が消えて、地面に落下する九尾の狐。だが、まだ攻撃は続く。
「ケガどころじゃないよ! クロアにしてくれた攻撃のお返しをするよ! 凍てつかせろ! ブリザード・カッター!」
クロアの魔法攻撃。氷の嵐が九尾の体を包み、あらゆる方向から氷のナイフを突き立てた。九尾の狐はのたうち回り、激しく体を痙攣させた。
「人間ごときが……我が真の力を取り戻せていたのなら、お前たちごときに負けはせぬのに……ああ……口惜しや……」
バン!
音子が仁王立ちして、アポカリプスの斧の柄を地面に叩き付けた。そして九尾の狐にこう宣言した。目の前には九尾の狐が封印されている大きな岩がある。そこには2本の鎖が巻かれている。まだ6割以上の力を封印しているのだ。
「九尾の狐、ベレニケ・アントワープ・デ・クアトロポルテよ。あなたの願いをかなえましょう!」
アポカリプスの斧が一撃で2本の鎖を断ち切った。チャリン、チャリンと鎖が落ちる音がする。同時に九尾の狐の体が光に包まれる。
「うおおおおっ……。力がみなぎるぞよ! 我の力が完全に戻ったぞよ!」
先程まで、存在自体が薄くところどころ、半透明なところがあった九尾の狐の体が完全に実体化した。封印が解かれたのだ。
「音子、何をするでゲロ! 気でも狂ったでゲロか!」
ゲロ子が信じられないという表情で音子を指差す。ほとんど勝利をつかみかけていたのに、九尾の狐を完全復活させたら勝利どころか、全員、皆殺しである。
「ゲロちゃん、これでいいのよ」
「よくないでゲロ!」
「いや、音子ちゃんの判断、僕は賛成するよ」
勇者オーリスが剣を青眼に構える。その横には肩で息をしているダリアさん。そしてクロアもニッコリと微笑んだ。
「クロアも賛成よ。そのバカ狐。30%の力しかないから負けたと、またウジウジと封印されて恨み続けるでしょう。だったら、100%の力を出させた上でぶちかますしか納得しないとクロアは思うよ」
100%の力を取り戻した九尾の狐は、自分を取り囲む4人の冒険者を見ている。すぐにでも攻撃をするべき絶好のチャンス。だが、九尾の狐は動かない。そして、急に笑い出した。
「ククク……ハハハッ……。よかろう。お前たちを認めようではないか」
「ゲロ?」
「正直、お前たちと戦って、我が無事で済むとは思えないぞよ」
そう言うと九尾の狐は、空中から封印の解かれた岩の上に座った。戦闘をしないという意思表示である。
「賢い選択だよ」
「僕もそう思う」
「賢明な判断……」
「ゲロ子は意外な展開に戸惑っているでゲロ」
「お前は黙ってろよ……」
力のない声を振り絞ってゲロ子にツッコミを入れる右京。貧血で頭がクラクラするのをホーリーに支えられている。造血効果があるという傷に効く薬酒を口に含ませてもらっている。
「村長よ。和解の条件とやらを話し合おうではないか……」
そう九尾の狐は提案した。200年前の争いをここで終わらそうと歩み寄った瞬間であった。
次回で17話は終了です。