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伊勢崎ウェポンディーラーズ ~異世界で武器の買い取り始めました~  作者: 九重七六八
第17話 病魔のバトルアックス(アポカリプスの斧)
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制圧

ホーリーの視線の先。上空にはドラゴンがホバリングしている。右京が体を乗り出してホーリーの手を握る。


「アディ、上昇だ!」

「わかった……」


 ドラゴンの正体はドラゴン幼女のアディラード。母親のミルドレッドも上空を飛んでいる。その背中にはクロアと音子ねことダリア村長がいた。巨大なレッドドラゴンが村の上空を大きく旋回している。


「それっ!」

「助かったでゲロ」 


右京が屋根からホーリーをアディの背中へ引き上げる。ホーリーも無我夢中でアディの背中にしがみつく。まだ子供のアディはもふもふの軟らかい毛で覆われていて、ミルクの匂いがする。


「お、重い……」


 ホーリーが乗って少しバランスを崩すアディ。今は自動車くらいある大きさのドラゴンパピーだが、やはりまだドラゴンの幼生。大人二人は重いようだ。パタパタと翼を動かすが徐々に高度が下がっていく。


「アディ、頑張れ!」

「アディちゃん、頑張って」


 落ちればクラマ病患者の群れの中に突入である。右京とホーリー、2人して徘徊する羽目になる。


「アディ、頑張るでゲロ。帰ったら新作のアイスクリームを食べさせるでゲロ」

「ううう……食べたい……」


「冷たくて美味しいでゲロ。シャーベットがジョリジョリする食感でゲロ」

「ちゅ、ちゅべたいアイス食べたい……」


アディが一生懸命に翼を動かす。屋根に患者を残したまま、右京とホーリーは何とか、上空へと逃れた。 安全が確保され、お互いの顔を見合わせた右京とホーリー。安堵感からか、ホーリーの両目に涙が溢れてくる。


「右京様!」


思わず右京に抱きつくホーリー。もう絶対ダメだと思った時にやっぱり、右京は来てくれたと感激で涙が止まらない。


「ホーリー、無事でなによりだ」


そんなホーリーをそっと右京は抱きしめた。右京は、村の外へ逃れたロンやオーリスから事情を聞き、ホーリーの活躍を知っていた。ホーリーがこの学校で鐘を鳴らさなかったら、おそらく全滅していたであろう。


「そろそろ、ラブシーンはやめにするでゲロ。クロアも睨んでいるでゲロ」


 ホーリーの肩から右京の肩へと移動したゲロ子が、耳を指でホジホジして息で吹き飛ばすと、そうぼそりと水を差す。確かに上空に飛ぶミルドレッドの背中に乗っているクロアの瞳が赤い。嫉妬の炎がメラメラと燃え始めている。慌てて体を離す右京とホーリー。


「と、とにかく、君が無事でよかった」

「右京様が早く来てくれたおかげです」


 このクラマ村までは馬車で2日はかかる。ヒルダの様子から緊急事態と考えた右京は、イヅモの町の郊外に暮らすミルドレッドとアディラード母娘のことを思い出した。


クロアに相談すると、なんとミルドレッドとは友達だと言う。クロアがミルドレッドに頼んで飛んでもらうことにしたのだ。アディラードに新作のゲロ子アイスを食べさせるという条件をつけたが。空を飛べば半日でここへ来れる。


「あ……レイフ、ルッソにハック……」


 ダリアは大勢の患者の中に自分の夫や見知った顔を見て愕然とする。ヒルダやロンから話は聞いていたが、こんなに感染が広がり、大変なことになっていたとは。村長として悔恨の念が支配する。村を病魔から守っていた斧を持ち出したことが原因と考えられるからだ。


「どうやら、ほとんどの患者がこの学校に集まっているようね」


 ミルドレッドの背中から村の様子を伺っていたクロアは、振り返って目で音子に合図した。音子はゆっくりと頷く。


「ダリアさん。アポカリプスの斧を貸してください」


 ダリアもゆっくりと頷いた。ここへ来る間に到着して行うことを確認していたのだ。そして、その任務は音子しかできないのだ。


「ミルドレッド、高度を下げて」

「分かりました、クローディア」


 クロアの指示でレッドドラゴンは大きく旋回すると学校の運動場めがけて下降する。運動上には多くのクラマ病患者が徘徊している。その数は300人近く。レッドドラゴンの翼が作る風圧に煽られて倒れるもの、飛ばされるものが出る。


そうやって、開けられたスペースに音子が飛び降りた。砂埃が舞い上がり、セーラー服に身を包んだ少女が危険な場所の真ん中に仁王立ちしている。


「あああああ……ううううう……」

「うげっ……ゲッ……」

「あうあうあう……」


 一瞬、動きが止まったかに見えたクラマ病患者たちが360度の方向から、音子めがけて歩み寄る。もう逃げ場所はどこにもない。


「音子さん、危険です!」


 思わずホーリーは叫んだ。300人もの患者の中に一人降り立ったのだ。これまでのホーリーの経験からすると危険極まりない行動である。


「大丈夫だよ」


 右京は安心させるようにそうホーリーの肩に手を置いた。それと同時に音子が巨大なアポカリプスの斧を天高く振りかざした。


「今、ここに開放する。その力、この地に示せ!」


 体を海老反りにさせ、思いっきり反動をつけて音子は、アポカリプスの斧を地面に突き立てた。


 ピキピキ……。空気が音を立て始めた。その瞬間、地面に氷が出現する。それはみるみるうちに地面を覆い尽くす。


「クリスタル・コフィン」


 バタバタと患者がその場に倒れる。地面の氷から冷気が足に伝わり、体全体の体温を低下させることで眠りを誘発させる魔法だ。アポカリプスの斧の能力を転化した攻撃である。


「ヒルダから話を聞いてピンと来たの。クラマ病は脳の障害から来る病気ではないかと、そこで脳を冷やすことで眠らせれば動きを止められるのではないかと思ったのよ」

 


クロアは地面に降り立ち、そう説明した。ヒルダがヒュプノスの眠りの魔法は効果があったと聞いていたので、もっと強力なコールドの魔法で脳の動きを止めてしまえばよいと考えたのだが、どうやらその考えは正しかったようだ。

 

『クリスタル・コフィン』は氷の柩に閉じ込める氷系の上級魔法だ。通常は一人にしか効果がないのだが、アポカリプスの斧の能力はこれを複数対象にできた。


地面を凍らせ、そこからの冷気で氷の柩を作るのだ。この魔法は攻撃魔法ではなく、怪我をして動けなくなった仲間の状態を凍結して救援を待ったり、毒の進行を遅らせたりする時に使う魔法だ。


氷の柩に閉じ込めても生命を奪うことにはならない。


 これだけの人数に効果を表すには相当の魔力が必要であるが、それは斧の能力とその力を引き出した音子の力である。音子以外の者が使ってもこれだけの力は引き出せない。


これはイヅモの町で、音子が斧に触れた時に突然、青く光り反応したのだ。どうやら、アポカリプスの斧は音子と相性がいいらしいことがわかった。


 バタバタと倒れた村人の氷の柩を部屋に運び込む。村の中にいた患者も同様に氷の柩に封じ込めて村を完全に制圧する。恐怖に支配されていた村がたった半日で平和を取り戻した。無事だった村人や村の外に逃れていた村人たちで患者たちを室内に運び込む。


「ゲロゲロ……。とりあえず、ヤバイ状況から逃れたでゲロ。このまま、感染が広がって世界が全滅してしまうと思ったでゲロ」


「まあ、B級のゾンビ映画にありがちな展開にならなくてよかった」


 右京は以前に見た映画を思い出した。突然、人が人を襲いだし、噛まれた人間はゾンビになってまた人を襲う。そして最後はショッピングモールに立てこもる。ゾンビ映画のお約束である。


「主様のショッピングモールが舞台じゃなくてよかったでゲロ」

「おい、ゲロ子。ダリアさんの前では言葉を慎め」


 右京はそうゲロ子をたしなめる。村であっても舞台としては起こしたくないだろう。ダリアはとりあえず、村人が一人も死ななかったことに安堵したものの、大半の村人が氷の柩に囚われていることには心を痛めている。この病気の治療法が見つかったわけではないのだ。

 

 ゲロ子には注意したものの、このクラマ村が辺境の地であったことは幸いしたことは事実だろう。隣村と近ければ感染が広がっただろうし、大きな町であれば感染速度は上がる。もし、イヅモの町のような都市であれば、感染被害は想像もできないだろう。今回のように僅かな時間で制圧できることもありえない。


「症状からすると狂犬病に近いのかな……」


 右京はそうつぶやいた。この世界に狂犬病があるかどうかは知らないが、右京が知る伝染病では、それが近いと思ったのだ。


 発症すると凶暴化して他者に噛み付くというのは、精神が冒される狂犬病の症状である。水を極端に恐れるという恐水症状や、精神錯乱、興奮性、麻痺などの症状が出る。症状が出てから7日以内に脳神経の麻痺、全身の筋肉の麻痺で死ぬ。発症したら治療する手段はなく、発症後の死亡率はほぼ100%という恐ろしい病気である。

 

 未だに全世界で何十万人もの人がなくなっており、人類の驚異となっている病気なのだ。ただ、狂犬病にはワクチンが作られている。噛まれたあとでもワクチンを打てば発症を回避することができるのだ。このワクチンは19世紀にフランスのルイ・パスツールという人類史上に大変な功績を残した偉大な細菌学者によって作られている。

 

 当時は狂犬病の原因であるウィルスを見ることのできる電子顕微鏡はなく、パスツールは目に見えない病原菌を相手に、自らが発見したワクチン製造法で見事に人類がこの悪魔の病気について対抗する手段を編み出したのだ。


「狂犬病ではない……。そもそも、狂犬病は人から人へは感染しない」


 音子はそう右京に反論した。音子に言われるまでもない。症状に似たところはあるが、明らかに違う病気であることは右京にも分かっていた。そもそも、潜伏期間が短じか過ぎるし、全身が青く変色するのもおかしい。これはこの世界の、このクラマ村だけの風土病であろう。


「おい、患者たちの体、色が薄くなっていないか?」

「本当でゲロ。手や足の色が元に戻っているでゲロ」

「冷やしたせいかしら?」


 氷の柩に閉じ込められてから、12時間以上経っている。全身の皮膚が青く変色していた患者が徐々に元の色に戻りつつあることに右京たちは気づいた。低温が患者に何らかの影響を与えたのかもしれない。


 そのまま、3日ほどするとどの患者も皮膚の変色が回復した。そこで試しにひとつの氷の柩を壊すことにした。ダリアの夫であるレイフである。音子がアポカリプスの斧でコツンと叩くと氷の柩は粉々に崩れ去った。


「ううう……」


 氷の柩が壊れると同時に意識が戻った。目を開けたレイフは正気を取り戻していた。


「ううう……。俺は……今まで……何を……」

「あなた!」


 思わず夫を抱きしめるダリア。かなり衰弱しているものの、病気の影響はないようだ。


「他の患者も回復しているかもしれないよ。体の変色が戻った人の柩を壊しましょう」


 クロアの指示で音子が壊す。体の変色が消えていた患者は、全て回復していた。後遺症もないようである。


「どういうことだ? アポカリプスの斧に病気を治す効果があるのか?」

「違うよ、ダーリン。おそらくだけど、低温が効果があったと思うよ。特に脳を冷やしたのがよかったのかも」


 クロアの推察は見事に的中する。ロンがイヅモの町の研究者と共に、クラマ村に帰ってきたのだ。


「皆さん……。クラマ病の原因が分かりました」


 馬車から降りたロンは、そう右京たちに告げたのだ。



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