アポカリプスの斧とクラマ病
「う~ん。これは難しいね。聖なる武器の一つというのは間違いないと思うけど」
クロアはバトルアックスを鑑定して首をかしげた。とてつもない魔力を秘めていることは分かる。だが、これで病気から村全体を守っているのかと言われれば、クロアには分からないとしか答えられない。
「この武器は使うものの感情をブーストして、魔力の増大を図る能力があるよ。ジャイアント・キルという特殊能力があることは間違いないね」
「使用者の感情でゲロか?」
「相手が巨大であればあるほど、それを倒したい、倒さねばならないという気持ちが高ぶる。それに反応するようね。斬れ味、破壊力とも数倍、数十倍になる」
クロアの鑑定通りなら、かなりすごい武器ということになる。これまで見つけていた『アスタロトの杖』『キング・エスパダ・ロペラ』ともに特殊能力はすごかったから、さすがに伝説の武器ということになる。
「だけど、相手が強大だとビビってしまうこともあるだろう?」
右京が言うとおり、人間は強大な敵の前に勇気を振り絞って戦う姿勢を取れるケースは、稀であろう。多くの場合、恐れて逃げ出すのが普通だ。
「だから、聖なる武器。武器が持ち主を選ぶ」
音子はバトルアックスを見てそうつぶやいた。この世界と音子や右京がいた世界を滅ぼすという『混沌の意思』というものが何なのかは分からない。もしかしたら、そんな言い伝えはでたらめかもしれない。だが、武器が見つかった以上、それに備えて準備をしておくことは無駄なことではないだろう。
「病気から村を守るという力があるかどうかは、クロアでは分からない。そんな力は感じられないけど、クロアは黒魔術専門。神聖魔法なら神殿へ行かないとね」
ヒーリング効果がある武器というのは魔法の武器の中でも珍しくない。持っているだけで人間の治癒力を活性化するもの。その武器から直径5mエリアの範囲で効果を表すものもある。傷口を瞬時に塞ぐ『再生』の力があるものもある。
病気の人間に使えば、治癒力を高めることでその病から回復することもあるが、残念ながら、病気そのものを治す力は魔法具にはない。それは薬の力に頼るしかないだろう。この異世界に医師や薬師がいるのは、魔法ではどうにもならないことがあるからだ。
「ありがとう。クロア。レオナルドのところへ行ってみる」
「そうだね。でも、クロアはちょっと気になることがあるよ」
クロアはクラマ村のダリアを見た。ダリアはクロアがバンパイア族と聞いて、ちょっと緊張していた。黒い髪で色白の美少女。バンパイアと聞くとその美形が恐ろしくなる。
「ダリアさん」
「は、はい。何でしょう?」
「ダリアさんはこの斧を捧げて毎日、お祈りをしていらっしゃると聞きました」
「そうです。村に伝わった風習です」
「それは欠かさず毎日続けているのですか?」
「いえ、毎日ではありません。泉が凍るときは行いません」
「泉が凍る? では、冬場はしないのですか?」
「いえ。あくまでも泉が凍る時だけです」
「なるほどね……」
クロアはちょっと考えた。クロアなりの仮説を立てたのだが、まだそれを検証するには情報が足りなかった。
「ダーリン。この町には何日いるの?」
「3日だ」
これは斧が村不在の期間を1週間と決めたことが関わっている。村まで2日。往復で4日。1週間となると3日しかこのイヅモの町にはいられない。
「じゃあ、ダーリンが神殿で鑑定を終えたら、一緒に図書館へ行こう」
「図書館?」
このイヅモの町には大きな図書館がある。そこには以前、黄泉の国の本が手に入った時にお世話になった人がいる。図書館司書のアリアさんだ。右京はレオナルドの鑑定を受けた後に、クロアと一緒に図書館へ行く約束をした。クロアが村に関して調べたいことがあると言うのだ。
「右京君。中々面白いものを持ってきてくれたね」
鑑定を終えたレオナルドがそう右京に結果を伝えた。鑑定にはまる1日を要したが、それはこのバトルアックスが有名なものであったことと、レオナルドの属する神殿の研究機関が豊富な資料と優秀なスタッフがいたからでもある。
「これは『アポカリプスの斧』に間違いない」
「アポカリプスの斧?」
アポカリプス……黙示と訳される。神が選ばれた預言者に告げた言葉である。それは世界の終焉を示唆するものであったり、災害や疫病の流行を予言したものであったりした。人に警告する神の言葉であるのだ。
「アポカリプスの斧は、この世界が滅びるという神の予言を覆す。まさに黙示を断ち切る役割を果たす斧と言われている。まあ、あくまでも伝説だけどね。過去に『混沌なる意思』が活動を始めた時に、それを封じ込めた勇者一行が使ったとされる武器だよ」
「ゲロゲロ……。国宝級でゲロな。売ったら天文学的な金額になるでゲロ」
「で、この武器の力は?」
「クロアさんが鑑定したとおり、ジャイアント・キルの能力は付与されている。攻撃力もなかなかのものだと思うよ。これに関しては君の方が得意だと思うけど」
魔力抜きで見てもこのバトルアックスは、重量といい、バランスといい、人間の力によって最大の攻撃力を引き出すことができると右京は思った。これに魔力ブーストがかかれば、恐るべきパワーを発揮できるだろう。
「それだけでない。これには封印された力もあることが判明した」
「封印された力?」
「超低温状態を一瞬で発動する力。古代魔法コキュートス」
レオナルドが説明する。コキュートスとは冥府の川を意味する言葉だが、この世界では氷結系の上級攻撃魔法であった。その効果は攻撃対象を絶対零度の低温で凍らせる。
「無論、術者がこのバトルアックスを使いこなせるだけの魔力を持っていることが条件だけどね。それに……」
「それにでゲロ?」
「コキュートスの魔力がわずかながら漏れているんだ。例えるなら、このバトルアックスが絶対零度の詰まった袋だとすると、小さな穴が開いていてそこから冷気が漏れ出しているということかな」
「それでは私が毎日、泉で祈っている時にその冷気が漏れ出しているということですか?」
「そういうことになりますね。その毎朝、祈っている祈りの言葉はどういうものですか?」
レオナルドがそう尋ねると、ダリアは毎朝、声に出している祈りの言葉を口にする。
「リラ・ラ・ラ・メッケム……白き覇王よ。我ら民に自由と平和をもたらす、静寂なる王よ。白き波動をもって邪悪な黒き王を打ち払わん。今ここにその力を示し給え。我らを守り給え。リラ・ラ・ラ・ペルダム。今ここに我らは祈り、捧げ、歌う」
「う~ん。それとコキュートスの発動が関係あるのか、僕には分からない。何か、発動の鍵があるのかもしれない。そもそも、コキュートスの魔法は言い伝えだけで、現在、使える魔術師はいないからね」
「毎朝、泉の水に入れていたというのが何か関係あるのかもしれない……」
レオナルドの説明を聞いて、音子は村で見た神聖な儀式を思い出す。泉の水は村の飲料水、生活水として使われている。村の特産の米を作るのにも使われている。
綺麗な湧水が地面から湧き出ていた。豊富な水量を誇る村の宝というべき泉だ。元々、冷たい水であるが、バトルアックスからコキュートスによる魔力が漏れ出しているのなら、泉の水の温度をさらに下げている可能性もあった。
「泉の水の温度を下げることと、病気の流行と何の関係があるでゲロ?」
「水の消毒に煮沸することはサバイバルでは基本だけど、温度を下げるのは意味あるのか?」
右京もレオナルドの話と村の病魔との関連はあまりないのではと感じていた。そもそも、水を浄化する方法は、4つあるといわれる。
一つは煮沸させる方法。水を火で沸騰させる。これで病気を引き起こすバクテリアは全て死ぬ。右京がテレビで見た外国のサバイバル番組で、ベテランサバイバーはまず、これをやっていた。
過酷な土地ではまず火を起し、水を消毒する手段を得ることが一番初めにやること。食べ物よりも水の確保が第一優先なのである。食べ物は1週間食べなくても生きていられるが、水は3日飲まないと死に直結するからである。
二つ目は薬品で消毒する方法。プールに投入する塩素系の消毒剤では飲み水としてはあまり好ましくないが、ヨウ素系の浄水タブレットのようなものなら、バクテリアを殺し、水を安全なものにすることができる。
三つ目は浄化装置によるもの。現代のセラミックカートリッジや合成繊維によるフィルターで濾すのだ。これだとバクテリアも取り除ける。さらにUV浄水器のように紫外線で消毒するものもある。
もちろん、この世界にはそのようなものはないので、小石や木炭、砂で層を作り、水をきれいにする方法もある。これだと完全にバクテリアは取り除けないが、数を減らすことで、病気の発症を防ぐことができる。
右京が見たサバイバル番組では、火が起こせなかったサバイバーが、崖から染み出てくる水を集めて飲んでいた。これは自然の濾過機能を生かした行動だ。川の水を直接のんだ人間は病になったが、自然の濾過を利用した水を飲んだ人間は、病気にならなかった。
四つ目は太陽で蒸留水を作る方法。大きな器に水を張り、中央に容器を置いてビニールで覆う。中央に石を置いて蒸発した水を集めて容器に入れるのだ。海で海水から真水を作る方法でもある。これだと真水を得るのに気の遠くなる時間がかかるが。
こう考えると水の温度を下げることと、水をきれいにすることとはあまり関係がないと思われるのだ。
「まあ、病魔との関連は分からなかったけど、このバトルアックスがとてつもない魔法の武器であることは分かった。レオナルド、ありがとう」
右京は礼を言って鑑定料を支払う。証明書を付けると1000Gはする案件だが、売るわけではないので、証明書はいらない。100Gを支払う。
神殿での鑑定を終えると今度はクロアの待つ図書館へと向かう。このイズモの町には大きな図書館があり、昔の書籍が蓄積されているのだ。右京たちが行くと、既にクロアは来ていて、図書館秘書のアリアさんと話しているところであった。
「ダーリン、遅いぞ。今、クラマ村の歴史の文献をアリアさんに持ってきてもらったところ。気になる記述を見つけてね」
クロアは昼間なので肌を露出しないよう黒いローブで体を覆っている。出しているのは目だけだ。まるでアラブの美女みたいな格好である。一方、アリアさんと会うのは久しぶりである。黄泉の国へ行った時に助けてもらったことがある。
エメラルド色の長い髪をアップにしてうなじがどことなくセクシーな知的美人。赤縁のメガネがとても似合っているお姉さんだ。
「クラマ村の歴史に関しての著書は、そんなに多くのないのですが、病気に関して興味深い記述があったものがあったので、クロアさんに紹介しました」
そうアリアさんは二冊の本を指でさした。一冊目はロイス旅行記。50年前に書かれたロイスという男が書いた本だ。彼は世界を旅してそこで出会った珍しい出来事を本にしていたのだが、全部で12巻あるその本の7巻にこんなことが書いてあった。
*
クラマ地域には恐ろしい謎の奇病があるという。全国にはその土地ごとに様々な風習や生活習慣の違いはあるが、風土病というのも様々だ。私がクラマの古老に聞いた風土病は奇っ怪で、本当にそんな病気があるのかと耳を疑った。
今は村の宝である『病魔のバトルアックス』のよる力でその病魔は防がれているという話だが、そんなのは迷信だろう。儀式を見たがそんなことで病が防げるわけがない。
*
「これだけでゲロ?」
「肝心の病気のことが書かれていない……」
「ロイス、ちゃんと書けよ!」
「この古老は私の祖母ですよ」
肝心なことを書いていないロイスと言う能天気な旅人の記述に右京とゲロ子、音子は不満を口にしたが、クラマ村の現村長であるダリアは、興味深そうに写真を覗き込んだ。古い写真に写っているのは祖母だという。
「ダーリン、こちらにはその奇病のことが書かれているよ」
クロアが示したのはこの世界の風土病について書かれた医学書。100年前に書かれたもので、かなり古い。当時の病理学者トーマソンが書いた本だ。
*
クラマ病 原因不明 2次感染あり 細菌によるものと推測されるが原因菌は特定されていない。発熱 発汗 強烈な頭痛後、全身の皮膚が青く変色する。意識が混濁後、性格が凶暴になり暴れる。患者に噛み付かれたり、嘔吐物を浴びたりすると感染することがある。
治療方法なし。患者を隔離し、他への感染を防ぐ。患者は約1ヶ月で死ぬ。
なお、感染した記録は過去にはあまりなく、この村が他とは隔離された辺鄙なところにあることが幸いしていると思われる。今回、1名の患者を観察することができたが、2次感染を防ぐことができたため、流行することはなかった。
*
「怖えええっ……」
右京は淡々と書かれている記述の割には内容はとんでもないことに驚いた。治療法なしで人を襲うという設定。明らかに……。
「ゾンビ映画みたいでゲロ」
「おい、ゲロ子。なんでそれを口にする? ゾンビ映画なんてどうして知ってる?」
「さあで、ゲロ」
「いずれにしてもこれは過去の病気で、ここ数十年発症はしていないということはわかったよ。そのバトルアックスとの関係は不明だけど。クラマ病についてダリアさんは何も聞いていないのですか?」
クロアの質問にダリアは首を振る。村でも禁忌とされる話しなのであろう。そのために言い伝えが途切れてしまい、今の村長であるダリアにも詳しくは伝わっていなかったのだ。
病気を防ぐためにバトルアックスを使った儀式を行う。だた、それだけが伝わったということだ。
「そんな恐ろしい病気があったなんて。絶対に私の村では流行らせたくはないです。このバトルアックスがそれを防ぐ役割があるなら、ますます、これはお譲りすることはできません。また、場合によっては貸すことも難しいです」
ダリアはそう言って、すぐに村へ帰りたいと言う。村を病魔から守るこのアポカリプスの斧が村から離れて4日経つ。いいもしれない不安がダリアの心を支配していく。
「アポカリプスの斧が病魔を防いでいたとは限りませんし、病気の原因も不明です。何より、その病気は100年前に1人の発症者が出ただけでしょう。そんなに気にする必要があるとは思えないけど」
「そうでゲロ。主様の言とおりでゲロ」
ゲロ子がそう右京をフォローして、ダリアの不安を一掃しようとした時に、聞きなれた声がした。それは弱々しく、しかし、鬼気迫るものであった。
「ご主人さま~っ……」
「ヒルダでゲロ。どうしたでゲロ」
パタパタと飛んできたのはヒルダ。服はボロボロで、かなり激しい戦闘を行った後のような感じだ。かなり疲れた表情である。ヒルダはホーリーとロンとともに、クラマ村に残してきたのだ。
妖精であるヒルダはゲロ子と同じように、行ったことのある場所へ移動する能力がある。その能力を使ってイズモの町へ戻ってきたのだ。
「大変です! 村の人たちが……」
そこまで言うとヒルダは気を失った。
「どうやら、魔力を使い果たしたようね」
ヒルダの額に2本の指を置いたクロアは、険しい表情でそう言った。ここへ来るまでに魔法をかなり使ったようだ。
「村に何かが起こったのでは! すぐに戻りましょう」
「分かりました。ダリアさん。ゲロ子、お前は村まで瞬間移動できるだろ」
「村長の家に魔法陣を書いたから、できるでゲロ」
「ゲロ子、先に行け!」
「了解でゲロ」
クラマ村で何かが起きている。
「ゾンビパニックでゲロ!」
「おい、ゲロ子! それをばらすなよ!」
主様、流行に乗っかるでゲロか?
偶然だ、偶然。最近、アイ○○アなんちゃらの映画見たからじゃないからな。
注意:次回、気持ち悪い話ではないので安心してください。