マリアの決意
(あれはホーリーのところのピルトじゃない。マリアったら、もう男の子を引っ掛けて)
クロアはマリアがピルトと一緒にいるところを見て少し驚いた。慌てて逃げ出したところを見ると自分のことが分からなかったようだ。
(まあ、一緒にいるのがピルトなら大丈夫だね。それにマリア。あなたの居場所はすぐ分かる)
クロアは魔法を唱える。アイテム感知の魔法だ。実はマリアが首から下げているペンダントには魔法がかけられてあった。魔法感知で赤く光り、クロアが手にした地図に示されるのだ。
「南エリアに戻るようね。伊勢崎ショッピングモールのカイルのところね。そりゃ、そこしかないでしょう。まあ、今晩はこれで許してあげるけど。マリア、無断外泊でしかも男の子の部屋に泊まるなんて、罰は3倍のようね」
クロアはそうほくそ笑んだ。とりあえず、マリアを泳がせておこうと思ったのだ。無理やり連れ帰っても、彼女の意識が変わらない限り、同じことを繰り返すだろう。
「はあはあ……ここは……?」
「伊勢崎ショッピングモールだよ」
(そ、それは知ってる! なんで戻ってくるんだよ!)
マリアはがっかりした。ピルトが案内したのはクロアの店がある南エリアの伊勢崎ショッピングモール。そこにあるカイルの武器工房なのである。ここから直線距離で100mしか離れていない。ピルトはここの2階に部屋をもらっており、一人暮らしをしていた。
「ここならあの魔物に見つからないよ。朝になるまでここでかくまってやるよ」
「う、うん」
考えようによっては灯台下暗しである。クロアもまさか自分がこんな近くにいるとは思わないだろう。朝になればバンパイア族のクロアはそうそう活発には動けない。それは自分も一緒であるが、逃げ出すくらいはなんとかなるだろう。
部屋は6畳ほどのスペース。男の子らしく殺風景な部屋だ。ベッドが一つポツンと置かれているだけだ。
「疲れただろう。シャワー浴びて寝よう。お腹は減ってないか?」
ピルトはそう言うとトントンと階下に降りると夕食をもってきた。エルスさんが住み込みの従業員のために用意しておいてくれたものだ。ピルトはお使いに出ていたので、特別に取り置きがしてあった。パンに肉やチーズがはさんであるものに、煮込まれた肉団子とキャベツ。
お腹が減っていたマリアはそれを無我夢中で食べる。ピルトはその間にシャワーを浴びに行く。1階に従業員用のシャワー室があるのだ。
「おい、マックス。食べ終わったか? シャワー浴びてこいよ。これ貸してやる」
「きゃっ!」
上半身裸で現れたピルト。鍛冶の仕事で鍛えられつつある体は筋肉がつきつつあり、初々しい少年の体から青年に変わる途中であった。
「おいおい、女の子みたいな声上げるなよ」
「いや、突然だったのでびっくりしただけで……」
マリアは両手で目を覆っているが、指をちょっとだけ開いてピルトの体を見る。男の子の体をじっくり見る機会はなかったので不思議だ。明らかに自分とは違う。
(やっぱり、自分は女の子なのか……)
全体的にプニプニしている自分の体。何より違うのは胸。ピルトは筋肉で引き締っているのに自分は小さいけどポヨポヨしている。
「ほい」
夕食を食べ終わったマリアにピルトが渡したのは、自分のTシャツとタオル。ピルトはマリアよりも大きいから、Tシャツを着ると裾が太ももあたりに来る。
「あ、ありがと……」
「マックス、お前、年はいくつだよ」
「14歳」
「おいおい、ちゃんとめし食ってるのかよ。俺と1歳しか違わないのにそんな女みたいな華奢な体でよく冒険者が務まるなあ……」
「お、大きなお世話だ」
ここで女だとばれるわけにはいかない。食事を始めたピルトを部屋に残して、マリアはシャワーを浴びる。浴びてから貸してもらたTシャツを着る。
ちょっとミニスカートみたいになって恥ずかしい。まとめた髪の毛を隠すために帽子はかぶったまま、ピルトの待つ部屋へ戻る。
「何だ、マックス。寝るときも帽子かぶるのかよ」
「ええ、まあ。あの冒険でケガしたから……」
ちょっと言い訳が厳しいかと思ったが、ピルトは気にしていないようだ。ちゃっちゃと食事を片付ける。そしてベッドに入った。
「おい、マックス寝るぞ」
「え?」
「俺は明日の朝、早いんだ。マックスも夜が明けたら逃げ出すんだろ」
「あ、うん」
「ベッドが一つしかないけど、幸い、ちょっと大きいから二人寝るのには問題ない。どうした?」
ピルトはモジモジしているマリアを見る。大きなTシャツを着ただけの姿は結構な可愛さだ。男でなければ照れてしまう。だが、男と信じきっているピルトは素っ気ない。
「男同士だぞ。そんな女みたいな態度取るなよ。気持ち悪いぞ」
「そ、そうだね」
男同士と言われてマリアは覚悟を決めた。ベッドに潜り込む。大きいと言っても2人でねると結構距離が近い。お互いに背を向ける。
「ピルトってえらいね。鍛冶屋さんに弟子入りするなんて。仕事大変でしょ」
「ああ。朝は早いし、危険もある。親方も厳しい。だけど、楽しんだ。毎日が」
「そ、そうなの?」
「俺には夢があるんだ。いつか、親方のような立派な鍛冶屋になって、弟や妹を養うんだ」
マリアはそっとピルトの方へ体を向けた。発展途上ではあるが頼もしい背中が見える。それは大きく頼りがいがある背中だ。
(あ、あれ……どうしたんだ……俺……)
「そして、親方みたいに美人で奥ゆかしいお嫁さんをもらうんだ」
「奥ゆかしい?」
「そうさ。やっぱり、女の子は奥ゆかしくて上品な人がいいなあ。がさつなのはダメだ。おい、マックス。お前はどんな女の子がいいんだ? お前はツラがいいから、モテるだろ」
「いや、女の子なんて……」
「お前、ちゃんと稼げるようになったら、俺の妹紹介してやるよ。タバサって名前で、これがよくできた妹なんだ。表の伊勢崎さんの店で働いてるんだけど……」
そこまで言うとピルトは寝息を立て始めた。昼間の疲れで眠気が襲ってきたのだ。寝てしまったピルトを見ながら、マリアは心臓がドキドキするのを抑えられない。
(奥ゆかしい……上品……)
バンパイアであるマリアは夜寝る必要はないが、そんなことを考えていると急に眠くなってきた。目を閉じるとそのまま眠ってしまった。
鍛冶屋の朝は早い。日が昇る頃に起きて火入れをするのがピルトの役目だ。火入れをして準備をすると親方であるカイルや、越四郎。通いでやってくる他の職人がやって来る。エルスさんが朝食を用意してそれを食べてから仕事が始まるのだ。
いつものようにピルトは起きた。窓を開けると夜が明けたばかりの新鮮な空気が部屋に入ってくる。ピルトはその空気を思い切り吸い込んだ。今日も仕事をかんばるぞと気持ちを高める。
「う、う~ん」
マリアの声にピルトは振り返った。そして唖然とする。帽子が脱げて長い黒髪が出ている。Tシャツの裾がめくれて明らかに女の子下着が見える。
「お、おい、マックス、お前」
体に触れて起こす。その感触。
プニプニ……。
(ぬあああああっ……。こいつ、女の子だ!)
「う……もう、朝……。あれ、ピルト?」
「マックス、お前、女だったのかよ!」
「あっ!」
慌てて頭を抑える。まとめてあった髪のゴムが取れて、肩まである髪が露出している。Tシャツの裾もめくれているのに気がついた。
「み、見た?」
「み、見てない、見てない」
「うーっ」
マリアは思わず顔を覆った。何だか恥ずかしい。こんな気持ちになったことは今まで一度もなかった。ピルトも焦った。知らなかったとはいえ、女の子を部屋に連れ込んで一緒に寝てしまったことは事実だ。親方にバレたら怒られる。
「はいはい……そこまでだよ」
窓に人影を感じたピルトが振り開ける。そこにはよく知った人物がいた。クロアである。太陽の光から身を守るために顔まで覆っているが。
「ク、クロアさん」
「ピルト君、ありがとう。お礼を言うよ。妹を守ってくれてありがとう」
「い、妹ですって?」
「妹のマリアです」
「マ、マリア!」
バサっとクロアは黒いマントをマリアにかぶせた。バンパイア族は太陽の光が苦手である。
「ね、姉さま」
「マリア。修行を抜け出しただけでなく、夜遊びをして、男の部屋で泊まるとはなんとふしだらなんでしょう。これは帰ったら折檻だよ」
「ま、待ってください。クロアさん。彼女は何も悪くない。黒い魔物に追われていただけなんです。それに俺たちは何もしてない」
マントを頭からかぶったまま、ピトっとピルトの背中に隠れるマリア。恐怖で震えるのがピルトにも分かった。ピルトはクロアのことをよく知っている。美人で親切であるが、時折感じる怖いところがあり得体のしれない人だと思っていた。
「クロアさん、マリアを許してやってください!」
土下座をするピルト。クロアは思わず微笑んだ。
「マリア、あなたはいい人と出会えたね。見ず知らずのあなたのために頭を下げる人はそうそういないよ。ピルト君は毎日、鍛冶屋の修行に励むすばらしい子だよ。それに比べて、マリア。あなたはどう? 修行を逃げ出して恥ずかしくないの?」
「ご、ごめんなさい」
「いいでしょう。今日のところはピルト君に免じて許しましょう。マリア、来なさい」
マリアは観念した。今日から真面目に特訓をやろうと思った。なぜ、そんな気持ちになったのかは分からないが。
「ピルト君、これからも妹の友達でいてね」
そう言うとバンパイア姉妹は2階の窓から消え去った。
いつものようにクロアの店の前をマリアが掃き掃除をしている。店が開店する夕方である。もう日が落ちて人々が家に帰る時間だ。
「おう、マリア。今から仕事か?」
「ピ、ピルト」
鍛冶の仕事を終えて通りかかったピルトが声をかけた。あれから3日。マリアは女の子らしさを身につけるために日夜修行に励んでいる。
「修行は頑張っているか?」
「が、頑張ってるよ。少しでも奥ゆかしく上品になれるように……」
水玉模様のエプロンドレスを翻してくるっとマリアは回った。昨日から特訓している可愛らしく見せる仕草の一つだ。
「お、おう……。まあ、がんばれよ」
ピルトはそう言って片手を上げた。マリアの可愛さにちょっとドキッとしたが、ピルトは硬派だ。それに教会の孤児院で女兄妹と接していたから女の子に関しては免疫がある。そのまま、手を挙げたまますれ違った。その後ろ姿を見つめるマリア。
(ピルトって、よく見るとカッコいいんだよね~)
思わず、そんなことを考えてしまうマリア。今まで男の子が気なることなんかなかったのに不思議だ。そんな気持ちもあって、クロアの淑女になる特訓を文句言わずに受けている。奥ゆかしく上品になりたいと無性に思うのだ。
「マリア、クロアはいる?」
不意に後ろから声をかけられてマリアは振り返る。右京と左肩のゲロ子。それに音子と見知らぬ女性がいる。
「男女のマリアが気持ち悪い格好をしているでゲロ」
「おい、ゲロ子。マリアちゃんに失礼だろ!」
ゲロ子を叱る右京。クラマの村から村の宝であるバトルアックスを持ってきたのだ。バトルアックスを背中にくくりつけているのは村長のダリア。右京はまず魔法鑑定をクロアにしてもらおうと思ったのだ。専門の鑑定士に見せる前にある程度の魔力は分かるだろう。
「姉さまは中にいます。姉さま、右京さんがいらっしゃいました」
マリアがそう声をかけるとドアが開いて、クロアが飛び出してきた。右京の懐に飛び込む。
「あ~ん。ダーリン、クロア、寂しかったよ~っ。クラマの、村へ出かけたって聞いていたけど~」
「おい、クロア、そんなにくっつくなよ」
「これだから発情バンパイアは困るでゲロ」
右京に抱きつきながら、クロアはマリアに軽くウインクした。
(姉さま、それは演技だよね。キャラ作りだよね。女って怖!)
(でも、女の子でもいいかも……)
バーゼル家の次女の修行は始まったばかりなのだ。
(動機が不純でゲロ)