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伊勢崎ウェポンディーラーズ ~異世界で武器の買い取り始めました~  作者: 九重七六八
第17話 病魔のバトルアックス(アポカリプスの斧)
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マリア、家出をする

ビシッっと柳の小枝で作った小さなムチが鳴る。クロアが妹のマリアの膝を叩いたのだ。慌ててマリアは力を入れて足を閉じる。


「マリア! いつも言っているでしょう! 女子たるもの椅子に座っても緊張感をもつ。だらっと足を開いたらみっともないでしょ!」


「だって、姉さま。足を開いてもスカートが長いならパンツ見えません。それにズボンだったらなおさら……」


 ビシッ。

 柳の小枝が鳴る。


「痛っ!」


「女の子たるものパンツを見せるとか見せないとかじゃないよ。足を開くのははしたないということ」


「だって、姉さま。男だったら、こんなとき、ガバっと足開いて開放感満喫だよ。女だって開放感……」


ビシッ。


 テーブルに置いたマリアの手の甲が赤くなる。


「男の人とは違うのよ。大事なところはちゃんと守る。それが淑女の嗜みだよ!」


「男だって股間は大事だよ。もろ急所だし」


「もろ急所って……はあ……マリア、女の子は股間なんて言葉を不用意に使ってはいけないよ」


「なんで!? どうして? 女の子は使っちゃいけないの?」

「それが法律に書いてあるからだよ!」


 言っているクロアもちょっと違うかと思ったが、ここは妹を納得させることが優先だ。なにせ、マリアは幼少の頃に男として育てられていたから、男の行動が染み付いてしまっている。


 行動は活発だし、言葉も男言葉である。これでも王国の有力貴族バーゼル家の次女なのだから、教育でまともにしないといけない。


 いきなり、貴族令嬢の教育は厳しいので、クロアは町で暮らす自分の元で妹を教育し直そうと思ったのだが、前途多難だと思った。長年染み付いた習慣はそうそうに矯正されるものではない。


「はい、次は食事。まずは自分で考えて上品な女性の食べ方をしてみなさいよ」


 テーブルに並んだご馳走。スープに肉の丸焼き。サラダとテーブルいっぱいに並べられている。マリアも生粋の吸血鬼で、通常の食事は細いはずだが、お腹が減ったらやっぱり食べ物を食べたくなる。


 ガバっと口を開けてスプーンをくわえるマリア。潔い口の開けっぷりは、いかにも美味しそうだが、淑女の食べ方ではない。さらに左手に持ったフォークで肉を突き刺す。


 ビシッ……。またムチが鳴る。


「痛っ……」

「マリア、これが上品な食べ方?」


「だって、姉さま。ホーリーさんなんてあの上品な顔立ちなのに、食べるときはものすごいスピードだよ」


「ホーリーは参考にならないよ。それにホーリーは確かに早いけど、食べ物を食べている姿はエンジェルと呼ばれるくらい美しいと言われているよ。あなたの食べ方は粗野な男が食い散らかす食べ方だよ」


「だって~」

「だってじゃないよ。確かに長年染み付いた習慣を直すのは難しいと思うけど、あなたに自覚がなければ、どんなに努力しても直らないよ」


「俺は女なんかになりたくないよ!」


ビシッ…


「俺じゃないでしょ! わたし。クロアみたいに名前で呼ぶのも可愛いって言ってるでしょ。マリアは~とか言って可愛らしさをアピールしなさい」


「姉さまはキャラを作ってるんでしょ。右京さんの時だけ、名前で自分を呼んでいるし」


「マリア、女の子はね。都合よく化けるものなの」

「女、怖ええっ……」


「それにマリア。あなたは女の子。なるとかならないじゃなくて、最初から女の子なのよ」


「それは分かってるさ……」

「マリア、次は上品に歩いてみなよ」

 

 マリアは椅子から立ち上がった。クロアに無理やり着せられたエプロンドレスが可愛らしいが、歩くと可愛らしさが半減する。残念美少女が目の前にいる。クロアはため息をつく。


「全然ダメね」

「え? 普通に歩いているよ」


ビシッ……。


 クロアがマリアの膝をムチで叩く。


「膝を曲げてはダメ。それとヒールのベルトの締めつけが弱いようね。カポカポと歩くたびに音が出てるよ。それにお股が開きすぎ! もっと内股に力を入れるのよ」


「ううう……。歩き方まで気を使わなくちゃいけないなんて嫌だよ……」

「慣れてしまえば、普通にできるようになるよ」


 クロアはポンとマリアの頭に本を載せた。背筋を伸ばして上半身を安定させ、下半身のリズムを正しく刻んで歩けば、本は落ちない。


「これを載せたまま、店の前の道を100往復する」

「ええ~っ」


 外は夕方にで日が沈みつつある。バンパイア族にとってはここからが真の活動の時間だ。太陽が昇っている時は日焼けに注意が必要だからだ。


「ふうふう……。なんでお……わたしがこんな特訓しなくちゃいけないんだ……。48」


 店の前から30m歩いてはターンして戻ることを繰り返す。最初は歩くだけで本が頭からずり落ちたが、回数を重ねるうちに落なくなった。落ちないことに気を配ると、自然に上半身が伸びて安定し、振動が本に伝わらなくなるのだ。


「おや、マリアちゃんじゃないか。何してるんだい?」


 クロアの店の常連客が声をかけてきた。クロアの経営する『黒うさぎ亭』は夕方から開店するアイテムショップだ。この時間から客がやってくる。


「ダンゼムさん、いらっしゃい。今、お……わたしは歩き方の特訓をしているんだ」


「ふ~ん。それは大変だね。クローディアさんは厳しいから」


「姉さまはわたしを淑女にすると言ってるんだ。そんなのになりたくないけど……」


「そうだな。何事も自分らしくが一番だ。マリアちゃんにとって自分らしくが何か分からないけど、まあ、若い時はいろいろともがくのもいいもんさ。じゃあ」


 そう言うと常連客は店の中に入っていった。マリアが覗くとクロアが魔法具をいくつか見せて商談をしている。


(自分らしく……。今の自分は自分らしいか? いや、違うと思う。こんな女の格好させられて、女の子らしく振る舞うのは自分らしくない)


 マリアは頭の上から本を取ると思いっきりジャンプした。店の2階には自分の部屋がある。窓は開け放たれているから外から入れるのだ。バンパイアならではの身体能力だ。


(逃げるしかない。クロア姉さまのところにいたら、自分らしさが失われてしまう)


 マリアはエプロンドレスを脱いだ。そして以前着ていた男物のシャツを着る。それに吊りズボン。髪はまとめて帽子を被る。ヒールから革靴に履き替える。そして窓から飛び出し、地面に降り立つ。そっと店の中を見るとクロアはまだ接客中だ。


(チャンス!)


 マリアは逃げ出すなら今しかないと思った。クロアのところを逃げ出す。また冒険者になって自由気ままに生きる。バーゼル家の次女なんて堅苦しいのはまっぴらゴメンだと思った。




「マリア、マリア。特訓が終わったら食事にしましょう」


 客が帰ったのでクロアは外にいるマリアに声をかけた。返事がない。不思議に思って外に出ると姿が見ない。そして2階の窓が開いている。


「さては逃げたな。全く、ダメな妹をもつと苦労するよ。でもね、逃げても無駄だよ」


 クロアは店を閉めた。伊勢崎ショッピングモールの各店も飲食店以外は店を閉めている。右京の経営する買取り店も終了時刻だ。町が静かになりつつある。




「はあはあ……。ここまでくれば安心。さすがに姉さまもすぐには探しだせない」


 マリアはイヅモの町の南エリアに来ていた。ここは町の中心の繁華街。酒場や飲食店が多く、多くの冒険者や商人、旅行者が集まっている。この大勢の中にいれば見つけられないだろう。今日はどこかの宿屋にとまって隠れ、明日、別の町へ移動すれば逃げきれるとマリアは思った。


 町を流れる小さな川。向こう岸に渡るには橋を使う。対岸には宿屋がたくさんあるので、マリアはそちらへ行こうと対岸を見た。そこに信じられない姿を見る。黒いローブに黒うさぎの帽子。手には魔術師の杖をもっている。遠くからも目が赤く光っているのが分かった。


(ね、姉さま……。どうして分かった?)


 絶対分からないと思ったのに、ピンポイントで発見されてしまった。しかも、自分に対して人差し指を差している。完全にロックオンされている。


「や、やばい!」


 マリアはダッシュする。小道に入り込んでクロアからの追跡をかわそうとする。どうしてこんなにも早く見つかったのか分からないが、捕まったら絶対にお尻をペンペンされる。


 めちゃくちゃ走り回って旧市街の裏路地奥深くに入り込んだ。


「おい、お前。どこのど奴だ?」

 

 マリアは行き止まりの袋小路に入り込んで、戻ろうとした時に数人の少年に取り囲まれているのに気づいた。年齢は自分と同じくらい。この町で暮らす不良たちだ。みんな昼は働き、夜は集まって騒ぐ生活をしていた。


「おい、名前を聞いてるんだよ」

「マ、マックス」


「お前、見かけない顔だよな。顔立ちは上品だ。どこのおぼっちゃまが、こんなところに紛れ込んだのかな?」


 マリアはジリジリと迫ってくる不良たちに後退りをする。だが、後ろは行き止まりだ。どうしょうかとマリアは考えた。相手は武器を持っていない。マリアは一応、バンパイアだ。魔法はまだ使えないが身体能力は人間族よりも上。それに冒険者をやっていた。目の前の不良どもを叩きのめすのは難しくない。


「まあいいだろう。ここは俺たちの縄張りなんだ。通行料をもらえば、それで勘弁してやるよ。有り金を置いていけよ。そうしたら許してやる」


 リーダーらしき少年がそう言った。いわゆるカツアゲである。


「それは犯罪じゃない?」


 一応、マリアはそう聞いた。これからぶちのめす予定なので、相手の罪の意識がどれくらいあるか確認したかったのだ。


「おいおい、金を奪うんじゃないぞ。通行料を払ってもらうだけさ。警備兵に捕まりたくないからな」


「あ、そう。それじゃ、遠慮なくぶちのめせるよ」

「なんだと~!」

「坊ちゃんがなめんなよ!」


 少年たちが一斉に襲いかかる。だが、大きな声がそれを制した。


「大変です! ここです。警備兵の皆さん!」


 通りかかった人間がそう通りに向かって叫んでいる。見ると上半身ランニングシャツの少年だ。日に焼けた肉体がたくましい。


「警備兵だって!」

「やべ!」

「逃げるぞ!」


 少年たちは叫んでいる少年を押しのけると、一目散に逃げ出した。警備兵に捕まりたくはない。叫んだ少年はキョトンとしているマリアの手を掴むと反対方向へ走り出す。


「お前、あんな危険なところへ一人で行くなよ」

「危険?」


「ああ。あの辺は不良グループの縄張りさ。まあ、大人なら問題ないけど、子供が近づくと因縁つけられる。あいつら、それしか楽しみがないからなあ」


「ふ~ん……」

「俺はピルト。鍛冶屋の見習いさ。お前、どこかで見たような気がするけど……」

「俺はマックス。冒険者をしている」


 マリアは慌ててそう言った。この鍛冶屋の少年に見覚えはないが、この町の住人なら、自分をどこかで見かけているのかもしれない。その時は女の子の姿だっただろうが。


「冒険者か……すごいな。待てよ。そんなら俺が助けなくても良かったってことか?」


「あんな奴らボコボコにしてやったよ。ピルトが来なきゃね。警備兵が来るって嘘だよね」


 マリアはとっさにピルトが機転を利かせたのだと分かっていた。おかげで不用意な争いは避けられたのだ。この少年に感謝しなくてはいけない。ピルトの方は親方であるカイルの用事で、修理し終わった剣を冒険者に渡しに行った帰りであった。


「ところでマックス。なんであんなところをウロウロしてたんだ。この町に住んでいるならあまり近寄らないエリアだけどな」


「この町に来たのは最近だから……それにもっとおっかないのに追いかけられていて……」


「おっかない……って、あれか?」


 ピルトは前方の建物の陰に黒い人影を見た。目が赤く光っている。これは黒装束に身を包んだクロアだったのだが、夜の帳は怪しげな物体に見えた。


「で、出た~」

「出たって、なんだよ、あれ?」


「魔物だよ。早く逃げないと、俺、殺されちゃうよ」


 殺されちゃうは大げさであったが、マリアは必死である。特訓をサボって逃げ出したのだ。捕まったら、完璧主義の姉に何をされるか分からない。


「こっちだ!」


 ピルトはマックスの手をぐいと引っ張った。この北エリアはピルトが長年暮らしていたところだ。町の隅ずみまでよく知っている。追跡者をまくことは容易だ。裏路地を縫うように走り、表通りに出ると自分の住む南エリアへと移動した。


次話も本日中に投稿します。マリア、どうなる?

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