最強の父娘、無双する
4月は仕事が忙しくて更新が滞ります。
それでもがんばる。読んでくださる読者がいるかぎり……。
書籍化されてもエタらないのでご安心を。
これまでも一度もエタったことはありません。
人気のなさに打ち切りエンドはあるけれどw
ヒゼンの町はアマガハラの都よりも、はるか西にある隣国との境にある国境の町である。王国の中央から離れているだけに、当局に追われている者や反乱分子が集いやすい町なのだ。
なぜなら、警備兵が捜査をすると隣国へ逃げることができるために、この町は好都合であったからだ。
王家の反逆者として長年、追われているケルン家の一派は、現在、このヒゼンの町を拠点にして、打倒バーゼル家を目指していたのだ。
右京は移動用の馬車で、クロアたちとこのヒゼンの町にやって来た。正直、イヅモの町の商売のことが気にかかったが、これまで随分と助けてくれたクロアのことはほっとけない。
フェルナンは愛する妻を取り戻すチャンスだと、俄然やる気になって10年ぶりに屋敷の外に出ると宣言するから、右京はこのバンパイア貴族一家に付き合うことになってしまった。
豪華馬車にはクロアにフェルナン、マックスの柩が安置されて、昼の間は休んで夜移動するというバンパイアの行動をしている。
「ゲロゲロ……これでは主様はバンパイアの下僕になったみたいでゲロ」
「それを言うなゲロ子。何だか俺が小者みたいじゃないか」
よく吸血鬼が出てくる映画で、主である吸血鬼に仕える人間が出てくる。夜しか動けないバンパイアの代わりに昼の間に柩を移動させたり、隠したりする役柄だ。
バージル家の馬車は専用の御者がいて、右京が特にやることはない。いっそ、クロアたちに合わせて夜型にしようかとも思ったが、それでは商売に支障をきたすのでちゃんと朝起きて夜寝る規則正しい生活をしている。
馬車がゴトゴトとケルン家のアジトと思わしきエリアに進入しつつある。周りは深い森であり、たった一本の道がアジトである塔へと続いている。とんがった屋根が深い森の上に見ることができた。場所はマックスが知っていたので、ここまで迷わず来られたが、ここからは敵の妨害も十分予想された。
ガタガタガタ……。
3つの柩の蓋が同時に動く。真ん中の一つが先に開いた。
「う~ん。よく寝たわ」
クロアが両腕を伸ばして上半身を起こした。次に左隣のマックスが起きる。2人ともそろそろ戦闘態勢に入るだろうと、既に着替えて寝ていたのでクロアは漆黒のゴスロリ風のドレスローブ。黒い愛用のうさぎの帽子をかぶっている。マックスは革の胸当てにショートソードを装備している。
ガタガタガタ……。
クロアの右隣の父親だけまだ起きてこない。どうしたのだろうと右京が近づくと、蓋が急に開いた。そして直立不動で起き上がるクロアの父親、フェルナン。お約束のようにガバーッと大きな口を開けて、人を脅すような形相だ。
「うわあああ……」
「ゲロゲロゲー~」
分かっちゃいたがビビる右京とゲロ子。馬車の中で思わず腰を抜かした。
「お父様。そんなギャグは全然面白くないよ」
「これはギャグじゃないぞ、クロア。我がバンパイア一族の由緒ある起き方だ。見てみなさい。右京くんは素直に驚いてくれている……」
「由緒ある起き方って、そんな直立不動で立ち上がるのは普通でないよ」
「体を鍛えねば無理だ。父は体の鍛錬を怠ったことはない」
確かにフェルナンは中年太りとは程遠い、細マッチョである。妻がいなくなりいじけて部屋にこもっていた割には無駄に筋肉がある。
「右京さん、大丈夫ですか?」
マックスが心配そうに右京に声をかける。右京もゲロ子もようやく立ち直った。だが、再び、体に冷たいものが走る感覚にとらわれる。
ギエエエエエエエッ~。
奇怪な鳴き声が森の木々に木霊する。どうやら、ガーディアンモンスターが出たようだ。マックスの情報では、周囲に人間を近づけないように危険なモンスターを放しているということが分かっている。
「どうやら近いようだな」
そっとフェルナンがカーテンを開けて外を確認する。右手の方から何かが近づいてくる。バキバキと木が折られている。
「馬車は左手の森の中に。右京くんとゲロちゃんはそこで隠れていなさい」
フェルナンはそう言うと、クロアとマックスを伴って馬車を降りる。馬車は左にある木々の間に乗り入れ、すぐさま、切った枝葉で偽装する。右京とゲロ子は戦闘で役に立たないのでここで戦いの様子を見るのだ。
「相変わらず、主様は戦闘シーンでは活躍しないでゲロ」
「うるさい。俺は商人だ。戦って無双する姿など、誰も期待していない」
「それでも子どものマックスでも戦闘に参加するのに残念でゲロ」
「俺も男だ。戦ってカッコつけたいが、あれを見ろよ」
「ほう……。珍しいモンスターでゲロ」
それはトカゲのような生き物。4本の足で地面を這いずるように動き回り、大きな長い尻尾をもつ。オオトカゲと違うのは、目が複数あること。全部で8個の目がぎょろりとこちらを凝視している。体は深い緑。体には不気味な黒い文様が浮き出ている。
「バジリスクでゲロ」
「バジリスク?」
「特殊攻撃に石化をもつ恐ろしいモンスターでゲロ」
ギエエエエエエエッ~。
バイジリスクは天に向かって奇怪な咆哮をぶつける。フェルナンたちを見つけたのだ。近づいてくる足音が早くなる。
「バジリスクは第9の目があるでゲロ。それが開くとき、すべてのものが石化するでゲロ」
「第9の目ってどこにあるのだ?」
「口の中でゲロ」
バジリスクが口を開けた。刺のような細かい鋭い歯がいくつも見える。そしてその口の奥深くに閉じられた目がある。それがゆっくりと開かれ始めた。
(ヤバイ……あれが開かれたら石になってしまうんだろ? クロアもフェルナンさんもマックスも石になるんじゃ?)
右京の心配は奇遇であった。
「来たれ! 悪を裁く、神の拳!」
フェルナンがそう叫び、右手を突き出す。すると透けて見える大きな拳。それはバジリスクと同じ大きさがあった。ステルス迷彩のように周りの木々を映し出すその大きな拳は、今にも第9の目の力を解放しようとしていたバジリスクをぶっ飛ばした。
遠くの山の山腹にバジリスクが頭から突き刺さる。右京は遠目でその山を見る。小さいバジリスクが最初はバタバタと手足を動かしていたが、そのうち動かなくなったのが見えた。
(おいおい……。一撃ですか!)
「あ~ん。お父様。わたしが地獄の火炎の魔法で焼き尽くそうと思ったのに~」
「いや、すまんすまん。手加減するつもりだったが、最近、体が鈍ったのでな」
そう軽くクロアの抗議をかわすフェルナン。クロアも最強なら父親も最強であった。だが、戦闘は続く。
今度はドシンドシン……っと巨大な生物が近づいてくる音がする。木々の間から顔を出したのは巨人。森の巨人と呼ばれるモンスターだ。身長は軽く5m超。木をまるごと使った棍棒を大きく振りかざした。クロアとフェルナンを一撃で潰す攻撃体制だ。
「無限の空間よ。我、クロア・バーゼルが命ずる。眼前の敵を落とすべし! フリーフォール」
今度はクロアの呪文詠唱。巨大な棍棒を天高く振り上げたまま、巨人は突然、地面に出現した巨大な穴に落ちた。自分の立っていた空間がなくなったのだ。落ちるしかない。
(これも一撃かよ。強い。強すぎないか?)
右京はクロアが元々、反則級の魔力をもっていたのは知っていたが、あんな巨人を一瞬で消すとは。
「あまり強いと戦闘シーンが短いでゲロ」
「まあ、短い方がいいけどな。俺的には……」
ガーディアンであったバジリスクと森の巨人を一瞬で葬ったクロアとフェルナン。馬車はここに隠しておいて、もう目の前にある塔に歩くことにした。
右京は馬車で待っていてもよいとは言われたが、ここまで来たのなら最後まで結末を見たいと思う。
「姉さまも父様もあんなに強いなんて……」
右京の護衛を命ぜられたマックスは、前を歩くクロアと父親のフェルナンの後ろ姿を見てそうつぶやく。
「マックス、お前、クロアを殺そうとしていたのに、クロアが超強いこと知らなかったのか?」
「うかつでゲロ」
「バゼラードがあれば、倒せるって言われたから……」
「お前、異次元に飛ばされなくてよかったな。もしかしたら、灰になったかもしれない」
クロアの前では普通の人間は無力だ。それこそ、ドラゴンか勇者じゃないとクロアは倒せない。ましてや親父のフェルナンなんか、完全に魔王級だ。
右京はマックスを見る。この一見華奢な少年もバンパイアなのだ。強さは常人じゃないはずだ。月明かりに照らされた道を歩く4人。右京はマックスに尋ねる。
「マックス。お前は魔法使えないのか?」
「魔法は習ってないので使えないんです。俺は」
「魔力はあるのにもったいないでゲロ」
マックスは小さい頃にケルン派に捕らえられて、洗脳教育を受けた。魔力が高いマックスに魔法を教育しなかったのは、彼がバージル家の血筋であることが理由であった。
下手に魔法を教えれば、クロア級の魔法使いになれる可能性がある。手駒として使えれば、強力な手札になるが、血を引いているだけにバージル家に取り込まれたら最悪である。
それで冒険者としての基本的な教育のみを行い、クロアの暗殺のための使い捨てにしたのだ。母親のシンシアを虜にした「マインド・マリオネット」のアイテムがあれば、マックスも洗脳することができたが、この超レアなアイテムが2つもあるはずがない。
また、マックスが男の子であることもケルン派としては、利用価値を低く見る原因となっていた。女の子なら将来、ケルン派の当主の子孫を残すために必要であるから価値が高いが、男ならそれほど価値がない。
なぜなら、バンパイアの男の場合、相手が真性のバンパイアであれば100%の能力を引き継いだバンパイアが生まれる。しかし、今や、真性のバンパイアなど稀少で、血筋がバンパイアという傍流のバンパイアか人間との混血となるとバンパイアの能力をもつ子どもの生まれる確率は50%以下。しかも、その能力は真性のバンパイアの2割程度である。
これが真性バンパイアの女ならば、生まれる子供は例え、相手が人間であってもバンパイアとなる確率は80%。能力も7割は引き継ぐのだ。マックスが女の子だったら、おそらく外には出してもらえなかったであろう。
「マックスは利用価値が低いから、暗殺者にさせられたでゲロ」
またもや、言っちゃいけないことをゲロ子がズバリという。空気が読めないというか、コイツは絶対に計算している。
「ゲロ子、お前、人を傷つけることに関しては天才的だな。マックスに謝れよ。利用価値が低いなんて失礼だろ!」
「ゲロゲロ……。事実を言って何が悪いでゲロ」
「ゲロ子!」
「右京さん、ゲロちゃんを叱らないでください。ゲロちゃんの言うとおり、俺は女の子じゃなくてよかったと思ってます。この場合の利用価値はあるより、ない方が幸せですから」
「そりゃそうだけどさ……」
「ダーリン、マックス。着いたわよ。敵さんがわんさかいるけど」
目の前にはケルン派のアジトの塔がそびえ立つ。その前に広場には、召喚されたスケルトン戦士とゴーレムがざっと100体が待ち構えていた。その後方には召喚士とケルン派のバンパイアたちが剣を抜いて、戦闘態勢であった。
その数は10人ほど。モンスター1頭では、適わないと思っての数勝負に出たわけだが、右京はその判断は間違っていると相手に教えたいと思った。
フェルナン&クロアの最強父娘。この軍団の前に恐れることなく、二人して立ちふさがる。ガチャガチャとスケルトン戦士が走り出し、ゴーレムが巨体をきしませて攻撃態勢に入り、後方では魔術師が攻撃魔法の詠唱に入っている。
「地面にめり込ませろ! モンスタースタンプ!」
フェルナンがそう叫んで、右手を前に突き出すと空から巨大な怪獣の足が出現する。巨大な恐竜の足だ。それが突撃するスケルトン&ゴーレム軍団の頭上から踏み潰した。足が消えるとあとは粉々になった骨と岩が地面にスタンプされている。
「捕らえて力を奪いつくせ! プラントサクリファイス!」
今度はクロアの呪文が完成する。後方で攻撃態勢であったケルン派のバンパイアたちの足元から刺のついた植物が地面を突き破って出現し、次々と体に絡まっていく。
「うぎゃああ……。力が奪われる~っ」
「お屋形様をお守りしなくてはいけないのに~っ……」
魔法の植物は、バンパイアたちのエネルギーを吸い尽くす。吸われたバンパイアたちはぐったりとして、次々に手にした武器を地面に落とす。不死の能力をもつバンパイアを倒すには強力な魔法が必要だが、クロアもフェルナンも考えがあってケルン派のバンパイアたちを殺さなかったのだ。
ガチャガチャ……。
「お、おい、骸骨戦士が何体か生き残っているぞ」
「こっちに向かってくるでゲロ」
フェルナンのモンスタースタンプから逃れて、吹き飛んだだけのスケルトン戦士が飛んだ先で復活して、近くにいたマックスと右京に襲いかかってきたのだ。
右京は腰に付けたバゼラードを抜く。マックスもショートソードを抜いた。
「右京さん、ここは俺に任せて!」
マックスが前に出る。頭をバンダナで覆った少年は、ものすごいスピードで近づくスケルトンを粉々に切り刻んだ。忘れていたが、マックスもバンパイアであった。その身体能力は人間をはるかに凌駕する。まだ14歳だと言う少年でも、ベテランの冒険者並みの働きができる。
すべての敵を排除して、塔の周りが静かになった。月明かりに照らされて静けさが戻っている。
「シンシアはこの塔にいるのか?」
クロアが召喚した植物に捕らえられたバンパイアの一味にフェルナンが尋問する。
「ふん。貴様らはお屋形様に倒されればよいのだ……」
一人がそう答えた。どうやら、この塔のどこかにシンシアはいるらしい。おそらく、マインド・マリオネットで操られ、強大な敵として立ちはだかるだろう。
それでもフェルナンは愛する妻を取り戻すため。クロアは子供の頃に母を消した償いのため、マックスは久しぶりに母に会うために塔の大きな扉を開ける。
「主様は何のために行くでゲロか?」
「ゲロ子。それを聞くなよ。俺の存在理由がなくなる」
敢えて言えば、クロアのため。そして、この状況に導いた買い取った武器のためだ。
バンパイアにとっての死神。5本のバゼラードを腰に付けた右京は、バンパイア一家の後ろから恐る恐る足を踏み入れた。
「これも高く売るための顧客サービスでゲロ……」
ゲロ子は緊張感なく、右京の左肩であくびをした。