縁切り神殿トーケイ
書籍化作業で更新ペースが乱れる……。
第1話から書籍レベルに改稿してますが、見直すと恥ずかしい表現ばかり。
ネットで読む皆さん、ごめんなさい。
トーケイという名の有名な神殿がある。それは多くの神殿があつまるゼンコーという町にあった。ゼンコーは宗教都市で、信心深い者たちが国中から集まる場所である。
多くは祈りに来た敬虔な人々であったが、中には目つきの悪い男が誰かを探すようにキョロキョロとしているのが目に入る。人を探しているのだ。これはトーケイという神殿があることが理由である。男たちはこの神殿に妻や恋人が逃げ込まないように目を光らせているのだ。
そんなトーケイ神殿の門前に豪華な馬車が止まっていた。乗ってきた恰幅のよい中年の男が大声を張り上げて、門番に要求をしている。
「私は妻を返せと言っている。要求はそれだけだ」
「そういう要求は却下する」
「この私を誰だと思っているのだ。ワカサの町で一番の大富豪、ラディン家の当主であるぞ。こんなボロ神殿、いつでも潰してやる」
「誰であっても門は通せない」
頭を剃ったいかつい2人の門番は、男の言葉にも動揺もせず、そう決まりきった言葉を発した。目は鋭く、妥協を許さない光を宿している。こういう輩は月に何度もやってくるから対応は慣れたものである。あまりに堂々とした態度に、馬車で乗り付けた男は、少々ひるんだが、ここで帰るわけにはいかない。逃げた妻を取り戻すために、はるばるこの町まで追ってきたのだ。
「妻が、私のナディアがここに逃げ込んだのは知っている。それを返せと言っているだけだ。なあ、頼むよ。そうだ、この神殿にお金を寄付しょう。1万Gほどでどうだ? 君にもたんまりと礼は弾むぞ」
「立ち去れ!」
「立ち去れ!」
冷たく答える2人の門番。男の妻ナディアは2日前にこの神殿に逃げ込んだ女性だ。夫の暴力に耐えかねて子供を連れて逃げてきたのだ。男は金持ちをいいことに、あちらこちらに愛人を作り遊び歩いていた。
それを咎めると妻を殴る最低の男なのだ。最低の男だから、やることも計画性もない、粗野で乱暴なものであった。
「分かった……。ならば、仕方がない。力づくで通るのみ。者ども、出てこい!」
男が叫ぶと隠れていた雇われの荒くれ者たちが飛び出した。その数30人。みんな手に剣や槍をもって武装している。盗賊あがりのよそ者共で、トーケイ神殿がどういう神殿かも知らない。
「愚かなり」
門番の一人が手にした金剛棒を地面にドンとついた。
「ここをトーケイ神殿と知っての所業か!」
二人目の門番が同じく金剛棒をつく。その迫力に30人の男たちは思わず立ちすくんだ。
「何をしている! 中に入ってナディアを連れてくるんだ。連れてきた者への褒美ははずむぞ。さあ、行け。相手はたった二人ではないか!」
わあああっ……。
金につられて超えてはならない一線を踏み越えた者たちは、その瞬間に叩きのめされた。金剛棒による一撃である者は、肋骨が折られ、足が折られ、ある者は頭を殴られて卒倒する。
たちまち、累々と門前に転がり倒れる重症患者が生産された。命令した男も容赦なくボコボコにされて倒された。乗ってきた馬車も粉々にされる。これはトーケイ神殿に許された神の裁きであった。トーケイ神殿の守り神は、縁切りの神でその教えには、強引に神殿に入り、庇護を求める者を連れ去ろうとする場合には、武力行使が謳われていたのだ。これは国も認める神殿の特権であった。
「トーケイ神殿の守りは最強なり」
「例え、1国の軍隊が攻めてきてもこの神殿には一歩たりとも踏み込ませない」
そう坊主頭の門番は、腹から声を出しして倒れているもの共に言い聞かせる。神殿の周りを歩いて見物していた町の住人も、何事もなかったかのように歩き出した。間もなく、町の警備兵がやって来て、倒れてる男どもを拘束して牢屋へブチ込むことだろう。
このような光景は年に何回もある。そして門番を務める武闘神官も、この神殿には500人も住んでいるのだ。その力は一人ひとり、最高ランクの冒険者に匹敵すると言われている。
トーケイ神殿は別名『縁切り神殿』と呼ばれていた。夫の暴力や浮気に耐え兼ねた妻が逃げ込む神殿として有名であった。ここに逃げ込んだら、離婚は成立。夫とは二度と会わせないという。
一度、逃げ込めば妻も最低5年間はこの神殿で働かなくてはいけない。神への感謝を労働で返すのが決まりなのだ。これは縁を切るには5年は隔離しないといけないという理念に基づくものであった。5年経てば神殿から出られるが、自立できなければずっと神殿で暮らすこともできるのだ。
「トーケイ神殿の中にシンシアが現れたというのか?」
バージルの神殿から帰ったクロアとマックスの報告を受けて、フェルナンは思わず立ち上がった。長年探していた最愛の妻の手がかりを掴んだのだ。報告しているのはマックス。クロアの弟を名乗るバンパイアの少年だ。
「なぜ、その場所に母さんが現れたのか分からないと神官のみなさんは言っていました。ただ、母は記憶をなくしており、何も答えられなかったそうです。そして、母はその時、俺を身ごもっていたのです」
神殿に匿われたシンシアは、その時妊娠しており、8ヶ月後にマックスを産み、そして10年もの間、トーケイ神殿の中で暮らしたという。
「トーケイ神殿の中では手がかりがつかめないはずだ。あそこの情報遮断は完璧だ」
この15年というもの、フェルナンはシンシアを探していた。クロアの異次元魔法で飛ばされたとはいえ、この世界のどこかに出現することは十分あるからだ。しかも子どものクロアが無意識のうちに発動した転移魔法だ。
この国のどこかに飛ばされた可能性は高いと見て、フェルナンは捜索した。だが、そこがトーケイ神殿の中であったのは不幸であった、それではどんなに探しても見つかるはずがない。
「それでシンシアは今も無事なのか?」
フェルナンは今からでも会いに行きたい様子であった。だが、クロアも右京もマックスの話から、容易にシンシアと会うことはできないと考えていたのだ。
「ダメです。母さんはケルンの奴らに捕まっています。今は洗脳されて、奴らの本拠地にリーダーとして君臨しています」
「トーケイ神殿から出たの?」
クロアが尋ねる。記憶を失ったシンシアはマックスを育てて、神殿の仕事を手伝って日々暮らしていた。バンパイアなので外で自立することは難しいと判断されて、10年も神殿の外に出ることはなかった。
「俺が悪いんです。母さんに外に出たいとワガママ言ったから。それで母さんと外に出たんだ。最初は旅行だけのつもりだったんだ」
マックスが言うには、2年前に神殿の外の世界が見たいというマックスの願いに応えて、シンシアは神殿の許可を得て一緒に外に出たのだ。近隣の町をマックスと一緒に巡る旅をしたのだ。ところが、ある町で運の悪いことにケルン派のバンパイアに見つかってしまったのだ。
シンシアもマックスも捕まってしまい、ケルン派の本部に連れて行かれた。そこで、バージル家を滅ぼすように洗脳されてしまったのだ。記憶の失われたシンシアは、ケルン派の正当なる後継者として、リーダーとなり、マックスは冒険者となってバージル家打倒のために駒とされたのだ。
マックスは憎き、バージル家の血を受け継いでいるのでケルン派としては扱いに困ったのであろう。それでも両親ともバンパイアという真の力をもっているので、切り札として暗殺者に仕立て上げられたというわけだ。
まずはシンシアが肌身離さずもっていた5番目のバゼラード。まずはこれを旅の行商人の女に渡す。女は必ず売りに『伊勢崎ウェポンディーラーズ』へ行くはずだ。その店はクロアと関わりが深く、必ずこの5本目の短剣はクロアの手に渡る。
雇った冒険者とひと芝居うち、右京と仲間になる。そして、残り4本が保管されているバーゼル家の洞窟へ行き、揃ったところでクロアを短剣で倒す。計画はほぼ順調に進んだ。だが、あと一歩で失敗した。
失敗してよかったとマックスは心から思った。まさか、自分がバーゼル家の血を受け継ぎ、ターゲットであったクロアが実の姉で、フェルナン侯爵が自分の父親であるなんて知らなかった。
ケルン派のアジトでは、バーゼル家の人間は、ひたすら極悪人で滅ぼさねばならないと教えられたから、躊躇なく行動ができた。
「で、どうするんだ、クロア?」
右京がそう尋ねた。右京は尋ねなくても、クロアとフェルナンがどんな行動を起こすか大体想像ができていた。
「そんなの決まっているよ、右京くん」
フェルナンはそう答えた。
「どうやら決着をつける時が来たようね」
クロアもそう答えた。(やっぱりね)という表情をした右京。ゲロ子も右京の型でやれやれと両手を広げた。この父娘が乗り込んだら、どんな妨害も粉砕してしまうであろう。
「ですよね~」
「バンパイア無双でゲロ」
ケルン派のアジトはマックスが知っている。それは辺境の町『ヒゼン』。そこにケルン派の一大拠点があるという。今でもシンシアはそこにいるはずだ。




