バーゼルのダンジョン
バーゼルのダンジョンというのは、バーゼル家所有の森の中にあった。入口は専用の鍵と魔法で厳重に施錠された扉で塞がれており、簡単に入ることはできない。クロアは右京とゲロ子、右京の弟子を自称するマックスと扉の前に立っている。
「北に風の神、南に火の神、東に林の神、西に山の神。今ここに封印されたる戒めを解け。我、バーゼル家の当主が足を踏み入れん……」
クロアがそう開錠の呪文を唱え、一抱えもある大きな鍵を差し込んで回した。長年、閉じられていた扉は、錆び付いて不快なきしみ音をあげて開いた。中を見ると地面へ降りていく通路が階段上に伸びているのが分かる。壁には光の魔法が設置されているようで、長く続く通路をおぼろげに照らしていた。
「さあ、行くわよ。ダーリン、マックス、気を付けてついて来て」
クロアがそう言って足を踏み入れた。その後を右京とマックスが続く。階段上の通路は緩い傾斜をつけながら、ずっと続いている。魔法の明かりがあるから怖くないが、明るくなかったら地獄につながっているかのような感覚にとらわれ、きっと恐怖心が芽生えるに違いない。
「クロア、この通路はどこまで続くんだ?」
もう10分も1本道を歩いている。どれくらい歩けば目的地に着くのか、右京はクロアに聞いてみた。この洞窟の最新部にバンパイアを葬る4本のバゼラードが封印されているのだ。
「さあ? クロアも分からないよ」
「えっ!」
右京は驚いた。クロアは当然知っているものと思ったからだ。このダンジョンに入るのは初めてだとクロアは言った。このダンジョンはクロアの父、フェルナンが造ったという。元々あった自然の洞窟に手を加え、バンパイア族にとって危険な武器を封印したのだ。5本目が見つかって、それを一緒に封印しようというのだ。
「こんな大げさなものを作って封印するより、壊してしまった方がよいと思うでゲロ」
(おお……。ゲロ子、まともなことを言うじゃないか!)
右京もそう思う。壊すとか、5本バラバラに封印するとかした方が楽じゃないかと右京も思う。だが、クロアはこう説明した。そんな危険な武器だからこそ、身近な場所で保管しておく方が安全であると。また、武器自体も必要とする場面が将来あるかもしれない。
バンパイア族がこれからも敵対しないという保証はない。かなり無敵なバンパイアを倒せる武器を将来のために持っておくことも必要だと言う。
「でもね。本当の理由は分かっているよ。お父様はお母様の行方につながるかもしれないこの短剣を手放せないのよ」
「ふ~ん。理由は分からんでもないけど、こんな何の変哲もないダンジョンじゃ、一般の冒険者なら簡単に封印された武器を手に入れてしまうぜ」
ここまで歩いてきた右京の感想だ。多少の不気味さはあるが、石で舗装された床は歩きやすく、魔法の光で見通しも良い。危険なモンスターも徘徊していない。子どものお散歩と言ってもよいくらい安全な場所だ。
「ここまではね。バーゼル家の秘密が隠されているダンジョンが、お子様の散歩コース並なんてありえないと思わない?」
そう言って先頭を歩くクロアが立ち止まった。何かを察知したようだ。見るとクロアが立ち止まった先から床の石の色が変化している。赤い石、黒い石、白い石がランダムに並べられている。
「罠っぽいね。そろそろ、仕掛けが色々とされているエリアよ」
「罠? クロアは罠についても知らないのか?」
「はっきりとは分からないよ。作ったお父様も忘れてしまったと言うし」
「石の色が分かれているということは、どれかは罠を発動する石ということになるのかな?」
マックスがそう腕を組んでそう尋ねた。マックスは子供ながら冒険者をやっている。これまでも、いろんなダンジョンに潜ってトラップについては色々と体験したことがあるようだ。
「3つのうち、どれかがハズレで、どれかは当たりでゲロ。ゲロ子が思うに赤色の石に乗ると炎が出てくると思うでゲロ」
「うん。ゲロ子に賛同する。俺もそんな予感がする」
「黒い石は落とし穴が作動するでゲロ。そんな気がするでゲロ」
「うん。それもありうる」
勝手に罠を予想するゲロ子と右京。色分けがしてある以上、どれかが罠発動のスイッチになっているはずだ。
「いずれにしても進まないといけないね。今のゲロ子とダーリンの予想だと、黒と赤がやばくて、白は安全ってことだね」
そう言うとクロアは第一歩を踏み出した。足を乗せたのは黒い石。だが、罠は作動しない。落とし穴でも出てくるのかと思ったが、そうではないようだ。
「黒に乗るとは勇気があるな。クロアは俺やゲロ子の勘を信じていないようだな」
白は安全という右京たちの予想を無視して、黒色に乗ったクロア。どうしてそんな選択をしたのか理解に苦しむ。
「ダーリンを信じていないわけじゃないけど、自分の運命は自分で切り開くというのがクロアのポリシーだから。黒を選んだのはクロアが好きな色だからね」
さすがクロアである。人の意見に左右されない。そうなると、他の色も試したくなる。ゲロ子はそっと赤い色の石に足を触れた。だが、何も起こらない。
「赤も違うでゲロ。罠は白い石でゲロ」
(何だかなあ……)ととても残念な気持ちになる右京。安全と思った白がトラップを発動するスイッチだったようだ。最初に白に乗ったら一発で当たりを引いたことになる。
「白も安全ですよ」
マックスがそう言って白い石の上に乗った。(おいおい、なんてことしやがる!)でも、何も起こらない。
「なんだ、ただのハッタリかよ!」
3つの色なんて意味がない。ただの脅しだったようだ。右京は馬鹿らしくて、つい壁に手をついた。すると手を付いたところがズズズ……と奥に引っ込んだ。これがスイッチであるかのような動きである。
「うわっ!」
急に床が揺れだした。そして鈍い音を立てて、上に向かって動き出したのである。長い道が全て天井に向かって上昇している。どうやら壁が罠のスイッチだったようだ。計算ずくので設計したクロアの父。見事にやられた!
「ダーリン、マックス、急ぐわよ!」
クロアがそう叫んで先へ進む。床がゆっくりと上に上がっていく。このまま行けば、行き着くところは天井。つまり、このトラップは天井と床がくっついて中の人間を潰そうというものなのだ。ゆっくりと空間が狭まっていく。早くこの危険地帯から脱出しないとまずい。
だが、かがむ程度から、しゃがむところまで進んで、恐ろしいことが判明した。通路が行き止まりであることが分かったのだ。
「ど、どうするんだよ。このままじゃ、潰れて死んでしまうぞ」
「ヤバイでゲロ」
「いや、ゲロ子、お前は助かるだろ。いつもぺしゃんこになっても復活してるし。だけど、俺たちはそんなギャグのような体はしていない」
「右京師匠、このままじゃ、死んじゃいますよ~」
マックスが情けない声を出す。相変わらず首に巻いた布で表情はよくわからないが、焦っていることは確かなようだ。そうしている間も、床はどんどん上昇し、膝をつかないといけないレベルにまでになっている。
「も、戻るか?」
右京はそう言ったが、このスピードでは床が上昇していない場所まで戻る前に潰れてしまうだろう。
「ダーリンは赤い石の上に乗って。マックスは白い石」
先程から一言も話していないクロアがそう指示した。ずっと三色の石のことを考えていたようだ。クロアの指示で慌てて移動する右京とマックス。クロアは黒石の上に乗っている。
三人がそれぞれの色の石に乗ったとき、床の動きが止まった。そして、天井の一角が動きだした。新しい通路が現れたのだ。上に上がった床のおかげで、その天井の穴に用意にたどり着くことができた。
トラップと新しい通路を連動させた作りである。トラップを作動させなかったら、この通路は見つからなかったというわけだ。
登ってみるとそこにはまた、新しい通路が伸びていた。トラップと同時に次の進路が現れる仕組みであったようだ。
「前言撤回だな。このダンジョン、子供じゃ散歩はできない」
「そうね。そして、次のトラップは分かりやすいわよ」
クロアが指差すと、そこには振り子のように大きく動く巨大な刃物が時間差をつけて、動いている。その数10本。これをかいくぐらないといけない。
「ク.クロア……これを通過するのか?」
「タイミングを測れば楽勝だわ」
「そ、そうかな……」
確かにタイミングを図ると最初の5本を一挙に通過できるタイミングがある。5本入ったところで人が一人立てるスペースがあるので、そこで後半の5本をクリアするタイミングを測ればいい。
「まずはクロアが行くよ」
クロアが華麗なステップで巨大な刃物の振り子をかわしていく。一挙に行くのではなく、一本一本、ひょろり、ひょろりと交わしていく。時には後ろへ戻って刃物の通過を待ってから進む。刃物の動きを計算に入れて冷静になった結果である。優雅にクロアは罠を回避した。
「クロアは成功したよ。次は誰?」
「俺が行きます」
マックスがそう宣言した。彼は右京が考えた方法で一挙に駆け抜けた。次はいよいよ、右京の番だ。このトラップは大掛かりで、人間の恐怖心を煽るものであるが、冷静に進めばそう難しいものではない。
右京はマックスが渡ったのと同じタイミングで進んだ。だが、5本クリアしたところで、急に刃物の動きが乱れ始めた。タイミングが狂っているのだ。
「おい、何だか早くなってないか?」
「まずいでゲロ。早くクリアしないとどんどんスピードが上がるでゲロ」
「と言ってもだな。進むタイミングが測れないぞ」
右京が言う通り、しばらく待てば、刃物が通路上にいなくなるタイミングが
あった。だが、今はランダムに動きが変わり、5本のスピードもまちまちである。刃物が道路上にないときはない状態である。これでは一挙に駆け抜けていくことは不可能に近い。
ブンブンブン……。明らかにスピードが上がってきている。今は中間部分の安全地帯にいるからいいのだが、このスピードでは先に進めない。
「ゲロ子、これはヤバくないか?」
「主様がもたもたしているから悪いでゲロ」
「そんなこと言ってもだな」
目の前を巨大な刃物が通過する。風圧で体がフラフラしてしまう。ちょっとでも体が傾けば、巨大な刃物が体を真っ二つにしてしまうはずだ。
「ダーリン!」
「し、師匠!」
既に刃物地帯を渡りきったクロアとマックスが叫んでいる。指を指して上をみろとジェスチャーしている。右京が上を見ると恐ろしい光景が広がった。
「何の冗談だよ!」
天井がゆっくりと下がってきている。ご丁寧にもとんがった刺付きの天井だ。このまま安全地帯にとどまれば、待っているのは串刺しである。だが、目の前は巨大な刃物5本。高速で左右に揺れている。
(どうする!)
ビビって体が動かない右京。主人公なのに情けない。
「ここは思い切って前へ進むでゲロ。それでゲロ!」
「痛っ!」
右京は尻に激しい痛みを感じた。その拍子で一歩前に進んでしまったのだ。ちょうど1つ目の刃物が通過した瞬間。急に頭が冷静になり、目が覚めた。
さらに2歩目が自然に出る。それはやって来る刃物を一瞬ででかわす一歩となる。さらに3本目の刃物が通過し、それに触れるか触れないかのタイミングで3歩目。しかし、4歩目は最悪のタイミングであった。
刃物が体を真っ二つにしようと唸りを上げてやってくるジャストフィットのタイミングであったのだ。右京は反射的に4歩目を強く床を蹴った。上へジャンプしたのだ。刃物が床を這う。そこに右京がいたら短い人生が終わっていたであろう。だが、見事に飛び越えた。
着地した瞬間に地面に転がって5つ目の刃物をかわした右京。超人的な動きにマックスもクロアも目を丸くした。
「驚いたよ。ダーリンは時折、凄いね」
「さすが師匠」
「はあはあ……。死ぬかと思った……」
ゲロ子の奴がお尻に何かを突き刺したのだ。その痛みで思わず、スタートを切ってしまったが、その後の動きは神がかりであった。もう一度、やれと言われても絶対できない自信はある。
「ゲロ子、てめえ、俺を殺す気か!」
右京は自分の肩でひょうひょうとしているゲロ子に怒鳴る。ゲロ子、耳をほじって話を左から右へ受け流す。
「あのまま待っていても、死んだでゲロ。主様はゲロ子に感謝するでゲロ」
「お前なあ……」
確かにゲロ子がああでもしてくれなかったら、自分には一歩進む勇気が湧いてこなかったかもしれない。結果的にはゲロ子に助けられたとも言える。だが、それは間違っていた。
「ダーリン、もう少し待っていたなら、クロアの時の魔法で刃物の動きをスローにしてあげたのに。焦って動くのは危ないよ」
クロアがそう注意した。そうだ。クロアには時を止める魔法もあった。待っていれば、危険な目に遭わずにクリアできたのだ。全く、ゲロ子が余計なことをして危なく死ぬところであった。
こうして罠を次々と突破していた3人。落とし穴に毒矢が飛び交う壁。天井から巨大な岩まで落ちてきたが、かろうじて突破した右京たち。ついにダンジョンの奥。4本のバゼラードが保管してあるダンジョンの最新部へたどり着くことができたのだ。
「これがバゼラードでゲロか……」
15年間封印されていた武器がそこに安置されていた。




