ケルン家の姫君
祝 HJノベルス賞受賞 書籍化決定。
で、2回目の投稿です。クロアの父、大いに愛を語る。
「シンシアや。あのいつも来てくれる若者は、どうやらお前目当てのようだが、どういう素性の男だ? かなり金持ちそうだが」
酒場を経営する父親のフィリップはそうシンシアに尋ねる。大衆酒場バロアは、小さな店なので毎日通うと、否応でもなく分かる。父親のフィリップは、看板娘であるシンシア目当てに来る若者は他にもいたので、反対はしていなかったが、これまでとはずいぶん違う男なのでそう尋ねたのであった。
「お父様……あの人は……」
恥ずかしそうにシンシアはそう言葉を濁した。これまでも、同じように尋ねられたことがあったが、明確に否定していた。しかし、今回は違った。シンシアはフェルナンに惹かれていたからだ。
「どこかの大店の跡取りか、役所の高級官吏か何かか? お前が気に入っているのなら、一度、連れてきなさい」
「お父様、いいの?」
「ああ……いいさ。お前も19歳。そろそろ、嫁いでもおかしくはない。わしの眼鏡に適う男であるなら、認めてやってもいい」
そうフィリップは娘に答えた。だが、娘の口から出た男の素性を聞いた彼は、急に険しい表情になった。
「バ、バーゼルだと……。あのバンパイアの……」
「フェルナンは、バンパイア一族よ。人間じゃないからダメだって、言わないよね? お店にもエルフの人やドワーフの人も来るでしょ? 種族は関係ないっていつも言ってるじゃない」
彼氏がバンパイア族だと知って、父親が難色を示したと思ったシンシアは、そう正した。もしかしたら、種族というよりも侯爵という身分の高いことに釣り合いが取れないと考えたのであろうか。それはごく当たり前の反応ではあるが。だが、フィリップが口にしたのは予想外の言葉であった。
「シンシア、お前に話さないといけない時が来たようだ。こっちに来なさい」
そうシンシアを自分の部屋に呼んだ。そして1枚の写真を見せたのだ。そこには、裕福そうな夫婦が赤ちゃんを抱っこしている姿が映っていた。
「こ、これは……?」
写真の裏には『わが娘、シンシア』と書いてある。もう一度、写真を見るシンシア。この赤ん坊が自分だとすると抱いている女性は誰だろうか。男性は父ではないし、女性も母ではない。そもそも、父であるフィリップが言うには、母親はシンシアが赤ちゃんの時に死んだということだ。
「それはケルン卿ご夫妻だ。抱っこされているのは姫様、姫様はケルンご夫妻のご息女なのだ」
「え? 何を言っているの? お父様」
今まで『シンシア』と呼び捨てにしていた父が、急に『姫様』と呼ぶのだ。その言い方の違和感と何だか他人行儀な響きにシンシアは、何だか悲しい。
「わしはケルン家に仕える使用人。訳あって、ケルン家のご息女である姫様を育てていたのだ」
衝撃の事実である。ケルン家はバンパイアの一族である。その昔、この国を建国する際に、バーゼル家は後に王となる勇者の側に立った。バンパイアの一族はバーゼル家につく者は少数で、大半は反人間で魔物側についた。ケルン家もそうであった。
だが、結局は戦いに敗れ、魔物側についたバンパイア族は滅ぼされるか、逃亡することになった。ケルン家もその一つである。長い年月が経ち、散り散りになった反体制派のバンパイアたちは、王国に批判的な分子を統合して、反政府組織を立ち上げた。その中心になったのがケルンの一族である。
だが、王国も手をこまねいているわけではなかった。反体制派は事あるごとに摘発され、反乱を起こす間もなく刈り取られていたのだった。
「姫様。写真に写っているのはレオナード・ケルン卿とその奥方であるミリア様です。革命の士であるレオナード様は、反乱を計画されていたのですが、あと一歩のところで露見し、国軍に追い詰められて奥様と共に命を絶たれてしまったのです。王国の中枢で栄華を極めるバーゼル家は、わが主、ケルン家とは不倶戴天の敵なのです」
フィリップは反体制派グループに属し、レオナード卿の副官を勤めていたのだという。情報収集のためにカモフラージュとして酒場を経営していたが、生まれたばかりのシンシアを預けられたのだという。
反体制派で当局から追われているケルン夫妻としては、シンシアを連れての行動はできないと判断したのであろう。シンシアはフィリップの元ですくすくと成長したのだ。
「信じられないわ。わたしのお父様やお母様が他にいたなんて。そして、わたしがバンパイアの一族だったなんて……」
そういえば、シンシアは昼の太陽の光を浴びると体調が悪くなった。皮膚に太陽光を当てないようにしないと弱ってしまうのだ。それで家が酒場ということもあり、だんだんと夜型生活になってしまったのだ。今も昼は寝て、夜に活動する生活習慣が身についていた。
「姫様は由緒正しい、バンパイア族の貴族の流れを組む方なのです。世が世ならば、大貴族の姫君として生活なさっていたのです。それをバーゼル家の連中のせいでこのような落ちぶれた生活を強いられているのです」
「強いられているって……」
シンシアは贅沢でないけれど、それでも何不自由なく育てられたと思っている。この義父であるフィリップのおかげであろう。
「とにかく、そういうことでバーゼル家の御曹司と付き合うわけにはいかないのです。姫様、察してくださいまし」
「……。突然のことでわたしは混乱しています。部屋で考えさせてもらってよいでしょうか?」
そう言うとシンシアは自室にこもった。急に知らされた出生の真実。そして、自分がバンパイア族であるということ。父親は反体制派の中心人物であったこと。その本当の父の敵が恋人であるフェルナンであること。シンシアはベッドに倒れ込んだ。
「これは本部に連絡を入れないといけない。もう少し、お嬢様には平和な暮らしをさせてあげたかったが、よりによってバーゼル家の当主に目をつけられるとは……」
フィリップはシンシアの部屋のドアに大きな南京錠で鍵をかけた。シンシアが出られないようにしたのだ。シンシアは反体制派にとっては、旗を上げる時の中心人物となる。ケルン卿の忘れ形見であるのだ。予定より少し早いが、反体制派の本部に連れて行き、その旗印になってもらわねばと考えたのだ。
トントン……。
窓のガラスを叩く音でシンシアは顔を上げた。涙があふれてきて、悲しくて泣いてしまっていた。楽しかったフェルナンとの過ごす日々がもうなくなってしまうという予感からであった。だが、その予感は杞憂に終わった。窓の外にはそのフェルナンがいたのだから。
窓の外はバルコニー。2階であるが、フェルナンにとっては問題のない高さであった。実は一階の酒場に行って、シンシアに会いたいとフィリップに申し出たのだが、娘には会わせんとえらい剣幕で怒られたのだ。それで2階のシンシアの部屋に現れたのだ。
こともなげに窓を開けて部屋に侵入するフェルナン。もう状況はある程度、把握していたのだ。
「フェルナン……わたし……わたし……」
シンシアはフィリップから告げられた衝撃的な事実をフェルナンに告げたのだ。それを黙って聞いていたフェルナンは、シンシアを抱きしめた。実はフェルナンは、以前からシンシアがバンパイア族ではないかと思っていた。
「心配しないでシンシア。君がケルン家の姫君だと聞いても私の愛は変わらないよ。君は君だ。過去の諍いなど関係ない」
「フェルナン……好き……」
「私も好きだ」
重ね合わされる唇。そしてフェルナンは決断する。シンシアが反体制派の旗印であるなら、彼女を連れ去る可能性がある。ここに置いていくわけにはいかないだろう。
「シンシア、私と一緒に来てくれるだろ?」
「は……はい」
こうしてフェルナンとシンシアは手に手を取って逃げ出した。駆け落ちである。バーゼル家の別荘を転々として、反体制派の追っ手をかわしたのだ。反体制派も大っぴらに動くわけにはいかず、シンシアの奪還を諦めたかにみえた。
やがてシンシアに赤ちゃんができた。クロアである。反体制派も諦めたと考えたフェルナンは屋敷に戻り、正式に結婚生活を始めたのだ。
「何だかロミオとジュリエットみたいでゲロ」
「おい、ゲロ子。なんでそれを知っている?」
「さあで、ゲロ」
ゲロ子はとぼけた。右京はゲロ子がロミオとジュリエットという昔の悲劇の話を持ち出したことに嫌な予感がした。この話はクロアの父親のイチャイチャ話ではない結末が予想できたからだ。現にクロアは黙って父親の話を聞いている。
「5年が経って、私も油断をしていた。奴らは着々とシンシアの奪回と私への復讐の準備をしていたのだ」
それは5本のバゼラードの誕生と悲劇の始まりであったのだ。




