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伊勢崎ウェポンディーラーズ ~異世界で武器の買い取り始めました~  作者: 九重七六八
第16話 死神のバゼラード(バンパイア・キル)
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クロアの母親

祝 第10回HJ文庫大賞でHJノベルス賞受賞しました。

書籍化決定です。ゲロ子が本になります。

今日は記念投稿だ(嬉)

 夕食に出されたステーキは、ジュージューと香ばしい音を立てていた。ここはクロアの実家バーゼル家の食卓。クロアの父であるフェルナン侯爵とクロア、右京とゲロ子で食事をしている。


 マックスは従者なので遠慮すると言って、あてがわれた部屋で休んでいる。バンパイアと言っても普段は人間と同じように食事をする。食は細いのだが、全く食べないというわけではない。カチャカチャとナイフで肉を切ると肉汁がほとばしり、油とともに滴り落ちた。


「右京くん、口に合うかね」

「はい。美味しいです」

「うむ。それはよかった」


 ワイングラスの注がれたワインを飲む。右京はワインについての知識は乏しかったが、この口にしているワインが高級品であることは分かった。飲み口爽やかで香しい。鼻から抜けていく香りは秋の山を撫でていく風のようだ。


「お父様。そろそろ、話題に入っていいんじゃないの?」


 そうクロアが促した。この5本目のバゼラードの経緯に関わる話である。クロアも実は聞いたことがなかった。どうやら、母親の失踪と関係があるようだが父親は一言もいなくなった理由を話さなかったのだ。


 父親の様子からは離婚したとか、死別したとかいう感じではないのだが。今回、フェルナンが話そうと思ったのも、クロアが男を連れて長年探していた5本目のバゼラードを発見したからである。


「話は長くなる。クロアが生まれる前のこと。パパとママが出会ったところまで遡る」


 フェルナンが話し始めたのは、今から20年前。フェルナンが27歳の頃の話だ。




 フェルナンがバーゼル家の跡を継いだのは24歳の時。父親が不慮の事故で亡くなったことにより、急遽、跡を継ぐことになった。バーゼル家は王位継承権を持つ大貴族だが、政府の要職に就くことはなく、王家とは適度な距離を置いていた。


 これはあまりにも強力な魔力をもつことで、政治利用されないためであり、その力は始祖が協力して成立させたこの国の平和を維持するということに使うのだという意思表示でもあった。王家といえども、悪政であればバーゼル家の者が正すというのが、古来から使命として課せられていたのだ。


 強力な力をもつだけに政治中枢に食い込むと、政権を狙っているのではと疑われかねないので、目立たず、交友を深めず、超然とした立ち位置を常に保っていた。

 

 王位継承権5位が常にバーゼル家当主に与えられているのは、王家を起こしたオラクル家のバーゼル家に対する恩賞であり、将来、子孫に王位にふさわしくない者しかいない場合には、政権を譲るという約束でもあったのだ。

 

 フェルナンはその教えを守り、社交界には滅多に顔を出さず、読書を通じて膨大な知識を得ることや、投資に精を出して莫大な財産を所有するバーゼル家の資産を増やすことに没頭していた。この辺りの商才は娘のクロアにも受け継がれており、彼女はわずかな元手から巨万の富を築いている。


「その日はロールスハイム卿の息子の結婚式のパーティ-があってね。その息子とは一緒の学校に通っていて、友人だったもので珍しく参加したんだよ。夜でもあったしね」


 そうフェルナンは楽しそうに昔を思いだし、運命が動き出した夜のことを語り始めた。


「お嬢さん、どうなされたのですか?」


 フェルナンはパーティー会場の片隅でしゃがんでいる女性に気がついた。長い漆黒の髪が特徴の色白の痩せた女性だ。顔はどことなく気品がある美女なのだが、着ているドレスがいかにも時代遅れで古めかしいのがアンバランスである。


 女性はどうやら、履いていたハイヒールのかかとが折れてしまったようだ。見るとハイヒールも古くて傷んでいた。  


 フェルナンはハイヒールを見てみたが、これは完全に折れて直せそうもない。それで折れていない左足のハイヒールの留め金を外した。


「あ、あの……。何をなさるのです?」


 色白の女性はそう尋ねた。既にフェルナンが抱きかかえてお姫様抱っこの状態である。


「靴は別のもの調達しましょう。レディはここでお待ちください」


 そうフェルナンは女性を空いている椅子に座らせた。そして、使用人を呼ぶと新しい靴を見繕うように命じたのだ。


「靴が来るまでここで待ちましょう。レディ、レモネードはいかがですか?」


 フェルナンはそうグラスを差し出した。ワインではなくてレモネードを差し出したのは、この女性がまだ成年ではないかもと思ったからだ。


「ありがとうございます……。あの……」


 お礼を言った女性はそう言葉に詰まった。フェルナンを何と呼べばよいか迷ったのだ。


「あ、失礼しました。私はフェルナン・バーゼルと言います」

「バ、バーゼル!」


 ちょっと驚いた表情を見せた女性であったが、すぐに平静を取り戻した。バーゼル家の者がバンパイアであることを知っていたのであろうか。


「わたしはシンシア……。シンシア・バロアと言います」


 ちょっと詰まって女性は答えた。本日結婚した新婦の友人らしい。貴族ではなくて、町で商売をしている家の娘ということだ。ロールスハイム家の息子は、学校で一緒になった商家の娘を嫁にもらったから、その友人が平民でもおかしくはない。今は身分については無礼講の披露宴なのだ。だから、格式張ったことが嫌いなフェルナンが、珍しく参加しているのであるが。


「こ、こういう華やかな席は来たことがないので、緊張してしまって。そうしたら、かかとが折れてしまいました。やっぱり、平民がこんなところに来るものではないですね。貴族様が多いですし」


 シンシアは会場を眺めながら、さみしそうに言った。無礼講とはいえ、こういう華やかな場所でのパーティーの経験が少ない平民出身者は、ちょっと気後れしているのであろう。


 平民の参加者らしき集団が、部屋の片隅で飲み物を飲みつつ、居心地悪そうにしている。飲み物や料理は悪くないので、それを堪能できるから来たかいはあったのであるが。


「まあ、楽しみ方は一緒ですよ。貴族はちょっと気取っているだけで、音楽に合わせて踊ったり、歌ったりするのは一緒だよ」


「一緒なんですか?」


 目をキョトンとしてそう尋ねるシンシア。フェルナンはついその黒い目に惹きつけられてしまった。使用人がヒールを持ってやってきた。ピンクのリボンがついた可愛いデザインだ。それをシンシアに履かせる。サイズもぴったりである。


「どうですか、シンシアさん」

「はい。ぴったりです。あの……」


 フェルナンはポケットからお金を出して使用人に渡した。それが100G紙幣であったことにシンシアは気付いた。


「大丈夫ですよ。素敵なレディに会えたので、私からのプレゼントということで」


「そ、それは困ります。代金は支払いますから……」


「いいですよ。でも、お礼がしたいということであれば、私と一曲踊って頂けませんか?」


 フェルナンはそう言ってシンシアの手を取った。シンシアは緊張する。社交ダンスなんてやったことがない。それをこの青年貴族風の男に言うのが恥ずかしかった。だが、フェルナンはそんなシンシアの心境も理解していた。


「大丈夫ですよ。今日は結婚を祝う披露宴。新郎側の客だけじゃ、お高くとまって楽しくないだろうし」


 そうフェルナンは言うと、音楽を奏でていた演奏者に町で平民が踊る陽気な曲を演奏するように命じた。テンポの速い陽気な音楽が流れる。フェルナンはシンシアの手を取って、会場の中心に行く。


 そこで町の住民がよく踊るダンスをする。片隅で居心地悪そうにしていた平民の参加者も、これに釣られて踊りだした。宴会場が楽しげな笑いに包まれるものに変化する。

 

 盛り上がる会場の中、口火を切ったフェルナンとシンシアは、今日の主役である新郎新婦に話しかけられた。


「フェル、ありがとう。ちょっと、ぎこちなくてどうしようかと思っていたんだ。妻も客に楽しんでもらって感謝しているよ」


「フェルナン様、ありがとうございます。シンシアも来てくれてありがとう」


「いや、シンシアさんがいたからできたんですよ。じゃないと、今でも気取って酒を飲んでいたと思うよ。彼女に感謝さ」


 楽しい宴は夜中まで続いた。馬車でシンシアを家まで送ったフェルナンは、彼女が町の酒場の娘であることを知る。年齢は19歳。『大衆酒場バロア』は都の繁華街にある地元密着の小さな店であった。




「ゲロゲロ……。そのシンシアという女がクロアの母親になるでゲロな」


 ゲロ子がそう話の腰を折る。まあ、この展開ならそうなるだろうし、先ほどの父親の棺桶の蓋の裏には、その黒髪美人の写真が貼ってあった。


「まさに運命的な出会いだったんだよ。パパとママは……」


「失礼ですが、バージル家は王位継承権をもつ大貴族の家柄で、しかもバンパイア族。一般の平民との結婚は色々と難しかったのではないですか?」


 そう右京は聞いてみた。出会いはともかく、きっとここから波乱万丈の武勇伝が展開されるだろうという予測の元に聞いた。正直、出会いだけでこれだけ語られると、結婚編、クロア誕生編とかなり長い話を聞かされることになると危惧したのだ。要点を絞って話してもらった方がいいに決まっている。


「ああ。それは関係ない。バーゼル家は格式を重んじないし、これまで平民出身者の配偶者は何人もいる。そもそも、バンパイア族というのがネックでね。嫁を選んでいたのでは、あっという間に絶えてしまう。それに同族でなくても能力は失わない。子供はバンパイアの資質は弱いながらもちゃんと受け継ぐ。もちろん、同族同士の方が魔力は強くなるのだが」


 そう説明するフェルナン。クロアはシンシアとの子供であるなら、魔力は弱まるはずだが、彼女は歴代バンパイア族の中でも最強クラスの魔力をもっている。これはどうしたことだろうか。


「それでシンシアに惹かれた私は、次の日から毎日、酒場へ通ったのさ。シンシアも私のことを愛してくれた。バンパイア族であることを告げてもその愛は変わらなかった。だが、彼女の父親が大反対したんだよ。それで手に手を取り合い、イヅモの町へ駆け落ちさ」


「で、駆け落ちして、やって出来た子供がこの発情バンパイアでゲロ」


 ゲロ子が空中回転して着地と共にクロアを指差した。むっとするクロア。手にしたバゼラードをゲロ子の目の前に突き刺した。


「ゲロ子、死にたいようね」


 ダラダラと汗が流れるゲロ子。1センチ前なら確実に串刺しにされていた。


「でも、お父様。結局は結婚を許されて、バーゼル家に戻ってきたんだよね」

「まあ、結果的にはそうなるのだが……」


 言葉を濁すフェルナン。ここまでの脳内バラ色話から一点して渋い顔になる。どうやら、ここからが肝心な話らしい。そりゃそうだ。右京の聞きたいのはクロアのお父さんのノロケ話ではなく、曰くつきの短剣。


5本のバゼラードの話なのだ。


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