表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
伊勢崎ウェポンディーラーズ ~異世界で武器の買い取り始めました~  作者: 九重七六八
第16話 死神のバゼラード(バンパイア・キル)
228/320

幕間 ハンナの独り言2

アマデオさんと私の果たしなき戦いは今月も継続中です。私は今のところ、剣を3本。槍を2本。短剣を6本と防具一式を2セット売っています。アマデオさんもそれに匹敵する売上で、毎月繰り返される激しい売上競争中なのです。

 

えっと……。紹介が遅れました。私はハンナ・アビー。伊勢崎右京様のお店の販売部門で働いています。以前は貴族様のお屋敷でメイドをしていましたが、今の仕事の方がお給金もいいし、頑張れば頑張るほどお金がもらえるし、休みも週2日あるしで、とても幸せな日々を送っています。


 目下、私の目標は商売敵であるアマデオさんに勝つこと。こういう目標があると、毎日の仕事がより楽しくなります。アマデオさんは、同じ伊勢崎ショッピングモールに店を構える武器屋の店長さんです。


店長さんなら店長さんらしく、従業員に任せれば良いのに、この人はなぜか、自ら店頭に立ち、武器のセールスを熱心に行っているのです。噂によれば、このイヅモの町の武器ギルドの偉い人のご子息らしいですが、私は信じていません。


お金持ちのおぼっちゃまは、普通は朝早くから働きません。アマデオさんは、右京さんに対抗意識があるらしく、新品武器の中でもお買得品を集めた商品構成で挑んできています。伊勢崎ウェポンディーラーズは、中古で買い取った品をリニューアルして売るお店で、新品同様ながらも値段は安いということが売りです。

 

新品を売るアマデオさんは、値段では対抗できないはずですが、新品の武器でもいろいろとワケあり商品を仕入れて安く売っているのです。ワケあり商品じゃ、うちの店の品物と比べ物にならないはずですが、結構、お客様を取られることがあるのです。

 

きっと、ずるいことして売っているに違いありません。こちらに勝つために大幅な値引きをするとか、何かおまけを付けるとかやってそうです。私の方は右京さんの方針で値引き販売ができません。今付いた値段が適正な値段ということなのです。


私は右京さんに尋ねたことがあります。


「右京様。なぜ、値引きをしてはいけないのですか?」


「ハンナ、交渉次第で値引きができるとなると、お客さんにとっては平等じゃなくなるんだよ」


 そう右京さんはおっしゃいました。最初、私は意味が分からなかったのですが、値引き交渉が上手な人は安く買えて、そうじゃない人は安く買えないのは確かに不平等です。いつもこの安い値段というのは、お客様にとって安心につながることになります。さすが、右京様です。


『売る客、買う客、みんな満足、得をする』と言う、伊勢崎ウェポンディーラーズの社訓に従った素晴らしい経営理念です。でも、アマデオさんは、それを利用してこちらよりも1Gでも安くしてこちらの客を奪っているのです。何だか、卑怯だと私は思います。


 それにアマデオさんはしたたかです。いつも3時になるとお菓子をもって私のところへ来るのです。商売敵のところへ来てお菓子を配るなんて、どうかしています。


 販売部門の従業員すべてにお菓子を配るのです。販売店のみんなはこれが最近、楽しみになっているようで、みんな3時になるとアマデオさんの来店を楽しみに待っているのです。


(はっ!? これはライバル店の従業員を骨抜きにする作戦とみました!)


 それに、なぜか、私だけにはそれプラスでキラキラした紙に包まれたキャンディーや、町で評判のパン屋さんが作るラスクとかをそっと別に渡すのです。


(直接のライバルの私には念入りに骨抜きにしようという作戦ですか!)


 もちろん、そんな手には乗りません。私はこれを『宣戦布告』と受け取っています。お菓子は受け取って食べますが、それで懐柔されるほど私は甘くありません。むしろ、このお菓子でエネルギー補給をして、残りの3時間で売上を伸ばすつもりです。


 それにしても、いつも、向こうからの仕掛けに耐えるだけでは、負けてしまいます。こちらも打って出ないといけないのではと考えるようになりました。


 そこで私もアマデオさんのお店に行くことにしました。いつもアマデオさんがやっている偵察と従業員の懐柔です。



 手作りクッキーを家で焼きました。手前味噌ですが、私はお菓子作りが得意ですから、とろけるような美味しさです。これを食べれば、アマデオさんのお店の従業員は腑抜けになって、午後の仕事に差し支えるに違いありません。


 特にアマデオさんにはクッキーだけでなく、手作りのプチケーキを用意しました。これを食べてアマデオさんの戦意を低下させるのです。



 アマデオさんのお店は、伊勢崎ウェポンディーラーズからはさほど遠くない場所にあります。通りに面した場所です。右京様は『お客様が自由に選択できることも大事なことだよ』とおっしゃって、ライバル店であるアマデオさんのお店も不利にならないような場所に開店する許可を出したそうです。さすが右京様は心が広いです。



 アマデオさんのお店に着きました。ちょっと、怖いのでそっとショーウィンドーからお店の様子を伺います。先ほど、私のところで鎧の購入を検討していたお客様がいました。戦士をやっている方で、プレートアーマーを買いたいとやってきたのです。


 先ほど、中古のフット・コンバット・アーマーのよい品があったので、2200Gで提案したのですがちょっと予算がオーバーだったらしく、ちょっと考えると言って店を出て行ったのです。アマデオさんのところへは、最初に行っていたらしく、同じようなプレートメイルが3000Gだったと言っていましたので、値段では負けていないつもりだったのですが。



 あ、すいません。ちょっと、専門用語でしたね。プレートアーマーとは、金属の板同士をリベットでつなぎ合わせた鎧です。腰や腕等のパーツの部分も留め金で固定できるので、全身が一体化した最強の防具と言って良いでしょう。


 この装備を身につけた重戦士には、普通の武器は通用しません。唯一、弱点である関節部分は下にチェインメイルを着ることで対応できます。少々重いですが、最近は軽量化も図られており、対モンスター戦では前線で戦う戦士系の職業の方々には、重宝がられる防具なのです。

 

 私が売ろうとした『フット・コンバット・アーマー』はプレートアーマーの進化系の防具です。関節部分まで金属プレートで覆われているのです。ですから、防御力はプレートアーマーよりも上です。表面も球面に仕上げられており、重戦士の天敵である弓矢による攻撃も、弾くことができるのです。


 ちなみに、『フット・コンバット・アーマー』は徒歩の兵士が用いる鎧で、馬に乗る騎士様は『フィールドアーマー』を着用するそうです。『フィールドアーマー』は別名、『コンプリート・シュート・オブ・アーマー』と呼ばれて、重騎士様が装備する最高峰の防具と言われます。これは騎乗している馬まで鎧を着けるそうで、人馬一体となった完全な防御体制が取れるのです。


 何だか、ちょっと前までメイドをしていた小娘が、ゲロ子さん並の知識をもっているのはおかしいというツッコミがありません?


 心配しないでください。


 右京様のお店では、仕事が終わった後には売る武器の勉強会があるのです。その研修で武器についての基礎知識から、性能や謂れ、ちょっとした豆知識まで教わるのです。売る時にお客様に納得してもらった上で買ったもらうことが大事ですからね。



(それにしても……)


 さっきのお客さん、随分とアマデオさんと話して笑顔になっています。おかしいです。あのお客様は2200Gの私が勧める『フット・コンバット・アーマー』が高いとおっしゃていました。アマデオさんのプレートアーマーは3000Gだったので、値段勝負では私の勝ちです。それなのにあの表情。今にも買ってしまう勢いです。


(きっと、アマデオさん、大幅な値引きをしたに違いありません。採算度外視で、私を負かせるために赤字で売るとは……)



 あっ! お客さまとアマデオさんが握手をしています。商談成立です。2200Gで買ってもらえるお客様をアマデオさんに取られました。とても残念です。こうなったら、お菓子で腑抜け大作戦を開始です。いつも、こちらが仕掛けられているから、今日はお返しです。



「コホン……。アマデオさんはいますか?」


 いることが分かっているのに、私はそう咳払いをしてアマデオさんのお店に入りました。分厚い絨毯が敷かれて、高級感あふれる店内の内装は私のお店のコンセプトと同じです。


 お買い得な新品武器を売る割には、高級感を演出しているのです。こちらは中古品=ボロい、粗悪品と思わせないためにやっているのですが、アマデオさんもそれに倣っているのでしょう。


「ハ、ハンナさ……ん」


 何だかアマデオさんの声が裏返っています。強敵ライバルの私の登場に動揺しているようです。年下の私に『さん』付けとか、敬語とか変な人ですが、それだけ私のことを意識しているのでしょう。


(ライバルとして)


「いつもお菓子を頂いていますので、今日は私が手作りのお菓子を作ってきました。みなさんで食べてください」


 そう言って私は手に下げてきたバスケットをアマデオさんに渡しました。白いナフキンの下には焼きたてのクッキーがあります。アマデオさんはそれを見てパッと顔が明るくなりました。先ほどのお客さんとの商談を成立させた時以上の笑顔です。


(しめしめ……。私の作戦に気づいていないですね。とんだお間抜けさんです)



「それとこれはアマデオさんに」


 そう言って私は別に用意した紙袋を手渡しました。プチケーキが入った紙袋です。アマデオさんが、急に両手を顔に当てて天を仰ぎます。


「ボクの青春に悔いなし! 神よ、感謝します」


 ですって。喜びすぎです。


(あ! これは注意しないといけませんね。喜ぶふりをして私をだます作戦かもしれません。残念ですが、そんな手には引っかかりませんからね。そんなに喜ぶのは、ちょっとだけ嬉しいですけどね)


 アマデオさんは、右京様と同じ年齢だそうですが、ヒョロヒョロに痩せていて、男の人としては小柄です。身長は私よりちょっと高いくらいです。まあ、筋肉もりもりのマッチョマンみたいな男の人は、ちょっと苦手ですが、それでもアマデオさんみたいな人は頼りない感じがしてしまいます。


「アマデオさん。先ほどのプレートアーマーを購入されたお客さん、いくらで売ったんですか?」


 休憩時間に入り、クッキーをほおばるアマデオさんに私はダイレクトに聞いてしまいました。一瞬、ハッと私の顔を見つめたアマデオさん。よく考えれば、商売敵の私にそんなことを教えてくれるはずがありません。もう少し、遠まわしに聞くべきだったかなと後悔したのですが、アマデオさんは笑顔でこう答えました。


「2800Gだよ」

「え?」


 私は耳を疑いました。私に対抗して大幅値引きして売ったに違いないと思ったのですが、引いたのは200Gほどです。これはどういうことでしょうか。あのお客様は2200Gの『フット・コンバット・アーマー』を高いと言っていました。


 性能でははるかにこちらの方が上なのに。私は混乱しました。もしかしたら、何かおまけを付けたのではとも思いましたが、600Gの値段の差を埋められるおまけは考えられません。


「あのお客様は重量を気にしていたんですよ。ハンナさんの勧めた鎧は、確かに防御力は高いけど、重量が10kgは重いでしょう。あのお客さんはそれを気にしていたのですよ」


(が~ん)


 アマデオさんの言葉に私は衝撃を受けました。私は値段のことばかり考えて、お客さんのニーズを深く考えなかったようです。お客さんのためらった理由が重量なら、カイルさんにお願いして、もう少し軽量化の改造をして売る方法もありました。


 そういう提案ができなかった私はセールスレディとして力不足でした。それに比べて、アマデオさんはお客さんのニーズをしっかり把握して売るなんて、悔しいけど今回は一枚上だったことを認めるしかありません。


「物を売る時にはお客さんの立場になって考える。ボクがいつも心がけていることですよ」


 年下の私に相変わらず丁寧な言葉遣い。でも、言っていることはカッコイイです。思わず、胸がドキドキしてしまいました。


(ん? あぶない、あぶない)


 危なく、アマデオさんの作戦に引っかかるところでした。そもそも、商売敵の私にこんなことを教えて良いものなのでしょうか。これは完全にアマデオさんの策略でしょう。今回は私の完敗でしたが、次の勝負への布石とも考えられます。


(いやいや……。違うわ)


 嬉しそうに私の手作りお菓子をほおばるアマデオさん。ちょっと、私は考えすぎたかもしれません。きっとこれはクッキーとプチケーキのおかげでしょう。お菓子のおかげで口がなめらかになったのだと思います。



「それでは午後、頑張ってください。私もアマデオさんに負けませんから!」


 私はそう言い残すとアマデオさんのお店を後にしました。今回の作戦は収穫が多かったです。この作戦、効果が高いと実証されました。



(よし、明日はお弁当を作って持っていこう)



 その日の夕方。なぜか、お菓子の入ったバスケットが綺麗なお花がいっぱい入った状態で返って来ました。こんなカードが一緒に入っています。


『ありがとう。ボクのスイート天使 ハンナ・アビーさんへ』


(なんですと~)


 私の失態を逆手にとって、今日、鎧を売れたことを『ありがとう』ですって! あくまでも私に勝つつもりのようです。


 アマデオさん。明日は絶対に負けませんから!



 がんばれアマデオ。くじけるなアマデオ。

 君の想いはいつかハンナに届くはず。


 ちなみにこの日のアマデオ。

 

 ハンナの手作りお菓子にポーッとしてしまい、仕事に身が入らず売り上げは伸ばせなかったと言う。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ