プラス1のブランド
「deathって、呪いの武器なのか?」
右京は思わずバゼラードから手を離した。以前、呪われた武器で苦労した経験があるのだ。呪いには敏感である。ゲームでも金が枯渇している時にアイテムを手に入れて呪いを受けて行き詰ったことがある。
ましてやダンジョンの奥深くで宝箱を開けたら、『呪いがかかっていました』のメッセージが突然出て、ステータス異常になった時なんか、『クソゲーかよ!』とコントローラーを投げつけたこともある。ここは店先だが、呪いを受けるのは勘弁して欲しい。
「ううん。これには呪いはかかっていないよ」
クロアは右京が離した短剣をそっと手にした。そして、『Ⅴ』の文字を指ですっとなぞった。その目は思い出に浸るような遠くを見るものであった。
「これはクロアの実家、バーゼル家に伝わる家宝の一つよ。この『h』の文字の短剣は欠けていたけど、後の4本はちゃんと保管されているよ。この最後の一本はなくなったと聞いていたけど、こうして目にする日が来るなんて……」
「ほう……でゲロ」
ゲロ子の目が輝いた。家宝の短剣。5つでセットのうち、1本が欠けていて探していたという。これは儲けるチャンスだとゲロ子は直感した。クロアは天文学的な数字での大金持ちであるから、どれだけ吹っかけても買うに違いない。
「はあ……。ゲロ子の考えていることが分かるだけに、クロアとしてはちょっと悔しいけど、ダーリン。このバゼラード、売ってくれないかしら」
「それは構わんけど……。実は俺はまだこの短剣に値段を付けてないんだ」
「主様、100万Gって言うでゲロ。この金満バンパイア、こっちの言うなりに金を出すでゲロ」
バシッ……。
右京とクロアの同時の攻撃。ゲロ子はぺしゃんこになって、ヒラヒラとテーブルでたなびいた。あくどい奴にはお仕置きだ。
「ゲロ子、お前は本当にえげつない奴だな。我が、伊勢崎ウェポンディーラーズの社訓は、売る客、買う客、みんな満足、得をするだ。そんな高い値段つけられるわけ無いだろ!」
そうは言ったが、右京も値付けに対して明確な回答があるわけではなかった。値段を付けるにしても、この短剣には曰くがあると思ったし、どうしてバーゼル家の家宝になっていて、この一本が欠けていた理由が知りたいと思ったのだ。クロアにそのことを話すと、クロアはこう提案した。
「これについては、クロアもよく知らないの。お父様がよく知っているから、ダーリン、クロアのお父様に会ってもらえないかしら?」
「え? お父さんに!」
クロアの父親に会うのだ。これはちょっと緊張する。それに今まであまり気にしていなかったのだが、王位継承権をもつ大貴族のクロアがどうしてこの町で魔法アイテムの店をやっているのか。父親が健在なのに王位継承権がクロアに付いているのか疑問だらけなのである。
「ダーリン、まさか、キル子の親には会ったのにクロアの親には会わないなんて言うんじゃないよね!」
ちょっとキツく語尾を上げたクロア。但し、深刻な表情ではなく、茶目っ気にたっぷりに片目を閉じたところを見ると、ちょっと右京に構って欲しいというサインのようだ。
「分かったよ。この短剣のことも知りたいし、5つ揃ったところも見たい。そうした上で値段を付けるよ。ただ、俺も商売だ。売ってちゃんと利益を得たい」
「もちろんよ。ダーリンも何人も従業員を抱える社長さんだからね。そこはちゃんとしないといけないとクロアも思うよ。じゃあ、お店のこともあるから、私の実家に行くのは3日後の夕方出発ということでいいかしら」
「ああ……」
クロアの実家はアマガハラの町にある。この国の首都であるアマガハラは、このイヅモの町から西方にある。定期馬車便で移動して7日間かかる距離だ。かなり遠いのであるが、貸切馬車で行けば、もう少し期間は短縮できる。
馬車はクロアが用意するという。夕方出発ということは、夜間も移動するつもりであろう。
「ハビエル教授。準備は出来たでケロ」
ゲロ子と同じカエル型妖精であるナナは、今日も献身的な働きをしている。武器の合体魔法を研究しているハビエルは、レイピアを合体させて強力な魔力をもつ武器を完成させることができた経験から、魔法アイテムと武器を合成させる方法を編み出した。それは、この1ヶ月の間に理論が完成し、実際の実験でも成功率を高めていた。
「ナナ、ベースとなる武器を入れるんだ」
「はい、教授でケロ」
ナナは右京が買い取った短剣を運ぶ。実験用に提供されたものである。武器としては普通のもので、買取り価格は30Gという代物である。ナナから渡されたハビエルは合体魔法を発動させるための容器に入れる。
それは洗濯機ほどの大きさの銅でできた釜である。銅製にしたのは、熱伝導が良いほうが成功しやすいという理由からだ。
「ベースとなる武器に魔法の品を入れる。これは魔力を付与するために必要である」
ブツブツと合体魔法発動の条件を口にするハビエル。今作ろうとしているのは、アンチパラライズの効果を持った短剣である。短剣レベルなら、対魔法用の力を剣に与えることができるのだ。これまで『対毒』『対眠り』の魔法を付与した剣を作ることができた。その剣を持っていれば、毒や眠りから身を守れるのだ。
伊勢崎ウェポンディーラーズでは、この新しい合体魔法で作られた武器を『プラス1』というブランドで発売していた。これがヒットして今は新規の注文が受けられないくらいの人気商品となっていた。
武器自体の攻撃力はそんなに高くないが、やはり冒険者にとってはステータス異常を起こす事態は避けたいもの。プラス1を所持していれば、武器としてだけでなく、防具としての役割も期待できるからだ。
今、ハビエルが作ろうとしているのは、『対麻痺』のプラス1。麻痺攻撃は冒険者にとって、警戒しなければならないステータス異常である。例えば、麻痺毒をもつスネークバイパーというモンスターは、攻撃対象を噛んで麻痺させるだけでなく、麻痺毒を吐きかけることもある。
それに冒されると悲惨で、体が麻痺してしまい、意識があるまま、食べられてしまうこともあるのだ。この『対麻痺』の効果がついた武器を所持していれば、麻痺することはない。
無論、魔法具で麻痺毒を防ぐものもあるが、大抵のものは1回限りの使い捨てである。アイテムとして身につけなければならなし、使い捨てでも大変高価である。
その点、『プラス1』は持っていれば、常時発動しており、効果も永続に近いのだ。これが通常の武器にプラスαのお金だけで手に入るのだから、人気があるわけである。客の中には愛用の剣に『プラス1』加工をしてくれというものもいて、その注文をさばくのも大変なのである。
「教授、パラライズストーンを2個入れるでケロ」
「よし。それにこの短剣と同じ素材のものを入れる」
短剣はオーソドックスなものなので、同じものが新品の武器屋で手に入る。できれば、作られた工房が同じ方がよい。鉄の成分や加工方法が同じ手順で作られているからだ。
重さや形状にも気を配る。買い取った短剣は大手の工房で作られた大量生産品だから、同じものを探す手間は省けた。
「教授、材料は全て入れたでケロ」
「よし、火にかけろ。魔法計算式を入力。合体魔法を発動するぞ」
火にかけるのは魔法効果を高めるため。熱を加えると効果が上がるのだ。ハビエルとナナが両手を広げて銅製の釜をさする。淡い光が発せられて、銅製の釜がそれに包まれていく。この状態で5、6時間後には完成するのだ。
「そろそろ、いいでケロ」
6時間前に仕込みをした釜から光が消えた。どうやら完成したようだ。蓋を開けると短剣が1本だけ、そのままの状態で入っている。もう1本の短剣は合体魔法で吸収されたようだ。
パラライズストーンは、モンスターにぶつけると麻痺攻撃を仕掛けることができるアイテムであるが、この力を逆転させて短剣に練りこむことで、アンチパラライズの効果を生み出すのだ。
「どうやら上手く行ったみたいだな」
ハビエルはそう短剣の刀身を眺めてそう評価した。実際に上手くいったかどうかは、実験してみないと分からない。
「ゲロゲロ……。何しているでゲロか?」
「ゲロ子さんでケロ」
ゲロ子が研究室に現れた。時折、ハビエルとナナの仕事を見に来るのだ。もちろん、何か儲け話がないか見に来ているだけだが。
「今から、ハビエル教授がアンチパラライズの効果があるか実験するでケロ」
「実験でゲロか?」
ナナがピョコピョコと歩いて、大きな鉄の箱が置いてあるところへ移動する。その箱は蓋にロープが縛り付けてあり、それが滑車を通してクルクルと回るドラムに取り付けられている。右に回せばロープが巻き取られて重い蓋が開くのだ。
ギギギ……っと開く蓋。それが完全に開ききるまで10秒とかからなかった。開いた途端に舞う大きなガのようなものがヒラヒラと空中に飛び出した。伸ばした羽の大きさは、大人が両手を広げたほどもある。
「パ、パラライズモスでゲロ」
ゲロ子がそう叫んだ途端に、パラライズモスがバタバタと黄色い粉を落とす。それは研究室の空気を黄色く染めた。たちまち、体が痺れるナナとゲロ子。人間ならある程度は耐えられるが体の小さなカエル妖精には即効である。
「な、なんでゲロ子が痺れるでゲロ~」
「だ、大丈夫でケロ。教授が退治してくれるでケロ」
痺れる体で床に倒れながら、ゲロ子とナナはハビエルが短剣を構えてパラライズモスと対峙している様子を見る。パラライズモスは攻撃対象を麻痺させて、その後に体液を吸い取るモンスターである。
野外ではこの麻痺を引き起こす鱗粉の効果は、今ひとつであるが密閉された部屋では、効果は絶大である。人間でも1分もすれば麻痺してしまう。
「57、58、60……。よし、問題なし」
1分間、攻撃せずにパラライズモスを牽制していたハビエルは、短剣の効果で麻痺しないことを確かめると、迷わず一刀両断する。パラパラと地面に落ちるパラライズモス。麻痺攻撃さえ防げれば、弱いモンスターなのだ。
「スゴイでゲロ……」
麻痺毒の緩和剤を飲んで復活したゲロ子は、ハビエルが持っている短剣を褒めた。これは便利な武器である。
「これで毒と眠りに加えて、麻痺も防げるようになりましたでケロ」
「お客さんの注文に応えられますよ」
「ゲロゲロ……。この短剣、主様用にもらうでゲロ」
ゲロ子がそうハビエルに申し出た。今日の夕方に右京とゲロ子はクロアの実家へ行く旅に出るのだ。冒険のお供に欲しい武器である。もちろん、ハビエルに異存はない。この研究室は右京の好意で設立したからだ。喜んで進呈することにする。
「ピルト……。先日作ったバゼラードのレプリカ。一本足りないのだが」
カイルがそう弟子のピルトに聞いた。一日の仕事が終わり、先日、作った短剣の出来具合を確かめようとレプリカと比較したいと思ったのだ。5本作った中で、最も出来が良く、装飾もそっくりに似せたものが見当たらない。
「親方。あれはゲロ子さんが持って行きましたよ」
「ゲロ子が?」
カイルは首をかしげた。コピーを持っていくなんて何を考えているのだろうか。右京とゲロ子は、今日の夕方からアマガハラにあるクロアの実家に行くと聞いている。その訪問に必要とは思えないのだが。
「おぎゃ、おぎゃあ……」
川をはさんだ工房と対岸にあるカイルの館から赤ん坊の泣き声がする。カイルの愛娘が泣いているのだ。父親であるカイルの帰りを待ちわびているようである。家には美しい妻が美味しい料理を作って待っている。
職人たちも帰り支度をしている。越四郎は携帯食の老舗カクヤのサリナと婚約して、夕飯はいつもカクヤで食べている。結婚は来月する予定だ。
「まあいいだろう。すぐにいるわけでもなし……」
カイルはまた右京とゲロ子が、大変なことに巻き込まれないか心配したが、それもまた彼ららしいと思うことにした。どんな困難もあのコンビは乗り越えていくだろう。




