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伊勢崎ウェポンディーラーズ ~異世界で武器の買い取り始めました~  作者: 九重七六八
第16話 死神のバゼラード(バンパイア・キル)
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Ⅴの数字とhの文字

新章開始。クロアの物語です。

 その短剣は美しい造形で見たものを魅了した。見た目は奇をてらわないオーソドックスなものである。30センチ程の長さで刃厚は薄く、刺すだけでなく斬撃にも向く仕様だ。

 

 パメル(柄頭)は棒状でガードと並行しており、くさび型の刀身と共にこの短剣の特徴を作っていた。柄には『Ⅴ』の文字がきざまれており、『h』の文字もある。何か意味があるのだろうかと右京は首をかしげた。


 午後の一番に持ち込まれた買取り案件である。昼休みに入ったネイの代わりに右京が久々に買取りの査定をしていたのだが、持ち込まれた剣の美しさに思わず息を飲んだのである。


「これはバゼラードでゲロ」


 テーブルの上に立っているゲロ子が一目見て、そう短剣の素性を言い当てた。それもそのはず。バゼラードは短剣類の中でも有名な部類である。一説にはスイスのバーゼルという町で生まれたとも言われるが、定かではない。


 ただ、ヨーロッパでよく使われたスイス風の短剣の元になったものと言われ、第2時世界大戦でも軍用の短剣として使用されるくらい完成度の高いものであった。


「どのくらいで買い取っていただけるのでしょうか?」


 売りに来たのは行商人のおばさんである。およそ、この短剣の持ち主にふさわしくない普通のおばさんだ。年は40半ばだろうか。よく太ってウェストはビヤ樽みたいである。中年になると男も女もウェストがなくなり、こんな体型になってしまうことが多い。だが、キル子やホーリー、クロアが将来、こんな体型になったら嫌だなとふと思ってしまうのは、男子ならではであろう。


 無論、右京も腹の出たおじさんになってしまうのは、3人の女子も嫌だろうが。


 行商人のおばさんは小麦を運んでいるそうで、小麦の産地から買い付けて、大きな街に持ち込んで売るということをしているそうだ。通常の小麦では大手の商人には勝てないので、ごく少量作られる特別な小麦を仕入れ、町のパン屋に卸すのだ。


 今回は伊勢崎ショッピングモール内の宿泊施設、『月海亭』で朝に出すモーニングロール材料として、小麦を納めに来たそうだ。そのついでに短剣を売りに来たらしい。


「これはマダムの持ち物で?」


 右京がおばさんを『マダム』と呼ぶと、おばさんは照れて右京の肩をバンバンと叩いた。どうしておばさんは照れると叩くのか。若い男子には接触を無意識にしてくる。


「嫌だわ~。こんな危ない武器を私がもってるわけないじゃない。町から町への街道沿いも危なくない時間に通行しているからね。武器は必要ないのさ」


「じゃあ、この短剣はおばちゃんのものでないでゲロか?」


 ゲロ子が『おばちゃん』などと言うから、ちょっと機嫌が悪くなったようだ。おばちゃん、きりっとゲロ子をにらみつける。


「これはお礼にもらったのさ。行商中に腹をすかせた冒険者風の男の子がいてね。食料がないっていうので、3日ほど面倒を見たんだよ。冒険中に有り金や食料を失ったんだろうね。パンやスープを3日間、山ほど食べたんで代金の代わりに置いていったんだよ」


「なるほど」

「金がないから物で支払ったでゲロか」


「その男の子がね。この店なら高く買ってもらえるから、売るといいと言っていたのさ。私としては食った分の代金あればいいけどさ。どうだい? 20Gほどあれば十分さ」


 そうおばさんは言った。山ほど食べたといっても、所詮はパンや野菜スープだ。20Gなら十分に元が取れる。短剣は比較的、買取値段は安い。かなり名のあるものなら、ビンテージの値段もつくが、通常は安い査定しかできない。


 これは短剣類の新品の値段が安いせいだから仕方がない。よほどの曰くつきか、魔法効果が付与されたものでないと、高い査定はできないのだ。これは需要と供給の関係から仕方のないことだ。


 だが、おばさんの持ってきたバゼラードはなかなかの出来であったし、数字と文字の刻印が気になった。もしかしたら、かなり曰くつきのものかもしれない。そう考えると買取値段は勉強する。


「どうでしょう。150Gでは?」

「へ? そ、そんなに高く?」


 おばさんは驚いたようだ。上手くいって20Gだが、それはかなり理想であって、10Gで売れれば十分と思っていたおばさんには驚きの査定である。


「見た目も悪くないし、修理箇所もない。かなり品質はいいです。それにこれは造形も見事だ。ちょっとカイルに磨いてもらえば、リセールは十分にできます。どうですか?」


「売ります、売ります。そのお金で評判の化粧品が買いたいよ」


 伊勢崎ショッピングモールでは、薬屋を経営しているロンの店で今、女性に評判の美容クリームが話題になっていた。そのクリームを顔に塗って1時間放置し、水で洗い流すとピチピチの肌になるというのだ。


 おばさんも女性。そのクリームを買うのを楽しみにこのイヅモの町に来ていたのだ。思いがけない収入があったので、村のみんなにも買って帰ろうかと心がウキウキしていた。


「それでは100G札1枚と10G札5枚です」

 

 右京はおばさんにお金を渡す。買取り契約成立である。


「主様、いい買い物をしたでゲロ」


 おばさんが店を出てから、珍しくゲロ子が褒めた。いつもはもっと安く買い叩けとか、女に甘いと文句を言うのだが、今回は珍しい。それもそのはずで、今、右京の店では魔法の武器がブームなのだ。


 最近、魔法付与の方法のコツを見つけたハビエル教授によって、簡単な魔法加工ができるようになったのだ。それは魔法耐性を武器に付ける加工で、右京はこれを『プラス1』と呼んでいた。


 特に、質量の軽い短剣や短刀は成功率が高く、短剣を安く買い取って耐性魔法を付与して、10倍の値段で売るということができていた。


 魔法付与による耐性とは、例えば『対眠り』魔法の加工がしてあると、敵がスリープ系の特殊攻撃をしてきても眠ることがなくなるのだ。『対毒』なら毒攻撃を受けず、『対麻痺』なら麻痺しない。『プラス1』加工は敵の特殊攻撃をひとつだけ無効にできるのだ。


 これはありがたいことである。ロングソードや槍等の大型武器にはまだ失敗例が多く、粉々に溶けてしまう確率が高かったので、まだ加工はできないが短剣であったら問題ない。


 このバゼラードなら、『プラス1』加工して付加価値を高めることができるであろう。


「じゃあ、ハビエル教授とナナのところへ持っていくでゲロか?」

「いや、その前にカイルのところへ行って、メンテナンスをしてもらおう」


 バゼラードはキズ一つない極上なものであったが、それでも鍛冶屋のカイルにメンテナンスをしてもらえば完璧である。切れ味も格段によくなるだろう。




 右京は店の裏のカイルの鍛冶工房へ行く。店の裏は川に面しており、川を使って物資を搬入できるのだ。川を渡った対岸にはカイルの住む家が見える。大きな家で弟子であるピルトと職人を住まわせることができた。


 工房に入るとカイルはピルトに手伝わせて短剣を作ろうと準備をしていた。カイルの仕事は右京が買い取った品の修理がメインであるが、刀鍛冶の越四郎が加入してからは、オリジナルの剣の制作も行っていた。


「おう、カイル。また、仕事を持ってきたよ」


 右京が先ほど買い取ったバゼラードをカイルに見せる。カイルはその美しさに(ほう……)と思わず口にした。無口で無愛想なこの男にしては珍しい反応である。


 ちょうど、今、試作品で作ろうとしていた短剣の型をとろうと作業していたところであり、型取りをしようと思って用意したものよりも、右京に渡された短剣の方がよいと思ったのである。


「急ぎでこいつを研いでくれ。それほど、直すところはないと思うのだが」


 右京は工房を見渡して作業の様子を確認する。2人の職人は一心不乱に買い取った武器の修繕を行っていたし、刀鍛冶職人の越四郎も持ち込まれた刀の研ぎに集中している。


 工房がフル稼働なのは、それだけ右京の店の買取りが盛んに行われているという証拠だ。右京の店では、買い取った品をそのまま売りに出すようなことはしない。必ず、付加価値を付けてから売るのだ。カイルの工房でメンテナンスを丁寧に行うことは、その付加価値の一つでもあるのだ。


「ああ……。問題ない。それより、右京、この短剣の型をとってよいか?」

「別にいいけど。いよいよ、カイル作の武器作りをするのか?」


 鍛冶職人として、武器を作るというのは一つのステータスでもある。農具や工具、家庭で使うナイフや斧などを作るのもよいが、やはり武器職人というのは鍛冶職人のあこがれでもあるのだ。


 腕のよい鍛冶職人であるカイルにとって、自分で作る武器というのは夢でもあったのだ。これまでもいくつか試作品は作ってきたが、本格的に売れる品物となると、これまで作ったことはなかった。


「この短剣のメンテはそんなに時間がかからないだろ。今週中に店に並べられればいい」


「了解した」


 カイルはそう言うと、ピルトに命じて型取りの砂の用意をさせる。四角い木の箱に砂を入れるとそこへ樹脂を混ぜて崩れにくくする。それを真っ平らに整えて、バゼラードを押し付けて型を取った。鉄の鋳造において砂は重要な役割を果

たす。


 これは古代から行われていた方法で、時代が変わっても砂の重要性は変わらない。砂は成形が容易であり、砂粒で作る適度な空間が、金属が冷えて固まる時に出るガスを逃がす役割を果たすし、適度な保温効果で徐々に冷やされるので製品の質を高めることができた。

 

 カイルはバゼラードを型にして、5つの砂枠を作り、試作品作りに没頭することになる。それでも、右京の注文通り、週末には買い取ったバゼラードのメンテナンスもきっちりを行い、右京に納品した。


 型どった枠で5本のバゼラードを制作することもできた。そのうち、一本はオリジナルのバゼラードのそっくり似せた物を作ることに成功したのだった。もちろん、試作品なので見た目はそっくりでも性能は似て非なるものであったが。


 4日後、カイルから納品されたバゼラードを眺めて、右京はぼんやりといくらぐらいの値をつけるとよいか考えていた。日は傾き、まもなく夜になる。そんな時に、黒うさぎの帽子をかぶったクロアがやって来た。


「ダーリン、おはよう」

「ゲロゲロ……今は夜でゲロ」


「クロアは昼間は寝てるからね。細かいことは気にしないの。あれ? ダーリン、その短剣」


 クロアが右京のもつ短剣に興味をもった。自分が知っている物によく似ていたからだ。そして、右京から受け取ってよく見たクロアは珍しく真面目な顔になった。


「ダーリン……」

「何だ?」


 クロアの目が右京を見つめる。シリアスな展開に右京の背筋がちょっと冷たくなった。青白い美形のクロアの顔は、こういう表情だと一層冷たく、恐ろしい程の美しさを醸し出すのだ。


「この短剣、どこで誰から買ったの?」

「行商のおばさんから買ったんたんだよ。4日前かな」


「行商人のおばさん?」

「ああ……。おばさんが言うには」


「助けた冒険者から、お礼にもらったと言っていたでゲロ」


 ゲロ子が補足した。クロアは癩の良い顎に曲げた人差し指を当てて、しばし思案している。


「この短剣のこと知っているのか?」


 右京はクロアの様子を見てそう尋ねた。そして、その問いはドンピシャであった。


「ダーリン。この短剣の柄に数字があるよね」

「ああ。5と刻まれている」

「文字もあるよね」

「hかな」


「これはね。数字からわかると思うけど、1~4までの数字が刻まれた短剣があるの」


「それはなんとなく予想がつくでゲロ」

「じゃあ、文字は?」


「それぞれ一文字ずつ刻まれているよ。全部合わせると……」

「合わせると?」

「合わせるでゲロ?」


 右京とゲロ子がクロアの黒い瞳に引き込まれて、精神を支配されたかのようにオウム返しでそう繰り返した。


「death(死)よ」


 何だか背筋に冷たいものが走った。



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