WD 対カトブレパス その2 決着
第15話も今回で終了です。
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予想を上回る右京たちの攻撃に観客たちは大いに盛り上がった。一方的にカトブレパスにダメージを与えているのだ。闘技場内を上手に逃げ回りながら、一方的にヒットポイントを削っていく戦い方に拍手喝采を送る。
何だか卑怯な作戦ぽいが、捕まったら負けてしまう予感もして、手に汗を握る場面だと言っていい。観客たちは心臓のドキドキ感が快感でもあった。だが、戦っている本人たちはそんなに余裕はない。誰もが必死である。
「また、追って来るよ」
アクセルを踏み込む瑠子。エドは3つ目のカートリッジを装填した。全部で10個のカートリッジが用意されている。このまま、ヒット&ウエイを繰り返せば、完勝は間違いない。
だが、そう簡単に勝ちパターンにはならなかった。
『ギュルルル……』っとタイヤが滑る音がして八十九式の車体が大きく横滑りした。強烈なGに右京は慌てて取っ手を掴んで体が壁に叩きつけられないように防ぐ。キル子もエドもだ。油断していたゲロ子だけが右京の肩から転げ落ちた。
「痛たたたでゲロ……。瑠子、もっとスムーズに運動するでゲロ」
「違うよ、砂場の斜面に乗り上げたのよ」
瑠子は狭いのぞき窓から前方を確認する。右京が車外に出て進行方向を確認しながら指示して操縦すればよかったのだが、逃げ回っていたのでそれができなかった。
闘技場内は砂地で今回の戦いに備えて砂山がいくつか作られていたことを失念していた。本来はそれを盾に使いながら戦うこともでき、戦術の幅が広がることが期待できたはずである。
だが、八十九式にとっては、今はありがたくない障害物であった。視界が悪い中で瑠子が操縦を誤り、砂山に乗り上げて車輪が空転してしまったのだ。
「バックだ、バックで斜面を回避するんだ」
右京に言われてギヤをバックに入れる瑠子。ドスンっと音がして斜面から後退する八十九式戦闘馬車。八十九式戦闘馬車は八個のタイヤが全部駆動する方式であった。そのために、かろうじてスリップする箇所から脱出できた。
しかし、そのミスを見逃すカトブレパスではなかった。
ガシン……っと衝撃音が伝わり、車内の右京たちは鉄の壁に激突した。カトブレパスがその鋭い角を八十九式の車体にぶつけたのだ。凄まじい攻撃がヒットした。
奪われたヒットポイントは3000である。闘技場の画面にマイナス3000の数字が表示されて、8000から差し引かれた。いきなりの大ダメージである。しかし、鉄でできた車体でなければ、一撃でヒットポイント0になったことだろう。
「撃て!」
それでもキル子は冷静に砲塔を回転させつつ、八十九式に角を突き立てたカトブレパスに至近距離でチャクラムを叩きつける。そうしなければ、二擊目の攻撃を受けてしまうだろう。同様の攻撃を受ければ、致命的である。
グオッ……。
高速回転して射出されるチャクラムの攻撃に仰け反るカトブレパスだが、今度は体を左右に降ってチャクラムの攻撃を回避する。このヴァーチャルモンスター、学習能力が高い。もしかしたら、本物以上の能力かもしれない。回避されて奪ったヒットポイントは800程。後半のほとんどをかわされてしまった。
「瑠子、砂山を中心に右回りに移動」
「了解だわ」
右京の命令で瑠子は砂山を回る。唸りをあげてタイヤが砂を噛み、前進する。それを追うカトブレパス。そこへキル子がすかさずチャクラムの攻撃を叩きつける。今度は次々と命中して空のカートリッジを放出する。
「ゲロゲロ……。牛の残りヒットポイント、8千でゲロ。半分以上ヒットポイントを削ったでゲロ」
「残りのカートリッジは4つです。120発のチャクラムがあるからいけます」
このまま逃げ回りながら打撃を積み重ねれば、手堅く勝利は得られるだろう。だが、そんな単純な展開にはならなかった。
「追ってきてない……」
砲塔ののぞき窓から追ってくるカトブレパスが消えたのをキル子が気づいた。このまま追わせながら、その鼻面にチャクラムを叩き込むつもりだったのに、計算が狂った。
「奴はどこにいったんだ?」
「俺が確認する」
右京がハッチを開けて体を出す。360度見渡してもカトブレパスの姿がない。あの巨体が消えてしまった。そんな馬鹿なことはない。右京は目を疑った。
(どこへ行ったんだ?)
ツンツンと右京のほっぺたを突っつくゲロ子。
「主様、あそこでゲロ」
ゲロ子が指差す方向を見る右京。それは右斜め上。砂山の頂上であった。そこには太陽の光を背に受けた巨大な牡牛が空に向かって吠えていた。
「ヤバイ! 瑠子、回避だ!」
慌ててハッチを閉めて車中に体をすべり込ませる右京。同時にその砲塔を踏みつけるカトブレパス。山から飛び降りてきたのだ。強烈な踏みつけ攻撃に八十九式戦闘馬車が再び3000ポイントのダメージを受ける。
実戦だったらこれで踏み潰されていたかもしれないが、かろうじて2000ポイント残した。アクセルを踏んで距離を取ろうとする瑠子。次の攻撃をさせまいと砲身を上にあげてチャクラムを撃ち込むキル子。
だが、カトブレパスはこの距離を逃さない。頭を低くするとその角を八十九式の下部に潜り込ませ、一気に空へ放り投げた。重い八十九式の車体が浮いて地面に転がる。車内の右京たちは衝撃で壁に体を叩きつけられる。
「うっ……」
ひっくり返った車内で右京は軟らかいものに手が触れた。ポニュポニュするその弾力。
「お約束でゲロ」
「う、右京、ダメだ。そんなとこ揉んじゃ……」
キル子がポッと赤くなっている。ひっくり返った車内でキル子と絡まった右京。右手がキル子の豊かな左胸に挟まっていた。
(あれ? 左手もポニュポニュするのだが……)
キル子は右にいる。左手は……。
「う、右京さん、そこはちょっと困るのですが……」
左手はエドの股間。
(うげええっ……。野郎の股間かよ!)
ヒゲ面のドワーフの股間。結構なお点前だ。
「主様、趣味が変わったでゲロか!」
「バカ野郎、俺は男だ。女の子の方がいいに決まっている」
「そんなことやってる場合じゃないよ。瑠子たち、絶体絶命のピンチ!」
瑠子がそう言った途端、ふわりと車体が、持ち上がる感覚にとらわれる。カトブレパスが八十九式戦闘馬車に噛み付いたのだ。砲身を口でくわえて振り回す。遠くへ放り投げられたら、地面に激突した衝撃でヒットポイントは0になってしまうだろう。絶体絶命のピンチだ。
「ピンチは最大の好機! エド!」
「任せてください!」
急いで体を立て直したキル子とエド。装填したチャクラムを口の中へ叩き込んだ。30発のチャクラムは高速で射出されて、カトブレパスの口腔内に炸裂。これは相当なダメージを与える。
だが、八十九式はそのまま地面に落とされた。車重でダメージが加算される。
八十九式戦闘馬車は地面に落ち、癇癪を起こした幼児が放り投げたおもちゃのように、ゴロゴロと回転し闘技場の壁に当たって止まった。ひっくり返らずに止まったのが幸いした。
八十九式のヒットポイントは残り300となった。かろうじて踏みとどまったが、衝撃でタイヤがもげてしまい、蒸気機関も破壊。動くことが不可能となった。砲塔も回転させることができない。
「ダメだよ。壊れてもう動かない。瑠子たちの負けかも」
「畜生、攻撃できなんじゃ、お手上げだぞ」
「終わったでゲロ」
「右京、瑠子、何を言ってる。勝負はこれからだ。とどめは、あたしがやるよ。これで決まりだな」
キル子はそう言って片目を閉じた。車内に持ち込んだ愛剣を手にする。ハッチを開けて飛び出したキル子は、手にした魔剣アシュケロンを抜いた。
苦しんでのたうち回るカトブレパス。ヒットポイントの残りは800である。キル子はアシュケロンを両手でギュッと握り締めた。
「行くぞ、アシュケロン」
「はい、ママ」
キル子が八十九式戦闘馬車の上に立ち上がった。鞘から抜かれた大剣は、太陽に光を浴びてまばゆい光を放つ。その瞬間、キル子は空に舞った。
「これで終わりだ~っ。かぶと割り~っ」
大型モンスター殺しの異名を得つつある魔剣アシュケロンが一閃し、無敵を誇ったカトブレパスの体力が0になった。同時にガラスが砕けるように体が四散し、粉々になって消えるカトブレパス。
「わああああああっ……」
息を飲んでクライマックスを見ていた観客が立ち上がり叫びをあげる。最強と言われたヴァーチャルモンスターが人間に負けた瞬間だ。感動で大歓声の渦が闘技場を包み込み、紙吹雪が舞った。
午後の時間。まどろんで瞼が重くなる時間帯。右京はネイに入れてもらった紅茶を飲んでいる。読んでいるのは昨日のWDの結果が書かれたイヅモタイムスの記事である。無敵を誇ったカトブレパスを右京たちが『八十九式戦闘馬車』なる武器で撃破したことが書かれてあった。
「いつまで記事を読んでいるでゲロか。ニヤニヤして気持ち悪いでゲロ」
「いいじゃないか。勝利の瞬間は何度思い出しても感動する」
「ゲロゲロ。感動しても売れなきゃ、儲けにならないでゲロ」
ゲロ子の言うとおり、エドと右京が協力して作った八十九式戦闘馬車は、大活躍であったが売ることはなかった。試作品ということで右京が手元に置きたくなったのだ。
八十九式戦闘馬車は、伊勢崎ショッピングモールの噴水広場に展示してある。新たな客寄せのコンテンツになっているのだ。これはこれで商売に寄与しているのは間違いない。
ゲロ子は現金にしか興味がないので、売らなかったことを非難するが、長い目で見れば売るよりも大きな利益をもたらすという右京の判断である。それに右京はこの八十九式戦闘馬車……いわゆる戦車については、危惧することがあったのだ。
「買いたいという客がいたのに売らないのは商人として失格でゲロ」
「これは売るわけにはいかんだろ。武器じゃなくて兵器だからな」
八十九式戦闘馬車が量産されたら、戦争のやり方が変わってしまうだろう。それはこの世界の仕組みを変えてしまうことにつながりかねない。人に売ってこの兵器が世に広まるのはよろしくないと右京は判断したのだ。
エドも今回の仕事で満足したようで、八十九式戦闘馬車を量産する気はないようだ。量産したくても元になる戦車がなければ、開発費が膨大になってしまうであろう。
この世界は危険なモンスターに対する意識で、人間同士の争いは表面化していない。戦争などという行為を抑えている面があるのだ。この兵器がその愚かな行為を引き起こしかねないことを右京は心配したのであった。
今回の収支
収入
WD勝利賞金 1万G
支出
八十九式戦闘馬車改造費 3万G
チャクラム研磨代 1千G
結果 マイナス2万1000G(エドと折半)
「大損でゲロ」
「開発費が大幅にオーバーしてしまったな」
「職人バカのエドに任せるからこういうことになるでゲロ。主様は商人としての自覚がないでゲロ。どうして売らなかったでゲロか。10万で買うというところもあったでゲロ」
「それを言うなゲロ子、男のロマンはプライスレスだ」
「意味がわからないでゲロ」
第15話は戦車が出てきて、ちょっとファンタジーファンには違和感があったかもです。
第16話はクロアの謎に迫るお話を考えています。
ミステリー調の話に……なるか?




