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伊勢崎ウェポンディーラーズ ~異世界で武器の買い取り始めました~  作者: 九重七六八
第15話 深海のチャクラム(八十九式戦闘馬車)
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WD 対カトブレパス その1

 蒸気機関の発明は古代アレクサンドリアの学者まで遡る人類の英知の結晶である。最初は蒸気を噴出する力で回転する程度のものであったが、そのうちに蒸気をシリンダに導き、ピストンを動かして往復運動を生み出す仕組みが発明された。


 いわゆるレシプロ機関である。蒸気機関は仕事率の単位の元になったジェームズ・ワットが改良し、実用に足るものにしたことで産業革命を推し進める原動力となるのだ。


 しかし、ボイラーや復水器などの設備が必要で大掛かりなものになってしまうことと、エネルギー効率の悪さ、起動・停止に時間がかかるなどの欠点があった。そのために自動車などの小型の移動機関には用いることができず、内燃機関にとって代わられることになる。


 エドが開発した八十九式戦闘馬車は、そんな欠点を魔法という不思議な力で改良した蒸気機関が使われている。高エネルギー体である魔法石の力で水は瞬時に蒸気に変えられ、シリンダーに送られる。


 強圧力で押されたピストンは前後運動を回転運動へと変化させて車輪を回す。冷却まで魔法石の力で行うので小型の蒸気エンジンを作ることができたのであった。車重はかなりの軽量化が図られてはいたが、それでも8トンもあり、それを動かし、時速40キロまでのスピードが出るのは驚異的であった。


 そんな八十九式戦闘馬車が会場に登場すると、観客の歓声が一段と高くなった。今回のメインイベントの開始である。観客の関心は、今までのVDバーチャルデュエルにおいて、無敗を誇る牡牛のモンスター、カトブレパスを倒せるのかということと、WDウェポンデュエルを兼ねた関係もあり、新しい武器の効果を確かめるということも関心の一つであった。


 その答えが今、目前に登場したのだ。興奮しないわけがない。しかも、カラクリ武器で有名なエドと武器の中古買取りで有名な伊勢崎右京によるコラボ企画だ。注目の度合いが違う。ただ、多くの観客の予想は『勝てない』だろうというものであった。


 勝てなくてもいいが、エドと右京なら何かをやってくれそうだというのが試合会場に足を運んだ理由の一つである。


 そして、その期待は十分に果たすことができた。この異世界では戦車などという兵器は見たことがなく、目前で移動していくその物体は、アイアンゴーレムではないかと思ってしまうほど、不気味なものであった。馬の力を使うのではなく、それ自身が動いていくのだ。白い煙を出しながら前進していくのを食い入るように見つめる観客たち。


「瑠子、停止位置まであと10mだ」


 上半身を砲塔から出している右京がそう操縦する瑠子・クラリーネに指示する。瑠子は踏んでいたアクセルペダルから足を外すと、隣のブレーキペダルを踏む。油圧で回転するタイヤを挟み込み、ズズズ……と滑りながらも車体が静止した。


 召喚されたカトブレパスまで50mの距離である。


「WD開始まであと1分だ。各自、準備はいいか?」

「お、おう」

「いいですよ」

「オーケー」


 それぞれ、砲手のキル子、装填手のエド、操縦手の瑠子に右京が指示する。右京の目の前には召喚されたカトブレパスがいた。50m離れた場所からでもそれは巨大で恐ろしい。いつもWDは観客として見ていたが、観客席よりも実際に戦う闘技場内の迫力は半端ないと右京は思った。だが、ビビるわけにはいかない。


 召喚されたカトブレパスは、幻術士が作り上げたものだ。これは実際に出会った冒険者が持っているバトルレコーダー(腕輪やペンダント状の形をしたもの)によって、大きさや戦闘力、耐久力を忠実に再現している。実際に倒したことがある勇者パーティの記録に基づくもので、戦闘力、耐久力は数値化されている。


 幻術士が召喚したまやかしとはいえ、実体はちゃんとある。斬りかかったり、殴ったりすると手応えはある。但し、斬ったからと言って血が吹き出すことはない。この辺はデータによってダメージ処理され、弱った感じに実体に現れる。右京からすれば『格闘ゲームみたいだ』の一言に尽きる。


 攻撃力は大幅に制御されており、対戦した冒険者が死ぬようなことにはならない。実際のカトブレパスに体当りされれば、それだけで冒険者は死んでしまうが、VDではボクシングで殴られた程度に抑えられている。ダウンはするが一撃で死んでしまうことはない。但し、ダメージ計算は数値で行われるので、体当たりを喰らえば大幅にヒットポイントの減点されてしまう。


 カトブレパスの耐久力は20000と設定されている。八十九式戦闘馬車の耐久力は8000と設定されている。0になれば破壊されたとみなされる。0にならなくても、カトブレパスの攻撃でひっくり返りでもすれば、戦闘不能となろう。その場合は、乗組員が外に出て戦うことになる。


 武器のお披露目であるWDウェポンデュエルとしての戦いは終わるが、VDは続くからである。ちなみにその場合の右京たちのヒットポイントは、キル子と瑠子は1800。エドが700で右京は300。冒険者としての経験による差である。


 女の子のキル子や瑠子の六分の一という扱いにちょっと気分を害した右京であったが、実際に戦ったと考えれば受け入れられる。キル子と戦ったとして勝てる気はしない。


「主様、始まるでゲロ」


 ゲロ子がひょっこりと右京のポケットから顔を出した。会場でアイスクリームを売っていたが、売り上げが順調なようであるじである右京のところへやって来たのだ。宿敵のエンジェルアイスに圧勝して機嫌がよいようだ。


「うむ。この戦車がどこまで戦えるか楽しみだ」


 時間が来た。カトブレパスは大きな咆哮をあげた。これが合図となった。瑠子がアクセルを踏んで前進する。50mでも射程距離であるがチャクラムは近づくほど威力が増す。カトブレパスの攻撃が届かないところで、できるだけ近い距離から撃ち込みたい。


グオオオオオオオッ……。


 カトブレパスの鼻から煙が上がる。そして口を開けると青白い煙の束を吐きかけた。石化ブレスである。カトブレパスの攻撃パターン。先制攻撃である。生身の場合、このガスに触れれば実際は石化してしまう。即死系の攻撃法である。石化を解く魔法がなければそれで終わりである。VDの場合はさすがに石化はしない。但し、ヒットポイントは大きく削られる判定となる。


 しかし、この攻撃は金属には効果がない。すなわち、八十九式戦闘馬車には効果がないのだ。砲塔から顔を出していた右京は素早くハッチを閉めて中に避難したから、被害は皆無だ。


「距離30m。瑠子、ストップだ」


 距離を図っていたキル子がそう叫ぶ。蒸気機関と言っても動くとかなりの騒音で聞き取りにくい。自然と大声にならざるを得ない。


「わかってるわよ」


 瑠子がブレーキを踏む。急制動で止まる八十九式。キル子は微妙に砲塔を動かし、カトブレパスを狙う。この巨大な牡牛は警戒して、足踏みしながら少しずつ右へと移動をしていた。それを追うように砲塔を動かす。


「右京、ロックオンした」

「霧子さん、カートリッジ装填完了しました」


 エドが攻撃体勢が整ったことを告げる。右京は命令した。


「よし、撃て!」


 キル子が発射ボタンを押す。すさまじいスピードで次々とチャクラムが射出する。1秒間に2発。切れ味鋭いチャクラムが高速回転して飛び出す。

 

グサグサグサ……。


 30発連続攻撃が次々と命中する。ヴァーチャルなので血は出ないが、強烈なダメージでカトブレパスがのたうち回る。奪ったヒットポイントは1200である。これはかなりの打撃を叩き出したと言える。


「キル子、ほぼ全弾命中」

「やりましたね。次のカートリッジを装填します」


 チャクラムが30個入った鉄製のカートリッジを装填する。空になったカートリッジは車外へ放出するエド。


「もう1回同じ攻撃を……」


 キル子がそう言いかけたが、激しい振動でその言葉は遮られた。苦しんでいたカトブレパスが突進してきたのだ。慌てて瑠子は後退してハンドルを回し、左へ旋回する。体当たりを食らったら、八十九式に相当なダメージを受けてしまう。


「回避しないと。全力で逃げないと踏み潰されてしまいます」


 八十九式が逃げる。それを怒り狂って追うカトブレパス。スピードは明らかにカトブレパスの方が上だ。八十九式は全速力でも時速40kmが精一杯なのだ。


「砲塔を回転させる。逃ながら撃つ!」


 キル子が砲塔を180度回転させる。追ってくるカトブレパスの鼻先へ向かってチャクラム弾を発射した。


 30発を顔に浴びてのたうち回るカトブレパス。これはかなりの至近距離から、急所である顔への打撃でさらに3500ポイントを奪う。カトブレパスは転倒した。


 だが、まだ、致命的な打撃を与えたわけではない。カトブレパスのヒットポイントは20000。4700とおよそ4分の1のヒットポイントを奪ったに過ぎない。


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