前座はアイスクリーム対決でゲロ
イヅモの闘技場に人々が詰めかけた。席は満席で立ち見客も出ており、本日行われるVD関心の高さを示していた。しかも、武器の性能を披露するWDも兼ねており、どんな武器が現れるのかを観客は期待していた。
本日の相手であるヴァーチャルモンスターはカトブレパス。巨大な鋼鉄の牡牛のモンスターである。どれだけ、巨大かというと25mサイズのプールにすっぽりと入る巨大さである。
石化ガスのブレスを吐き、強力な両足での蹴り、鋭い角の攻撃でこれまで数々のデモンストレーターや冒険者を倒しており、無敗を誇っていた。
試合が始まる30分前。ゲロ子は独占契約で手に入れた甘露牛のミルクを使ったアイスクリームを販売していた。販売のアルバイトが首からアイスの入った箱を下げて、注文を受けるとスプーンですくってカップに入れるのだ。
アイスクリームによく合うこんがりと焼いたクッキーが2枚付く。シングルで銀貨3枚。ダブルで金貨1枚という値段だ。これは今までと値段を変えない、ゲロ子にしては中々の戦略的な値段設定だ。
「ゲロゲロアイスの新作、甘露牛を使ったアイスです。いかがですか~」
「美味しいですよ。ほっぺたが落ちそうになります」
アルバイトたちがそう言って売り込むが、反応は悪い。ゲロゲロアイスはミミズが入っていた事で、ブランドイメージが崩れていたからだ。美味しそうに見えたが、それを注文しようという気にはならない。他にも多数のお客を見込んでいろんな食べ物が売られているが、ゲロゲロアイスは全く注文されないのだ。
「先輩、全く売れませんよ。やっぱり、ミミズのイメージが強くて無理ですよ~」
ヒルダはゲロ子に命じられて等身大のセクシーな金髪美女になって売り込みをしていたが、ゲロゲロアイスだと知ると客は注文をやめてしまうのだ。
「ゲロゲロ……。一口食べてくれれば流れは変わるでゲロが……」
ゲロ子がため息をついた時、闘技場の複数の入口から多数の新聞の売り子が入ってきた。口々に号外だと叫んでいる。そして抱えた新聞をタダで配り始めた。観客たちはその見出しに驚いて受け取り、読み始めた。
『エンジェルアイスの陰謀』
『ゲロゲロアイスのミミズスキャンダルは、エンジェルアイスの仕業。客が証言。俺はエンジェルアイスに5Gで雇われた』
『エンジェルアイスの粗悪原料』
『ゲロゲロアイスの品質管理は完璧。ミミズが入る余地なし』
「何だ? これは?」
「ショック、俺、エンジェルアイスファンだったけど、これ見てやめたわ」
「最近、味が落ちたと思っていたら、こういうことか」
ざわざわとさざ波のように伝わっていく。観客の中でエンジェルアイスとゲロゲロアイスのイメージが代わりつつあった。
「ば、馬鹿な。イヅモタイムスは抑えてあったはずだ。どうして、こんな記事が出るんだ!」
サンダースは部下が持ってきた号外を読んで激怒した。バンバンと床を踏み鳴らし、唾を飛ばして部下を叱りつける。イヅモタイムスの異変をどうして知らせなかったのかと。部下としても、まさかイヅモタイムスがサンダースの意に反してこんな記事を作って配るとは夢にも思っていなかったから、どうしようもない。
事情を探りに行った部下の一人は、イヅモタイムスの社長交代劇の話を聞いてサンダースに報告をする。
それを聞いたサンダースは天を仰いだ。自分の迂闊さに反省をする。
「ク、クロアの奴め。わしを追い落とすためにこんなことを! この件にあのバンパイア娘が首を突っ込んでくるとは予想外であったわ!」
サンダースはクロアのことをよく知っていた。投資家としてシビアなクロアは侮れないと常々思っていたが、クロア自身はサンダースの悪行に対してはこれまで敵対せず、我関せずという態度であった。
それがこの攻撃である。まさか、イヅモタイムスを買い取るとは思わなかった。しかし、クロアのことだ。この機を伺っていたのだとサンダースは思った。あのバンパイアは経済に関して計算高く、そして理詰めの戦略家なのだ。
「サンダース様、観客どもが騒ぎ始めています。このままでは、本日、会場でのアイスクリームの販売に支障が出ます」
「カエル娘のアイスは売れているのか?」
「いえ。まだ売れていないようです。いくら濡れ衣だと新聞に書いてあっても、まだイメージを払拭するにはインパクトは弱いでしょう」
「ふん。商売は所詮、イメージ。CMがものを言う。どんなしょうもない商品でも、CMがよければそれだけで売れるものさ。それをわしが証明してやろう」
実はサンダースはこの闘技場でのアイスクリームの販売をするにあたって、最初にとんでもないインパクトのあるイベントを行おうと準備していたのだ。それは巨大なアイスクリームのカップ。そこにエンジェルアイス自慢のアイスクリームをたっぷりと詰め込んだ。
大きさは高さ10m、直径15mの巨大なものである。それが闘技場の地下に準備してあり、合図とともに床からせり上がるという演出だ。カップの上には取っ手状の橋が渡され、山盛りに盛り付けられたアイスクリームの真上で、サンダース自身が観客に購入を呼びかける。
巨大なアイスクリームの山を見て観客は度肝を抜かれるに違いない。そして、この美味しそうな巨大アイスクリームからスプーンですくってカップに入れて販売するのだ。こちらは採算度外視。1カップで銀貨1枚。ゲロ子が新作アイスで勝負をかけてくるということは知っていたから、それより安い値段で潰そうとしたのだ。
巨大なアイスクリームのモニュメント登場と安売りで観客の注目を独占できるはずである。サンダースはエンジェルの格好をさせた女の子を7人引き連れて、闘技場の地下にある巨大アイスクリームの上に渡された橋に待機した。
「本日、お集まりの皆さん。エンジェルアイスのサンダースです。試合が始まるこの時間。我がエンジェルアイスは皆さんに夢を与えましょう。さあ、とくとご覧あれ!」
会場に響くサンダースの声。WDが始まる前の会場は大いに盛り上がる。前座としては最高の演出だろう。
ギュ~ン。ギュインギュイン……。
せり上がる床。それは闘技場に顔を出した。巨大なアイスクリームの山に観客は号外の新聞から目を離し、目の前に出てきつつあるアイスクリームのファンタジーに期待感を膨らませる。
7人のエンジェルの格好をした女の子たちがアイスクリームの山の上に渡された橋の上で華麗なダンスをする。音楽に合わせたダンスに観客も拍手を送る。
「さあ、この巨大アイスをみなさんに食べてもらいましょう。ほっぺたが落ちる快感に……」
そこまでサンダースがしゃべった時だ。バツン! 鈍い音を立てて、橋の床が丸く抜けた。エンジェルの格好をした女の子たちの床も抜けた。真っ逆さまに落ちるサンダースとエンジェルたち。
「うわあああああっ……」
「きゃああああっ……」
ボス、ボスっと鈍い音を立てて頭からアイスクリームに突き刺さる。そんな状態でせり上がったアイスクリームの巨大なカップが闘技場に鎮座する。8人の足がバタバタと暴れて滑稽である。特に中央に突き刺さったサンダースが情けないほど絵になっている。
「わっはははっ……」
大爆笑の渦が沸き起こる。すぐさま、サンダースと女の子たちは救出されたが、アイスクリームでベタベタの姿がさらに笑いを誘う。
観客は笑いつつも、人間が突き刺さったアイスクリームなんて食べたくない。みんな先程の新聞の号外記事を思いだした。手にした新聞を食い入るように読む。フツフツと怒りの感情が起こってくる。誰かがサンダースが突き刺さったアイスクリームに物をぶつけた。それを見て真似をするもの多数。
「きたねえぜ、エンジェルアイス!」
「じじいが突っ込んだアイスクリームなんか安くても買うもんか!」
「ライバル店を陥れるなんてひどい!」
「物を投げないでください! お静かに!」
闘技場の係官が止めに入るが、収まりそうにない。ちょっとした暴動である。サンダースの部下たちがその中をかいくぐって、サンダースとエンジェル役の女の子たちを救出する。アイスクリームまみれでひどい有様だ。
じゃじゃじゃ~ん。
急に音楽が流れ始めた。騒いでいた観客は突然の出来事に押し黙り注目する。闘技場の正面のモニターに映像が映し出される。それはイヅモの町で有名なイルラーシャ神殿のホーリーがアイスクリームを舐めている映像だ。可憐で清楚なホーリーがペロペロと美味しそうに舐めているのだ。
不意に食べるのをやめたホーリー。カメラ目線でアップになる。口元についたアイスクリームを2本の指ですくって口に入れた。その姿が艶かしい。
「わたし……好きです。ゲロゲロアイス」
ゲロ子が毎週、教会の孤児たちにアイスクリームを食べさせることを約束に、ホーリーを主演にしたCMを作ったのだ。あまりにも美味しそうな映像に思わずアルバイトを呼び止めて買った客が騒ぎ始めた。
「なんだ、こりゃ」
「甘い、超甘くて美味しいぞ」
「体がとろける美味しさだ!」
わあ~っ。あちらこちらで注文が殺到した。瞬く間に売れ切れてしまうゲロゲロアイス。甘露牛のミルクを原料にした新アイスクリームは完全に人々の胸をとらえた。逆にエンジェルアイスは、イメージを悪くした。
イヅモタイムスの記事も真実味があり、また、最近、明らかに味が落ちていたことを感じていた客たちは、自分たちが騙されていたことを知って激怒したのだ。
「先輩、うまくいきましたね。CMを流すタイミングがバッチリでした」
ヒルダが感心してゲロ子を褒めた。ホーリーを主役にアイスクリームのCMを撮るとゲロ子が言い出した時にはどうしようかと思ったが、ホーリーのキャラを生かした演出といい、サンダースが自爆した直後のタイミングを利用したことといい、ゲロ子の作戦が大成功したと言っていい。
「ゲロゲロ。やはり、神様はゲロ子の味方でゲロ」
「あれ、それは何ですか?」
ヒルダはゲロ子が後ろにこそっと隠したものを見とがめた。持っていたのはノコギリだ。
「先輩、どうしてノコギリなんか持ってるんですか?」
「ゲロゲロ。神様は行動する者のみ助けるでゲロ」
こっそりと巨大アイスクリームの橋に仕込みをしていたことは、ゲロ子だけの秘密である。




