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伊勢崎ウェポンディーラーズ ~異世界で武器の買い取り始めました~  作者: 九重七六八
第15話 深海のチャクラム(八十九式戦闘馬車)
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イヅモタイムスにて

「そんな馬鹿な話はありませんよ! ジャーナリズムは権力に屈しない。それが存在理由じゃないんですか? 権力どころか金に屈してどうするんですか?」

 

編集長に食ってかかるアラン。これまで調べてきたエンジェルアイスの不正を暴く記事を明日の朝刊に載せる寸前まで行って、急にボツになってしまったのだ。


投資家サンダースのゲロゲロアイス店への嫌がらせや、不当に安く販売して競争相手を潰した後に粗悪な材料でアイスクリームを作ろうという魂胆まで詳細に調べ上げていた。


「上からの命令だ。君は若い。こういう時は長いものに巻かれろと言うだろう。それよりも民衆の興味あるニュースはたくさんある。そういうのを見つけて来い。なんなら、この企画をお前がやるか?」

 

ポンと投げてよこしたのは、企画案。『ランチメニュー対決企画』なんて書いてある。イヅモの町のランチメニューを取材して紹介しようという記事だ。企画案を出したのは編集長自身だ。


今年、40歳になる編集長は丸メガネを布でふきふき、足を組んでそう恩着せがましく言った。事なかれ主義でここまで生き残ってきた男である。社会正義とか得にもならないことを振りかざして、社長や役員の命令に従わない等という選択肢はこの男にはない。


「はあ……。ですから、そんなことで社会的正義が守られると思ってるんですか?上からの命令と言ってもサンダースの奴が絡んでるのでしょう?」

 

アランの声が部屋中に響く。他の記者たちが何事かと編集長とアランに視線を送る。編集長はそれに気がつき、声を潜めた。


「あまり大きな声を出さんでくれ。サンダース氏の悪口は厳禁だ」

「どうしてですか?」


「君も知ってるだろう。サンダース氏はこの新聞社の出資者だ。出資金は全体の30%にも及ぶ。出資者を貶める記事を書いてみろ。君も私もクビだ。この新聞社自身もどうなるか分からない。ここはその記事を握りつぶして静観するんだ」


「ありえません。そんな理由で不正が見逃されるなんて!」


 バンバンと机を叩くアラン。これまで苦労して取材したものが全てパーになることもあったが、サンダースはこれまでもライバルを汚い手で貶めて成り上がった男である。ここでその不正を正すことが自分の役割だと確信していた。


「もうこれでこの話はおしまいだ。君もあまりゲロゲロアイスに肩入れしていると、何か賄賂でももらっているんじゃないかと疑われるぞ」


「ボクはゲロゲロアイスのファンであることは認めます。しかし、それとこれとは別問題です」


「別問題じゃない。ファンだけにものの見方や考え方が一方的になってるんだ。よく考えるのだな。ここで突っ張って職を失うのと、大人になって少し黙るのとどちらがよいかだ。なあ、この部屋のみんなもそう思うだろう?」


 編集長はそう部屋にいる人間に聞く。どうせ、話の中身は聞かれてしまっただろうし、隠しても無駄だと思ったのである。ほとんどの人間は自分と同じ意見だとこの編集長は思った。


血気盛んに勝てもしない相手に挑むのは愚の骨頂だ。他の記者たちもうなだれる。誰もが思った。正義を貫くのはかっこいい。だが、それによって職を失うのは誰もが避けたいところだ。


 トントン……。編集室のドアを叩く音がする。開けて入ってきたのは社長秘書の女性だ。20代後半という年齢で色っぽいお姉さんだ。赤いメガネをかけ、黒っぽいスカートにブラウス、リボンと清楚な格好で知的な雰囲気が漂っている。


「アラン・ポートマン記者はここにいるかしら」

「は、はい。ボクですが」


「社長が呼んでいます。私と一緒に社長室へ来てください」


そう秘書のお姉さんは告げた。編集長も他の記者もこれでアランがクビになると思った。触れてはいけないものを取材して記事にしたのだ。社長秘書の女性が直接呼びに来たのはこの件に関して、相当な怒りを社長に抱かせたに違いない。


 しかし、社長秘書について部屋を出て行くアランは、逆にこれはチャンスだと考えた。社長を説得して翻意させようと決意した。だから、その態度は堂々としたもので、クビを告げられにおどおどしながら歩くような態度ではなかった。秘書の女性が部屋に案内すると、閉口一番に記事の掲載を訴える。


「社長! あの記事を掲載させてください。今こそ、新聞が不正を暴く時ではないですか!」


 社長の椅子は後ろに向けられ、社長の姿は目にできない。大きな椅子の背もたれがあるだけだ。人の気配はするがアランはおかしいと感じ始めた。社長は背が高く、座っていれば背もたれから頭が出ているはずだ。


そして部屋の中の異変も始めて気がついた。部屋の扉から真っ直ぐ机に向かって歩いたので部屋の隅に3人の男たちがうなだれて座っているのが目に入らなかったのだ。部屋の隅には2人の上級役員と社長本人が、うなだれて床に座っているのだ。その目は完全に魂が抜けた状態で虚ろであった。


「しゃ、社長、どうしたのですか?」


 アランは死んだ目の社長に向かって叫んだ。すると椅子がくるりと回る。座っていた人間がアランの視界に入った。黒いうさぎの帽子をかぶり、マスクとサングラスをかけた変な格好の女の子。ストレートの黒髪が艶かしい。その女の子はアランもよく知っている人物である。


「ク、クロアさん、一体どうして!」

「ああ。そこのおじさんたちはクビにしたから、構わないで。お金に屈するような人物は新聞社にはいらないから」


「へ? クビに? 社長たちを?」

「そうよ」

「どうして、クロアさんがそんなことできるのですか?」

「あら、随分ね」


 そう言うとクロアはマスクとサングラスを取った。バンパイアのクロアは昼間の太陽の光は苦手なのだ。部屋の中は外でないので取っても不都合はないが、外を歩くときは重装備であるかないといけないのだ。


「先ほど、この新聞社はクロアが買い取ったのよ。社主の方から譲り受けました」


 そう言うと証明書を広げて見せたくれた。確かに莫大なお金でクロアが全部を買い取ったことが記されている。


「新聞社買い取るって、どれだけ金持ちなんですか?」


「ふふふ……。国をひとつ買うくらいはあるかもね。冗談だけど。それでクロアが買い取ったからには、社会正義が貫かれる新聞社にして欲しいものだけど」


「じゃあ、あの記事を掲載してもいいのですか?」

「もちろんだよ。それは社長命令」


 クロアはそう言って片目をつむった。そして、チリンチリンと金を鳴らすと先ほどの秘書が部屋に入ってきた。なにやら、書類を取り出すとそれにクロアはサラサラと署名する。


「はい。これ」

「これなんですか?」


 そう言って覗き込んだアランは背筋が凍りついた。


「これは……ちょっと困りますよ」

「あなたしかやる人いないでしょ。この新聞社、クビになってまでも書きたいという熱意ある記者が少ないんだよ」


「はい。いいから行く。あの記事は明日の号外でWDの始める前に配れるよう急ぎなさいね」


「わ、わかりました」


「はい。オーケー。それじゃ、後は任せるわ。新聞社の社長なんてほかの人に任せるわ。クロアは10分だけの社長だよ」


 そういうとクロアは(う~ん)と両手を伸ばした。これで投資家としてのライバルであるサンダースに大ダメージを与えられる。仕上げはゲロ子が決めてくれるだろう。ゲロ子らしい腹黒い方法で天誅を下すはずだ。




 机で手の爪を切っている編集長。ドアが開いてアランが戻ってきたことを確認した。クビになってうなだれていると思ったが、随分と顔が明るい。クビになって清々したような顔つきである。


「おう、どうだった? 社長から引導渡された気分は?」


 そう憎々しげにそう言った。自分の思いどおりにならない部下はいらないのだ。これはよい見せしめになるとほくそ笑んだ。だが、そんな編集長の思惑は無視して、てくてくと自分の近づいてくるアラン。ついには机の前まで来た。そして、一枚の書類を机に叩きつけた。


(何だ? 態度悪いな。まあ、退職通知を受け取ればこうなるのは仕方ないが)


 そう編集長が何気なしに書類を見た。



『辞令交付』


そんな文字が目に飛び込んできた。


「な、何だ? これは何だ?」


 編集長はそう叫んだ。ありえない文字が踊っている。しかも、証明用に社長の印鑑が押印してある。完全な正式文書である。


編集長 テッド・マルセル 解任

編集長 アラン・ポートマン 新編集長に命ず


「ば、馬鹿な~」


「新社長からの命令です。10分以内に荷物をまとめて机を明け渡してください。編集長の新しい部署は食堂だそうです。明日から楽しくランチの取材ができますね」


「な、何いいい~っ」


 テッド編集長は左遷。新聞社の社食担当班長となった。事のなかれ主義の彼には案外あっているかもしれない。


「それでは諸君。正しい新聞社の仕事をしようか」


 アランはそう眼光鋭く、記者たちを見渡した。事なかれ編集長の影響でやる気をなくしかけていた心に火を付ける。


「はい! 編集長」


 新編集長アランが命じたのは、明日の号外記事の確認と印刷指示であった。


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