八十九式戦闘馬車の完成
「ついにできましたよ、右京さん」
戦車が完成したと聞いて右京はエドが指定した野原に来ていた。そこには男のロマン、実物大の戦車があった。右京は軍事オタクではないから、戦車について特に知識があるわけではない。
子供の頃に祖父が買ってくれたプラモデルで作った経験があるくらいだ。だが、こういう乗り物を見てウキウキするのは男子の特権であろう。
ちなみに海中から引き上げた時は無残な姿であった戦車であるが、これは八九式中戦車と呼ばれる旧大日本帝国陸軍の中戦車である。初の日本国産制式戦車で開発・生産されたマニア垂涎の渋い戦車なのだ。
元々は陣地の突破を図る目的で作られた戦車で、歩兵と共に戦いに投入される兵器であった。そのため、対戦車戦ではその貧弱な武装が全くと言ってよいほど通用せず、ノモンハンでのソ連軍との戦いや太平洋戦争でのアメリカ軍との戦いでは活躍することができなかった残念な戦車であった。
だが、時代の流れに乗れなかっただけで、優れた設計や機動力、操縦性等は評価が高い戦車なのだ。
それを武器デザイナーのエドが大胆に改造した。彼は優れた剣を生産することで有名なエルムンガルド出身のドワーフ。伝統的な工法に飽き足らず、機械を大胆に取り入れた武器の製造開発に力を入れていた。全長は5.7m、全高2.56m、全幅2.18mと元の戦車のままであるが、エンジンが全く違っていた。
魔法石を熱源とした蒸気機関なのである。魔法石の熱源で熱せられ、蒸気となった水がピストンを押し車輪が回るのだ。カトバプレスと対戦する競技場は砂地であるため、機動性を重視して履帯は外し、代わりに8輪の大きなタイヤで駆動する。
これは右京のアイデアを取り入れたもので、タイヤには溝が刻まれ、砂地をしっかりと噛むことで走行性能を確保していた。
装甲はかなり軽量化されてはいたが、これは鍛冶職人カイルの鍛える鉄板が採用されており、弓や槍では貫通できない。魔法攻撃にもある程度は耐える防御力を誇っている。
石化ガスにも耐えられるので、カトブレパスの石化ブレスの当たり判定を無効化できる。対等に戦えるというわけだ。
WD用の幻影であるカトブレパスだけでなく、本物であっても気密性の高い作りで内部に石化ガスを侵入させない構造であるため、十分に通用すると言える。武装は完全にオリジナルで回転する円盤が並ぶ平べったい砲身から射出される『チャクラム』による攻撃。
高速で放たれるチャクラムは回転しながら、目標に命中して切り刻み、刺さる。これが連続で30発打てるのだ。副砲として同じ方式で放たれる鉄の弾が機関銃のようだ。
「すげえっていうか、これ大量生産したらこの世界支配できてしまうんじゃないか?」
右京は何だかヤバイことを進めてしまったのではないかという気持ちが湧いてきた。人間を害する強大なモンスターに使うならともかく、対人間であったのなら、この戦車は驚異的な力を発揮するだろう。
そもそも、この戦車は海中に沈んでいた。なぜ、旧帝国陸軍の戦車が沈んでいたのかは謎であるが、この異世界の仕組みを変えかねない武器になるのは違いない。開発したエドはそんな気はさらさらないようではあるが。
「定員は4名ですが、3名いれば十分動かせます。操縦者には瑠子さん。砲手に霧子さん。僕と右京さんのところのデモンストレーターにお願いしましょう。後の2名はやはり、僕と右京さんということで」
そんな大それたことをさらりとエドは言った。思わず、(ふんふん)と頷いた右京だったが、WDに参加するのは初めてである。
「大丈夫ですよ。WDで死ぬことはほぼありません。この戦車のヒットポイントは8千と認定されました。ちょっとしたモンスター並の耐久力ですが、カトブレパスの攻撃で0になればそれで終わりです。まあ、ひっくり返されたり、打撃で衝撃は受けたりするでしょうがせいぜい大怪我するくらいでしょう。運が悪いと死ぬかもしれませんが」
「運が悪いとって……簡単に言うなあ」
少し怖かったが、本物の戦車に乗れるのは何だかウキウキしてしまう。やはり、男のロマンには耐え難い魅力がある。
「僕はこの武器を『八十九式戦闘馬車』と名付けました。すごいでしょ」
「馬車って、馬は関係ないけどね」
まあ、この世界では動く乗り物は馬が引くのが基本である。機械の力で動く乗り物にも馬車を使いたい気持ちも分からんでもない。そもそも、古代の戦車であるチャリオットは馬に引かせた車であった。馬に引かせない戦車に馬車と名づけても間違いではないだろう。
八十九式というネーミングは、単に引き上げた戦車の車体にペンキで『89』と書かれていたことに起因していた。
「それでは乗り込みましょう」
エドに誘われて、右京も乗ってみることにした。中には既に瑠子とキル子が乗っていた。この戦車を動かすのは瑠子。一番前で強化ガラスがはめ込まれた窓から視認して動かす。
足でアクセルペダルを踏むと前進し、ブレーキペダルを踏むと止まる。ギヤはないので遊園地にあるゴーカートみたいな感じだ。ハンドルで左右に動かすことができる。
砲手はキル子が担当する。360度回転する砲塔を動かし、ボタンを押してチャクラムを射出するのだ。30個分のチャクラムの入った箱を装填するのがエドの役目。
これはエドが考えた仕組みで縦長のカートリッジにはチャクラムが重ねて入っており、一番下のチャクラムが射出されると重みで下がり、次々と連続で射撃が可能。30発打ち終わるのに15秒。1秒に2発撃てるという驚異的な仕組みだ。
右京の役割は特にない。まあ、作戦や指示を出す戦車長という役割だが、エドはともかく、瑠子やキル子が戦闘で右京の指示を聞くとは思えない。彼女らの方が戦闘のプロであるからだ。
それでもこんな近くでWDに参加できるのは嬉しいと右京は思った。まさに男のロマンである。戦車長であるから、右京は砲塔から顔を出し、外の様子を見ることもできる。まさに気分爽快である。実際の戦闘ではそんな余裕はないだろうが。
「それでは前進するわよ」
瑠子がそう言ってアクセルペダルを踏む。ブオーっと蒸気を吹き出し、ゆっくりと動き出す。スピードは時速20km~40km程である。スピードに乗るとハンドルを左右に動かし、ハンドリング性能を確かめる。八十九式戦闘馬車の機動力はなかなかのものだ。
「今度は射撃性能を確かめましょう」
「了解だ」
キル子が砲塔を操作して目標である木製のカトブレパスに狙いを定める。ハンドルを回して砲塔を動かすのだ。エドがカートリッジを装填する。
「装填完了、霧子さん、撃てます」
「当たれええっ!」
キュウイイイイン……ボンボンボン……。高速回転する円盤からチャクラムが放出される。凄まじい発射音がする戦車と違ってこれは何だか迫力がないが、攻撃力は侮れない。スピードに乗った切れ味鋭いチャクラムが30発も放たれるのだ。この攻撃にそうそう耐えられるものではない。
「どうだ、右京。当たったか?」
「うむ。外れたものもあるけど、20発近くは突き刺さっている。目標がでかいから当たりやすい」
キル子の問いに右京はそう答えた。距離にして50m離れている。この距離から、この攻撃力があればまずまずである。さらに近づいて攻撃すれば、チャクラムのスピードが増すから破壊力も格段に上がる。
右京は確認した後、中に引っ込んだ。車内は狭い。砲手のキル子と接近して顔を付き合わせる。この前の潜水艇と同じ状況を思い出して二人共、急に恥ずかしさがこみ上げてくる。
この日のキル子はいつもの格好。バストはデニム生地のビスチェを前で結ぶタイプ。お腹は露出して同じデニム生地のショートパンツという格好である。テンガロンハットをかぶせたら、まさにカウガール。
不埒な男なら牛柄生地の服に角と耳のついた帽子をかぶってもらって、『これぞ、ホントのカウガール』と叫ぶたくなるだろう。実際に豊かな胸と相まって牛コスプレを要求したくなる可愛さだが、真面目な右京はそんな考えなど1%程しかない。
1%は許してもらおう。男のロマンは戦車だけではない。
「これならWDで勝てます。この前のリベンジです」
エドはアマガハラの大会で一度負けている。カトブレパスに新開発した機動装甲鎧で対戦したが、素早く動けないことが原因となり、一瞬で負けるという醜態を晒してしまったのだ。
WDでは武器の性能を世に知らしめる効果を狙うのだから、必ずしもモンスターに対して勝利を収める必要はないが、エドは勝利にこだわっていた。
「先輩、この味ならいけますよ。甘露牛のミルクのアイス、ほっぺたがとろけそうな甘さとなめらかな食感で全身に快感が走りますうう……」
ゲロ子が作った新開発のアイスクリームを舐めてヒルダが身悶えをする。思ったとおりの美味しさである。以前のゲロ子のアイスも美味しかったが、この味はその数倍。ゲロ子のアイスの模倣をしたエンジェルアイスなど問題にならないだろう。
「だけど、先輩、味だけでお客さんは戻ってきますでしょうか?」
「そこのところはぬかりはないでゲロ」
ゲロ子は着々と反撃の策を進めていた。現在、ゲロ子のアイスクリーム屋は客足が途絶えている。エンジェルアイスの法外なダンピング攻勢とミミズスキャンダルで壊滅的な打撃を受けていた。
売り上げは激減で潰れる寸前まで追い込まれている。それでも根強いファンはいる。まずはこのファンを起点にしてクチコミで新アイスの評判を高めていきたいところだ。
エンジェルアイスはゲロゲロアイスが売れなくなったことを良いことに、徐々に材料の品質を落としていた。心ある客は味の違いに違和感を感じ始めていた。
「商品コンセプトの高級路線は変えないでゲロ。でも、子供が買いやすいように量を少なくした商品も出すでゲロ」
ゲロ子、子供にターゲットを絞ったお子様限定メニューを考えていた。『キッズアイス』と名付けたそれは、バニラとチョコとストロベリーの三種のアイスを六枚のクッキーですくって食べるというもの。
大人には少量であるが、子供なら十分である。これが通常のレギュラーサイズのアイスの半分以下の値段である。
「さらにブランドイメージを高めるために、恵まれない子供に週1回無料でアイスを寄付するでゲロ」
「先輩にしては珍しくいいことしますねえ」
ヒルダはゲロ子がホーリーの教会の子供にアイスクリームを週1回提供すると聞いた時に、ゲロ子らしくないと思ったのだが、それを拡大するというのだ。教会や神殿で養われる貧しい子供たちには、何よりのご褒美であろう。その子供たちにとっては、お菓子など贅沢品であるからだ。
「ゲロ子は天使のような慈愛に満ちた妖精でゲロ。天使なのに邪な考えでできているヒルダとは、違うでゲロ」
ゲロ子、偉そうなことを言うが、ブランドイメージを高めて金儲けしたいのが本音だから、相変わらず腹黒い。まさに偽善者なのであるが、やっていることは悪いことではない。一度続ければ店を経営する限り、続けるしかないので、恵まれない子供たちにはゲロ子が女神さまのように思うであろう。
それでも現在の状況からV字回復するにはまだまだ十分ではない。そこでゲロ子は勝負に出ることにした。近々開催されるWDの試合で新しいアイスクリームを売り出すのだ。
ここで味を見てもらえば、客はゲロ子のアイスに注目するであろう。さらにイヅモタイムスの記者アランが取材を終えて、エンジェルアイスの企てを明らかにしたという情報も入ってきた。WDの当日にその記事が大体的に出るという。その記事を読んだ客はエンジェルアイスを見限るに違いない。
「これでサンダースのおっさんを破滅させるでゲロ」
「サンダース様。あのカエル娘がWDで新開発のアイスクリームを売るという情報が入ってきました」
「まだ諦めていないのか。新開発とか言っても所詮は値段。馬鹿な庶民は安物をありがたく買うことを理解できないらしい。いいだろう。こちらもWDに出店して息の根を止めてやる。度肝を抜く演出で客を全て奪ってやろう」
部下の報告を聞いたサンダースは、全身タイツの変な格好のまま、笑みを浮かべた。目の前にはイヅモ新聞の役員が3名座っている。
「おそらく、怖いもの知らずの若い記者が書いたこの記事を逆転の切り札にしようという考えだろうが、なあ、皆さん」
「は、はい、サンダース様」
3名の役員は机の前に広げた原稿にうなだれる。先程までサンダースに呼び出されて、説教をされていたのだ。イヅモタイムスの資本にサンダースはかなりの出資をしていたのだ。大口の出資者として記事の差し止めを命じたのだ。
「新聞が真実を書くものか。所詮は金になびく金の亡者だ。なあ、皆さん。真のジャーナリズムなど、金の前には無力だということを知らしめてやりましょう」
そうサンダースは体に似合わない大きな声で笑った。




