ミミズパニックでゲロ
「ミミズだあああああっ……」
「げえええっ……。なんでアイスの中にミミズが入ってるんだよ」
ゲロゲロアイスの本店、伊勢崎ショッピングモール店で客が騒ぎ出した。店の前でアイスクリームを食べていた客が中からミミズが出てきたと騒いだのだ。売上激減の中央店と南店とは違い、本店の方は競合店がなく、客もショッピングを楽しみにしてきた客なので、少々高くてもゲロ子のアイスクリームを買っていた。
だが、そこにいた客はトラウマに悩むことになる。白いクリームの中からピンクのミミズがニョロリ、ニョロリと蠢く光景は想像するだけで背中が痒くなる。
「やっぱり、オーナーがカエル妖精だけにミミズ入りとは……」
「原材料にミミズを乾燥させた粉が入っているという噂だよ」
そんな話がまことしやかに語られるようになってしまった。こういうショッキングな事件というのはすぐに噂が広がる。次の日からゲロ子の店は完全の客が途絶えてしまった。
「先輩、大変なことになったですううう……」
「どうしてミミズなんか入ったでゲロ。そんなのゲロ子は入れていないでゲロ」
頭を抱えるゲロ子と相変わらず手伝わされているヒルダ。ただでさえ、競合店の安売り攻勢にさらされ、困っていたところへこの事件。もはや、潰れるのは時間の問題である。
「ゲロ子、大変なことになったな」
「あ、スキスキスキ……大好き、右京様」
右京は飛んでくるヒルダを右手で払って打ち落とすと、呆然とたくさんの請求書の山に埋もれているゲロ子を見た。あれだけ繁盛店だったのに閑古鳥が鳴いている。
店の壁には『ミミズアイス発売。ゲロまずい』とか、『ここのアイスはゲテモノが入ってます』とか落書きされてひどい有様だ
「主様~っ。助けてでゲロ。ゲロ子は万策尽きたでゲロ」
さすがのゲロ子も泣き言を言う。味には自信があっても、客が来なければどうにもならない。
「風評被害もここまで来ると可哀想になってくるよ」
そう右京の背中からクロアがひょっこりと顔を出した。ゲロ子のアイス店のピンチを聞きつけて、右京と共にやってきたのだ。
「風評被害でゲロ?」
「クロア、ゲロ子のアイスにミミズが入っていたのは本当らしい。風評被害じゃないだろ。完全にこいつはやらかしたんだよ。言わば、品質管理の失敗」
右京はそう切り捨てた。食品において、食中毒を出すとか、異物が入っていたなんて出来事は致命的だ。それでブランドイメージを大きく損ない、潰れてしまう例はよくある。
右京の元いた世界でも、世界的ハンバーガーチェーン店が不衛生な環境でチキンナゲットを作っていた映像が拡散すると、売り上げが激減してしまったこともある。積み上げてきた長年の信頼が簡単に崩れるのだ。
「ゲロ子のアイスは品質管理もちゃんとしてるでゲロ。原材料のミルクは産地直送で金属缶に密閉して運ばれるでゲロ」
ゲロ子の説明によると原材料はその日に作る分だけを買い、それをすぐに加工している。複数の職人がゲロ子のレシピ通りに作るのだ。その過程にミミズが入る要素はない。
「となると、誰かが意図的に入れたか……。それとも仕組まれたことかも」
クロアがそう意見した。賢いこのバンパイア娘は状況を分析し、ある推論を立てていた。今日、ゲロ子を訪ねてきたのもその推論を確かなものにするためであった。
「だれでゲロ?」
ゲロ子は、右京の後ろにもう一人、見慣れない若い男が立っていることに気づいた。どうやら、クロアが連れてきた人物のようである。
「これは失礼しました。ボクはこういう者です」
青年はそういうと胸ポケットから名刺入れを取り出し、ゲロ子と右京に手渡した。そこにはこう書いてある。
イヅモタイムス 記者
アラン・ポートマン
「イヅモタイムス? ああ、主様がいつも朝に読んでる新聞でゲロな」
「初めまして。アランと呼んでください」
そう言うと青年は右手を差し出した。やせ型で髪は短く、シャツにサスペンダー付きのストライプの吊りズボン。ハンチング帽子をかぶっている。顎のヒゲがダンディであるが、年齢が若いので背伸びをした感じは拭えない。
「伊勢崎右京です」
「ゲロ子でゲロ」
「二人共、よく知っています。ボク、クロアさんとは昔からの知り合いですから、クロアさんを通じてお二人の話を聞いてました。武器の中古買取りという新ジャンルの商売を始めて、ここまで成功した伊勢崎さんや、妖精ながらもアイスクリーム屋を経営しているゲロ子さんはいつか取材させていただきたいと思っていたので、いい機会です」
そうアランは話した。そして、今回のミミズ事件が仕組まれたことではないかと持論を展開したのだ。
「エンジェルアイスが採算割れで、ゲロゲロアイスに対抗していたことは取材で分かっています。味を盗んだことも裏付けを取っています。そして、今回のゲロゲロアイス側の不祥事、おかしいと思いませんか?」
「主様、これはおかしいでゲロ」
「そうだな。タイミングが良すぎる」
「それに本店だけでなく、中央店や南店にもミミズ入りアイスが同時に出たというから、これは出来過ぎだとクロアも思うよ。きっと、あの男が仕組んだに違いないわ」
クロアがあの男というのは、エンジェルアイスの経営者、投資家で貿易会社を経営している億万長者のサンダースのことだ。クロアが言うにはサンダースという男は、これまで競争相手を潰してのし上がっていた。
それこそ、蛇蝎のように周りからは忌み嫌われながらも、確実に商売で勝利してきた男なのだそうである。相手を潰すためには手段を選ばない。そして、勝つときは無慈悲に徹底的に敗者からむしり取る男なのだ。好きにはなれなかったが同じ投資家として、クロアもサンダースのことは一目置いていた。
「ミミズが入っていたと騒いだ客は、この本店では3人いましたが、騒いだだけでその場から消えてしまいました。普通、店に損害賠償を求めるはずですが、騒ぐだけ騒いで消えたのが解せません。最初から店の評判を落とすための演技だったかもしれません。それに……」
アランはミミズが入っていたというアイスクリームの様子を取材して、疑問に思ったのだ。騒いだ3人は周りの客や通行人にミミズ入アイスクリームを見せつけたというのだが、どの証言も共通していることがあった。
「アイスクリームの中でミミズがうごめいていたと言うのですよ」
「うわっ! キモ」
右京は思わず、そう叫んでしまった。想像しただけで気持ち悪い光景だ。これを直に見たら、絶対にアイスクリームは食べられなくなるだろう。
「確かにおかしいわね」
「そう言われると、ゲロ子もそう思うでゲロ」
ミミズがアイスクリームの製造過程で入れられていたのなら、冷やされてとっくに死んでいるはずである。それがうごめいていたとなると客に提供される直前に混入したとしか考えられないのだ。そうなると騒いだ客が怪しくなる。
「ゲロゲロ! これはあの男が仕掛けた罠でゲロ。ゲロ子はハメられたでゲロ」
怒り心頭のゲロ子。こうなったら『目には目を歯に歯を』である。ゲロ子は大量のミミズを集めて、エンジェルアイスに入れてやろうと思いを巡らせた。そんなゲロ子の考えはお見通しの右京。ゲロ子の先手を取って、こうアドバイスした。
「お前の考えていることは大体、察しがつく」
「そうでゲロか?」
「どうせ、お前のことだ。ミミズの調達方法を考えているのだろう?」
「ゲロゲロ……。イヅモの町では大量調達は難しいでゲロ。郊外の森で集めるでゲロ。ヒルダにやらせるでゲロ」
ゲロ子の奴、やっぱり、そんなしょうもないことを考えていた。ヒルダと一緒にミミズを捕まえに行く気満々である。
「あのなあ。悔しいのは分かるが、そんなことしてもお前のアイス屋は復活しないぜ。もうこの出来事でブランドイメージがズタズタになったからな」
「じゃあ、どうするでゲロ。ゲロ子のアイス屋が潰れるでゲロ」
「ゲロ子。商売は常にお客様の目線に立って行わなければならない。お前、俺と一緒に商売してきて、何も学ばなかったのか?」
「お客でゲロか? 客はゲロ子のためにお金を持ってくるカモでゲロ」
バシッっとゲロ子を叩く右京。フラフラと倒れるゲロ子。
「カモじゃない、神様だ。お客様は神様」
「神様でゲロ~」
目を回してそう答えるゲロ子。右京はゲロ子に考えさせた。その神様がゲロ子のアイスに望むものは何かをだ。
「先輩。わたくしのダンゴ店でもお客様を第一に考えていますわ。それを一番に考えると先輩のやることはただ一つだとわたくしは思います」
右京に撃ち落とされたヒルダが復活し、そうゲロ子にかっこよく言った。ただ、形の良い鼻にはティッシュが詰め込まれている。鼻血が出たのだ。
「ゲロ子、客のことを考えれば、誰も食べたことのない究極のアイスクリームを作ることじゃないのか?」
「ゲロゲロ。主様、たまにはいいことを言うでゲロ」
「俺はいつもいいことを言ってるつもりだがな」
「さすが、ご主人様。商売人にとって、お客様は神様。その大切なお客様には一番のおもてなしをするのが、商売人の心得。よく分かっていらっしゃいます。ちなみにわたくし、バルキリーのヒルダにとっては、一番はご主人様である右京様。おもてなしは全力でもってこのわたくしを捧げます。すぐに食べて~っ」
バシッ……。今度は左手でなぎ払う右京。恋に溺れたバルキリーの突撃を阻止するのは難しくはない。そんなヒルダを冷ややかに見るクロア。
「相変わらず、ダメな堕天使ね。ヒルダは置いといて、ゲロ子、これを飲んでみなよ」
そうクロアは水筒を出して、その中身をコップに注いだ。真っ白い液体がどろんどろんと注がれる。ゲロ子は思わずくんくんと匂いを嗅いだ。これまで経験したことのない濃厚なミルクの匂いがしてくる。ゲロ子は指でそれをすくってちょっと舐めてみた。
「これは甘いでゲロ。相当な甘さでゲロ。こんな甘いミルクは味わったことないでゲロ」
「これはイヅモ近郊のダレイラ山で放牧されている甘露牛という牛のミルクよ」
「甘露牛でゲロか? これはスゴイでゲロ」
「この甘さで香りもいい。ゲロ子、これでアイスクリームを作ったら、すごい味のものになるんじゃないか?」
右京はそうゲロ子にアドバイスした。実はゲロ子の苦境を知って、劇的にアイスクリームの味を高める方法を考えていたのだ。原材料であるミルクの質を変えれば、間違いなく品質は向上するだろう。甘露牛の情報は、右京がこれまで手を尽くして手に入れたものなのだ。
「主様~っ」
「ゲロ子、主人を見直したか。これからは俺を尊敬することだな」
ウルウルと尊敬の眼差しで見る使い魔に右京は快感を覚えた。これでゲロ子も従順で主人を尊敬するよい使い魔になるだろう。だが、うるうるの尊敬の眼差しはわずか3秒だけであった。すぐ腹黒い考えに目が曇るゲロ子。
「何か怪しいでゲロ。よく考えるとこんな美味しいミルクが今まで、手に入らなかったのはおかしいでゲロ。主様、何か隠しているでゲロな」
「ばれたか!」
さすがゲロ子。素直じゃない。ゲロ子の言うとおり、甘露牛のミルクは稀少で生産量も少なく、なかなか手に入らない代物なのだ。しかも、最近、放牧地にモンスターが住み着き、放牧が邪魔をされているというのだ。
「分かったでゲロ。そこまでヒントをくれたら、あとはゲロ子で解決するでゲロ」
「俺は戦車の改造があるからな。エドと一緒に参加するWDも近い。手伝ってやれないが、アイス屋はお前の店だ。自分で何とかしろ」
「わかっているでゲロ」
「何だか、面白くなってきましたね。これはスクープになりそうな気がします。ボクはもう少し、エンジェルアイスの方を取材します。ミミズ事件が仕組まれたものならそれを暴くのはボク達、マスコミの仕事ですからね。さらに、ゲロゲロアイスの新メニューができるなら、それも記事にします」
イヅモタイムスのアランがそうメモを書いている。クロアの昔からの友達だそうだが、ゲロ子に肩入れするとは変わった新聞記者である。それを右京が指摘すると、この若い新聞記者はこう答えた。
「実はボク、ゲロゲロアイスのファンなんですよ」
ゲロ子に毒された若者であった。




