キル子の秘密
「謎でゲロ……」
ここ3日間、珍しく雨が続いている。雨が降ると客足が鈍るのは、この異世界でも同じである。特にゲロ子のアイスクリーム屋は売り上げが激減するから、ゲロ子は雨が嫌いである。カエルなら雨が好きそうだが、ゲロ子はカエルの着ぐるみを来た妖精だ。金の匂いが大好きな奴だから、売り上げが落ちる雨の日が嫌いなだけであるが。そんなゲロ子が『謎』と言ったのはキル子のことである。
「キル子の奴、冒険者の割に金の回りがいいでゲロ。あの女、実は金持ちのお嬢様じゃないでゲロか?」
キル子こと、霧子・ディートリッヒの主職業は冒険者である。彼女は副業として月2回開かれる闘技場でのバーチャル・デュエルの出場による収入と、伊勢崎ウェポンディーラーズのデモンストレーターとしての収入がある。
だが、バーチャル・デュエルに出場してもキル子レベルで1日100~200G程度のファイトマネーらしいし、キル子はひと月に1回ぐらいしか出場しない。デモンストレーターとしての仕事はほとんど名ばかりで、ほぼ、右京と一緒にいるための口実みたいなものである。
となると、冒険者としての収入が多いことになるが、そもそも、冒険者も競争が激しいために簡単に儲かるものでもない。キル子のパーティみたいにミドルクラスの場合は、それなりの仕事を引き受けることで、普通の暮らしは維持できる程度の収入は得られる。
だが、キル子はイヅモの町では定宿は『月海亭』で、しかも一番高い部屋をキープしている。安いけどサービスがよく冒険者たちに人気の月海亭であるが、一番よい部屋は一晩100Gする。日本円にして5万円だ。
現代の日本では最高級ホテルのスイートルームなんて、一晩20万円とか、50万円とかするのはざらであるから、一晩5万円程度は高くないかもしれないが、この世界では冒険者が泊まる宿としては高い。キル子はその部屋を1月単位で借り切っているのだ。これは相当な収入がないと無理だろう。
「キル子がいいところのお嬢さん? ありえねえ」
右京はゲロ子の説を否定する。確かに黙っていれば、どことなく気品があるような気もするが、口を開けばそんな気品も吹き飛び、がさつな性格も手伝ってお嬢さんというより、姉御と呼んだ方がピッタリなのだ。
「多分、今までそうとう冒険者で稼いでいたんじゃないのか? 断罪レディという名も持っているし、冒険者ギルドのポイントも相当あったし」
冒険者ギルドのポイントというのは、倒したモンスターを記録するアイテムを身に付け、倒すと自動的にポイントが加算するシステムである。ポイント数によって、報酬が加算されるので冒険者は、出会ったモンスターをもれなく退治することになる。これにより、治安も維持されているのだ。
ついでに倒したモンスターや出会ったモンスターのデータも収集し、ヴァーチャルデュエルやウェポンデュエルの対戦するヴァーチャルモンスターの戦闘データとなる。
「いやいや、怪しいでゲロ。これは金の匂いがするでゲロ」
「また、金の匂いかよ」
ゲロ子の金儲けにつながる情報への臭覚は賞賛に値する。それはいささか、お下品であるのだが、商人をしている右京にとっては力強い助けになることもあるし、そうでない時もある。今の場合、キル子がお金持ちのお嬢様かどうかは、右京の商売には関係ないし、キル子の家がどうだろうと右京には関係ないことだ。目の前のキル子が全てなのだ。
ドカッ……。
店の中でゲロ子とそんなことを話していると、急にドアが開いた。こんな雨の中でもお客が来たのかと思ったら、今、噂をしていたキル子本人である。いつもの露出の高いショートパンツにビスチェ。背中には愛用の剣の一つ、ガーディアン・レディを背負っている。雨の中を走ってきたのか、プラチナブロンドのショート髪は濡れて、雫を地面に落としていた。両手を膝について呼吸を整えている。
「右京、すまない。すまないんだが、お願いを聞いてくれないか!」
息を整えると同時に、キル子がそう右京に言った。いつもと違い、何だか必死な表情である。
「ど、どうしたんだ?」
「頼む。あたしの一生のお願いだ」
キル子にそう頼まれると右京としても無下にはできない。これまでキル子には、いろいろと助けてもらったことがある。自分にできることなら了承するつもりだ。
「ああ、キル子には借りがいっぱいあるからな。俺にできることなら聞いてやるよ」
「はあ~っ。よかった~っ」
安心したようにそうキル子は、フラフラと店のソファに座る。ハンナが気を利かせて熱いお茶を持ってきた。それをフーフーと冷まして一口飲むキル子。
「で、頼みって何なんだ?」
「あたしと一緒に来て欲しいんだ」
「どこに?」
ガラガラっと音がして大きな黒塗りの馬車が店の前に止まる音がした。中から数人のランニングシャツ一丁で赤い蝶ネクタイしている筋肉隆々の男たちが降りてくるのがショーウィンドー越しに見える。みんな黒い丸型の小さなサングラスをかけた日に焼けている。頭にはなぜか赤いスカーフを巻いている。何だかやばい変態集団である。
「あたしの実家だ」
そうキル子が言うのと同時に、店の中に日に焼けて黒光りした筋肉をもつ男たちが店に入ってきた。
「おじゃまします。ここにお嬢……もとい、霧子お嬢様がいっらしゃるはずですが」
格好が変な割に男たちは礼儀正しい。ソファに座るキル子を見つけるとすぐさま、その前に整列して同時に例をする。その角度15度。よく訓練されている。
「お嬢、お迎えに参りました」
「この方が一緒に行く方で?」
男たちのリーダー格が右京を見てそうキル子に同意を求めた。コクンと頷くキル子。
「了解しました。それでは兄さん。行きましょう」
「え? 今から?」
何だか話が飲み込めない右京。だが、筋肉だるまの集団に囲まれて有無を言わさず馬車へ連れ込まれる。馬車の中はゆったりとしたクッションシートが広がる快適空間である。乗ったことはないが大型リムジンの中はたぶん、こんな感じであろう。
右京の両サイドにランニング一丁でなぜか蝶ネクタイの男が座る。お向かいにはキル子と同じく両サイドに男が座る。完全に逃亡防止であろう。男たちは無言である。
「すまない、本当にすまない。オヤジが危篤って知らせがあってな」
「それは大変じゃないか。大丈夫だよ、キル子がお見舞いに行けばきっと良くなる」
何だか、思いつめた表情のキル子を見てそう右京は慰めた。自分の父親が危篤で生死が分からないとなれば、きっとこんな感じになるのだろう。右京の場合は父親は早くに亡くなり、母親も右京が就職してから病気で亡くなったのでなんとなく分かるのだ。
「違うんだ。あのクソ親父、たぶん、仮病に違いない」
キル子の奴、自分の父親をクソ呼ばわりしている。それにここへ来て右京も自分の立場が分からなくなる。どうしてキル子の父親が危篤で(キル子曰く仮病だそうだが)右京が一緒に行くことになるのか。
「主様」
ゴソゴソと右京のポケットからゲロ子が顔を出した。いつの間にか店から右京の元へ移動したらしい。使い魔には瞬時のうちに主の元へ移動できる特殊能力があるのだ。
「店のことはネイとヤンに任せてきたでゲロ」
「それは助かる」
右京は武器の買取り専門店『伊勢崎ウェポンディーラーズ』を経営するだけでなく、ショピングモールも経営している実業家だ。本当は忙しくてこんなことはしていられないのだが、優秀なスタッフのおかげでしばらくいなくても現状は維持できるだけの体制は整えていた。会社組織というのはありがたいものである。
「それにしても、主様。またしてもトラブルに巻き込まれつつあるようでゲロ」
そうゲロ子は小声で右京に囁いた。キル子は目を閉じて両手を握って何事か考えている。キル子は普段は豪快な振る舞いで、時には可愛くモジモジしてしまう姿があるのは右京も承知しているが、今回はそんな感じとは全く違う様相だ。キル子にしては真面目に何か悩んでいる様子だ。
(いずれにしても……)
キル子が困っていることは間違いない。助けてやるのが漢というものだろう。




