右京VSノートルハイム卿
3秒で決まるご都合主義
「畜生、畜生、この僕に恥をかかせやがって!」
泥沼の中から助け出されたモンデール伯爵は、付き人が差し出すタオルで顔を拭う。これでやっと目が見えるようになったが、まだ顔は泥だらけである。口の中まで入った泥を吐き出し、水でうがいをする。
「許さん、絶対に許さないからな」
実のところ、モンデール伯爵は何が起こったのか理解できていない。急に体が動かなくなって、右京に屈辱的なポーズをとらされて尻を思いっきり叩かれた。まるでお仕置きされる子供のようにだ。王族にこのような恥をかかせるとは、例え、この決闘が無礼講の公式な戦いであるとしても、モンデール伯爵には納得ができないのだ。
(こうなったら、配下の私兵に命じてあの男を殺してやる。いや、イヅモのショッピングに放火してやるのもいい。あの男に無力感を味あわせてから、ぶっ殺してやる)
そんなことを考えていたモンデール伯爵。不意に背後に誰かがいるに気づいた。いや、周りにいた付き人たちがみんな倒れている。魔法で眠らされているのだと思った時に、声の主が誰であるかという事実が強烈に脳に突き刺さった。
「モンデール伯爵、無様ね」
「クローディア・バーゼル……。貴様の仕業か!」
「クロアは何もしてないよ。普通に戦っていてもダーリンが勝ったと思うのは、クロアだけじゃないと思うけど。あなた、そこまでバカじゃないでしょう」
「……」
「で、足を踏んだり、目潰ししたりと実にあなたらしい、せこい反則技をしたわけだけど、それに対してはスルーしてあげる」
「く……人外が……随分と上から目線だな」
クロアがゆっくりとサングラスを外す。その目は赤く爛々と不気味に輝き、おどろおどろしいオーラに包まれている。モンデール伯爵は恐怖で知らず知らずのうちに後退し、壁に追い詰められる。
バン!
追い詰めた壁にクロアの右足のキックが決まる。ビクッと体が反応し、そのまま、モンデール伯爵は腰が砕けた。
「クロアのことを人外と侮辱することも今は許してあげる。でもね、アルベルト・モンデール伯爵……」
クロアはそっとモンデール伯爵に顔を寄せる。小さな声で世にも恐ろしいことを2、3つぶやいた。それだけでモンデール伯爵はビビった声で約束する。
「わ、わかった……。しない、絶対しない。もうお前たちにはかかわらない」
「そう。それなら許してあげる」
クロアはそっと離れた。腰が抜けて立てないモンデール伯爵に聞こえるように独り言を言って部屋を出て行く。
「一応、幼馴染として忠告するけど。さっさと逃げて領地にこもった方がいいわよ。あなたの反則、問題になりそうだから」
パタンとドアが閉められる。バタバタと大勢の人数が近づいてくる音がする。モンデール伯爵は、クロアの呪縛から解放されて体が動くことに気がついた。反射的に逃げなくてはと思った彼は、別の扉から一目散に逃げ出した。
服を着替える暇もなく、待たせてあった馬車に乗り込んで、都から脱出した。運営としては、途中で右京の動きがおかしくなったこと、スパイク付きの靴で右京の足を踏んだこと、右京の目くらましをするために閃光を放ったこと(これは実際はゲロ子とキル子のせいだが、モンデール伯爵の仕業とされた)等を問題視したのだった。
モンデール伯爵を捕まえ、反則やマナー違反を問い正そうとしたが、本人が無様に負けたこと。王族で身分をはばかったこと。現在、領地に逃亡してしまったので結果的に不問にするしかなかったのだった。
わあああああっ……。
本日4試合目。1回戦の最終戦で、フクロウの仮面を付けた男が軍代表のスピアーズ少佐に何もさせず、一方的な剣技で圧倒し、泥の中に叩き落としたことへの歓声である。スピアーズ少佐は、勇猛な軍人で有名だっただけに観客も今回、2回目の番狂わせで大喜びであった。
ベスト4が出揃う。まずは第1試合で勝った伊勢崎右京。大半の予想を裏切り、華麗というより、滑稽な演出での勝利。反則をしたモンデール伯爵にお仕置きした形での決着。
2試合目はリベンジャーと異名をとるノートルハイム卿が、冒険者ギルド代表の戦士グラムを一蹴した。3試合目は貴族代表のダイラム子爵が、商業ギルド代表のメッケルを圧倒して勝利。そして4試合目が大半の予想を裏切って、謎のフクロウ仮面が勝利。波乱に満ちた1回戦となった。
2回戦が始まる。決勝進出をかけて、右京VSノートルハイム卿。ダイラム子爵VSフクロウ仮面という組み合わせである。これは元老院としては予想外の結果であり、元老院議長は少々慌てていた。
右京がモンデール伯爵に勝ったのは、色々と疑惑のあるモンデール伯爵には勝たせたくなかったので、概ね歓迎をしていた。だが、それは2回戦で絶対にノートルハイム卿には勝てないというのが、あってからこそである。二天一心流の師範とは言っても、実質は看板倒れのモンデールとは違い、ノートルハイム卿は本物の神聖騎士であり、どう考えても右京が勝つとは思えないからだ。
それよりもフクロウ仮面の方が困る。元宰相の推薦だから、卑しい身分の者ではないだろうが、ふざけた仮面を付けた男に王女を娶らせるのは避けたいところだ。しかも、1回戦の剣技を見た限り、それは本物の強さで2回戦のダイラム子爵が勝てるとは思えないのだ。その剣の技はノートルハイム卿と互角か、それを超えるようにも思える。このままでは、フクロウ仮面が優勝してしまう。
2回戦が始まる。北からは伊勢崎右京。南からは神聖騎士ノートルハイム卿。観客はこの勝負に大歓声を送る。大半はノートルハイム卿への声援だ。無名の右京と彼とでは人気の差が激しい。それにこれは誰が見てもノートルハイム卿が勝つと断言できる。
右京の剣技は、1回戦を見る限り、すごいという程ではない。2回戦以降の試合を見た観客は、それらの技を見比べているから分かる。すさまじいスピードと華麗なテクニックで圧倒したフクロウ仮面もすごいが、完璧な防御から一転して爆発的な攻撃で相手に反撃する時間も与えることなく、勝ったノートルハイム卿の技も目に焼きついていた。
「ああん……。わたくしの右京。ここも勝ってください」
両手をガッチリと合わせて祈るように応援しているステファニー王女。ノートルハイム卿は、神聖騎士団の中でも白銀の王子と異名をとるイケメンで、ちょっと前まではミーハーなステファニー王女もキャーキャー言っていた青年だ。だが、今、ステファニー王女の心を占めるのは伊勢崎右京のみ。
そんなステファニー王女を見て、元老院議長は皮肉を並べる。
「王女殿下。所詮はあの男は商人。いかに推薦を受けたとは言え、高貴な血筋に劣るわけで、この決闘に勝ち抜けるはずなどありません。庶民は所詮、庶民なのです」
だが、元老院議長は不意に起こった大歓声に慌てて視線を送り、2回戦の第1試合のありえない光景を見て腰を抜かす。へなへなと椅子に崩れ落ちることになった。
右京は違和感があった。2回戦が始まり、橋に足を進ませた途端に沸き起こる高揚感。それは既に勝利が確定したという余裕の気持ちからである。なぜ戦う前から勝てると思うのか、右京自身にも全く分からない。だが、中央でエスパダ・ロペラを腰から抜いて、構えた時にその根拠が分かった。
「ふふふ……。1回戦はまぐれで勝ったようだが、2回戦は真の実力者のみが勝つ。君に恨みはないが、泥の中に落ちてもらうよ」
ノートルハイム卿は右手でレイピアを突き出し、左手を上にあげて静止する。白銀の長髪が風に舞い、彼の端正な顔立ちを隠す。すらりとした長身が周りの女性をクギ付けにする。バラでも加えさせたい風貌である。
リベンジャーと称される彼の戦闘スタイルは、相手の攻撃を防御してからの反撃。だが、今回の相手は得意技を出すまでもない。最初の構えは特訓したからであろう。非の打ち所のない型で感心したが、それはあくまでもスタイルだけの話。百戦錬磨の騎士である自分から見れば、隙だらけの素人の構えである。
「それでは華麗に泥の中へ……」
ノートルハイム卿はありえない光景を目にする。右京が繰り出してきた突き。それが無数の突きとなって襲いかかってきたのだ。
「馬鹿な! これではいくら私でも防御しきれない……」
同時に100もの突きを盾や魔法もなしでかわせるはずがない。ノートルハイム卿はそれこそ、華麗に宙に舞ってゆっくりと泥沼へ落ちていく。勝負が始まって3秒である。
「うおおおおおおっ……」
「きゃあああああっ……」
「いや~っ。ノートルハイムさま~っ」
何が起こったか分からなかった観客も、ひと呼吸をおいて大歓声と悲鳴ををあげる。またもや、番狂わせが起こった。リベンジャーと言われる鉄壁の防御を誇るノートイルハイム卿が、対処できない高速の突き攻撃。奇跡の瞬間である。
「すげえぜ。今の攻撃見えたか?」
「わからねえ。突きを一発出しただけに見えたが、ノートルハイム興が吹っ飛んだぞ」
「体にいくつもヒットした感じだ。たぶん、俺たちでは見えない高速の突きを繰り出したに違いねえ」
見ていた観客たちはそう口々に噂をする。もちろん、剣の達人レベルには見えていた。100を超える高速の突きが繰り出され、それを防御するノートルハイム卿の剣がさばききれずに連打を浴びたことを。
「瑠子、いつの間に右京にあんな技を教えたんだ?」
キル子が感心して瑠子に聞いたが、そんな技を教えた記憶はない。仮に教えてもこんな短期間に身につく大技ではない。首を振る瑠子。
「瑠子は知らない。あれは技というより……」
「エスパダ・ロペラの力が開放したでゲロ」
キル子の左肩に腰掛け、知ったかぶりで腕を組むゲロ子。クロアが解説する。
「あの剣に込められた特殊能力だね。たぶん、一回の攻撃が100回分にも増幅される類の魔法。名付けるなら百烈剣とか、百花繚乱とかだね」
「ご都合主義でゲロ」
「バ、バカな……。こんなはずでは……」
右京が勝って腰が砕けた元老院議長であったが、その次の試合も意気消沈する事態になる。謎の男、フクロウ仮面が目の覚める技で、試合開始1秒でダイラム子爵を泥の中に叩き落としたのだ。元老院にとっては予想外の結果。あってはならない決勝戦となってしまったのだ。
「さすが、わたくしの右京。あんなフクロウ男など、一瞬で倒しますわ。アリッサ、こうしてはいられません。ウェディングドレスを注文しなくては」
浮かれ気味のステファニー。フクロウ男については全くコメントせず、先ほどの右京の華麗な剣技に酔いしれている。傍らの侍女のアリッサにもう右京との結婚を前提に話を進めている。
「花婿様に合わせてフクロウの羽で作りますか?」
「アリッサ、それはわたくしの右京が負けると言うのですか?」
「まあ、ステファニー様のために右京さんが、この決闘に出てきた勇気は認めます。ですが、ステファニー様。彼は商人ですよ。私が見たところ、商売が生きがいの男です。ステファニー様と結婚するのは彼の才能を潰すようなものです」
「いいのです。結婚したらわたくしも商売をします。まだ、やり方はわからないのですが、右京の店の女将として立派に役割を果たして見せます」
(はあ……)
アリッサはため息をついた。ステファニーの能天気さには呆れかえるしかない。そもそも、この勝負は次の女王になるステファニーの伴侶を決める戦い。それなのに、どう考えたらステファニーが武器買取り店の女将になるということにつながるのだろうか。結婚相手が右京に決まるという事実だけで、思考回路が混戦して自分の都合の良い結末にしているステファニーの頭の構造を見てみたいと思うのだ。
(ですが、元老院の思惑取りにならなかったのはステファニー様にとっては幸いだったかもしれません)
アリッサはそう呆然と椅子で惚けている元老院議長の顔をチラリと見て思った。世の中とは思い通りにいかないものだ。




