右京 VS モンデール伯爵
「それではここに、次期、女王となられるステファニー王女殿下の夫を決める決闘、『キングダム・ジャッジ』の開催をここに宣言する」
元老院議長がそう宣言し、多くの観客が歓声を上げる。決闘の行われる場所は、闘技場に特別に作られた泥沼の上に築かれた細い橋。長さが20m、幅は1mほどで大人が一人立つのが精一杯である。出場者はこの橋の両側から歩み寄り、お互いから3m離れた停止線から決闘を行う。
使う武器はレイピアのみ。盾を持つことは禁止。防具は体に特殊なチェインメイルを着るため、レイピアの突きで致命傷を負うことはないが、手足に刺されば大怪我は免れない。なお、頭や顔、首を攻撃するのは禁止されており、勝敗は相手を泥沼に叩き落とすことで決まる。
華麗な剣術とステップワークで相手を翻弄し、バランスを崩させればよいのだ。幅が1mしかないので回り込んで攻撃することは不可能で、正面からの攻撃のみとなる。
「ステファニー様。夫となる候補8人。皆、素晴らしい男たちですぞ。まあ、一部、変なのが混じっていますが」
そう元老院議長は、隣の席に座っているステファニー王女に話しかける。そんな小うるさい老人の解説なんかは全く聞いていないステファニーは、開会式で並んでいる選手の中でただ一人、右京のみに声援を送っている。侍女のアリッサに飲み物を運ばせて、それを飲みつつの優雅な観戦である。
出場者は全部で8人。それぞれが、有力者、有力団体からの推薦を得ての出場である。まずは、貴族代表の剣士、ダイラム子爵。レイピアの腕は青年貴族の中では随一と言われる25歳の青年貴族である。
2人目は軍代表のスピアーズ少佐。普段は槍騎兵を率いる男で、勇猛な軍人として近隣諸国に名が知られていた。30歳の男である。3人目は商業ギルド代表のメッケル。都で剣術道場の師範をしている26歳の青年である。4人目は冒険者ギルド出身のグラム。普段は大剣を使う勇猛な戦士で、WDのデモンストレーターも兼ねているために、色々な武器に精通していた。32歳である。
5人目は神殿出身の聖戦士。ノートルハイム卿。神殿の守護者として強力な防御から一転して強烈に反撃することで有名で、リベンジャーと名付けられる男である。28歳。
6人目は王位継承権6位のモンデール伯爵。一応、剣術は二天一心流というレイピアを使った剣の流派の免許皆伝の腕を持つという。だが、噂では金の力で買ったのではないかと言われていた。23歳。
7人目は同じく王位継承権5位のクローディア・バーゼルが推薦し、ステファニー王女も推薦する伊勢崎右京。職業は武器の買取り業という商人だ。剣の達人たちの前にどれだけやれるかというのが、前評判であるが、クローディアの推薦ということで不気味な存在ではあった。21歳。
(そして8人目……これは伊勢崎よりもふざけた奴じゃ)
元老院議長も首をかしげる。推薦人は元宰相で現在は隠居して、ご意見番としてたまに宮廷に顔を出しているロールス侯爵という老人。出場する本人はフクロウの仮面を付けた謎の男である。背筋が伸びて物腰が柔らかく、立ち振る舞いは気品があるがフクロウの仮面が残念極まりない。さらにエントリー名は『フクロウ王子』という。ふざけているとしか思えない。年齢も職業も不明である。
会場の周りは300年前に開かれたきりの幻の戦いを見ようと多くの人間が見に来ていた。その大勢の人を目的に屋台まで出店し、大変な賑わいである。会場正面に設置された観戦席には、ステファニー王女を始めとする政府高官、元老院議員が着席している。ゲロ子を始め、クロアやキル子、瑠子と言った面々も専用席で観戦していた。
「それでは対戦相手を決めるくじ引きを行う。ステファニー王女殿下。よろしくお願いします」
そう議長がステファニーに行動を促す。目の前に運ばれてきた箱からカラーボールを取り出し、対戦相手を決めるのだ。
「う~っ。何だかドキドキするでゲロ」
「どこに入っても、ダーリンはダーリン。きっと勝つよ」
「私が鍛えたのよ。1回戦くらいは保証するわよ」
「う~っ。聞いてない、聞いてない。優勝したら王女と右京が結婚するなんて……」
ゲロ子、クロア、瑠子、キル子、それぞれの想いが交錯する。ステファニーが引いたのは6番。いきなり、モンデール伯爵である。そして、2つ目のボールに手をかける。
「はい、これ!」
王女が観客に見せたのは『7』の数字。右京に割り振られた数字であった。いきなり、第1回戦からベスト4をかけて右京とモンデール伯爵が対戦することになったのだ。
「ふふふ……。オープニングゲームでお前とあたるとは僕も運がいい。ステファニーが未来の夫に幸運をもたらせたということ」
「おいおい、ティファを呼び捨てにするとは、もう優勝したつもりかよ! あの応援の声が聞こえないのか?」
右京は北から橋の上を進んで、南から進んできたモンデール伯爵に相対した。東の観覧席でステファニーが応援しているのが目に入る。
「右京、絶対、絶対、勝ってねっ~」
だが、モンデール伯爵の耳には聞こえていない。この男、都合の悪いことは一切聞かないたちなのだ。そして上から目線の言葉を口を歪めて吐き出した。
「王女を、我が未来の妻を『ティファ』などと愛称で呼ぶとは無礼な平民め。貴族の誇りにかけて、貴様を惨めに泥沼に叩き込んでやる」
モンデール伯爵は憎々しいという表情で右京をにらむ。右京もモンデール伯爵をにらむ。そのまま、両者はゆっくりと後方に下がり、停止線で止まった。
太陽の光に輝き、両者のレイピアが腰から抜かれた。まずは右手でレイピアを垂直にして構え、左手は肘を曲げた状態でやや後方に引く。腰は落として足は前後に開く。細い橋の上ではこの体制からしか攻撃はできない。
「主様、なかなか、さまになっているでゲロ」
「意外とやりそうね。あの型を見てると」
ゲロ子は右京の血のにじむような特訓を知っているが、クロアは見ていないのでいつもと違った凛々しい右京に目をまん丸にして驚いて見ている。対戦相手のモンデール伯爵の型よりも美しい。
「あれは体幹を徹底して鍛えたからですわ。体に芯が入ってブレがない。瑠子が鍛えたのですもの。あれくらいはできますわ」
そう自慢をする瑠子。やはり、コーチはこの人に頼んで正解だった。キル子は相変わらず、(右京がいなくなっちゃう、王女様と結婚してしまう……)と落ち込んでいる。何しろ、決闘の目的をさっき知ったばっかりだから、ショックから立ち直れない。
右京は最初の構えの型を決めると、何だか心が研ぎ澄まされていくのを感じた。瑠子がこの型を右京に教えた時に言ったことがある。それは剣術における型とは攻撃や防御に移るための体勢ではあるが、それは体だけでなく心の体勢でもあるということだ。相手の気配を瞬時に感じ取るために、冷静に思考回路を働かせる必要がある。構えとは体と心が一体となるために必要なものなのだ。
(ふうう~っ)
息をゆっくり吐くとモンデール伯爵の心の動きもビンビンと伝わっている。右京が素人っぽくないので、少し焦っているようである。
「ふん。どこぞで練習をしたのだろうが、そんな付け焼刃で僕に勝とうなんて片腹が痛いわ! 二天一心流の師範の腕前との違いを見せてやる」
モンデール伯爵の構えを見ていたゲロ子は、腕組みをして首をかしげる。これは剣術を見る目のある人間なら、誰もが思うことであった。
「あの伯爵、二天一心流の師範とか言ってるでゲロが、そんなに強そうとは思えないでゲロ」
「あんな奴、師範でも何でもないわ。瑠子たち騎士から見れば、レベルが低すぎ。あれは金と権力で買った称号に過ぎない」
瑠子がそうゲロ子の疑問に答えた。モンデール伯爵の腕はせいぜい初級から中級に上がるレベル。初心者に毛が生えた程度である。瑠子なら手を抜いても倒せる。それなのに師範というのは、金と権力による脅しで手に入れた偽の看板に過ぎないのだ。当初は二天一心流の当主も難色を示していたが、モンデール伯爵の強引な要求と悪辣な脅しの前に、『名誉師範』という称号を新たに作って任命したのだった。
これは二天一心流からすると、屈辱的な行為でもあった。瑠子はこの流派の当主とは知り合いで、権力の前に苦しむ姿を見て、剣に対する冒涜だとモンデール伯爵を軽蔑していた。当の伯爵は単なる称号を集めるのが趣味で、他にもろくに知識もないのに美術品の学術員のメンバーの称号を持っていたり、下手な絵を描いて無理やり入選させて芸術協会の会員になったりと、自分の欲望のままにやりたい放題していたのだ。
「師範の腕前はないでゲロが、中級者レベルなら主様は到底勝てないでゲロ」
モンデール伯爵がすり足で近づき、ここぞという間合いで剣を突き出した。これは基本に沿った美しい突きであり、上級者にはともかく、初心者にはかわせない鋭い攻撃でもあったのだ。
「心配ないよ。あの程度の攻撃はダーリンには通用しない」
クロアがそう指摘したとたん、右京の右手に持ったレイピアが左回転して、その突きを跳ね飛ばした。こちらも防御の基本中の基本である。
「右京には基礎的なことは仕込んだからね。上級者には無理だけど、ろくに練習もしてないような中級者の攻撃は通らないように教えてあるよ。そして攻撃もね」
瑠子は右京の次の動きを予想する。右足を一歩踏み込んで、モンデールの懐に突きが放たれるはずだと。そして、その言葉が言い終わるか終わらないかのうちに、右京が右足を踏み込んだ。強烈な一撃がモンデール伯爵の胸に放たれる。クリーンヒットである。モンデール伯爵は衝撃でのけぞって、勢い余って2、3歩後退する。
うわああああっ……。
観客の大歓声が試合会場にこだまする。美しい一撃がスローモーションのように観客たちの目に焼き付いた。
「くっ……。今は油断しただけだ!」
防具を付けていなければ、モンデール伯爵は即死であっただろう。試合では剣先に小さなガードを付けることが義務付けられており、防具を打ち破って体にヒットすることはまずなかった。このような一撃を積み重ねて相手をフラフラにして、橋の下に叩き落とすことで勝利を掴むのだ。
「あれが瑠子が右京に教えた唯一の技。カウンター。相手の突きをかわしながら繰り出す技よ。今のはうまく決まったけど、右京ならまたやれるよ。但し、連続攻撃できないから、カウンターの単発でモンデールの奴を弱らせて下へ叩き落とすのよ」
モンデール伯爵程度なら、右京に教えた基本技を忠実に繰り出すだけで勝てると瑠子は太鼓判を押す。これに加えて右京のもつレイピア、『エスパダ・ロペラ』は魔力を備えている。特殊能力『影縫い』を発動すれば100%勝利は決まったも同然だ。
「でも、クロアは心配だよ。あの男は汚いことを平気でやるからね」
クロアの危惧は当たっていた。右京の実力に焦ったモンデール伯爵は、2回戦以降で使おうと思っていた下衆な作戦を実行しようと思っていた。実力で勝てると右京を見くびっていたが、自分が弱すぎで右京より下だと先ほどのクリーンヒットで自覚したようだ。
モンデール伯爵はにやりと笑った。ポケットに忍ばせたものをギュッと握り締めた。
(あんな平民に使いたくなかったが、王族の名誉を守るためには手段は選ばない。選ばれた人間は何をしてもよいのだ)




