体幹を鍛えろ
ついに200話突入。
みなさん、インナーマッスルを鍛えましょう。
「それで瑠子に剣術を教えてもらって、ステファニー王女様を救おうと……。はははっ。何の冗談。あなた商人よね。基本もできてないのに勝てるわけないじゃない」
エドの工房でできた武器を試し振りしていた瑠子・クラリーネは、右京の申し出を鼻で笑った。もしかしたら、何かのゲームに負けて課せられた罰ゲームじゃないかと思った。
そもそも、右京にはこれまで2回も煮え湯を飲まされている。右京が開発した武器を持ったライバルの霧子・ディートリッヒには槍対決で負けているし、都で行われた全国大会では優勝をさらわれた。
「そこはよくある話でゲロ。ライバルが手を貸して困難を乗り切る、少年漫画によくある展開でゲロ」
「少年漫画って何?」
ゲロ子のよくわからない説得に瑠子は首をかしげる。瑠子はキル子と同じ年で職業はデモンストレーター。イヅモの武器ギルドと契約してWDに出場して武器の宣伝をしている。都でも名の知れた女騎士で、レイピアを使わせたら当代一の女性剣士と噂が高い人物だ。本人は黒髪ツインテールの背の低い女子だが、突き攻撃の速さが凄まじく、攻撃後がまるで爆裂魔法で攻撃したようであるので『爆撃女学生』とあだ名されているのだ。
「とにかく、お断りよ。どうして瑠子がそんなめんどくさい事しなくてはいけないの?」
予想はしていたが、こうもあっさり断られるとは。これは別の指導者を探さなくてはいけない。
「やっぱりダメでゲロか」
「モンデールの奴に泥を食わせたいと思ったが前途多難だな」
諦めて瑠子のところから去ろうと。そんなことを口にした右京。固有名詞に瑠子が反応した。少し興奮気味である。
「モンデール? モンデールって伯爵のモンデール?」
「ああ。王位継承権6位とか鼻にかけてるおぼっちゃんだよ」
「モンデール伯爵と対戦するの?」
「さあ。奴も出場するらしいから、当たるかもな。当たったら、泥沼に頭から落としてやろうと思っていたんだけどね」
「……」
瑠子が黙ると元気の良い聞きなれた声が近づいてきた。キル子である。背中に両手剣のアシュケロンをくくりつけて、笑顔で走ってくる。大きな双丘がぶるんぶるん揺れているので、工房で作業する男たちは思わず目がクギ付けになる。
「右京、聞いたぞ。都で行われる決闘に出るって。お前、大丈夫なのか?」
どうやら町の噂で聞いて右京を探していたらしい。
「大丈夫じゃないでゲロ。今、レイピアの特訓をしてもらおうと瑠子に頼んだでゲロが、断られたでゲロ」
「こんなケチな奴に頼むからだよ。剣術ならあたしに任せろよ。レイピアは得意じゃないけど、右京が勝てるように稽古つけてやるよ。決闘の日まで毎日、徹底的にね」
何だか嬉しそうな表情のキル子。どうやら、決闘の目的については知らないらしい。優勝者がステファニー王女と結婚するなんて聞いたら、逆上して背中の大剣アシュケロンを振り回すかもしれない。
「霧子ちゃん、ケチってひどいわね。瑠子は断ってなんかいないよ」
「ゲロ?」
「え?」
さっきほど、けんもほろろに断ったじゃないかというゲロ子と右京の意外な顔はスルーして、瑠子・クラリーネは言い放った。
「この瑠子が師匠になったからには、1回戦負けなんて許しませんからね」
「おいおい、右京はあたしが教えるんだ。お前は引っ込んでいろよ」
「あらあ。身近な霧子ちゃんではなくて、わざわざ、瑠子に頼みに来たことを理解してないようね」
そう瑠子はキル子に勝ち誇ったように言う。キル子も女戦士として達人ではあるが、レイピアの扱いは瑠子の方が上であるし、決闘は貴族の礼法によって行われる。作法を教えるという意味でも、騎士である瑠子に教えを請うた方がよいであろう。それに……。
「キル子が教えると、『ガーッとやれ』とか、『ブンと振るんだよ』とか、大雑把な教え方しか想像できないでゲロ」
ゲロ子、言ってはならんことを言う。キル子はホーリーにメイスの攻撃法を教授した経験はあるが、レイピアのような繊細な剣技が必要な武器の先生には向いていないだろう。
「そんなことないぞ。あたしなら、それこそ、手とり足取り、体を密着させてだな……はあはあ……」
キル子の頭から煙が上がる。右京との特訓を想像すると何だか興奮してしまう。
「キル子、これはどうやって振ればいいんだ?」
「これはだな。腰を落としてクイッとひねるんだ。これでシャープな振りになる」
「なるほど。こうだな」
「そうだ。うまいぞ、右京。もっとスビードを上げて突く。連続で突くんだ」
「こうか?」
「ああん。とってもいい突きだ。最高だよ、右京」
「突き、突き、突き~っ」
「すごいぞ、右京」
(注:二人はレイピアの稽古をしているだけです。キル子の妄想中)
「しかし、これはかなり体力を消耗するな」
「そうだ。だから、あたしと毎日、特訓して体力をつけないといけないんだ」
「また、キル子、エロいことを考えているでゲロ。これだから、未通ビッチは困るでゲロ」
未通でビッチなどとゲロ子にお下品なこと言われて、キル子は妄想から覚めた。アシュケロンを抜いてゲロ子めがけて、ブンブン振り回す。ゲロ子、バク転したり、前転したりしてかわす。いつもの光景だ。右京は瑠子に正対して頭を下げる。
「瑠子さん。お願いします」
「いいわ。引き受けてあげる。モンデール伯爵には、瑠子も嫌な思いをさせられたことがあるから、あいつに泥食わせるなら、協力してあげる。それに霧子ちゃんに悔しい思いをさせられるのは面白いからね」
そう言うと瑠子は右京の体をペタペタと触る。首の筋肉、肩の筋肉、腕の筋肉、手首のしなやかさ、腹筋に背筋を触ってチェックするのだ。右京はされるままである。キル子はゲロ子への攻撃を中断して、うらやましそうに瑠子の行為を見ている。右京が瑠子に教えを請うことを決めた以上、どうすることもできない。そんな物欲しそうなキル子の様子を見て、瑠子は何だか嬉しくなってきた。
「ふん。商人にしては悪くない筋肉の付き方だわ」
「そりゃ、どうも」
「だけど、鍛えられていないから実戦では使えない筋肉だわ。ここから鍛えないとダメね」
「えーっ。そんな時間はないぞ」
「右京、剣術で大切なのは何か知っていますの?」
「技とか、スピードとか?」
「ちっ、ちっ。ダメね。0点だわ」
「なんでゲロか?」
キル子の攻撃から逃れたゲロ子がそう聞いた。瑠子とキル子が同時に答える。
「それは体幹!」×2
体幹とは、人間の頭部と手足を除いた部分を指す。体の中心となる部分だ。体幹は骨と筋肉からなり、骨には骨盤、背骨、肋骨、肩甲骨。筋肉は表層筋と深層筋の2種類があり、この2種類の筋肉のバランスを良くし、土台としてぶれない体が必要なのだ。
「レイピア同士の決闘において、重要なのは剣の型を崩さないこと」
そう言うと瑠子は腰のレイピアを抜いて構えた。体を半身にしてレイピアを持った右手は前へ突き出し、開いた左手は肘を少し曲げて上げる。上半身のバランスをとるかのようだ。腰は軽く落として右足は進行方向に向け、左足は肩幅分広げて後ろへ。かかとは軽く上げている。微動だもしないその型は美しいというしかない。そして、瑠子はその体制から一歩踏み出して突きを繰り出した。体がブレない。美しい型のまま、一歩動いた感じだ。
「右京もやってみるといいわ」
そう言われて右京は見よう見まねで、瑠子の隣で同じような型をやってみる。だが、体が安定しない。自分では動かしていないのに体がプルプルと動いてしまうのだ。
「なんだが、主様、カッコ悪いでゲロ。瑠子と比べると雑魚キャラでゲロ」
「うるさい」
「体幹を鍛えなくては、型も作れない。かと言って、時間もないから体幹を鍛えつつ、技を一種類マスターしてもらうわ。他の出場者にはかなわないけど、モンデールの奴を泥沼に叩き落とせるくらいは鍛えてあげる」
そう言うと瑠子は四つん這いになって、右京にも同じことをすることを命じた。そこから、左手と右足を耳の高さまで上げるのだ。
「このまま、15秒耐える。お尻を左右に傾けないで!」
「うおーっ! 辛い~」
「次に両肘をついて体を一直線に。顔を上げて。これで10秒耐える」
「ぐおおおおっ……」
「今度は立って右肘と左の膝をくっつける。体を捻るのがポイントよ」
「げげげっ……」
「簡単でゲロ」
ゲロ子も真似てやっているが、ブレがない。プルプル震えている右京とは違う。いつもお菓子を食べてゴロゴロしてるのに不思議だ。あの剣をかわす驚異の身体能力は、この体幹によるものか?
「これを毎日、瑠子の監修の元に続けます。同時に型と攻撃と防御の技を1種類。徹底的に体に覚えさせますわ」
「ゲゲゲ……。そんなことしなくてもこのレイピアの『影縫い』の力で」
「甘いわね。今のあなたでは近づいて影に突き刺す前に攻撃されて泥沼に落とされますわ。剣の魔力を使うにも基本を身につけないとダメ」
「そ、そんなあ……」
体幹を鍛える運動だけで筋肉が悲鳴を上げているのだ。右京も弱気になる。
「心配するな右京。毎朝、あたしと走ろう。イヅモの町を巡る10キロコースは体を鍛えるのはもってこいだぞ」
キル子がそう誘う。体を鍛えるのが好きなキル子は、毎朝、走っているのだ。10キロも走っているとは思わなかったが。想像するだけで死んだ目になる右京。
「朝のランニングは霧子ちゃんとやって。あと、ゲロ子ちゃんはロンの薬屋へ行って、この薬を調合してもらって」
そう瑠子はサラサラと紙にメモする。筋肉を短期間で増強するプロテインである。これを毎日飲む。あと、1日に食べる食事まで指定する。
「これで決闘の行われる1ヶ月後まで特訓するよ」
「マジかよ」
「面白くなってきたでゲロ」
瑠子の特訓は決闘に出るためにアマガハラの都へ移動し、試合の前日まで続いた。瑠子とキル子に励まされ、ゲロ子がもって来るロンの薬屋特製の筋肉増強剤を飲みつつ、右京は頑張ったのであった。




