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伊勢崎ウェポンディーラーズ ~異世界で武器の買い取り始めました~  作者: 九重七六八
第2話 努力のメイス(ホーリーメイス)
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努力は裏切らない

 発表会場であるこの町の中央神殿の広場に右京とホーリーはいる。結果の発表は国中の主要都市で一斉に公開されるのだ。この町で試験を受けた人間とその付き添い人で辺りはごった返していた。300人はいるであろう。受験者は百人ぐらいだろうが。おおよその受験者が神官学校の生徒で、みんなお金持ちそうであった。使用人や地位の高そうな父親、豪華な宝石やドレスに身を包んだ母親らが付き添っている。


「パ、パパ、あの子、あの子だよ。僕が囲う予定の女の子」


 ホーリーを見つけて指差すあのデブの学生。相変わらず、油ギトギトの指でスナック菓子を掴んでは食べている。父親の方もでっぷりと太った40過ぎの男で頭の中心が禿げたかっぱのような感じである。


「おー。我が息子ながら見る目がある。だが、あの娘はまだ青い。最初にわしが慣らし運転をしてやろう。その方がお前も失敗することなく気持ちよくなれる」


「パパ、それはいいけど、ママにバレたら叱られるんじゃない?」


「バレなきゃいいのさ。だが、それもこれもお前が合格するのが前提だ。不合格なら、ママに超絶叱られるぞ。例のスパルタ式修道院へお前を入れかねない」


「それは嫌だけど、そんなことにはならないよ。学校の模試じゃ、一度も50位を割ったことないんだ。僕の合格は間違いないよ」


「そのとおりでございます。お坊ちゃま」


 あのホーリーの教会の大家、マイザーがそうおべっかを使った。マイザーの経営するいかがわしい店の常連客が学生の父親なのだ。両手をニギニギして気持ち悪い笑顔で、レギュラーカスタマーに愛想を振りまく。マイザーはあざとくホーリーを見つけると近づいてきた。


「おや、ホーリーじゃないか。噂によれば、モンスター退治までして試験を受けたそうだが、残念だったね。神官任用試験はお前なんかが合格するような簡単なものではないよ。ここにおられる坊ちゃんのように、学校へ行き、家庭教師を付けた裕福な学生だけが突破できるんだよ。あんたみたいな貧乏娘は体を使って稼ぐ。それが世の中の習いさね」


 そう言ってマイザーは金ピカの扇子を開いてパタパタと仰いだ。結果は決まっているという表情だ。予想外にあのメイスは高値で売れるという情報を聞いてはいたが、所詮は一時金。収入がなければいつか底をつく。ホーリーが自分のモノになるのは時間の問題だとこのごうつくばりのババアはタカをくくっていた。


「右京、ホーリー。まだ、結果は出てないんだよな?」


 人ごみの中から褐色の肌の女戦士が現れる。ショートパンツにへそ出し。セクシーな胸当てを付けたキル子である。


「霧子さん。本当にありがとうございました。霧子さんのおかげで私は受験することができました」


 ホーリーはキル子に深々と頭を下げる。ひしゃげた神官見習いの帽子がずり落ちるのを片手で抑える。


「よせやい。合格が決まってないうちは、お礼は無用だぜ」


 この場でのキル子の装いは異質だ。みんなキル子のセクシーボディにある者は魅了され、ある者は反感の目で見ている。そんな周りの目を鋭い視線で萎縮させるキル子。ブルーの宝石のような瞳。その目力は半端ない。見られたものはみんな目を反らすしかない。


「霧子さん。あのアドバイスしてみました。とっても勇気が出ました」

「はあ?」


 キル子はいぶかしげにホーリーに尋ねた。あのアドバイスというのが何なのか心当たりがない。


「あれですよ。女の子のキスの力です」

「そ、そんなこと言ったっけ?」


「ええ。右京様に勇気を出してしたら、震えも止まってとても落ち着いて合格発表を聞くことができます」


(ああ……! 思い出した)


 町に帰還し、酒場で仲間と打ち上げした時だ。酒に酔ってつい色っぽい話をした。あれは自分が右京にやってみたい願望を元に酔っぱらった勢いで話したのだ。


「じゃあ、右京に……」

「はい。右京様にキスしました」


「……」


 二人のやり取りを聞いて右京は火の粉がこちらに飛んで来ることを予感した。自分はちっとも悪くないのに、巻き込まれてしまうことだ。ジト目で右京を見るキル子。


「う、右京~。これはどういうことだ?」

「どういうことって?」


「あ、あたしというものがありながら……」


「いやいや、お前、俺の嫁じゃねえし、自称デモンストレーターだけど雇ってねえし」


「うううう……」


「ゲロゲロ……。そろそろ始まるころでゲロ」


 ゲロ子がいいタイミングで言葉を挟んでくれた。このカエル、使えないときは全くダメだが、たまに役に立つ。ゲロ子のおかげで全員の視線が大きな張り紙の巻き紙を運んできた係員に注がれる。それは広げられ、広場の大きな掲示板に掲げられた。みんなが掲示板に近づき、熱気に包まれる。


「ホーリー、何番だ?」

「2002番です」


 掲示板には受験者すべての受験番号が書かれている。順位で並べられているのだ。受験者は何番で合格したのか、何番で落ちたのか一目瞭然なのだ。


「あるでゲロか?」


「40、41、42……47、48、49、50位……。ありません」


 悲しそうにホーリーが言う。2000人以上受けて合格は50人という厳しい試験だ。ハッピーエンドというわけにはいかなかったのかもしれない。


「いや、ちょっと待て」


 右京が叫んだ。指を指して目を閉じ、もう一度目を開けて確認する。


「ホーリー、2002番だよな?」


「は、はい。不合格者の中にありましたか? やっぱり、私なんかでは無理だったのですね」


「違う。1番から順番に見ろよ」


 右京の指差す上位の書いてある欄を見る。10位までの成績優秀者。これは中央大神殿の幹部候補として上級学校で学べる順位なのだ。


「な、七番でゲロ!」

「うおおおおおっ、ホーリー、7番目に2002番があるぞ」


「え? うそ?」


 第7席に2002番と数字が刻まれていた。ホーリーは自分が受かったとしてもギリギリだろうと思い込んでおり、合格ラインギリギリの40番台から自分の受験番号を探したのだ。


「ああ、右京様」


 ホーリーは喜びのあまり、右京に抱きついた。首に手を回して唇を重ねる。


「え、ええええっ!」


 横で固まるキル子。右京も固まっている。


「お礼です。やっぱり、右京様は私の神様です」


 ゴゴゴゴゴ……。キル子の胸にどす黒いものが沸き起こる。きっとホーリーには悪気はない。自分が女の子のキスは男にはご褒美なんて言ったから、それを素直に信じているに過ぎない。ホーリーはそんな女の子だ。


(キ、キスくらい、誰だってするさ。あたしだって今まで何度もぶちゅぶちゅと……)


 もちろん、キル子にそんな経験は一度もない。あっちの経験もないけど、キスの経験もないのだ。男と付き合ったこともないから仕方ない。但し、すべて妄想では経験済みである。(相手は右京だが)


「うそだああああああああっ! これは嘘。夢に違いない」


 大声で泣き叫ぶ男の声がした。あのデブの坊ちゃんだ。坊ちゃんの番号28番は51番目のところに書かれてあった。51番目。つまり不合格だ。


「そんな、そんな、ありえない。いつも50番より下がったことはないのに!」


 51番ということは、ホーリーが受けなければ合格した順位だ。ある意味、これまで侮辱されたホーリーの意趣返しである。


「そ、そんな。ホーリーが、ホーリーが……うっ」


 マイザーはその結果を見て、悔しさと怒りが頂点に達した。素っ頓狂な声を上げると急に心臓が締め付けられて胸を押さえてその場で卒倒した。病院に運ばれて、一命は取り止めたものの、ホーリーを手に入れたら順番に貸し出す約束で、複数の客から大金をせしめていたことで恨みを買い、これまでの悪事が治安当局に告発されて逮捕されてしまった。


 不当な人身売買及び法外な利息の請求等、いくつもの罪で有罪。全財産を没収されてしまったという。悪は滅ぶと言うが、この強欲婆さんにも、ホーリーメイスによる正義の鉄槌が振り下ろされたということだ。その後、マイザーは悪態をつきながらも生活のために、市場のトイレ掃除の仕事を日々こなしている。働き振りは意外に真面目だそうだ。


 ホーリーは見事に神官試験に合格した。右京もホーリーメイスの売却先を決めた。最高値を付けた王室美術館ではなく、2番目の高値を付けた愛の女神イルラーシャの大神殿にである。ここはかつてホーリーの師匠だったラターシャ司祭が籍を置いていたところであった。少しでもホーリーに関わり合いのあるところにということで、ここに売却することにしたのだ。今後は神殿の宝物として大事に保管されるであろう。


「売値は3万9800Gだったでゲロ。まあ、大儲けだからよしとするでゲロ」


 一番の高値のところに売らなかったので、最初は文句を言っていたゲロ子も現金の束を見ると満足した。再生にかかった費用をすべて差し引いても、軽く3万5千以上の大儲けである。約束でホーリーと利益を折半しても右京には1万7千Gほどが転がってきた。日本円にして850万円以上の利益を生んだのだ。これは右京がこの世界に来て、武器の買い取り屋を始めて一番の利益であった。


 ホーリーはあのボロ教会から子供たちと共に引っ越した。引越し先はなんと、右京の店の真ん前。空家になっていた3階建ての建物を借りたのだ。1階は教会の礼拝所。2、3階が居住スペースで1階に薬酒を作る部屋を確保し、レシピに従って果実類を漬け込んでいた。早いもので3ヶ月ほどすると売れるものになるらしい。ちなみにホーリーは7番で合格したので、都の大神殿で学ぶ権利があったが放棄した。なぜって……。子供たちのことが心配なこともあったが、わざわざ、右京の店の傍に引っ越してきたことから分かるだろう。


「都に行ったら、右京様に会えなくなってしまいます。それは嫌です」


 そう言ってホーリーは右京に向かってウインクした。キル子がイライラする日々は続きそうだ。


今回の収支 売却した武器 「ホーリーメイス」

修理代 300G

材料代 50G

鑑定代 110G

宣伝費  40G

合計  500G


売却額  39800G

経費差し引き 39300G


ホーリーの取り分

19650G-1200G(手付金)=18450G

右京の取り分

19650G+1200G=20850G

右京が手にした利益 19650G。

毎度有り~。

儲かったでゲロ。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 前話の引きと合わせて、驚異の足切り上位50人はまさに特権階級。 設定で神官学校に2年以上通った、それなり以上に裕福な人間が2000人以上受験しているとあるので、その競争率は40倍以上とかな…
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