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伊勢崎ウェポンディーラーズ ~異世界で武器の買い取り始めました~  作者: 九重七六八
第1話 転職のバスタードソード(ガーディアンレディ)
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ゾリゲン工房製

「ああ。これだ」

 

 ガランは背中に括り付けた剣を抜いた。銀色の鋼がきらりと光り、重量感が見ているだけで感じられた。剣先をのど元に突き付けられたが、右京は全然あわてない。逆にそんなパフォーマンスが簡単にできるガランの戦士としての腕が分かる。腕の良い戦士なら、この剣はかなり丁寧にメンテナンスをされているはずだ。


「バスタードソードですね」


 一目見て右京はそう答えた。ファンタジー世界ではごく普通の剣と呼ばれる類である。ゲームによっては「はがねのつるぎ」とか、「ロングソード」とか言われるが分類上はきちんとした定義がある。この剣は必要に応じて片手でも両手でも扱えるようになっている剣なのだ。手で持つ柄の部分が長くできていることが特長だ。


「さすが買い取り専門店だな。大抵の道具屋はロングソードと区別がつかなくて、同じ査定をしやがる。どうやら、あんたは期待できそうだな……」


 ガランはにやりと笑った。どうやら、ここへ来る間にいくつか道具屋と武器屋を回ってきたようだ。客の中には右京のところへ来る前に道具屋や武器屋に買取りを依頼するものがいる。

 

 ただ、この世界は買値の1%というのがきまりである。店によって変わるとすれば、買値がいくらだったかという査定だけなので、ほとんど変わらない。街で新品の剣が1800Gで売っていれば18Gだし、別の街で2000Gなら売値は20Gなのである。新品の値段は、高いところと安いところで多少の幅はあるので、ちょっとでも高く売りたいのなら、いくつかの街で査定する冒険者はいる。


 物の価値で買取り値段を決める右京には関係がない。右京が買うと決めたら武器屋や道具屋よりもかなり高い査定額を出すからだ。もちろん、この剣が気に入り、転売できると右京が判断すればの話であるが。


 右京は剣の長さを測る。全体で154センチ、刀身の幅は4センチ。重さはやや重く3.2キログラムあった。デザインはシンプルで典型的なバスタードソードである。筋肉モリモリのガランなら軽く振れるが、右京では振る度にバランスを崩して体が振り回されるだろう。


「剣は大きく分類するとゲルマン式とラテン式に分けられるでゲロ」


 ゲロ子が自慢げに解説しだす。この使い魔には知識の検索機能を備えていて、一般的な図書館で調べられる程度の知識がいつでも披露できるようになっているのだ。この世界で武器の買取業ができるのも、この使い魔の知識に助けられているからだ。まあ、言わば動く辞書みたいな役割をしている。


 ゲルマン式とは「斬る」ことに特化した剣。ラテン式は「突く」ことに特化した剣だ。ファンタジー世界なのに元の世界の剣の歴史になぞっていることが面白いのであるが、そこは突っ込まないでおこうと右京は思った。


(突っ込んだ方の負けだ。この世界は不思議だらけ、矛盾だらけだ)


 で、このバスタードソードはそのゲルマン式でもラテン式でもない、両方の特性を備えている剣なのだ。そして片手でも両手でも扱えるため、バスタード(類似)という名が与えられたともいえるのだ。


「ほう。いい剣ですね。よく手入れがされています」


 そう右京は剣の刃の部分を見て言った。毎日研いで、油を薄く塗っている。ちゃんとメンテナンスをしないと錆びたり、切れ味が悪くなったり、それを補うために力まかせに剣を叩きつけるから刀身にダメージを受けているものもある。


 右京がきっちりと見れば、刀身にあるヒビになる前の状態も見極められるのだ。そういう剣を買うのはリスクがある。修理に時間がかかるし、お金もかかる。修理が悪ければ、戦闘中に剣が折れて、信用もなくなるからだ。


 幸い、ガランのバスタードソードにはそんな兆候は見られない。ただ、よく見ると刃こぼれが3箇所。これは長年使われ、戦闘で硬いものを斬ったことがある剣によくあることだ。逆にない方がおかしいとも言える。


「刃こぼれが3箇所ありますね」

「ああ。長年使っていればそうなる。つい1週間前もゴブリン退治の任務で敵のリーダーがチェーンメイルを着てたのでな。一刀両断にしたのだが、その時、一箇所刃が欠けた」


「ゴブリンとはよく戦ったのですか?」

「わしの初陣の時の敵がゴブリンだった。10匹は切り倒した」


 機嫌良さそうにガランは若い時の様子を話す。ガランは木こりの息子として生を受け、15歳の時に冒険者のパーティの見習いになった。18歳になって初めて戦闘に参加したそうだ。最初に使った剣は師匠と仰ぐ年配の戦士の使い古しのショートソード。金を貯めて新品のロングソードを買ったのが25歳の時。今持っているバスタードソードは35歳の時に買ったそうだ。それ以来、13年愛用していることになる。


(なるほどね。13年落ちね)


 武器は長年使っていれば消耗する。手入れがきちんとされていれば、長持ちするがそうでなければ経年劣化で品質が悪くなる。金属だから腐食させなければ、20年でも、30年でももつがガランのように毎日使用すれば、それこそ痛む。

 では、古ければ古いほど査定が落ちるということでもない。中にはヴィンテージといって崇めるコレクターもいる。実用で使わず観賞用ということなら逆に古くて造形が美しく、何か逸話があった方がいい。また、13年使っても不具合がないということは、製造からしてよくできた業物ということもある。


(やっぱりね)


 右京は剣の根元にある(Z109)という刻印を見つけた。

「主様、これはゾリゲン工房製でゲロな」


 右京の肩に乗って一緒に覗き込んだゲロ子が右京に問いかけるように呟いた。お尻をボリボリかいている。


「ああ……」

(おいおい、ゲロ子。頼むから女子の端くれならその行動はやめろや!)


 ゲロ子の態度に心の中で突っ込んだ右京は生返事をした。剣は溶かした鉄を型に入れて作る。刃の部分に鋼を加えることで切れ味を増すものもあるが。作られた工房の製法によって鉄の性質が違うのだ。さらに使われている鉄鉱石の産地によっても違う。ゾリゲン工房はその2つを満たした有名なところであった。通常の剣の2、3割増しというのが相場である。


「ゾリゲン製のバスタードソードなら、新品の時の値段がおおよそ、5000から5800Gというところでしょうね」


「おお。さすが買取り屋。相場が分かっている。13年前で5680Gしたよ」


 武器の買取り屋を始めるにあたって、この世界の武器の相場を知ることは必修事項だ。こちらの世界に飛ばされた右京がよく通じている理由は、ゲロ子のおかげだ。このカエル娘は「動く辞書」でもあり、「動くカカクコム(笑)」なのだ。ちなみにこの世界の通貨単位はゲル。紙幣と貨幣がある。1G紙幣から100G紙幣まであり、1G紙幣の価値がおおよそ日本円で500円というところだ。1G紙幣は金1gと等価であり、国が金との交換を保証している金本位制を取っている。紙幣は偽札が作られないように魔法技術とかで防御されており、ファンタジーRPGのようなこの世界の経済秩序を守っている。


(5680G、日本円にして284万円か……ちょっとした自動車の値段だな)


 剣身ブレイドの部分は特に問題がない。柄と柄頭は長年使い込まれたくたびれ感がある。特にグリップ部分は何かの革が巻かれているがところどころ擦り切れている。また、剣を収める鞘は革製でもうボロボロであった。


「こりゃ、鞘とグリップは修理が必要でゲロ。ブレイド部分も補修がいるでゲロ」


「だけど、物はいい。ちょっと、いいアイデアを思いついたんだ。買うぞ、ゲロ子」


「そうでゲロか。ゲロ子は反対はしないでゲロが、買取り価格は気を付けるでゲロ」


「ガランさん、いくらぐらいで売っていただけますか?」


 中古相場が確立していないこの世界では、売値、買値共にいい値になる。そこから商談になる。


「できるだけ高い方がいいに決まっている。道具屋は50Gと抜かしやがった。武器屋も似たようなものだ。下取りで新しいものを買えばもうちょっと高いそうだが」


「まあ、道具屋も武器屋も中古で売ることは考えていませんからね」


 この世界は経済的におかしい。100分の1で買い叩くのはひどいと思うが、考えようによっては中古で売らずに金属の材料にするのに100分の1で買い取るのだ。高い武器ほどよい材質を使っているとは言え、日本円にして2万5千円で買い取るのは狂気の沙汰である。鋼の素材としてだけの価値ならもう少し安くなるはずだ。


「どうでしょう? 500Gでは?」


 思いきって右京は値段を言った。道具屋の10倍の査定だ。ちょっとだけ、ガランの表情が曇った。もう少し上だと思っていたようだ。考えてみれば、ガランはカフェ店をオープンさせると言っていた。少しでも運転資金が欲しいのだろう。


「んん……。もう少し高くならないか。妻にオープンの日に指輪を買ってやりたいんだ」


「なるほど。ガランさん、奥さんにベタ惚れですね」


「いやあ……。こんなわしの元に嫁になってもいいと言ってくれた女だ。晴れの門出に祝ってやりたいと思うのが夫だろう」


「O.K.です。この伊勢崎屋の右京も男です。引退するガランさんのお祝いだ。800Gでどうでしょう? そしてこの剣をレストアして次のオーナーの下で活躍してもらうことを約束しましょう」


 右京は右手を差し出した。800Gで契約してくれとのアピールである。500Gから一気に300Gを上乗せした。これはガランの心を捉えた。思っていた以上の値段だったのだ。その手をガランの無骨な手が握った。


「ありがたい。値段も大事だが長年使ってきた相棒だ。生まれ変わってまた、使ってもらえるのはうれしい限りだ」


 ゲロ子がお金の入った箱を開ける。右京の商売はニコニコ現金払いが鉄則だ。その場で現金を払って現物を受け取る。100G札8枚を数えて、ガランに手渡す。思わぬ高額査定にガランも嬉しそうだ。しかも愛用の剣は生まれ変わってまた活躍するのだ。愛着からくるモヤモヤ感も少しは解消される。


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