放浪者フクロウ仮面
「それにしても、主様は計算高いお方と思っていたでゲロが、意外と頭に血が上ると自分の実力も忘れるでゲロな」
「ゲロ子、お前、俺をけしかけていたじゃないか!」
モンデール伯爵もステファニーもいなくなり、騒ぎが収まったところで合体したレイピアをクロアが鑑定している。この武器を見事に合成することに成功したハビエルとその使い魔ナナも興味津々に成り行きを見ている。その様子を見ながら、ゲロ子が右京をからかう。同じようなビジュアルのナナとはエライ違いだ。
「ゲロ子が主様をけしかけたのは、理由があるでゲロ」
「お、お前、まさか、俺の真の力を信じて……」
「そんなわけないでゲロ。主様は剣の才能ゼロでゲロ」
「はっきり言うなよ。じゃあ、なんで俺を止めないんだよ。使い魔なら、主人の心配をして止めるのが役割じゃないのか?」
「ゲロゲロ……匂いがしたでゲロ」
「匂い?」
くんくんと鼻を鳴らす右京。ゲロ子に匂いを言われると気になる。一体、何の匂いだ?
「主様がその決闘に出るでゲロ。その合体したレイピアで勝てば、価値は一気に上がるでゲロ。つまり、これは金の匂いでゲロ!」
「それかよ!」
だが、ゲロ子のその嗅覚も右京が勝つことが前提でしか成り立たない。優勝まではともかく、1回戦でも勝てば宣伝にはなる。また、今、クロアが調べているレイピアの魔法の力を披露すれば、価値を示すことにはつながるだろう。
「それよりも主様。ゲロ子はクロアの方が不思議でゲロ」
「クロアが?」
ゲロ子が腕組みして考えている。その視線はレイピアを鑑定中のクロアに注がれている。
「この決闘をクロアが勧めるのはおかしいのでないでゲロか?」
たしかにそうだ。クロアは右京のことを『ダーリン』と呼び、妻を自称している。右京の周りにいるキル子やホーリーといった女の子たちは基本ライバル視しているし、ステファニーにいたっては苦手な相手だ。そのステファニーを救う右京の行為を黙認するどころか、協力する姿勢は変である。
しかも、この決闘に右京が出場できるようにクロアが、右京を推薦するというのだ。家柄も身分もない右京でも、クロアが後ろ盾になってくれれば、出場は可能だと言う。そこまで協力するクロアの意図は謎だ。
「う~ん。やっぱり、ティファがかわいそうだと思って……」
「そんな気持ちがあるわけないでゲロ。クロアは腹黒バンパイアでゲロ。主様が優勝したらステファニー王女と結婚するかもしれない決闘に賛成するはずがないでゲロ」
ゲロ子の奴、クロアのことを疑っている。そもそも、先ほどのタイミングも絶妙であったし、この昼間に右京の店にやって来るのも不自然だ。まあ、結果的にはモンデール伯爵をビビらせて追い返すことができたから、助かったのだが。
「なあゲロ子。そういう偏見はよくないぞ。クロアは俺たちを何度も助けてくれた心優しい女の子じゃないか。今回もきっと幼馴染のティファのことが気の毒になったんだよ」
ゲロ子は自分を納得させるように力強く言う右京を冷ややかに見るが、その言葉に対しては何も言わなかった。心の中でつぶやいただけである。
(主様、女はみんなしたたかでゲロ)
クロアの鑑定が終わった。両手で魔力感知の魔法を発動させながら、全体に触れていき、その魔力値と組み合わされて発動される付与魔法を看破するのだ。
「すごいわね。このレイピア」
「ど、どういう能力があるのですか?」
「早く知りたいでケロ」
ハビエルとナナがメモを携えて、クロアの鑑定結果を聞く。右京もゲロ子もつばを飲み込んで結果を聞く。
「このレイピアには付与能力が3つあるよ」
そう言うとクロアは鞘からレイピアを抜いて、ゲロ子めがけて突き刺した。正確には、ゲロ子の立っている場所の地面を刺した。ゲロ子が腰を抜かしてへなへなとその場に崩れる。あとちょっとずれていれば、モズのはやにえみたいに串刺しになるところであった。
「な、何をするでゲロか!」
ゲロ子が抗議をするが、体が動かない。ピクリとも動かないのだ。クロアが近づいて指でピシッと弾くとゲロ子が転がっていく。右京は不思議なことに気がついた。レイピアが刺さっている地面にゲロ子の影がある。転がったゲロ子には影がない。
「一つは『影縫い』。影を刺すと影を刺された相手は動けなくなる……」
「なるほど……。魔法式のこれとこれで導き出される解がそんな効果になるとは……」
「教授、これは今まで合体した武器の中では一番の出来ですケロ」
ハビエルとナナが手を取り合って踊り始めた。一つの成功は次なる成功への鍵である。ここで得られた成果は大きい。喜ぶハビエルとナナの様子を冷静に右京は見ている。この魔法効果を決闘に生かすとしたらどうなるであろうか。
「それって……。かなりチートだな」
右京が言うまでもなく、これは決闘では反則技である。意表をついて影を刺し、動けなくしてから橋の上から突き落とせばそれで終わりである。簡単に勝利を手にすることができるであろう。もちろん、剣での勝負だから、うまいこと偽装する必要はあるけれども。
「あと2つの能力は顕現していないから、今のところはわからないけど、備わっていることは間違いないわ。おそらく『影縫い』よりも強力な力でしょうね。これはすごい武器だわ。だけど……」
クロアは『影縫い』の力は強力だけども、それは右京がある程度の剣術の腕をもっていることが条件だという。決闘は昼に行われるので相手の影は短い。かなり接近した上で相手の攻撃をかわして影を刺すという芸当が素人にはできないだろう。ステファニーとの結婚をかけた決闘には、選りすぐりの8人が選ばれるのだ。どの選手も相当な腕であると思われる。
「ということで、ダーリンはレイピアの修行をしてもらうよ」
「修行だって?」
「ダーリン、ティファのために戦うって言ったよね。男たるもの、一度、口にした言葉を撤回してはいけないよ」
「そりゃ、俺も男だ。勇気を奮ってティファを助けたいし、さっきのモンデールの野郎もぎゃふんと言わせたい」
「さすが、ダーリン。修行といっても、時間もないことだし、基本動作と構え、基本的な防御術くらいだけど。あと、決闘の儀式も覚えないといけないし。となると、教えてくれるのは誰がいいかしら?」
右京は考えた。自分の知り合いで武器の達人ならキル子がいる。彼女なら右京の頼みなら二つ返事で引き受けるだろう。だが、キル子はレイピア使いではない。どちらかというとパワーヒッター。強力な武器を振り回し、パワーで敵を圧倒する戦闘スタイルだ。レイピアのような繊細な武器を扱うイメージがない。
「ゲロ子レイピア使い、知っているでゲロ」
クロアにいじめられて、のびていたゲロ子が復活した。のびていたのにどうして話を全部聞いていたのかは触れないでおこう。
「そんな人間、俺たちの知り合いにいたかよ」
右京はちょっと考えたが思い出せない。そんな右京をゲロ子はやれやれという表情で、両手を広げた。ここは有能な使い魔のグッドアドバイスの出しどころだ。
「最近、見ないけどいるでゲロ。ただ、主様が頼んで引き受けてくれるかどうかは分からないでゲロ」
ゲロ子は武器ギルドへ行こうという。武器ギルドの会長ディエゴが経営するエドの武器工房である。
「クロア、うまくいったようだね」
武器ギルドへ向かう右京たちの後ろ姿を見送るクロアの背後に、長身の人影が立ってそう彼女の耳元に囁いた。クロアはにやりと笑った。八重歯のような犬歯が少しだけ顔を出した。
「小さい頃に一緒に遊んだ仲ですからね。これくらいは協力させてもらいましたけど、わたしのダーリンがティファのために戦うのは少し複雑だよ」
「まあ、そう言わずに」
長身の人影は頭からすっぽりと白いマントをかぶり、顔は全く分からない。ご丁寧にも目には仮面をつけている。フクロウに似せた仮面である。
「安心したまえ。君の想い人は、優勝はできない。それにティファのためにも優勝はさせないよ。まだ、彼女を他の男には任せられない」
「相変わらず、お兄様は自信過剰でいらっしゃるわね。まあ、わたしもその力を信じているからこそ、ダーリンの出場に手を貸すわけだけど。そうでなければ、ティファなんかのためにダーリンが力を貸すのは反対だよ」
「まあ、そう言うなよ。君がこの町にいてよかったよ。世界を放浪してやっと見つけた物が売られてしまって焦ったけど、こういう形で手に入れる機会があるとはね」
フクロウ仮面の男はそう言って、クロアの肩をポンと叩いた。クロアがゆっくりと振り返ると人込みの中に消えていた。




