合体! エスパダ・ロペラ
合体魔法には法則が存在する。なんでも適当に入れて魔法を発動すれば、何かができるというものではない。そこには複雑な方程式による物質の融合があり、そこを解明しなければ失敗の山を築くだけとなる。
例えば、剣同士の合体は比較的容易だ。普通のロングソードを2本入れて合体魔法を作動させると、かなりの高確率でロングソードができる。ただ、目覚しい性能アップをしていることがなく、単に2本が1本になっただけである。性能を上げるために、鉄粉や鋼などの添加物を加えるが、それでも攻撃力が上がったと目で分かるレベルにはならない。
剣と他の種類の武器。例えば、槍や斧といったものと合体させると、高確率で失敗する。粉々になってしまうのだ。ただ、触媒とするものを工夫すれば、粉々にならず、剣か斧になり、攻撃力も上がるケースがある。
ハビエルは右京とクロアから出資してもらい、合体魔法の研究を続けられることになった。神殿の魔法研究所では、短期間に成果を求められることもあって、この研究の価値を全く認めてもらえなかった。それで研究打ち切りにあってしまい、路頭に迷ってしまうところであったが、右京のおかげで首の皮が一枚つながった感じだ。もちろん、ここでも成果を出さなければ、クビになってしまうことは間違いない。少しでも合成の成功確率を上げる法則を見つけて、高価格で売れる武器を生み出さないといけないのだ。
「教授、準備ができましたでケロ」
「うむ。ナナ、今度こそ上手くいくはず。僕の理論が正しいならば……」
そう言って、ハビエルはロングソードを2本入れた壺にザラザラと触媒を入れ始めた。入れたのは鋼の固まり、黒曜石、水晶、銀に黒檀である。2本のロングソードがより攻撃力の高いツーハンデッドソードに生まれ変われば成功だ。
「教授、火にかけますでケロ」
「うむ」
少し熱してから、ハビエルは合体魔法を発動する。壺が光る。その光はだんだんと強くなっていく。同時に熱も高くなっていく。
「こ、これはヤバイと思いますでケロ」
「ナナ、伏せろ!」
壺の中の急激な変化は限界点に達していた。これまで幾度となく、失敗してきたことが繰り返される。壺が割れて凄まじいエネルギー放出が始まり、爆音と共に中身が飛び散った。衝撃で研究室の窓ガラスが割れて飛び散る。
「どうしたんだ?」
「何が起きたでござる?」
大きな爆発音に驚いて、隣の工房のカイルや越四郎が心配して見に来た。ハビエルとナナは顔を真っ黒にして、挨拶をする。また実験失敗である。
「おかしい。どうして失敗したのだろう……」
「触媒の種類はよかったと思いますでケロ」
「ううむ……。なぜだ? 分からない」
ハビエルは紙に計算式を書きまくる。計算上はこれでうまくいくはずである。だが、結果は失敗であった。何が足りないのであろうか。ハビエルの使い魔であるナナも考える。ナナはカエル型の妖精である。ゲロ子と同じ種族だが、こちらは随分まともである。言葉に端々に品があり、いつも主人であるハビエルのことを第一に考える使い魔の鏡である。
一心不乱に計算をするハビエルに、ナナはお茶を入れて持ってくる。自分と同じくらいの湯呑を抱えてくるのだ。そんなところに来客が来た。
「ゲロ」
「ケロ? ゲロ子さんじゃありませんかでケロ」
ゲロ子が研究室に顔を出した。
「ナナは相変わらず、猫をかぶった性格でゲロ」
爆発音で見に来た人々に混じってゲロ子もいたのだ。爆発自体は大したことなかったので、集まった人々は散り散りに仕事に戻って行ったが、仕事をサボりたいゲロ子は残ってちょっかいをかけようと思ったらしい。
「猫なんかかぶっていないでケロ。ゲロ子さんは右京さんのところで働かなくていいのですかでケロ?」
「ゲロ子は疲れたでゲロ。それより、さっきから実験を見ていたでゲロが、ゲロ子は思うでゲロ」
ゲロ子は室内にあるたくさんの剣を見た。全て、右京の店の買取り品で実験材料として提供してくれた武器だ。多くは新品武器屋が下取った格安のものばかりである。
「剣の素性が関係してくるのではないでゲロか?」
「あっ!」
ハビエルはゲロ子の一言で急に目が覚める思いであった。確かに剣と槍とか、ロングソードとショートソードとか、剣の形状の種類で分類して合体魔法をかけてきた。同じロングソード同士に違いには気づいていなかった。
「なるほど。産地とか作った工房による癖、鉄の成分などによって左右されるかもしれない。そういう発想はなかった」
そういえば、これまで成功した例を振り返ってみる。実験ノートを開いて確かめると面白いことが分かった。作られた工房が偶然にも同じであった剣と斧だと成功している例が多い。さらに作った武器職人まで同じであると、その確率はもっと上がっていた。
「これは確かめる価値があるぞ」
そうハビエルは使い魔のナナに部屋にある材料から、同じ工房で作られたものを探し出させる。だが、それは無理な命令であった。部屋にある武器は下取り製品で、大半は工場の型抜きで大量生産されたものであったからだ。当然、銘など入っているわけがなく、同じ工房かどうかも不明である。
「ゲロゲロ……いい素材を知っているでゲロ。ゲロ子についてくるでゲロ」
そう言ってゲロ子が案内したのは、商品が保管してある倉庫。そこに貴族の紋章が刻まれた高価そうな木製のケースが置いてあった。ハビエルが留め金を外して中を見ると、レイピアが三本収められている。例の庭師のおじいさんから右京が退職金がわりに買い取ったものである。レイピアが1本。エペが1本。練習用のフルーレが一本入っている。この3本セットはカイルの工房で美しく生まれ変わっていたのだ。
「これを使えば成功するでゲロ」
「しかし、こんな立派なレイピアで実験して失敗したら……」
そうハビエルは、最初は拒んだ。どう見ても高価そうな武器であり、失敗すればまたもや右京に損害を与えてしまう。
「キモが小さいでゲロ。実験は大胆にやらないとうまくいかないでゲロ。心配するなでゲロ。ゲロ子が責任をもつでゲロ」
ゲロ子の割にカッコイいいことを言う。その言葉はハビエルの背中を押した。確かに、これまであまり高価な武器を実験材料には使ってこなかった。材料のよしあしが関係しているのなら、目の前のレイピアは格好の材料である。
「わ、分かった。やってみよう。ナナ、手伝え」
「はいでケロ」
「ゲロ子も手伝うでゲロ」
レイピア3点セットを壺に入れる。ここへ鋼の固まり、銀、黒檀を入れる。目指すは攻撃力が高いレイピアである。
「魔法力を付与するにはどうするでゲロか?」
「魔法が封じられたアイテムがあれば、それを入れると魔力が込められることがあります」
「それじゃあ、これも入れるでゲロ」
ゲロ子がお腹のポケットから取り出したのは、クロアの店で買った魔法グッズ。炎の魔法が一発分打てる炎の指輪。モンスターの気配を察知する魔眼石、喉が乾いた時に祈ると、水が滴り落ちる雫の石の宝石等、ちょっと微妙なアイテムである。とりあえず、何か効果があれば儲けもんだと片っ端から入れる。あまり入れ過ぎるとやばいのではないかとも思うが、ここは勢いだ。
「それでは合体魔法を発動する」
ハビエルが両手を合わせる。赤い光が現れ、それがだんだんと大きくなる。それを壺にこすりつけた。火による熱と一緒になって、壺が赤い光に包まれる。
「おお……これはうまくいきそうだ」
安定した赤い光に壷全体が包まれる。失敗するときは急激な変化が起こって大抵爆発する。まずは安定した状態で少しずつ変化していくことが成功への第一歩なのだ。
この状態で3時間が経った。ハビエルは期待を胸に壺の蓋を開ける。三本セットのレイピアが一本になっている。しかも形状が変わり、元のものよりも数段に高価な感じがする。
「ゲロゲロ……全体から魔力を感じるでゲロ。これは大成功でゲロ」
「うまくいきましたでケロ」
「う~ん。何がよかったのだろうか」
ハビエルは成功の原因が分からない。ゲロ子が手当たりしだいに入れた魔法アイテムの効果とも思えたが、大抵は合体の過程で魔法の力は消え失せてしまうのだ。だから、ゲロ子の好きなようにやらせたのであるが、計算しても成功の原因が特定できない。あるとすれば、3本のレイピアの相性のよさというところであろうか。元々、それぞれのレイピアには隠された力があり、単独では現れなかったのだが、それが合体することで表に出てきたと考えれば納得がいく。
「これは形状から、エスパダ・ロペラでゲロ」
ゲロ子がレイピアを鑑定する。『エスパダ・ロペラ』とはスペインにおいて発達したレイピアのことである。レイピアは元々、フランスが発祥の地であったがフランスでは普及せず、隣のスペインにおいて発展する。スペインでは『エスパダ・ロペラ』と呼ばれ、やがてイタリアやドイツにも広がっていったのだ。
「主様に報告するでゲロ」
ゲロ子は右京を呼びに行く。あの買い取ったレイピアを勝手に実験材料にしたと聞いた右京は、最初は呆れ返った、見事に魔力を帯びたレイピアが出来たと聞いて見に来た。ハビエルから受け取ったレイピア、『エスパダ・ロペラ』は右京の目にも満足がいくものであった。
「ゲロ子、結果オーライだったな」
「ゲロ子は何をやっても成功するでゲロ」
「いや、お前のおかげじゃないだろ。ハビエルさん、よくやりました。これなら前のものよりも売れると思います。柄の造形なんかは前よりも豪華で気品があります。貴族の収集家に見せれば欲しがるでしょう」
「たまたま、上手くいっただけです。素材が良かったんだと思います」
「で、魔力があるとのことだが、ゲロ子、どんな力があるのだ?」
「それは謎でゲロ」
「はあん?」
「わからないでゲロ」
「お前なあ……」
右京はゲロ子の両ほっぺたを摘んでグリグリする。どんな効果かわからないのであれば意味がない。
「痛いでゲロ。ゲロ子をいじめないでゲロ」
「早く突き止めろよ。まあ、大した効果はないかもしれないけど、ないよりはマシだ。魔法剣なら、プラス要素が加わって高く売れるからな」
「クロアなら鑑定できるのではないかでゲロ」
ゲロ子の魔力感知は魔法の武器かどうかだけしか分からない。その効果がどういうものかは、専門家でないと分からない。もしくは、実際にその力を使ってみることだ。右京は『エスパダ・ロペラ』を鞘から抜いて振ってみたが、別に何も起こらない。
「右京様、お店にお客様がいらして、右京様を呼んでいます」
そう従業員のハンナが右京を呼びに来た。何だか、とても身分の高そうな客で、右京を名指して呼んでいるそうだ。右京はハビエルにお礼を言うと、エスパダ・ロペラを持って店に戻る。店のソファに偉そうに腰掛けている青年がいる。身なりはかなり派手。高級な生地で仕立てたシャツに金糸で仕上げた上着。羽飾りがゴージャスな帽子を付き人に持たせている。銀髪を油でびっちりと固めたオールバックのイケメン。これぞ、貴族のおぼっちゃまといったあまりいい印象をもてない顔である。
「お前が伊勢崎右京か?」
「はい、左様で」
「ふん。武器の買取りなんてチンケな商売している男と聞いていたが、商売が商売なだけに、実に冴えない地味な男だな」
「主様、地味と言われているでゲロ」
「うるさい」
右京はこの若いくせに態度がでかい青年を観察する。身なりからしても金持ちだろうが、ものの言いようからしてかなり身分が高いと予想した。そこでわざとへりくだって名前を尋ねる。こういう場合は、相手を持ち上げていい気分にしてやるのだ。
「どちら様でしょうか? かなりの高貴な身分のお方とお察ししますが?」
「よくわかっているではないか。我こそは、モンデール伯爵である。王位継承権第6位の王族であるぞ」
(何だ、6位じゃないか……)
右京は心の中で舌打ちした。王位継承権をもつクロアやステファニーと親しく接しているだけに、彼女らよりも下位の者に偉そうにされてもピンと来ない。偉そうにされればされるほど、滑稽に思えてきてしまう。それにモンデール伯爵といえば、この前のクーデターの首謀者だとも、クロアの暗殺を陰で企てているなどの噂を聞く。右京としては、あまり好ましくない人物である。
「で、その6位の下っ端貴族様が、主様に何の用事でゲロか?」
ゲロ子が言ってはならんことを口に出す。モンデール伯爵の顔が真っ赤になる。まるで、茹でたタコのようである。ついでに頭の上には煙が上がっている。
「無礼者め! 平民が王族に口を聞くのも汚らわしいのに、妖精ごときが我を馬鹿にするとは! 躾がなっていないぞ」
「はあ、すんません」
右京も正直、めんどくさいと思う。が、ゲロ子のように無礼な言葉を言うほど大人気ないことはしない。ここは適当にあしらって早くお帰り願うことにする。
「それで、モンデール伯爵様はどんなご用事で?」
「ふん。どうやら、ステファニー殿下は来ていないようだな? 行政府にもいないのでここにいるかと思ったが。まあ、こんな汚いところに王女殿下が来るはずがないか」
(ちっ……。言いたい放題だな、この男は!)
「王女様がこんなところにいらっしゃるはずがないでしょう」
「我は知ってるぞ。王女殿下が、お前と親しくしているということを。もちろん、王女殿下の気まぐれだろうがな。右京よ、もし、ステファニー王女殿下が来たら、すぐに連絡せよ。我はこの町のイスファン侯爵邸に滞在している」
そう一方的に言うとモンデールは、付き人に持たせた羽飾りの帽子をかぶり、これまた、ゴージャスなマントを羽織って、外に待たせてあった馬車に乗り込んだ。どこまでもキザったらしい嫌な奴だ。
「ゲロ子、塩まいておけ」
「もうやってるでゲロ」
ゲロ子が塩をまいていると、灰色のマントにすっぽりと身を包んだ女性が二人が近づいてきた。その一人が右京を見つけると、マントを脱いでその胸に飛び込んできた。
「右京、助けてください」
「ティ、ティファ?」
抱きついてきたのはステファニー王女であった。




