退職金は現物支給です
武器の買取り『伊勢崎ウェポンディーラーズ』には、ありとあらゆる武器が持ち込まれる。それを見極めて正当な評価をし、適正な値段で買い取るのが商売だ。
買い取った商品はすぐに転売するのではなく、付加価値を付けて売る。ここに右京の利益を生み出す仕組みがある。利益を得るためには、付加価値を付けるアイデアが不可欠なのだ。
できるだけ高く買取り、そして高く売ることが商売の秘訣であるが、どんなに右京がよいと思った品でも高く買い取れない品も存在する。それは需要と供給のバランスが悪い商品で見た目はよくても、不人気で買い手が見つからない武器も存在するのだ。そういう武器は、アイデアだけではどうにもならない。
今日もそんな人気のない武器が持ち込まれた。買取り担当のネイが品物を見て、ちょこっと首をかしげる。ネイは銀髪ショートカットのハーフエルフの娘だ。もうすぐ15歳になる少女であるが、弓の腕は超一流。黄金の左指は、なんでも掠め取ることができるという特技をもつ元シーフだ。
今は右京に弟子入りして買取りの窓口担当スタッフとして働いている。カジノの女性ディーラーのようにシャツに蝶ネクタイ、赤いベストにタイトなスカートとスタリッシュな服装で、儚げな容貌が加わって、誰が見てもビジュアルは美少女なのであるが、口を開けばババくさい語尾が残念なハーフエルフの少女である。
今回持ち込まれた品は『レイピア』だ。レイピアは刺突専門に作られた細身の刀剣である。全長は90cm程で身幅は2cm程度。重さも2kg弱と軽量の武器で刃はあるものの突き刺すことを専門とする武器である。レイピアの語源はフランス語で『エペ・ラピエレ』から来ていると言われる。エペは剣を意味し、ラピエレは刺突を意味するので突き刺す剣という意味がレイピアにはある。
レイピアは相手の攻撃を受け流して反撃するという使い方が必要で、そこからフェンシングという剣術が生まれるのだ。この世界でもフェンシングは貴族階級の嗜みであり、貴族の間の競技や決闘で行われていた。レイピアはそこで使われる武器なのだ。
右京が相手をする冒険者にはレイピアを使うものはあまりいなかった。細身の刀身はモンスターの戦いで折れる可能性もあり、冒険者自身が貴族階級で気取った人間でない限り、あまり選択するような武器ではなかったのだ。つまり、レイピアはこの世界では需要があまりないという種類に属するのだ。
(う~ん。困ったのじゃ)
ネイは並べられ三本のレイピアを眺めてどう査定して良いか悩んだ。右京はネイに1000Gまでは裁量権を与えていた。日本円で50万円相当にあたる。15歳の女の子に任せるには大きな額であるが、これはネイを買取り人として鍛えるためでもあった。
自分が買い取った武器がそれより高く売れて、店に利益をもたらせばよい買取りをしたということになり、その逆なら大いに反省しなければならない。これまでのネイの買取り実績はよく、まだ15歳ながら戦力になるので、右京は期待してある程度の金額を任せていたのだ。そのネイが迷った。
貴族が使うだけに豪華で美しい造形である。三本とも装飾が複雑で絵には彫刻で神の使いのサルが描かれている。同じ造形であると考えるとこれは3本セットの武器であると思われた。レイピアは貴族しか買わないので、通常の武器屋には置いていない。よって市場での値段が把握できないのだ。貴族はお抱えの鍛冶師に作らせるか、特別注文で発注するので値段がまちまちなのだ。それこ1000Gから10000万Gまでピンからキリまであるという。
「お客様、ちょっと待つのじゃ。店長を連れてくる」
そうネイは持ち込んだ客に断って、店長兼オーナーの右京に助けを求めることにする。適当に値段を決めて買い取ることもできたが、不思議な感覚をレイピアから感じ取っていた。これは右京に見せる案件だと思ったのだ。
「レイピアか? それは難しいな」
右京は相談を受けてネイにそう答えた。レイピアの顧客は貴族である。先程も書いたように貴族は新品を自前で発注するために中古品など買うという風習がないのだ。普通に店に並べていても簡単には売れないだろう。これは直接、貴族に見てもらい売るしかない武器なのだ。
「ゲロ子なら、そんなの買わないと言うでゲロ。どうしてもだったら、1Gで買うというでゲロ」
ゲロ子はそうネイに言った。ゲロ子は商売には厳しい。大雑把な奴であるが儲からない話には絶対乗ってこない。レイピアからは金の匂いがしないのであろう。
「ゲロちゃん、それは売りに来たお客さんがかわいそうじゃ……」
「かわいそうではないでゲロ。かわいそうなのは売れない品物を仕入れる主様でゲロ」
「まあまあ、二人共、そこまでだ。実際に見てから判断しようじゃないか。ネイも相談に来たということは、何か気になってのことだろう」
「そうなんじゃ。普通のレイピアみたいだけど、何だか気になるのじゃ」
そうは言ったものの、右京もこの時まではゲロ子寄りであった。どんなに新品時には高くても売れなきゃ、買取り金額は厳しい。この辺は商売人としてはシビアに査定しないと、あっという間に店は潰れてしまう。それでも買い取るならゲロ子の言う1Gはさすがに失礼なので、武器屋と同じ100分の1で買い取るという方法もある。
「とりあえず、売主に会って品物を見てみよう」
右京はゲロ子とネイを連れて買取りカウンターへと足を運んだ。売主は老人である。およそ、レイピアにはふさわしくない日に焼けた小柄な爺さんである。
「店主の右京です。今日は武器を売りに来ていただきありがとうございます」
右京はそう挨拶して、老人に右手を差し出した。老人もおずおずと手を差し出す。
「ローデスといいますのじゃ」
右京は老人と握手して、その手にタコがたくさんあるのに気付いた。日に焼けた顔と両手のタコ。野外で働く庭師か、清掃夫だろうと予想した。
「まずレイピアを見せてもらいますね」
右京は三本のレイピアが収められた箱を見た。かなり年代を感じる木の箱にそれは収められており、箱の表面に彫られた紋様は名のある貴族の家紋であり、かなりゴージャスであった。そして中に入っていたレイピアも一目見ただけで、なかなかの代物だと思った。
「三本ありますが、それぞれ特徴がありますね。1本はレイピア。もう一本はエペ。最後の一本はフルーレ」
右京は勉強熱心で武器についての研究を常に欠かさない。細身の剣の代表格であるレイピアには種類があることを知っていた。エペとは貴族が決闘用に作りだした剣で、刀身だけを見るとレイピアと区別がつかない。だが、ちゃんと区別がある特徴があり、見分けるのは簡単だ。
エペの外見的特徴はカップガードと呼ばれる半径状のガードがあること。そして、柄がレイピアと比べて長いことが挙げられる、柄が長いことでパメル(柄頭)で釣り合いを取る必要がないのだ。フルーレはエペと外見はよく似ていて、エペよりは軽量に作られている。これは剣術の練習用に作られたもので、練習で使うために剣先は丸くなっているのが特長だ。
「これは貴族様の競技用のセットですね。箱に書いてある年号が正しいとすると、55年前のものと思われます。装飾のデザインから見てもそのくらい昔のものですね。一体、どうやってこれを手に入れましたか?」
さりげなく右京は聞いた。目の前の老人はどう見ても貴族ではない。このレイピア3点セットとはどう見ても縁がない。人の良さそうな老人なので盗んだということは考え難いが、入手方法が疑わしい場合は買取りすること遠慮している。
そんな右京の遠まわしの質問に腹を立てることもなく、老人は話し始めた。
「これはのう。わしが長年働いていたフレーゲル伯爵家から頂いたものですじゃ。わしは15歳で庭師としてお仕えし、今年で60年になりますのじゃ。体力も衰え、またフレーゲル伯爵家も経済的に苦しいということもあって、昨日で仕事を辞めたというわけじゃ」
老人が説明するには長年働いたことに対して、退職金を出したいところだが、経済事情がそれを許さず、代わりに先祖代々の持ち物の中からこれをくれたという。売って退職金にしなさいということらしい。
「聞かなきゃよかったでゲロ」
ゲロ子はそう言って右京の顔を見た。この人がよい主は、そんな話を聞いたら高く買い取ってしまうに違いない。全く面倒な主人なのだ。もちろん、高く買い取ってもそれ以上で売ってしまうこともゲロ子は知っている。
「なるほど……。見させてもらいましたが、これは思っていたよりもいいものだと思います。特にこのレイピアは何か特別な感じがします」
右京は考えた。そして紙に査定額を書く。それを見ていたネイが驚いた顔をした。(本当にいいの?)という表情である。
「ネイ、お客さまに買取り額を表示しなさい」
「わ、わかったのじゃ」
ネイは老人の方に向き合った。形のよい口が査定額を告げる。
「全部合わせて、3000Gで買い取るのじゃ」
「ふぇえええええっ……」
老人は尻が浮いた。75歳の老人にしてはリアクションがいい。これは予想外の査定結果である。一番の高値がレイピア。これが1900G。エペが700Gでフルーレが400Gという査定結果だ。
老人は入れ歯が落ちるのではないかというえびす顔で、ネイから100G札を30枚受け取り、帰っていた。今日は孫と息子夫婦を連れてご馳走だと、年甲斐もなくはしゃいでいた。そんな嬉しそうな様子を満足そうに眺めている右京に、ゲロ子が不満顔で文句を言った。
「主様はいつから高齢者福祉に、気を使うようになったでゲロか?」
「ゲロ子、お前の言いたいことは想像できる。だがな。お客様が年寄りだろうが、若かろうが俺の査定はブレない」
「そうでゲロか? あのジジイの退職金だと思って大盤振る舞いしたのではないでゲロか? あんな年寄り、明日にでも死ぬかもしれないでゲロ。大金を持たせるのはよくないでゲロ」
相変わらずゲロ子は口が悪い。お客さんをじじいとか、暴言をはいている。これは教育的指導だと右京は思った。
「ゲロ子、久々に伊勢崎ウェポンディーラーズの社訓を言ってみろ!」
「主様、それは毎朝、全従業員で言ってるでゲロ」
「お前はいつも口パクだろ!」
「なんで知ってるでゲロか?」
「ゲロ子、気を付け!」
ビシッと気を付けをするゲロ子。次の命令で「休め」再び「気を付け」をしてから、手を後ろに組む。毎朝、伊勢崎ウェポンディーラーズの従業員全員にやらせている朝礼の風景である。
「売る客、買う客、みんな満足、得をする。冒険者の強い味方。伊勢崎ウェポンディーラーズでゲロ」
「ゲロ子、明日から口パクしたら罰金だからな」
「ゲロゲロ……分かったでゲロ。それにしても、主様は何を根拠にこれを買おうと決めたでゲロか?」
「俺もネイと一緒でなんか感じるものがあるんだよな。このレイピア。何かわからんけど。ゲロ子、お前も感じないか?」
「全く感じないでゲロ」
「お前なあ……」
「装飾は立派でゲロが、魔法が付与されてはいないでゲロ。普通のレイピアだとゲロ子は思うでゲロ」
「まあこれは、商売人の勘みたいなものだな」
右京はそう言ってレイピアを眺める。これは特に改造を加える必要はないと感じていた。カイルに注文して磨いてもらうだけだ。これを必要とする人物が必ず現れるのではないかという根拠のない勘である。
「ヤレヤレでゲロ」
ゲロ子の心配はこのレイピアが売れないことよりも、また厄介な人間や出来事に絡まれないかということであった。




