俺の相棒はやっぱりゲロ子だ
長かった13話。 8万字もいっちゃいました。
「ゲロ子、どうした、お前らしくないぞ。目を開けろ」
「主様……。ゲロ子は主様が見えないでゲロ。真っ白でゲロ」
「そんな、死ぬなよ、ゲロ子。妖精は不死身じゃないのか!」
ゲロ子を手のひらに乗せて必死の叫ぶ右京。周りにはなんと声をかけてよいか分からない仲間。クロアがそっと右京の肩に触れた。
「ダーリン、ゲロ子の精霊力が失われつつあるよ。今すぐこの状態を凍結する」
クロアの両手が青色に光る。そしてゲロ子を両手で覆う。停滞の魔法をかけたのだ。これは一種の時間を止める魔法で、怪我をして治療を一刻も早く行わねばならないときなどに使う魔法だ。
ゲロ子の体から抜けていく精霊力の流出を止めたのだ。もし、精霊力がなくななってしまうと妖精は体を維持できなくなる。それはすなわち、消滅を意味するのだ。
「そうだ、ホーリー。回復魔法を。回復魔法をかければ治るんじゃないか?」
そう懇願する右京にホーリーは悲しそうに首を振った。
「ご主人様。わたくしたち妖精には、神聖魔法の回復は効果がありません。先輩は……」
そうゲロ子を見つめるヒルダの目から涙が幾筋も流れていく。クロアの両手の光がゲロ子を包んだ。ゲロ子の呼吸が落ち着いてきた。
「大丈夫だよ、ダーリン。間一髪で停滞の魔法が間に合った。数%だけど精霊力は残ったよ。これで帰って妖精の卵へ入れれば、ゲロ子の命は助かるよ」
「そ、そうか。よかった、よかった。クロア、ありがとう、本当にありがとう」
自然と右京のほおを伝う涙。安堵の涙である。それを右袖で拭って右京は笑顔を見せた。周りの仲間もほっと胸をなで下ろした。
「でもね、ダーリン……」
クロアの表情は暗いままだ。命が助かってよかったという雰囲気ではない。クロアの様子に右京は恐ろしい予感がした。
「な、なんだ、クロア?」
「ゲロ子は生き返るけど、精霊力をほとんど失ったので、目覚める時には全くの別の妖精に生まれ変わっているかもしれない。いいえ、失った量を考えると全く別の妖精になっていると思う。そしてダーリンのことは全て忘れている……」
クロアが説明するには、元のゲロ子に戻る確率は数%ほどしかないというのだ。どういうことか。右京は混乱する頭の中の整理をする。
ゲロ子の命は助かる。
だが、目覚めたゲロ子は全く別の性格の妖精になる。
あの口の悪い、金に汚いゲロ子がいなくなる。
もしかしたら、おしとやかな真面目な妖精になるかもしれない。
ちょっと恥ずかしがり屋の天然系の妖精かもしれない。
ツンデレ妖精かもしれない。
でも、それがゲロ子か?
命は助かってもゲロ子ではない。
「そ、そんな。ゲロ子!」
右京は目を閉じているゲロ子を見る。スヤスヤと呼吸を楽にして眠り続けているゲロ子。
「俺がこんな危険なダンジョンに来たばっかりに……。ゲロ子、ごめん。本当にごめん」
「ダーリン」
「右京」
「右京様」
「ご主人様」
「右京さん」
仲間は右京とゲロ子を取り囲んだ。いずれにしても、右京はそれを受け入れるしかない。ゲロ子の命が助かっただけでもいい。それが記憶を全て失ったゲロ子であっても、命さえ助かればいいと右京は自分に言い聞かせた。
「わんわん」
外を警戒していたクロが吠えた。一同が外に目をやると、コツン、コツンと歩いて近づいてくる人物がいる。荒廃した地下街に杖をついた老婆が歩いているのだ。白髪でサングラスをかけた小柄な老婆だ。
「マ、マダム月神……」
音子はそう老婆のことを呼んだ。音子をこの世界へ送り込んだ張本人の登場である。
「ふふふ……。久しぶりじゃのう音子ちゃん。わしの本当の名は違うがまあよいじゃろ。その呼び方で呼ぶがいいじゃろう」
そう言って老婆は立ち止まり、ポケットから赤い宝石を取り出した。それはこのダンジョンで探していたウルドの石である。
「ば、ババア、あんたのせいでゲロ子が……」
涙を拭って右京は立ち上がり、老婆を睨みつけた。ゲロ子のことで老婆を攻めるのはお門違いであることは承知していた。だが、今の右京にはやり切れない気持ちをぶつける先が他には見つからなかった。
「おや? わしのせいにするのかい? このダンジョンへ来たのはあんたの意思ではないのかのう。わしは強制しとらん。自分の過失で大切な仲間が傷ついたからといって、わしに当たるのは違うのではないかのう」
「……」
右京は黙るしかない。自分がなぜこの世界へ飛ばされたのか、その真相が知りたいからここへ来た。音子は元の世界へ帰る手段を見つけるためであった、それは右京や音子の都合であって、それに付き合ってくれた仲間を命を失う危険にさらしたのだ。そして結果的に相棒のゲロ子を失おうとしている。
「まあいいさ。お前たちはそれに見合ったものは手に入れた。この宝石は先ほどの敵を倒した報酬だよ。キラードールのドレスに縫い付けてあった。これで『混沌の意思』を封じる武器の一つが完成した」
老婆はそう告げた。右京が背負っているリュックサックから見える杖を眺めている。
「封じる……? この杖は時を戻す杖じゃないの?」
音子がそう老婆に詰め寄った。老婆はククク……と笑う。
「時を戻す杖か。そうじゃのう。あながち、間違ってはおらんわい。お前たち、この地下街はなんだと思う。これは幻でも作り物でもない。お前たちが住んでいた町の10年後じゃ。お前たちがこの世界で役割を果たさねば、いずれこうなる。すべてが無になるのじゃ」
「どういうことだよ、婆さん」
「まだここへ来るのは早すぎると思って、ベルダンディの石を手に入れられないよう邪魔をしたのだがな。強力な助っ人が仲間にいることが分かり予定よりも早く進めることにした」
そうマダム月神は説明した。音子や右京をこの世界へ送った理由。5年後にこの世界に『混沌の意思』といわれる魔王が現れる。その魔王はこの世界を滅ぼすばかりか、別次元にある右京たちの世界も滅ぼすというのだ。このダンジョンはその滅ぼされた世界を再現したもの。滅びて誰もいなくなった地下街が時を超えてここへ召喚されたというのだ。
「そんなバカな話は信じないぞ」
右京はそう叫んだ。音子も混乱して頭の中が整理できていない。
「信じるも信じないもあんたらの自由さ。だが、この世界であんたらが役割を果たさなければ、この世界もあんたらの世界も滅びる。これは規定事項じゃ」
「私たちの役割って何?」
音子はそう老婆に尋ねた。ここへ現れてここまで話したのだ。この老婆からできるだけ情報を引き出したい。そしてマダム月神はその期待に答える。
「お前たちの役割。それは混沌の意思を封じる5つの武器を探し出すことさ。その一つは3つの宝石を宿したその杖。『アスタロトの杖』じゃ。混沌の意志の回復手段を封じる杖じゃ。それがなければ奴は倒せない」
「アスタロトの杖って……。これはリセットロッドで私たちを元の世界へ戻すのではないの?」
「まあ、ある意味、リセットかもしれんのう。混沌の意思を倒せば、元の世界へ戻れる。時間もいなくなった時間へ戻れる」
「ほ、本当に……?」
音子に小さな希望がわいてきた。元の世界へ帰れるという希望だ。
「あんたは世界を冒険して、あと4つの武器を探すのじゃ。そこの商人の男は商売がてらに探せるじゃろう。そして混沌の意思を倒せる人間を集める。これは既に集めつつあるようだがな」
「話を勝手にすすめるなよ!」
右京がそう抗議しようとしたが、クロアが右京の上着の裾を引っ張り、耳元で囁いた。
「ダーリン。あのお婆さん、影がない。あれは人ではないわ」
マダム月神の姿がだんだんと薄れていく。そして、その姿は消え去った。後には静寂に包まれた右京たちの滅びた地下街の光景だけである。
暗闇のダンジョンから帰還して1週間が経った。今日はクロアに預けたゲロ子が帰って来る日だ。停滞の魔法で一命を取り留めたゲロ子が妖精の卵の中で回復して、出てくるのだ。だが、妖精力の9割を失ったゲロ子は元のゲロ子とは違うという。右京のことも忘れて性格も変わっているかにしれないというのだ。
妖精の卵を見つめる右京の気持ちは複雑だ。ゲロ子の命は助かったことにホッとする反面。全く違うゲロ子では、何か違うのではないかと心の中で整理ができていない。妖精の卵は人肌に温めると溶けて、中の妖精が解放される。その様子をキル子、ホーリー、ヒルダも固唾を飲んで見つめている。
「そろそろ、出てくるよ」
クロアが卵を見つめてそう右京に告げた。右京はごくんとつばを飲み込む。
(ゲロ子が別な妖精でもいい。生きているだけでいいじゃないか……)
そう強く思うことにした。あの口が悪い、金に汚い、主人の言うこと聞かない使い魔よりも性格がいいのになったら逆にいいじゃないか……そう自分に言い聞かせる。
卵のカラが溶けて中からカエルの着ぐるみを来た妖精が現れた。ゆっくりと目を開ける。その大きな瞳に輝きが徐々に戻ってくる。そのカエル娘は両手を高く伸ばした。
「う~ん。よく寝たでケロ。あれ? そこにおられるのはご主人様でケロか?」
ゲロ子じゃない優しい言葉遣い。違和感がある。それでも右京の心の中には嬉しさがあふれてくる。
「ゲロ子~。よく生き返った」
「あなた様がご主人様ですか。初めまして、わたしは……? わたしは名前がないでゲロ」
「ゲロ子だよ」
右京は優しくそう答えた。昔、このシチュエーションでゲロ子は文句を言った。最初から従順じゃない使い魔であった。そんなことが思い出される。
「ゲロ子ですか、素敵なお名前をありがとうございます」
丁寧に答えてぺこりと頭を下げるNEWゲロ子。
(こんなのゲロ子じゃない。優等生ぽいがゲロ子じゃない)
右京の中にこみ上げてくるものがある。グッと拳を握りしめて耐える。
その時だ。昼の休憩をしていたネイがソフトクリームを食べながら店に戻ってきた。ゲロ子のアイス屋の定番メニューだ。左手には女神団子の串まで握っている。NEWゲロ子はそれを見る。
「あ、ソフトクリームでケロ?……。団子……ケロ? 武器の買取り……ケロケロ?」
ゲロ子の耳にはカウンターで店の定員が、ジャラジャラと金貨やお札を数えている音も聞こえてくる。
「……金でゲロ。金の匂いは格別でゲロ」
「ゲロ? ゲロ子! 元に戻った?」
ゲロ子は不思議そうに右京の方を見た。そして維持の悪い笑顔を浮かべた。
「主様、何、泣いているでゲロか? 気持ち悪いでゲロ」
「ゲロ子~っ」
思わず両手でゲロ子を掴む右京。
「痛いでゲロ。両手でつかむなでゲロ。握り潰すなでゲロ」
「やっぱり、お前が一番だ~」
ゲロ子を両手で掴んでほおでスリスリする右京。それを嫌がるゲロ子。
「何だかやけるわね」
「まあ、右京に笑顔が戻るならあたしはいいかな」
「よかったです。右京様の心が晴れて……」
「ううううう……。先輩、良かったですうううう。元に戻ってよかったですうう……」
右京の様子を見ながらクロア、キル子、ホーリー、ヒルダはそう胸が熱くなるのを感じた。
店の外まで聞こえる喜びの声を聞きながら、旅立とうとする冒険者が2名。
「いいのか。右京君たちに挨拶しなくて? 音子ちゃん」
「別に……。このイヅモの町が私の本拠地。また、すぐに会える。ゲロちゃんも元に戻ったようだし。今は残りの武器を手に入れるのが先」
そう音子はオーリスを促した。音子はマダム月神に言われたこの世界を滅ぼす『混沌の意思』を倒す武器集めをすることに決めたのだ。それが自分の世界に戻る唯一の方法であり、そして、この世界と自分の世界を救う道なのだ。右京はマダム月神のことをまだ疑っていたが、音子は信じることにした。信じなければ何も始まらないからだ。
(海堂先輩。私は世界を守ります。そして、生徒会に必ず戻ります)
黄色い長いマフラーを引きずって、音子は勇者オーリスと旅立った。最近、ギルドで仕入れた伝説の武器の情報を確かめに行くのだ。
(第13話 完)




