エスタブリッシュ・オークション前夜祭
やっと本編だ。
どんなお話か忘れてしまった人多数かも・・です。
都であるアマガハラでは定期的にオークションが開かれる。特に貴族や選ばれたセレブのみが参加できる『エスタブリッシュオークション』と呼ばれていた。(のみ)と書いたが、それなりの人物の紹介状があれば、一般人も参加できるから参加資格は厳格ではない。
昨今、家柄が高ければお金があるわけではないからだ。身分が低くてもお金があるものを参加させなければ、オークション自体が成立しない。
もちろん、家柄も身分もない右京と音子がこのオークションに参加するには、推薦状がいる。オークション会場にやって来た右京は、入口でチェックするするドアマンに推薦状を差し出した。
音子と一緒に乗り付けた馬車は、町の乗合い馬車で他の参加者とは一線を画した。他の者は豪華に飾られた自家用馬車だから、その差は歴然である。顔パスで入れる参加者もいるが、当然ながら右京たちは身分証明書の提示を命じられる。
今日は明日行われるオークションの前夜祭パーティーだ。格式の高いオークションは、前夜にパーティーがあるのだ。これは駆け引きの場である。前日に他の参加者の懐具合や、何を狙っているのかを社交を通じて探り出すという場でもあるからだ。
「はい、これです」
右京は紹介状を差し出す。ドアマンは屈強な体を持つ大男だ。二人で不審人物をシャットアウトする役割を担っている。場合によっては力づくで、排除しなくてはならないのだ。
顔パスする馴染みの貴族には会釈しつつ、右京の紹介状に目を通すドアマン。どうせ、大した紹介上ではないだろうとタカをくくって読み上げる。
「なになに……。このお二人はわたくしの大切なお友達です。決して粗相のないよう要望いたします。この方たちの身元はわたくしが証明いたします」
「何だか偉そうな書きっぷりだな。誰だ、紹介者は?」
「うっ……」
「どうした?」
紹介状を読んでいたドアマンは紹介者の名前を見て言葉を失った。そこに書いてあった名前は信じられなかったからだ。名前はステファニー・ラ・オラクル。サインも便箋も本物だ。ステファニー王女のものだと分かった。
「し、失礼しました!」
慌てて右京と音子に頭を下げるドアマンたち。ちょっと面倒だったが右京と音子は中に入ることができた。会場は広い。用意されたオークション会場は大きなホテルの会場を借り切っているのだ。ホテル『ラ・パステル』王族も利用する5ツ星ホテルである。
「全く身分とか面倒ね」
音子がつぶやく。彼女は一応、淑女らしくドレスを着ている。小さい彼女にふさわしい黄色のパーティドレスだ。右京も一応タキシードを着ている。もちろん、二人共レンタルである。
「主様は浮いているでゲロ」
「うるさい」
先程まで姿を隠していたゲロ子がつまらなさそうに左肩に現れた。会場には貴族や金持ちたちがたむろし、思い思いに談笑をしている。また、明日のオークションで出品される品々がガラスケースに並べられている。
多くは絵画や彫刻である。パルセイロ伯爵家が売り出す品々もその中にあった。音子がその中にある青い宝石を指差す。ベルダンディの石である。それはペンダントになっており、金の鎖が付けられていた。
「明日の目玉はあの絵画。100年前の有名な画家が描いたものらしいわ。一番の高値が付くと言われている……」
音子はあらかじめ、ある程度の情報を仕入れているようだ。他にも目玉の絵画や陶器などの美術品があり、宝石の人気は高くない。会場に来ている客も注目は絵画で、ペンダントを欲しがっている素振りのある客はいなさそうだ。競争相手がいないなら、安く手に入る。
「音子。あのペンダント、いくらぐらいの価値があるんだ?」
「宝石の鑑定人に聞いたけど、高くても相場は5000G~6000Gくらい。明日のオークションは4000Gからスタートするらしい」
「ふ~ん。それで音子はいくら持ってるのだ?」
「5000G」
「へ?」
「5000G。それが私の全財産」
「ギリギリじゃないか?」
「それを超えたら、右京さんが出して」
「おいおい、俺だのみかよ。俺はあんまりお金持ってないぜ」
右京は両手を広げてお手上げのポーズをする。それを冷ややかに見る音子。
「あんなショッピングモールを経営していてお金無いなんてふざけている。あなたも元の世界に帰りたいなら協力するべき」
「いや、本当に持ってない。会社の金は自由にできないし、銀行には借金してる。個人的には3000Gってとこじゃないのかな」
右京はチラリとゲロ子を見る。ゲロ子は口笛を吹いて目をそらした。この件に関して一切、お金は出さないという態度だ。なんてケチな使い魔だ。
「意外とお金持ってないよね」
女子高生にそう言われると、何故かがっくりしてしまうのはなぜだ。それでも音子と合わせれば8000Gもある。宝石の価値から行けば十分な資金と思われた。周りの客の様子からも、あまり関心はなさそうだ。4000Gちょっとで落札できそうな感じである。
「ねえ。フランク~」
「なんだい、マイハニー」
甘ったるい会話が聞こえたきた。何だかイラっとする。
「わたし、あのペンダントが欲しい」
「あんなのちょっとデザインが古い気がしないかい、マイハニー」
「そんなことない~。ちょっとオシャレ~」
何だか頭が弱いギャルとおぼっちゃまみたいなイメージを抱いて、その会話の主を見るとイメージ通りのバカカップルがいた。派手なナイトドレスに宝石を散りばめた若いのに化粧が濃い女性。ちょっとくすんだ金髪の令嬢だ。容姿は若いのに、化粧が濃いところを見るとすっぴんは10人並というところだろう。男の方はブラウンの長髪をなびかせた、これまたキザな白いタキシードに勲章をいっぱいつけた青年である。顔はイケメンと言えなくはない。
まあ、10人並の令嬢とはお似合いな感じだ。その二人、ベタベタと体を密着し手を取り合って明日の出品物を見ている。
「右京さん、あれ、探りを入れといたほうがいい」
音子はそう言って右京の背中を突っついた。あのバカップルに話しかけて、情報を得ろということらしい。確かに明日の競合相手になりそうだ。
「初めまして。伊勢崎右京といいます」
右京はそう青年に声をかけた。急に話しかけられた青年は怪訝な顔をしたが、そこは社交界で鍛えられている。にっこり微笑むと青年は右京に名を名乗った。
「僕はフランク・ヒース子爵。王国陸軍竜騎兵連隊の副官をしています。イセサキと言ったけ? 君は何をしていますか」
「俺はイヅモの町で武器の買取り店を経営しています。」
「ほう? 武器の買取りねえ」
そう言ってヒース子爵は右京の顔をじっと見る。どこかで見た顔だと思ったのだ。
「ああ、思い出したぞ。この間のWDで出場して優勝した人じゃないか?」
右京、結構有名になっていた。ヒース子爵は右京の隣にいる音子の手を取って軽く甲にキスをする。貴婦人に対する礼儀だ。右京もやむを得ず、ヒース子爵の連れの貴婦人に同様のことをする。貴婦人はヒース子爵の婚約者グレース伯爵令嬢である。
「僕に話しかけてきたということは、君たちもあの宝石を狙っているんだね」
そうヒース子爵は右京に尋ねた。坊ちゃんのようで意外と勘が良さそうだ。変に宝石の価値がばれるとまずいと思った右京は、話を合わせることにした。
「実は俺の婚約者もあのペンダントを欲しがっていて、困っているのです」
音子が信じられないという表情で右京を見る。もちろん、右京が演技でそう言ったとは理解しているが、不機嫌になってくる感情は抑えられない。ヒース子爵はそんな音子の様子に気がつかないで、脳天気に話を続ける。
「おお、それは僕と一緒じゃないか。あんな古めかしいものじゃなくて、新しいのを町の宝石屋でいくらでも買ってあげられるのに」
どうやらヒース子爵は宝石をあまり気に入っていないようだ。これはチャンスである。ここでうまく説得してオークションから降りてもらうのが吉である。
「そうですよね。金の鎖も古めかしくて若い女性には似合わないと思います。さすが、子爵様はよいセンスをお持ちですね」
「ははは。君はうまいな。だが、お互い、婚約者には苦労しているわけだ。彼女が欲しいといえばそれを買うのは、惚れた男の使命というもの」
(おいおい……)
彼女なら説得しろよと右京は思う。音子はしかめっ面をしている。たぶん、心の中で子爵のことを(ウザッ!)と毒付いているに違いない。ついでに自分を婚約者と紹介した右京のことも心の中で(ウザイ)と毒付いたに違いない。
「お互い彼女には苦労しますね。あの宝石、見た感じ4000Gぐらいの価値しかなさそうですが」
「そうだね。結構な値段だ。だが、彼女が欲しいといえば、僕は5000でも6000でも出す覚悟」
「子爵は資金が豊富なようですね。うらやましいことです。子爵様はどれくらいの資金をお持ちですか?」
右京はそう際どいことを聞いた。普通は競合する相手にこんなことは聞かないし、相手は絶対言わない。だが、右京はこのお坊ちゃん子爵はしゃべると確信していた。
「豊富とは言っても、7000が限界なんだよなあ」
「それはすごいですね」
(こいつ、7000Gも持ってるんかい!)
子爵を表面的には持ち上げておいて、心の中でツッコミを入れた右京はまずいことになったと思った。子爵が婚約者を喜ばしたい一心で競ったら7000Gまでもつれ込むということだ。これは避けたい。
「子爵、あの宝石にはそこまでの価値はないですよ。それだけあれば、もっといいものが都の宝石店で選び放題です」
「そうだな。今日一晩、頭を冷やせばグレースも諦めると思う。飽きっぽい子だからなマイハニーは」
ははは……と笑う子爵。幸せな青年である。
「ウザイ男。こっちはその宝石がないと帰れない。軽い気持ちなら諦めるべき……」
小さな声でブツブツ言っている音子の口を押さえる右京。聞こえたら大変なことになる。子爵には聞こえなかったようで、右京に右手を差し出した。
「もし、明日、君と競るようなら正々堂々と戦おう」
「ああ、そ、そうですね」
右京もおずおずと手を差し出す。7000G近くまでは競りたくない。できれば、今晩にでも婚約者が宝石に飽きて欲しいと願う。
「イセサキ、戦友の君に教えておくけど、僕たちのライバルは他にもいるよ」
「え? 他にも?」
「ほら、あそこにいるおじさん。王立大学の教授。魔法学の研究をしているらしくて、触媒になる宝石を探し中。噂だとあの宝石を狙っているらしいよ。彼に買われたら、実験材料で粉々になってしまうね。あと、あそこにいる黒いマントをした人。バルフリー侯爵。宝石収集家でね。あの宝石を狙っているという噂だよ」
「ま、まじかよ~」
ライバルは多そうである。それぞれがどれくらいの資金をもっているかわからないが、オークションは波乱万丈の予感がする。
「主様、ヤバイでゲロ」
パーティで出される料理にかぶりついて、ゲロ子が言った。料理がすごくてやばいのか、オークションの行く末がやばいのか分からないコメントだ。




