最後は自爆するでゲロ
団子対決編…堂々の対決。
本編どうなった?
「さあ、職人の馬鹿ども。私のいうとおりに団子を焼け、どんどん売れ」
いい気になって命令するボリスを見ていた一人の職人が、隣の職人にこう尋ねた。
「なあ、俺たち、ボリスの下で働いていていいのか……?」
「ああ。俺もそれを思った。俺たちがしているのは、先代やマルクさんを裏切る行為じゃないだろうか」
「実は俺、ダグ爺に誘われたんだよ。アミカさんのところで働かないかって。どうなるかわからなかったので保留にしていたけど、あれだけお客に好評なんだ。やっていけるんじゃないか? アミカ奥様」
「それに客を騙す行為はこれ以上耐えられない。今日は元のように最高級の材料を使っているけど、普段は使わないだろ。常連客で味が分かる人はとっくの昔に離れている。こんなことしていちゃ、イヅモ団子はいずれ潰れる」
最初に不満を口にした職人が決心して、エプロンと帽子を外した。それをテーブルに置く。そして、トコトコと向いの店へと歩き出した。他の職人もその後に続く。
「おい、貴様ら何処へ行く? まだ、仕事中だぞ!」
「俺たち辞めます。アミカ奥様のところへ行きます」
「おい、待て、客が並んでいるんだ。どうするんだ?」
「ボリスさん、あんたも職人なら自分で働いたらどうだ。俺たちに命令するのではなく」
「な……。畜生め。去るなら去れ。馬鹿者め。後悔させてやる!」
7人もの職人が辞めてアミカのところへ行ってしまった。客がさばけず、今度は客の不満がボリスのところへ集中する。待てない客はアミカのところへ流れていく。慌てて自分も店に入り団子作りをするボリス。本店にも使いを出して手伝いを要請する。
「奥様。今まですみませんでした」
「許してください。奥様」
「いいのよ。みんな元気なようで嬉しいわ」
店にやって来た職人達をアミカは優しく出迎えた。職人たちは先代に教えてもらったこと、マルクと切磋琢磨して職人技を磨いたことを思い出した。そのマルクの奥さんであるアミカや本家の後を継ぐ子供たちを見捨てたのだ。こんな恩知らずなことはなかった。
「お前たち、先代やマルクさんへの恩を返すのは今だぞ。喋っている暇はないぞ」
ダグ爺がそう職人たちに激を飛ばす。「おう!」と職人達は団子作りに加わる。ダグやアミカの指示でどんどんと作業が進み、次々と団子が出来上がる。
「やっぱ、うめえわ!」
「これ最高だ」
「女神団子最高」
「いや、ヒルダ団子だろ」
「ヒル団子? いいネーミングだな」
最初にぶちかましたヒルダのCMが、よほど印象が良かったのだろう。客の間では『女神団子』とか、『ヒル団子』と名付けられてどんどんとクチコミで広がっていく。
「ボリス様、まだこちらには切り札があります。あれを投入をしましょう。それで向こうの評判は落ちて、こちらが一挙にラストスパートできます」
この危機に未来の番頭がボリスに進言した。そうだった。ボリスは思い出した。最後のトドメとして残しておいた必殺の策があった。昨晩、アミカのアパートに忍び込んで盗んだ秘伝のタレである。どういうわけか2つあったようで、向こうはそれを使っているようだが返って都合がいい。こちらもそのタレを使って売り出すのだ。
これぞ、1年寝かした秘伝のタレだと宣伝して売る。食べた客は、『ヒル団子』と同じ味だと気がつくだろう。そこで本家はこちら、向こうは模倣だ、盗作だと騒ぐ。こちらは老舗だ。客がどちらを信じるかは一目瞭然である。この終盤で向こうは客足が途絶え、こちらは一気に突き放すという作戦だ。早くしないと皿数では、ほぼ拮抗しており、逆転されてしまう勢いだ。
「よし、秘伝のタレを使うぞ。用意しろ!」
「はい。ボリス様」
「さあ、皆さん。注目してください!」
ボリスが大声を張り上げる。向かいに並ぶ客もボリスに注目する。
「我が100年の伝統を誇るイヅモ団子店が、新たに投入する新メニューです。普段お出ししている団子タレを1年間熟成し、味が深まった至高タレを仕上げに使った団子。名づけて『黄金団子』是非、召し上がっていただきたく、今ここで、限定100皿で提供します。さあ、早いもの勝ちだ~っ」
ここで100皿の差をつければ完全勝利である。客は一挙にボリスの方へ移動する。勝ったとボリスは思った。終了まで30分。この一手はタイミングバッチリの強烈な一撃である。自分の頭の良さ、経営手腕の優秀さにボリスは酔った。
「ゲロゲロ……。かかったでゲロ。自爆するでゲロ」
ゲロ子がほくそ笑んだ。勝利を確信した顔だ。ヒルダが不思議そうにゲロ子に聞く。
「あれ昨晩、先輩が作っていた秘伝のタレですよね。今朝、持ってないので不思議に思っていましたが」
「ヒルダ。商売の秘訣を教えるでゲロ」
「秘訣ですか?」
「相手が勝ったと思った瞬間に足元をすくうでゲロ。これが一番ダメージを与えるでゲロ」
そうゲロ子は意地悪そうに向かいのイヅモ団子店を見た。最初に買った客がテラテラと黄金色に輝く団子をほおばるのが見えた。そしてその1秒後……。
「げええええっつ……」
「かれええええっ……」
「死ぬううううう……」
食べた客はまるでドラゴンブレスを吐く勢いで団子を吐き出した。強烈な辛さ、殺人的な辛さである。とても人間が食べられる代物でない。次々と客は吐き出して、飲み物を飲む。舌と喉、そして鼻をひりつかせる強烈な痛みである。
「ゲロ子特製の激辛ダレでゲロ。辛さはドラゴン級でゲロ」
昨晩、ゲロ子が作っていたのはこれだ。メチャ辛いという唐辛子を粉にしてお椀に山盛り3杯。さらに辛いと思われる香辛料を山のように入れたスペシャルな一品だ。味見もせずに使う、ボリスのいい加減な性格まで見越したゲロ子の強烈な一撃だ。
「ぺっ、こんなの食えるか!」
「こんなもん、もったいぶって出しやがって」
「そもそも、前から感じていたけど、味に安定感がないんだよな」
激辛団子を食わされた客が怒る。そして、口々に不満を言い合って店の前がパニックになる。そして客は再び、アミカの方へ流れていく。
「そ、そんな! 待ってください」
必死で客にすがりつくボリス。その痛々しい姿がさらに客足を遠のかせる。最後の切り札『黄金団子』が満を持しての投入だっただけに致命傷であった。
「勝負あったな」
右京がそう宣言した。皿の数は圧倒的にアミカ&ヒルダ団子店が上回った。ラスト30分でついた皿の数は実に200。ボリスは一挙に逆転しようと集めた客をごっそり取られたことが響いた。
こうしてアミカ&ヒルダ団子は伊勢崎ショッピングモールに出店することが決まった。店名は『イヅモ女神団子』と名付けた。客の間では『女神さま団子』俗称『ヒル団子』と呼ばれて、イヅモの町の新しい名物として認知された。
イヅモ団子はこの失態で顧客を失い、熟練の職人も次々と退職してしまった。ボリスはすっかり信用を失ってしまい、小さな店を細々とやることになった。名実とともにイヅモ団子の100年の伝統は『イヅモ女神団子』に引き継がれたのだ。
「ふふふん、ふん」
団子屋の経営がうまくいってヒルダは機嫌がいい。共同経営者というか、女神団子店のイメージキャラとしてヒルダの名声は高まった。女神さま降臨の絵が店の看板に掲げられてみんながヒルダの美しさを称え、秘伝のタレでベタベタの団子を美味しくほおばるのだ。
まさにイメージどおりの展開。ヒルダはゲロ子が団子を食べているところのに出くわした。10本も食べたようで食べた串が足元に置いてある。
「あれ? 先輩。今日もお団子食べてくれているのですか? よくお金が続きますね。」
「美味しいでゲロ。これはイヅモの新名物でゲロ」
「そうですよね。これでわたくしも先輩と並んで商売もできる使い魔としてご主人様に愛されるのですううう……」
自分で自分を抱きしめるヒルダ。妄想中なのであろう。ゲロ子はそんなヒルダを見てほくそ笑んだ。ヒルダは知らない。ゲロ子が成功を約束する代わりにアミカと結んだ約束を。
(ゲロゲロ……。ゲロ子がタダで協力するわけないでゲロ)
ゲロ子のポケットには『一生タダで食べられるカード』が顔を出していた。あと、コンサルタント料で、1年間、団子1本売れるにつき、銅貨1枚がゲロ子に入る仕組み。団子は1本銀貨1枚だから、実に10%もの利益がゲロ子の懐に入るのだ。
暴利貪り過ぎな感もあるが、店が軌道に乗ったのはゲロ子のおかげだ。アミカと子供たちが人並みの暮らしができるようになったのもゲロ子のおかげと言える。これくらいの利益は許されるであろう。
アミカは貧しかった頃のことを忘れず、今もホーリーの教会の子供レストランに毎回欠かさずボランティアに参加している。名物の団子も恵まれない子供たちに振舞われているという。
「めでたし、めでたしでゲロ」
「なんか素直に喜べないな。俺としては、名店をショッピングモールに出店出来たけど」
「私が教えたことでお金儲けするなんてちょっと複雑……」
アマガハラの都へ向かう馬車の中で事の顛末を聞いた右京と音子は、ゲロ子のしたたかさに空いた口がふさがらなかった。
「儲かったでゲロ」




