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老舗の味

何だか料理の物語の様相を呈してきました。

本編に行くまでの番外編ということで……。



「話はだいたい分かったけど、結局、ヒルダがアミカさんと組んで団子屋をやりたいってことか?」


 右京はヒルダの話を聞いてちょっと困った顔をした。アミカという女性と子供たちのことはかわいそうだとは思ったが、商売となるとリスクが伴う。慈善活動で行う商売が成功するのは難しいのだ。


「それは無理でゲロ。失敗するでゲロ」


 ゲロ子がヒルダの提案をぶった斬る。ゲロ子にしてはまともな意見である。ゲロ子はアイス屋を経営して繁盛させていたから、意外と商才があるのだ。


「イヅモ団子に対抗しても勝てないでゲロ。まずは知名度が圧倒的に違うでゲロ。向こうは100年の伝統があるでゲロ。それに味は落ちたとは言っても十分に美味しいでゲロ。客が離れていないのは味に魅力があるからでゲロ。世の中、所詮は知名度でゲロ。中身がイマイチでも馬鹿な客は噂だけで買いに来るでゲロ」


「おいおい、ゲロ子。それは言いすぎだぞ」

「世の中、本物がわかる人間は少ないでゲロ」

「ひでえな、ゲロ子よ!」


「うううう……」


 ゲロ子のまともな意見に言い返せないヒルダ。そんなヒルダの姿を見て調子に乗るゲロ子。


「そもそも、ベタベタ、ねちょねちょの団子とヒルダはイメージが合いすぎて気持ち悪いでゲロ。ゲロ子はそんな団子は食べたくないでゲロ」


「先輩、それはひどいですううう……。わたくしのどこがベタベタ、ねちょねちょなんですか!?」


 ゲロ子は一枚の写真を見せる。昨日、撮った写真だ。ヒルダが店のショーウィンドゥに顔をくっつけて右京を見ている写真だ。小さいので虫眼鏡で見てみるとガラスに顔をくっつけて店の中を見ているヒルダの顔が分かる。その顔はまさに『ベタベタ、ねちょねちょ』である。


「いい加減、主様にベタベタとまとわりつくのはやめるでゲロ」


「失礼です! わたくしのご主人様のことを思えばの行動です。わたくしは1日24時間のうち、20時間はご主人様のことでいっぱいなのです。スキスキスキ……ご主人様」


 ヒルダの脳内を見ることができたら、おそらく99%は「右京LOVE」の文字で占められると思われる。右京大好き病にかかった痛いバルキリーなのだ。


「ゴホン……。まあ、その話は置いておいてだ。ヒルダ。やっぱり、相手がいくら卑劣でも団子の味対決で勝つのは難しいと思う。腕利きの職人も多いだろうし、今でもお客が逃げないところをみると味も悪くはないのだろう」


「世の中、所詮は金がある方が勝つでゲロ」

「ゲロ子が言うと身も蓋もないな……。どうだろう、そんな冒険をしないで、アミカさんにはショッピングモールで働いてもらって、子供たちとの生活を立て直すというのは?」


 右京はそうヒルダに提案した。店を乗っ取った現在の経営者ボリスについては、正直好感はもてない。しかし、法的に問題がないなら、右京にはどうすることもできないのも事実だ。


 アミカさんの話は気の毒ではあるが、今の生活から抜け出すために少しでも収入が多い職に就くのがよいだろうと思ったのだ。今なら、伊勢崎ショッピングモールは業務拡大中で人手が欲しい。子供たちのために必死で働く女性なら、大歓迎なのだ。即採用で自分の武器買取店で働いてもらうこともできる。


「いいえ。ご主人様。この件に関しては、アミカさんと子供たちの生活を良くするためだけではないのです。これはイヅモ団子の復活、若くして亡くなられたご主人のマルクさんの意思を継ぐということもあるのです。汚いことをして店を乗っ取ったボリスへの正義の鉄槌を下さなくてはいけないのです!」


 さすが不正を許さないバルキリーのヒルダである。もちろん、その思いの中に数%はゲロ子に対抗するという邪な考えが入っているのは誰も知らない。ヒルダも正義の旗印に酔って、当初の目的を忘れつつあった。


「う~ん。じゃあ、こうしよう。1週間後にショッピングモールの開店イベントがある。そこでイヅモ団子と食べ比べるっていうのは? イヅモ団子よりも人気になったら、ショッピングモールに出店してもらおうじゃないか。資金援助はするよ」


 そう右京は提案を出した。2店で競合させてショッピングモールに来たお客に食べてもらうのだ。イベントとして盛り上がるし、もし、ヒルダとアミカが勝ったらすごい宣伝になる。新しい名物としてショッピングモールの目玉になるかもしれない。もちろん、その可能性はひどく低いとは思うが。


「分かりました。ご主人様。1週間後の勝負でイヅモ団子をコテンパンにしてあげます」


 ヒルダはそう宣言した。




 宣言はしたものの、イヅモ団子に対抗するものを作るのは容易ではない。ヒルダはアミカと一緒に、まずはマルクが残してくれたレシピで試作品を作ってみた。材料は小麦粉・片栗粉・砂糖・水である。団子なので白玉粉で作るのかと思ったら、なんと主原料は小麦粉である。みたらし団子を知っている右京や音子が聞いたら驚いたかもしれない。


 温めながらダマにならないように混ぜ合わせ、丸めて団子にする。それに串を差して焼く。団子に塗るタレはマルクが残してくれたオリジナルがあるが、まずは団子ということで適当に作ったタレを塗って、イヅモ団子と食べ比べてみる。


「う~ん。これは比較にならないです……」

「お父さんのお団子と違う」


 食べ比べで連れてきたホーリーはそう意見した。アミカの子供たちもだ。子供たちは1年前まで毎日のように団子を食べていたので、父親の作る団子の味が染み付いていた。ホーリーはどれだけでも食べられる無限胃袋の持ち主だから、味見役にはぴったりだとヒルダが連れてきたのだ。


 試作品はイヅモ団子のなめらかさに程遠いのである。タレは適当に作った奴だから、総合力では最初から劣るとは言え、団子自体の食感から足元にも及ばないのだ。これはこの後に水の量を変えたり、こね方を工夫したりして何度も試作したがイヅモ団子には及ばないのだ。


 ただ、現在のイヅモ団子がマルクの作っていたものと全く同じかというと、そうでもなくてわずかにモチモチ感や香りが違うとアミカは感じていた。だが、そのオリジナルではない現在のイヅモ団子の味にも及ばないのだ。


「何が違うのでしょう?」


 ヒルダはアミカにそう聞く。アミカは店には出ていなかったとはいえ、団子屋の妻としてマルクが作る団子を食べてきたのだ。何か感じるものがあるはずだ。


「やはり、職人の手によるこね方の差だと思います。主人はいつも技の修練が味を左右すると言っていましたから……」


「う~ん。それだと戦う前から降参するしかないです。ベテランの団子職人のような技はわたくしたちにはないですし……」


 そんな試作品を作っているアミカたちのところへ、1台の馬車が止まった。頭が禿げ上がった恰幅の良い男だ。顔はブルドックのように皮が垂れ下がって憎々しい感じもするが、ひょこひょこ歩く姿はユーモラスでペットの犬と思えば可愛いと思う人もいるかもしれない。男は付き人を従えて、アミカの住むボロボロのアパートにハンカチで鼻を覆いながら入ってきた。目には住む住人を侮蔑する光が宿っている。


 トントンと叩かれたドアを開けたアミカはその男を見て、ポツリと男の名前を口にした。


「ボリス……さ……ん」

「久しぶりですな。奥様」


 そうボリスはアミカの頭のてっぺんからつま先まで舐めるように見る。そして、クンクンと鼻を鳴らして匂いを嗅いだ。これはアミカの匂いを嗅いだのであるが、部屋から匂う団子に匂いも嗅ぎ取った。


「こんな汚いところでお暮らしになっていらっしゃるとは惨めですな。あの時、わたしの提案に乗って頂ければ、こんな惨めな暮らしはさせなかったのですがね」


 そうボリスはアミカを哀れみの目で見る。ボリスは先代から仕える団子職人で年は50を超える。イヅモ団子でもベテランの職人であった。先代が亡くなった後にはマルクの右腕で働いてくれたこともあり、一番信頼していた人物であったのだ。それがマルクの事故死で豹変して、あっという間に店の権利を奪い取ったのだ。


「そのお話はお断りしました」


 アミカはきっぱりとボリスに言ったが、ボリスは残念そうにアミカに告げる。


「奥様には一度断られましたからね。もう未練はありませんよ。今は別の女に結婚を申し込んでいますからね」


 そうボリスは言った。ボリスは店の権利を奪い、アミカと子供たちを追い出した時に、アミカに言い寄っていたのだ。自分と再婚しないかという話だ。もちろん、そんな屈辱的な申し出にアミカがよい返事をするわけがない。しかも、ボリスはマルクとの間にできた子供は施設に入れろとひどい条件をつけてきたのだ。母親としても承諾するわけにはいかない。


「それではなぜこんなところへ来たのですか?」


「ふん。奥様の惨めな暮らしを見ることもありましたが、1週間後のショッピングモールの開店イベントで我がイヅモ団子と同じ団子を売る店があると聞きましてね。相手が誰だと思ったら、奥様じゃないですか。これは驚きました。結婚以来、店に出て仕事も把握をしていなかったあなたが団子作り? これはひどい冗談だ」


「……わたしは主人の仕事を誇りに思っています。子育てで忙しく、店にはあまり出なかったのはいけなかったと思います。でも、味の伝統は受け継いでいるつもりです。子供たちも主人の作る団子の味を受け継いでいます」


「ふん。何が伝統だ。要は売れなきゃ意味がないんだよ。客の好みにあった品物を作って売る。利益が出なきゃ、店は潰れるんだよ。多くの職人はそこがわかっているから、今も私の下で働いているのだ。今の奥様とわたしの差がそこだ。元貴族のお嬢様がどこまでやれるか、せいぜい恥の上塗りをしないようにな。ハハハッ……」

 

 ボリスはアミカを馬鹿にしたように笑った。最初の丁寧な物言いが、上から目線になってきたのは本心をさらけ出したせいだろう。伊勢崎ショッピングモールのイベントで団子を売ることになったのだが、もう一軒、同じ団子屋が出店すると聞いて驚いたのだ。

 ボリスは出店する相手は誰かと調べ、それがアミカだと聞いてここへやって来たのだ。敵情視察に来たのであるが、実はもう一つ企みがあった。ボリスはアパートから立ち去って馬車に戻ると付き人の男と話した。


「部屋の中から匂ってきたあのにおい。間違いない。マルクのオリジナルのタレはアミカが持っている」


「ボリス様。ここ1年でわずかながらに売り上げは減っています。材料を安価なものに変えて利益率は上がっていますが、味が変わったと昔ながらの顧客が離れていると思われます」


 付き人はそうノートを開いてボリスに報告する。ボリスが抜擢した従業員で、ボリスにおべんちゃらを言い続けて来た男である。いかにも軽薄そうな小男で職人の腕を磨くよりも、口だけで出世したと他の職人に陰で言われていた。


「ふん。客のわがままには付き合っちゃおれん。だが、マルクのオリジナルのタレさえあれば、そういう食通ぶった客も納得するだろう。手はずは整えておけよ」


「はい。間取りは把握しました。まあ、実際に見に来ることもなかったですけどね。あんな狭い部屋じゃすぐに探せます」


「オリジナルのタレさえ手に入れられれば、あんな女なぞに用はない。勝負はどう転んでもこちらの勝ちは揺るがないからな」

 

 ボリスは悪巧みをする汚い人物ではあったが、40数年の修行で団子作りについての技は一流であった。イヅモ団子が生み出す食感は、職人の技がないと出せないことをよく知っていた。いくらレシピがあっても技がなければ自分の足元にも及ばないはずだ。




「あれがボリスという男ですか? ひどい男ですね」


「ヒルダさん。ちょっとお団子がうまく作れなくて落ち込んでいましたが、ボリスの顔を見てやる気が出ました。死んだ主人のためにも子供たちのためにも、この勝負勝ちたいと思います」


 そうアミカは力強く答えた。あんな男に負けるわけにはいかない。


「ゲロゲロ……」

「せ、先輩!」


 突然出てきたゲロ子にヒルダは驚いた。いつからいたのであろうか。


「勝つといっても、団子の食感の問題はどう解決するでゲロか。それにさっきの男がここへ来たのは単なる偵察じゃない気がするでゲロ」


 さすがゲロ子である。悪には敏感である。実はゲロ子はヒルダが商売をすると知って、邪魔をしにきたのであるが話を聞いて金儲けの匂いを感じたのであろう。何だか協力的である。


 そして、ゲロ子の他に協力者が現れる。その人物はボリスが帰ったのを見計らうようにして、アミカのボロアパートを訪れたのだ。



ゲロ子の協力なくしては勝てないでしょう。

汚い手にはそれ以上汚い手で勝つ。ゲロゲロ……?

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