晴嵐学園生徒会
「ほら、音子、ちゃんと頭下げないか。人にものを頼む時は頭を下げるもんだ」
そう言ってキル子は音子の頭を片手でグイグイと押さえる。アマガハラのオークションで宝石を競り落として欲しいという右京へのお願いの件だ。事情を聞いたキル子が、音子に教育的指導をしている。
音子はというと、されるがままである。よほど、キル子に負けたことがショックだったのであろうか。強気の態度が見られない。ちなみにキル子は、ゲロ子が持ってきた包帯をぐるぐる巻いて胸を抑えている。
「右京さん……」
「右京さん?」
急に音子に『さん』付けで呼ばれると何だか体がむずかゆくなってくる。
「右京さん、今まで生意気でごめんなさい」
そう言って音子は右京に頭を下げた。キル子に負けて彼女のことを『さん』付けで呼ぶことを約束したが、右京に対してはしていない。それでも謝罪するのはキル子に注意されてのことだろう。右京に対してはまだ渋々な態度は払拭しきれていないが、頭が上がらない人間がいるということは、音子にはよい事である。
ちなみに音子が身に付けていたアイテムは、この世界に飛ばされた時に既に持っていたものだそうだ。オーガの加藤も魔法の指輪と任務で携帯していたアサルトライフルを装備した状態で、この世界へやってきたから、右京だけが丸腰だったことになる。もう終わったことではあるが、何だか理不尽だと思わなくはない。
「それにしても、なんでそんな宝石がいるのだ?」
そうキル子は聞いた。キル子は途中から店に来たから、この宝石が3つ揃って杖に装着すると右京たちが元の世界に帰れるという話を知らない。
「3つの宝石を集めてこの杖につければ、私たちは元の世界に帰れる……」
「私たちって……。右京もか?」
キル子は音子の答えを聞いて驚いた。右京がどこか別の世界から来たということをキル子は聞いてはいたが、それがどこかとか、帰ってしまうのかということは今まで聞いたことがなかった。今日会った音子はともかく、右京がいなくなるかもしれないというのは、キル子にはショックだ。
「俺は帰るかどうかは決めていない。こちらで商売も軌道に乗ってきているからな。それに、その杖が完成したところで帰れる保証もない。ただ、なぜ、俺がこの世界に来ることになったのか、その理由がつきとめられるような気がするんだ」
そう右京は安心するようキル子に答えた。彼女がとても悲しそうな表情をしていたからだ。この世界には仲間がいる。カイルにクロア、ホーリーにネイ。ヒルダにキル子。みんな大切な仲間である。その仲間を捨てて、元の世界に帰る気には今のところない。
「そ、そうか。そうだよな……。ああ、だからって誤解するなよ。あたしはお前が元の世界に帰ったところで別に悲しくないのだからな。これは本当だからな」
右京から帰る気はないと聞いてパッと表情が明るくなるキル子。全く、感情がすぐに表情に出る女子だ。
「こういうのをツンデレっていうでゲロ」
「なんだ、ゲロ子、ツンデレって?」
そうキル子がゲロ子に尋ねる。ゲロ子は面倒くさそうにキル子に教える。
「好きな相手に強く当たって、お前なんか好きじゃないなんて表向きは言ってるでゲロが、いざ、二人きりになるとデレデレに甘えるバカ女のことでゲロ。キル子はツンデレでゲロ」
「なっ!」
キル子の顔は真っ赤になる。ワナワナと体を震わしているのは、ゲロ子に心境を暴かれての恥ずかしさと右京の前でバラしたゲロ子への腹立たしさとが交錯しているのだ。
「はいはい……。霧子さん、そこまでです」
そう音子が割って入った。完全にキル子のラブラブモード突入で音子としては面倒なだけなのだ。
「右京さんはともかく、私は元の世界に帰りたい。だから、協力して……ください」
「しょうがないな。音子のために協力してやるよ。ここは俺に任せろよ」
そう右京は音子の肩をポンと叩いた。
(うざっ)
心の中で音子は短く叫んだ。もちろん、言葉は発してない。右京に対して『うざい』なんて暴言吐いたら、またキル子の恐怖のグリグリ攻撃を受けるかもしれない。
「それにしても、音子はどうやってこの世界に来たのだ?」
オーガ加藤のことは話したが、肝心の音子のことは聞いていない。音子は最初、少し迷ったがそれでも話した方が協力を得やすいと判断した。ポツポツとこの世界に来た経緯を話し始めた。
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中村音子は16歳。6月に誕生日が来たばかりの高校1年生だ。音子は、晴嵐学園高等学校に今年入学した。晴嵐学園は県内でも有名な私立学校で、裕福な家の子弟が通うことで有名な学校であった。
晴嵐学園の女子の制服は赤を基調としたセーラー服で、校名が「晴嵐」なのにと揶揄されることがある。それは長らく晴嵐学園が男子校であったことに由来する。伝統的に男子の制服は澄み切った青空のごとく、青色の詰襟服で校名とは合っているのだ。今回の女子の制服の色は、伝統を破壊するという意味合いもあるのであろう。
女子の入学が許されたのは今年からで、音子は女子第一期生として入学したのだ。定員360名のところに女子は30名という少なさ。一クラス3、4名しか女子がいないという狼の群れにうさぎが3羽放たれたような状態であったが、元々、家柄もよく、頭脳明晰な男子が多いので、混乱もなく学校生活を過ごしていた。
音子はその性格から、女子の友達が少なく、中学校の頃から女子同士の関係が苦手であった。休み時間になるとぺちゃくちゃおしゃべりしたり、手をつないでトイレに行ったりすることは大嫌い。そもそも、一人が好きな音子だから、煩わしい女友達がいなくて清々していた。男が多い環境の方が気楽だろうと思って入学したが、その判断は正解であった。
「おい、中村。生徒会から呼び出しだぞ」
そうクラスの男子に言われて音子は渋々、生徒会室へ行くことになった。要件はわかっている。この学校の生徒会は会長については、全生徒の投票で決まるが、副会長以下の人事は会長の指名で決まるのだ。指名方法は、成績、性格を考慮して生徒会長が独断と偏見で決めるというものであった。
「よく来た中村音子くん。我が生徒会へようこそ!」
生徒会室に入ると正面の机に音子を指名した会長が椅子から立ち上がって、そう挨拶した。生徒会長の海堂隼人である。高校3年生で空手部主将。おまけにイケメンという絵に書いたような生徒会長だ。こんな男ばかりの学校で頭をはるのだから、人望もあるのであろう。
ちなみに今年入ってきた30名の女子の中でも人気ナンバー1の男子である。音子は(うざっ! キザ男死ね)と心の中で思っただけであったが。
「先輩。誘いは断ったはずですが……」
「会長の指名は断れないのだよ。これがこの学校のルール」
「うざっ。そんなルール知らない……」
「今年、女子が30名入学して学校も色々と変革をすることが要求されている。女子の目から改善点を提案してもらいたい。申し遅れた。副会長の遠藤亮太という」
そう言ってメガネをかけた秀才風の男子が、キザったらしくメガネを上げて話す。会長が決めるということは、このキザ男を指名したということだ。会長のセンスがわかる。さらに書記だという顔色悪いヒョロヒョロの男子やウェイトリフティング部だという筋肉もりもりの会計の男子がいる。
(なぜ会計がキン肉マンなのか理解に苦しむ)
「女子は他にもいるでしょ。ほら、実力テストで女子では最高位だった子とか……」
「却下だ。中村音子」
「却下って……」
「あの子は胸がEカップある」
「はあ?」
「だからEカップちゃんだ」
「何を言っているのだ……先輩は?」
「つまりこういうことだ」
そうメガネ男子の副会長が会長に代わって答えた。
「会長はグラマー女子は嫌いなのだ。それで次に成績がよかった中村が候補となったのだ」
「失礼ですが先輩。それは暗に私がグラマーでないということに……」
「暗に言うなどするものか。僕は大々的に宣伝しよう。我はAを好むものであると!」
「Aは偉大なり!」
「偉大なり!」
副会長を始め、書記と会計男子も立ち上がって右手を上げる。お前らドイツ軍か! 音子は無言で正面の会長をグーで殴る。その場で崩れ落ちる海堂会長。こんなセクハラ野郎は殴るに限る。そして変態集団である生徒会から立ち去るのみ。
「私は帰る。こんな不真面目な団体に所属するつもりはない。それに……」
「それに……?」
音子に殴られた海堂会長はハンカチで鼻を抑えている。鼻血が出たようだ。
「私はBだ。バカ!」
バシっとドアを乱暴に開けた音子。だが、会長がこう言った。
「生徒会の報酬として、食堂での優待券がついているのだけどな」
ピクっと音子の耳が動く。(優待券?)副会長がペラペラと生徒会規則が書かれた冊子をめくる。
「生徒会執行部には数々の特権が与えられている。これは学業の傍ら、生徒のためにボランティアで働く精神に対して、与えられている報酬である。まずは食堂では生徒会役員専用テーブルで食事が可能。専用だからいつも空いている。優待券は日替わりランチがタダで食べられるもの。会長である海堂が落選して生徒会メンバーが解散しない限り、この生徒会腕章をつけている限りタダである」
そう副会長が腕章を手渡す。見ると『晴嵐学園生徒会 書記 中村音子』とご丁寧に名前まで入っている。もう本人の承諾も得ずに決めていたみたいだ。
「どうだろうか。さらに女子特典でスイーツが一品タダで食べられる権利も会長特権で付与しよう」
「入ります……」
帰りかけた音子はそう即座に言った。音子は華奢だが食い意地は張っており、お昼はお弁当だけでは足りずに食堂でパンを買って食べることがあった。いくら食べても絶対に太らない体質なのだ。その分、胸がちょっとだけ、ほんのちょっとだけ貧しいことになっているが、気にはしていない。
まだ16歳だ。18歳になる頃には人並み以上になっているはずだと音子は確信していた。なぜなら、祖母がそうだからだ。音子は祖母の若い時にそっくりだと言われていたから間違いない。(はず)
こうして生徒会に入った音子であったが、思いのほか生徒会活動は面白かった。男子は馬鹿だと思って相手にしていなかった音子だが、会長をはじめとする先輩男子は確かに馬鹿だが、やっていることはひどく真面目で改善提案で学校を快適にする活動に取り組んだり、校外活動では恵まれない人のために募金活動したりと日々忙しく活動していた。
音子も女子の視点で改善提案をして女子の過ごしやすい環境にすることで貢献でき、やりがいを感じていた。ちなみに会長たちはバカと言ったが、テストでは全員5位以内と成績優秀者であった。
「それでは中村。学園祭の生徒会出し物の目玉企画。占いの館の準備はできているか?」
会長に聞かれて音子はすぐに答えた。授業が終わって1週間後に控えた学園祭の準備に忙しい日々だ。
「今から占いをしてくれる人と会う予定」
「そうか。十分に打合せしてこい。ちなみに誰だっけ、出張で来てくれる占い師は?」
「マダム月神。町で評判の占い師。おばあさんらしいけど、占いが恐ろしい程当たることで評判……」
「うむ。では、よく打ち合わせをしてくるように」
そう海堂会長に言われて音子は、町で評判の占い師のところへ言った。マダム月神という名前の老婆が行う占いは、女子高生の中で評判であった。今日は晴嵐学園の学園祭に出張で出店してもらう約束を取り付けていたので、その打ち合わせに行くことになっていたのだ。女子に人気の店だから、他校の女子がやって来ることは間違いなしで、そう言った意味でも意味でも一般生徒にはやってほしい企画であった。
「こんにちは……。電話でお願いした晴嵐学園の中村です……」
「おやおや……。こんな可愛い女の子とはね」
そうマダム月神が音子の顔を見てそう言った。白髪のかなりのおばあさんだ。何故か黒いサングラスをしている。目が悪いのであろうか。何だか神秘的な雰囲気が漂う人である。
「打ち合わせに来ました。1週間後の学園祭の件で……」
「まあ、ここに腰掛けなさい。音子さん」
そう老婆は占いに使うテーブルに音子を誘った。音子は(はっ)となって思わず老婆の顔を見た。自分は今までこの老婆に下の名前を伝えたことがない。なぜ、名前がわかったのであろう。不思議だなと思いつつ、左腕に付けた腕章かなと結論づけた。そこには小さくフルネームで書いてあったからだ。
「話の前にあんたを占ってあげよう」
「いいです……」
「そう言わないで。これを見てごらん」
そう老婆は黄色い宝石を見せた。それは大きな宝石であったので、思わず音子は見とれてしまった。すると黄色い宝石の中に黒いシミが現れた。それがどんどん大きくなっていく。気がついたときには自分自身がその黒いシミに吸い込まれていたのだ。
「あんたは異世界で何かやる人間だったようだね」
そう老婆が微笑んだ。
「うそ!」
穴に吸い込まれながら音子はつぶいやいた。




