ホーリーエンジェル
「私、行きます!」
ホーリーは聖なるメイスを両手で握りしめる。あの全身を貫く快感でピリピリするが、それに耐えて体の重心を少し落とした。1週間の間にキル子と何万回と練習した攻撃が始まる。
「アインツ」
ディスペルを受けて一瞬動けなくなった鎧戦士に右270度の回転を加えて、その右の脇腹にメイスの打突が炸裂する。鈍く金属がひしゃげる音が石造りのダンジョンに響く。
ゴオオオオオオン……という音と同時にグギャアアアアアという悲鳴。
「ツヴァイ」
今度は逆回転して360度、体を軸に回転して左脇腹にブチ込む。さらに90度右に回して、再び左回転を行う。
「ドライ!」
ゴスン……パキン、パキパキ。金属が割れる音が聞こえる。その割れた隙間をキル子は見逃さない。
「うおおおおおおおおおおおおおっ……。死ねえええええええええっ……」
隙間に向かって鋭い突きを繰り出した。まだ、ディスペルで動けない鎧戦士はその正確無比な一撃になすすべもない。
「いいか。ホーリー。いくら武器がすごくてもそれを使うお前自身が非力じゃ意味がねえ。お前との相性がよくて、攻撃力を最大にまで引き上げることができるのはいいが、当たらなければ絵に描いた餅だ」
町での一週間に渡る特訓でキル子がホーリーに語ったことだ。
「では、どうすればよいのでしょうか? 私は毎日、筋力トレーニングをした方がよろしいのでしょうか?」
「一週間であんたがマッチョになるのは100%無理だ」
「それではやはり私には無理なのでは?」
「腕力がないなら、頭を使うのさ」
「頭。ですか?」
「ホーリー。このメイスを振ってみろ」
キル子が差し出したのは、聖なるメイスと同じ重量のメイス。練習用にキル子が調達したものだ。それを両手で持って振るホーリー。ホーリーのような華奢な女の子が力いっぱい振っても、軌道は一定にならずフラフラしてしまう。
「重くて無理です~っ」
「それじゃ、体を半回転させて自分を中心にメイスの先端で円を描くようにしてみろ」
言われたようにホーリーは振ってみる。遠心力でメイスの先端の重みが加わり、スピードを加速させていく。ブレもなく真っ直ぐに目標に命中したばかりか、ホーリーが力任せにやったときとは比べ物にならないくらいの破壊力が生まれた。
「す、すごいです」
「もちろん、これに武器の性能が加わるから、与えるダメージが数倍になるだろう。だが、1発ではポイントが足らないし、奴を倒さねばポイント加算はない。1回目の流れで体の円運動を連続させて3連擊を与えるんだ。これで奴は反撃できない。あたしも加勢して奴の動きを完全に止める。そしたら、この3連擊を加え続けて一挙にポイントを稼ぐ」
「で、できるでしょうか。私に?」
「やらなきゃダメなんだろ? 子供たちのため。お前のためにも」
ホーリーはゆっくりと頷いた。これを成し遂げないと教会は解散。子供たちは住むところを失い、自分は気味の悪いバカ息子の慰み者になってしまう運命だ。
キル子のバスタードソード、ガーディアンレディの鋭い切っ先が、ホーリーに殴打されて歪んだ金属製の鎧の隙間に突き刺さり、ズブリと半分までめり込んだ。クリティカルヒットである。
(決まった!)
誰もがそう思った。キル子が考えた作戦を100%やり遂げたのだ。これで倒せないわけがない。その証拠に鎧戦士の動きは完全に停止していた。ディスペル効果の5秒はとっくの昔に経過している。動けないということは仕留めたということだ。鎧戦士がこの世界での存在エネルギーを奪われ、砂のごとく崩れて魔界へ強制送還されるだろうと思った。
だが、その予想は覆された。鎧戦士は静止の後、少しだけ体を縮めたが、すぐ胸を天高く突き出し、凄まじい咆哮を上げたのだ。
「ウオオオオオオオオオオオッ……」
狭い迷宮の壁に跳ね返り、耐え難い音となってパーティに襲いかかる。キル子は剣ごと吹き飛ばされて地面に転がる。
「ま、まずい。逃げろ!」
エイブラムスはパーティリーダーとして、撤退すべきと判断した。当初の作戦で倒せなければ、それまでである。それ以上、粘ることは全滅を意味していた。だが、鎧戦士の攻撃圏内にキル子が取り残されている。鎧戦士はトドメをさそうと大きな戦斧を振りかざしている。あの巨大な戦斧が直撃すれば、キル子は真っ二つに両断されてしまうだろう。
「キル子~っ、逃げろ~」
「危ないでゲロ」
後方で見ていた右京とゲロ子も思わぬ展開に叫んだ。だが、同時にホーリーの甲高い声が響いた。
「ハンスさん、しゃがんで!」
あまりの出来事に呆然と立っているシーフの中年男が、反射的にしゃがむとホーリーが駆けてきて飛び上がり、その肩を足で蹴ってさらに跳躍した。
「霧子さんを殺させはしない!」
人の変わったような表情のホーリー。その姿はまるで……。
「エンジェルでゲロ」
ゲロ子がそう表現したが、右京の目も空中に飛んだホーリーの背中に光の翼を見た。か弱い女の子が跳んだところで大したことがないはずだが、ホーリーの位置は迷宮の天井いっぱいの5m付近にあった。まるでアクション映画でワイヤーで吊り上がったヒロインである。
「フィア!」
4発目が上空から叩きつけられる。それは鎧戦士の兜を潰した。さらに攻撃はホーリーの攻撃は止まらない。
「フュンフ!」「ゼックス!」「ズィーベン!」「アハト!」「ノイン!」
6連擊が空中から繰り出される。銀色に光るメイスが直撃するたびに、白銀の火花が飛び散り、ヒットする頭、肩が潰されていく。
「これが最後よ!」
空中で思いっきり体全体を反らしたホーリーが渾身の力で最後の一発を鎧戦士に放つ。
「ツェーン!」
兜が完全に潰された鎧戦士は、その場でドドッと倒れた。地面のホコリが舞い上がった。
「……カ・イ・カ・ン。」
フィニッシュブローを決めたホーリーは思わず、自分の右袖をグッと嚙んだ、じゃないと、心ならずもはしたない声を上げそうだったからだ。
倒れた鎧戦士は、ピクリとも動かず、みるみる腐食し粉々になっていったのであった。完全に倒したのだ。
「スゴイな。ホーリー、一体どうしたんだ?」
ホーリーは顔がほんのりと桜色に染まり、時折、体がピクピクと痙攣していた。そして腰が砕けて地面に座り込み、メイスを抱え込んでやっと体を支えているホーリー。そんな彼女に駆け寄った右京が話しかける。ほんの数秒のことであったが、まるで天使が降臨し、邪悪な化物を成敗したようなシーンであった。これはホーリーの持つメイスのスペシャルパワーなのであろうか。
「はあはあ……。わ、私にも分かりません。体が浮いて頭が真っ白になって、気持ちよくなって……。気がついたらあの鎧の化物を倒していました」
「ホーリーだけが引き出せるユニーク能力でゲロ。きっと、このメイスとホーリーは何か因縁があるでゲロ」
「そうかもな。あの姿は神がかりだったからな」
確かに右京もパーティメンバーも見た。光の翼を持つ戦乙女がメイスを振りかざして幾度も悪魔の化身に天罰を加える姿を。
「た、助かったよ。ホーリーありがとう」
キル子が土を払いながら近づいてきた。どうやら怪我はないらしい。だが、キル子はホーリーの首に下げられたペンダントを見て落胆の声を上げた。
「そ、そんな。あの攻撃でもポイントが届かないなんて」
冒険者ギルドから支給された記録用のアイテムであるペンダント。それは腕輪だったり、指輪だったりするが、ホーリーが選んだペンダントには数字が刻まれていた。
(998ポイント)
「10打撃したから、1打撃あたり平均5ポイント。魔物撃破で×2。この鎧戦士はギルドの討伐指定Aランクだったから10倍。1000ポイントに届くはずだったでゲロが、1打撃あたり50ポイントを下回ったんでゲロ」
「そ、そんな……1000ポイントないと試験が……」
がっくりと肩を落とすホーリー。2ポイントぐらいは他の魔物退治で加算すればよいのであるが、もうホーリーにはその力がなかった。体中の力が抜けてしまって歩いて町まで帰れるかどうかである。受験申請までギリギリの日程で、体を休めて再び魔物退治なんて難しいのだ。
「ゲロゲロ……。ドラマならめでたしめでたしでゲロが。現実はうまくいかないでゲロ。それが現実というものでゲロ」
右京は眉をしかめた。両手を組んでふんぞり返り、何だか嬉しそうにしゃべるゲロ子。このカエル娘、やっぱり腹の中は真っ黒クロスケだ。人の不幸は蜜の味というが、悲しむホーリーを見て喜ぶとは人の、いや、カエルの片隅にもおけない奴だ。だが、正義の神様はちゃんと見ていた。ゲロ子の奴、偉そうに語ったついでにホーリーの持つメイスに思わず手をついた。柱だと勘違いしたのだ。
ボン!
煙が上がった。同時にホーリーのペンダントの数字に2ポイント加算された。邪妖精にダメージを与えたポイントだ。ホーリーとキル子、右京は顔を見合わせ、この結末に満足した。
「よくやった! ゲロ子。褒めてつかわす」
完全にのびて地面に倒れているゲロ子。たまには役に立つ使い魔である。
ゲロ子ナイス!




