音子 VS キル子
さあ、お仕置タイムだべ~っ。
表に出ろと言われたので渋々と音子は外に出た。音子の格好はセーラー服だ。パイピングが施され、有名デザイナーがデザインしたかのような洗練された制服である。
それに黄色の長いマフラーで口元を隠している。マフラーの先端は地面に届きそうなくらいである。厚底のブーツはおそらく学校の指定のものではないだろうと思われた。それは古風でどちらかといえば、こちらの世界の雰囲気をまとっていたからだ。
さらに長い袖でわからなかったが、黒いリストバンドをしている。それは金属製らしく、鈍く黒い光を放っている。
それにしても、音子は、一体どこに武器を隠しているのだろう。右京はキル子と対峙する音子を見る。すると、彼女の腰の後ろに短い棒のようなものが2本見えた。今まで制服の上着と大きなマフラーで見えなかったのだ。
音子はゆっくりと背中に手を伸ばして、鞘からそれを抜いた。20センチ程度の短刀である。抜かれた2本の短剣は、まるで包丁のような形をしていた。
「謝るなら今のうちだよ!」
キル子はそう音子に警告する。デモンストレーターであり、女戦士であるキル子は『断罪レディ』の二つ名をもつ。その剣技は目を見張るものがある。
背中から抜いたのは愛剣のアシュケロン。もう一本の愛剣ガーディアンレディと共にキル子の代名詞となっている大剣だ。ツーハンデッドソードのアシュケロンは抜くだけで、相手に威圧感を与える。だが、音子はそんな威圧感を軽く受け流す。両方の手を交差させて短刀を構えた。
「後悔するのはおばさんの方」
「えっ!」
キル子は目を疑った。先程まで目の前にいた音子がいない。右京も驚いた。音子がふらりと体を前傾させたとたんに凄まじい風圧を感じ、その瞬間に消えた。
すさまじい高速移動。一瞬でキル子の懐に入った。
「させるか!」
キル子は本能でアシュケロンを体の前に垂直に立てた。大剣のアシュケロンは盾がわりにもなるのだ。立てた瞬間に、2箇所に火花が起きる。そして、キン、キンと金属がぶつかる音。
「そこ!」
自分から遠ざかっていく気配を感じた。キル子は迷わず、振り向きざまにアシュケロンでなぎ払った。
ザザーッ……と地面から煙が上がり、そこに音子が現れた。すさまじい加速でキル子に近づき、左右からの斬撃を行ったのだ。短剣の攻撃はアシュケロンの盾によって防がれたが、次の攻撃で右へ回転する。
ところが、キル子の背後に回ったところでアシュケロンのなぎ払いが襲いかかり、それをフロントスプリングで体を前転させてかわしたのだ。
「やるね、おばさん。今の私の攻撃を防ぐとかありえない……」
「おばさんじゃない! 霧子・ディートリッヒだ。小娘の非力な攻撃などあたしには通じない」
「おばさんはやめるよ。霧子……」
音子はそうキル子のことを呼んだ。おばさんはさすがに失礼と思ったのであろう。攻撃を防いだことに対しての敬意から名前で呼んだのである。だが、年上のキル子を呼び捨てにするとは、まだ、実力で見下している証拠だ。
「霧子、次は今の2倍加速する」
「2、2倍だと!」
先ほどの攻撃ですら見えなかったのだ。そのスピードで来られたら、キル子には対抗手段が思い浮かばない。
「ダブルスロット発動……」
キル子はアシュケロンを構える。また音子は消えた。実際は猛スピードで近づいて、キル子に対して両手にもった短刀で斬りつけたのだ。音子の持つ2本の短刀はただの短刀ではない。庖丁正宗と呼ばれる国宝級の名刀である。
刃紋には耳の形に似た模様が美しく、まるで海の波のようである。これが刀全体に躍動感を伝えていた。さらに刀身には梵字で不動明王が彫られている。これは国家の安寧を願う刀工の思いが込められている。現実、庖丁正宗は鎌倉時代に元の襲撃を受けて、国が滅びるかもしれない危機の時に作られたものだという。どうして、そんな名刀を一介の高校生が持っているのかは謎だが、高速移動に加えて、強力な武器という圧倒的な力を音子は持っていたのだ。
キル子は、先程の攻撃は戦闘本能で受けることができたが、今回はそれすらも追いつかない。音子はすれ違いざまに4連擊を放つ。スパスパっとキル子の両腕と両足から2箇所ずつ、薄く血がにじんだ。音子は斬撃においても皮一枚だけを斬る離れ業をやってのけたのだ。
「うっ……」
キル子は思わずしゃがみこんだ。怪我は大したことはないが、攻撃が全く見えなかった。手も足も出ないということへの精神的なダメージの方が大きい。音子がその気になれば、今の戦闘でキル子は死んでいたはずだ。その事実がキル子を打ちのめす。
「霧子が私に勝つのは無理」
「ち、ちくしょう。まだだ! 次は必ず捉える」
キル子はそう叫んだ。後先考えない戦闘バカの血が敗北を受け入れられないのだ。音子はそれとは対照的に冷静に話す。
「それは無謀な挑戦。でも、やるなら次は容赦しない」
音子は構えた。次は3倍の速さで攻撃すると決めた。見た目は普通の女子高生に見える音子。そのハイスピード攻撃は、両足に履いた厚底ブーツによるものであった。
『火渡りのブーツ』と呼ばれるマジックアイテムだ。それは、身につけている者に、とてつもない速さで走ることができる能力を提供する魔法のアイテムだ。その能力には段階があり、『ダブルスロット』と呼ばれるのは通常の10倍の速さだ。
あまりの速さに相手の動きがスローモーションに見える。どれだけ早いかというと、すれ違いざまに相手のほっぺにマジックペンでいたずら書きをすることができるのだ。相手は書かれたことすら分からない。
このスピードでもキル子の戦闘意欲は失われていない。彼女を倒すにはさらに速いスピードが必要なのだ。さらに両手首に付けたリストバンドは『加速の腕輪』と呼ばれるアイテム。腕を振るたびに加速していくのだ。連擊するたびにスピードが上がっていくという凶悪なアイテムなのだ。
「次はトリプルスロット。これでお終い」
音子が消えた。トリプルスロットはダブルスロットのさらに10倍。音速に近いスピードだ。もはや目で見るというレベルを超えている。絶体絶命のピンチに、大剣アシュケロンがキル子に話かけてくる。
「ママ! 左に気配!」
キル子は左へアシュケロンを向ける。キンキンキン……とアシュケロンから火花が飛ぶ。姿は見えなかったが剣撃は防いだようだった。だが、左後方に走り向けた音子はすぐ方向転換した。
「これで終わり!」
ファーストアタックは、奇跡的にかわしたが、次の攻撃はかわしきれないとキル子は思った。キル子の頭の中でプチっと何かが切れた。
「ぬおおおっ……。アシュケロン、こっちも行くぞ!」
実際にはキル子の目では音子を捉えられない。だが、見えないなら見えないなりの対抗方法がある。キル子も前へダッシュしたのだ。それが何を意味するかも分からずダッシュした。それは戦闘バカの本能がなせることであった。
そしてそれが幸いした。まさか、自分のところへまっすぐ進んでくるとは思わなかった音子は、目測を誤ってキル子の体に接触した。マジックアイテムで尋常ではない力を手に入れた音子だったが、戦闘経験が豊富とは言えなかった。
通常ならこの攻撃の前に敵は立ち尽くし、身動きが取れなくなる。そこを斬り刻むのが常であった。ところが、キル子は突っ込んできた。訳が分からない。
ボヨーンっとキル子の体に弾かれる音子。体格差ではキル子が上回る。音子は尻餅をついた格好で姿を現した。
「痛っ。マジ? 突っ込んでくるなんてありえない……」
「これが歴戦の戦士の底力だ」
キル子はそう言って上から音子を見る。太陽の光を背後に受けて、キル子の褐色の肢体が輝く。その姿は勝者のようである。実際は、ただ単にやけくそで突っ込んだら、相手が自爆しただけであるが。
「まだ負けてない!」
音子はすぐに立ち上がって短刀を構える。ぶつかって転んだだけだ。なんて頑丈な女なんだと思う。素手でまともに戦えばキル子の方が強い。だが、自分には魔法のアイテムの力がある。これさえあれば、問題なく目の前の女戦士に勝てるはずなのだ。
(ママ、相手はアシュケロンでも見えない。だけど技は出す!)
「わかったアシュケロン!」
キル子は両手で握った大剣を地面に突き刺した。その瞬間に大剣アシュケロンがすさまじい光を放った。
「ドラゴンスパーク!」
アシュケロンの隠された能力の一つだ。剣からすさまじい光が発せられ、敵の目をくらますのだ。あまりのまぶしさに音子は、両腕で顔を隠して下を向いた。光は一瞬ですぐに収まる。光が消えたところで音子は、すぐさま、攻撃態勢に入る。だが、目の前には地面に突き刺されたアシュケロンがあるのみ。キル子がいない。
「え? どこ?」
音子は左右を見渡す。キル子が消えた。(そんなバカな)と思った瞬間に、背後でゴゴゴゴ……と黒い炎が燃え上がるのを感じた。
「こ・こ・だ~っ!」
音子の背後にキル子。両手をグーにして音子の両こめかみをはさんだ。そのまま、グリグリして持ち上げる。音子は両手の短刀を地面に落とし、キル子の両手を掴んで離そうとするが、鉄のような腕はビクともしない。
「あうううう……。痛い、痛い、痛い……」
「参ったか? もうあたしのことバカにしないか!」
「し、しない、しない……痛い、痛い……」
「霧子じゃないぞ、霧子さんと呼ぶか!」
「呼びます、呼びます」
キル子は両拳を外した。地面に落ちる音子。頭を抱えてうずくまる。
「スゴイでゲロ。キル子、強いでゲロ」
ゲロ子も感心する。あのチート的な強さの音子の攻撃を見たら、絶対にキル子が負けると思っていたから、右京もゲロ子も意外な結末に驚いた。
「どうだい、右京、あたしのこと見直したか?」
キル子は右京の目の前に立って胸を張った。その時だ。プツンと何かが切れる音がする。
「うおおお……」
キル子の上半身のビスチェがゆっくりと下へ落ちていく。露わになる巨大な双丘。
「あわわわ……」
キル子の顔が真っ赤になった。目の前には固まっている右京。
「み、見るなあああああっ~っ」
ドゴーンと思わず右京を殴ってしまうキル子。飛んでいく右京。理不尽である。キル子はそのまま、片腕で胸を隠すと地べたに座り込んだ。
音子は戦闘中にいつの間にかキル子のビスチェを切り刻んでいたようだ。あまりの速さにキル子は全く気づくことができなかったのだ。そのスピードと正確な剣技は常人を超える達人の域である。
「結局、なんだったでゲロか?」
ゲロ子は腕を組んだ。目の前には頭を抱えてうずくまる少女(音子)に、胸を隠してうずくまる女(キル子)。そして、殴り飛ばされてなぜか、ゴミ箱に頭から突っ込んで足をバタバタさせている男(右京)がいるだけである。
ヒューっと一筋の風が流れていく。
「ゲロゲロ。この結末はゲロ子も予想できなかったでゲロ」




