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ウルド・ベルダンディ・スクルドの石

「今の話で加藤という男のことは分かったけど、肝心な元の世界に帰る方法は全く見えてこないのだが」


「そうでゲロ。変な婆さんの情報しかないでゲロ」


 音子ねこの長い話でこの異世界に飛ばされた不幸な男のことは分かった。やりたい放題した加藤は右京たちにも襲いかかって、結局はクロアに退治されたのだ。同じ世界の人間とはいえ、あまり同情はできない。


「話にはなかったけど、音子ねこは加藤にこの世界はゲームだと話したのか?」


「いいえ。その時はまだ確証が持てなかったので」

「そうか……」


 そうなるとますます加藤には同情できない。ゲームだと思えば、ここでの人殺しはキャラを消すという行為になる。それが正当化されるとは思わないが、多くの日本人、いや、世界の人がゲームの中でバンバンと人殺しというか、モンスターという名の生き物を殺しているのは事実だ。


「加藤さんは赤い宝石の力でここへ来たと言っていた。右京は青い宝石でしょ」

「よくわかったな」


 確かに右京は老婆が持ってきたブルーサファイヤのせいで、この世界にやって来た。しかし、音子の推測は宝石まではできるだろうが、青い色まで推測したのは不思議だ。だが、その答えはすぐ分かった。音子はおもむろにポケットから宝石を取り出したからだ。右手に握られたそれは黄色に輝いている。


「何だ、その石は?」

「ここではスクルドの石と呼ばれている」

「スクルド?」

 

 その言葉は聞いたことがある。だが、思い出せない。そこでゲロ子に命令する。ゲロ子の一般辞書機能を使うのだ。


「スクルドは時を司る3女神の一人。未来を司る女神でゲロ」


「そう。そのカエル娘の調べたとおり。スクルドは3女神の一人。そして、あと二人は現在を司るベルダンディ。過去を司る女神ウルド」


 音子が説明する。加藤が見た赤い宝石はウルドの石、右京の見た青い石はベルダンディの石だと音子は言う。そして、その3つの宝石は元々この杖に付いていたと言うのだ。確かに買い取った杖のくぼみに音子が持ってきた黄色い宝石はぴたりとはまった。固定してないから今は落ちてしまうが、金細工師のボスワースに修理してもらえば大丈夫だろう。


「私はこの石を苦労して手に入れた。あと2つあればこの杖は『リセットロッド』というものになって、私たちを元の世界に返してくれるはず」


「それ誰情報だよ?」


 状況は違うがこの異世界に飛ばされたのは同じだ。右京が知らないのに音子がそんなことを知っているのかが分からない。


「右京が呑気に商売していたときに、私はこの世界を旅して調べていた」


 そう音子は答えた。リセットロッドは時の女神の名がつく3つの宝石をはめ込んだ時に、時を戻す効果を発揮する。杖の周囲1m以内にいる人間を任意の時に戻すのだ。対象の素性がどうであれ、強制的に戻る。1年前に戻れば確かに元の世界へ行くはずだ。


「なるほど……。戻る方法は分かったけど、どうしてこの世界がゲームだと決め付けるのだ?」

 

 音子ねこはWDのルールがゲームっぽいと言ったが、それは魔法で説明がつく。まあ、異世界といえども魔法というのは不思議な現象ではあるが、中世の世界に家電を持っていけば、見た人は不思議に思うだろう。それは魔法のせいだと考える人もいると思う。魔法とは不思議な現象であるが、それが起こす事象は現代の便利な機械と同じではないかと思うである。


「この国の首都はアマガハラという。私の兄がやっていたファンタジーRPG『グレイト・ブラッドソード・コレクション』にあった町とそっくり……」


「偶然じゃないか?」

「武器やアイテムを100分の1で買い取るシステムは、通常の経済活動ではありえない仕組み」


「それは俺も不思議だと思った」


 確かにゲームであると考えれば容易に説明がつくこともあるが、それは絶対に説明がつかないというわけでもない。音子の兄がやっていたというゲームも、ちょっと音子が目にしただけで、ここイヅモの町があったかどうかは分からない。


「それにゲームなら死んだら復活するとかあるよな?」


 これまで戦いで死んだり、病気でなくなったりした人を何人も見ている。ゲームの中ならそんな必要はないはずだ。


「プレーヤーが動かす主人公は死なない。だけど、私たちNPCはシナリオによって死ぬこともある。でも、それはシナリオに組み込まれていた場合で普通は死なずに延々と同じ行動をする。違う行動をした場合には、生死の結果は変化するかもしれない。特に外部要因である私や右京は存在自体が異常。排除される可能性もある」


「うげえ……。排除されたくないなあ」


 音子ねこのいう事も分かるが、まだ、ゲームという彼女の主張には納得できない右京であった。そもそも、右京を含めて町の人々の暮らしは同じではない。日々、様々な出来事が起きてみんな精一杯生きているのだ。ゲームプログラムで決められたNPCだったら、もっと単純な行動をするはずだ。


 納得できないこともあるが、リセットロッドを完成させて現代に戻るという選択肢自体はあってもよいかもしれない。右京は今の生活に溶け込んでいるから、帰れる状態になった時に帰るかどうかはじっくり考えたいが、音子ねこは帰りたいのだ。年下の女の子の力になってあげたいと思うのは年上のお兄さんの特権だ。


「なんか、うざい」

「ひどいな音子ねこ。俺は何もしてないぞ」


「何だか、右京の目が私を上から目線で見てる。そこがうざい」


 音子ねこは人をよく観察している。右京の妹を見るような目に反応したようだ。仕方ないので右京は話題を変えた。


「話は戻すけど、3つの宝石のうち、1つは音子ねこが持ってきたけど、あと2つはどこにあるのか突き止めてあるのか?」


「ある……」


 ウルドの石はイヅモの町のはるか西にある暗闇のダンジョンの奥深くに安置されているという。暗闇のダンジョンは最近になって発見された地下迷宮で、まだ冒険者が挑戦していないという。有名な書籍にウルドの石の記述があり、それは西にある巨大迷宮にあるというのだ。


 そして、もうひとつのベルダンディの石は既にある貴族が持っている。アマガハラの都に住むパルセイロ伯爵の所蔵品だが、最近になって財政事情から貴金属、骨董品をオークションにかけるという話だ。ベルダンディの石が売りに出るという噂である。


「まずはオークションでベルダンディの石を手に入れ、その後、暗闇のダンジョンでウルドの石を手に入れる。あなたに期待するのはオークション」


「ダンジョンでは主様の力は発揮できないでゲロ」


 ここまで黙って聞いていたゲロ子がそう言ったが、音子ねこだって女子高生だ。ダンジョンに潜ってそんな石を取ってくるなんて芸当は簡単にできないはずだ。


「俺には期待するのは金か? いくら欲しいんだ?」


「うざっ。何、その目。イヤラシイ……」


 女子高生に向かって金が欲しいのかなどと聞くのは、確かに今の世の中、ちょっとやばい匂いがしてしまう。


「俺はその石を手に入れるために、資金援助が欲しいのかと聞いただけだ」

「援助? ますますイヤラシイ」

「じゃあ、なんだよ?」


「お金じゃない。オークションは駆け引き。右京に期待するのは商売人としての力」


 音子ねこはそう言った。一応、右京のことはよくわかっているらしい。ちょっと悔しいが、適切な判断ではある。それにしても確かにオークションでは確かに駆け引きは必要であるが、どんなに駆け引きが上手くても、圧倒的な資金力の前では無力である。一体、そのベルダンディの石はどのくらいするのだろうか。


◇◆◇◆◇◇◆◇◆◇◇◆◇◆◇◇◆◇◆◇


「あの女の子は誰だ?」

 

 店にやって来たのはキル子。冒険から帰って来たのだ。久々に右京の店にやって来ると、見慣れない女の子がいる。店員のハンナにキル子は聞いた。何だか気になるのだ。


「杖を買いに来たお客さんです」


(杖? ふ~ん)


 キル子は音子ねこを遠目で見る。どこか自分の天敵、『瑠子・クラリーネ』に似ていると思った。黒い髪で2つにゴムで縛っている。格好だけなら瑠子そっくりである。


(まあ、見た目は瑠子と雰囲気は似ているけど、ちょっと根暗な感じだな。瑠子はもっとムカつくくらいキャピキャピしている。それにしても、あの子、右京のことを呼び捨てにしているのは気に食わない)


 現在、キル子が知っている女子で右京を呼び捨てにしているのはキル子だけである。ホーリーは『右京様』だし、ネイは『右京さん』。ヒルダは『ご主人様』でゲロ子は『主様』である。クロアの『ダーリン』はちょっと気に食わないが。


 あと王女ステファニーは呼び捨てだが、これは王女という身分だからでキル子とは想いが違う。(はず)


(ここはガツンと言っておく必要があるな)


 キル子は何故か強気になった。見た目の音子ねこが華奢でか弱い女の子にしか見えなかったからであろう。年下のくせに生意気だと年上の女性として教育してやろうと思ったのだ。ついでに右京に手を出すなというアピールも暗黙のうちにしておくのだ。


 キル子は右京と音子ねこに近づく。ところが、実際に右京たちに話しかけようとすると急に緊張してきた。心臓がドキドキしてくる。


「あ、あ、あ……あの、右京。この子誰?」

「おお、キル子、帰ってきたのか?」

 

 右京にそう言われてキル子の周りがお花畑になる。だが、その花が一瞬で枯れ果てた。ゲロ子の一撃だ。


「相変わらず、でかい乳でゲロ」

「うるさい! おまえは相変わらず口が悪いな、ゲロ子」

「キル子はゲロ子のアイスのイメージキャラに使うでゲロ」


「おっ、お前、わかってるじゃないか」

「ゲロゲロアイスを毎日食べると乳が大きくなるでゲロ。とやれば女性客が来るでゲロ」


「ちっ。このカエル殴る」


 ブンブンとパンチを繰り出すが紙一重でかわすゲロ子。キル子、ゲロ子に遊ばれていることが分からない。


「誰? このおばさん……」


 音子ねこの言葉はキル子に心にクリーンヒットした。ゲロ子を追うのはやめて、失礼なことを言う小娘をにらみつけた。


「お、おばさんだと……」


 キル子は一応20歳である。おばさんと呼ぶのは酷だと、最初におじさんと言われた右京は同情した。


「随分だな、チビちゃん。ここは大人が来る場所だ。子供はそこのカエルのアイス屋でアイスクリームを舐めてな」


 キル子はテーブルにチリンと銀貨を投げた。これでアイスを買ってこいという意思表示だ。だが、音子ねこはキル子を無視する。


「おばさんの嫉妬はうざい」

「な、なんだと……」


 キル子はキレやすい性格だ。年下にここまで言われて受け止めるだけの広い心は、最初からキル子はもっていない。よって少々、このクソ生意気な小娘にお灸を据えてやろうと思った。


「表へ出な! 断罪レディがお仕置きをしてやるよ」


キル子が音子ねこにお仕置き!?

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