ブック・オブ・ザ・リバティ
第12話これにて終了。
長編でしたが無事、終えることができました。
「な、何だと! 魔夜を人間界に? ならん、ならん。大事な娘をそんなところへやれるものか!」
閻魔大王のこめかみに青筋が現れる。温厚な閻魔大王も娘の魔夜のことになると、制御が効かなくなるのだ。頭から湯気を立てて、怒り始めた閻魔大王。
そこへ兵を連れて戻った秦広王が現れた。1万の軍勢をほとんど失った彼だったが、右京が都に侵入したと聞いて慌ててやって来たのだ。この侵入者を自分の手で始末しなければ、この大失態は取り消せない。
「大王様、この者の与太話など聞いてはなりません。魔夜様を人間界になどもってのほか。この長い黄泉の国の歴史で人間界において修行した者など一人としておりません」
「あ、ビリビリのおじさんでゲロ」
「ゲゲゲ……カエル娘!」
秦広王は魔法の力でゲロ子が放った電気玉で気絶したことを思い出した。自然と足が震えてくる。ゲロ子に築き上げてきたプライドを全てぶち御壊された格好になっているのだ。これ以上、恥をかかされるわけにはいかない。
「秦広王よ。この者は人間界から来た勇者である。お前の日頃から言っているきまりに従えば、丁重にもてなすべき客人だ」
閻魔大王は魔夜のことでカッとなった自分をクールダウンさせてそう言った。この男は自分のいいつけを守らず、右京を襲い、無様な目にあった男だ。
「この者はこの黄泉の国を滅ぼす者。ここでこの私が成敗を致します」
そう言うと秦広王は剣を抜いた。その刀身は黒く、不気味な気配を漂わせている。この黄泉の国では生者に対しては一切の危害を加えられない。それは実際の体が現実世界に残っており、目前の体はまやかしであるからだ。まやかしに攻撃したところで、ダメージは与えられない。
しかし、この黒い剣『冥府の剣』は違った。斬った相手の体がどこにあろうとダメージを与える魔法剣なのだ。秦広王は勝手に宝物庫に入って、この剣を持ち出したのだ。
「客人、気を付けよ。その剣は危険だ」
閻魔大王がそう右京に叫んだ。右京は急いで写真集を開く。この攻撃には最後に残ったセクシー写真集の力を解放するしかない。
テーマは『嫉妬』 セクシーな鬼のお姉さんが色っぽい姿でベッドに横たわっている。
ちょっと、顔がピンク色に染まっている。
「とってもよかった」
「もう、あなたの奥さんに嫉妬しちゃうじゃない」
「えい、全部お返しして、あ・げ・る!」
魔法で受けた攻撃を全て跳ね返す『リベンジ』の魔法である。秦広王が右京に冥府の剣で放った攻撃は、すべて自分に返ってくる。嫉妬させることは、自分に返ってくる業なのだ。
「ぐわああああっ……」
自分で自分を攻撃した格好になった秦広王はその場で倒れた。重傷である。倒れた秦広王のポケットから金貨がジャラジャラと床に散らばった。ゲロ子が右京の方から宙返りすると、その金貨を拾い始めた。
「おい、見苦しいぞ、ゲロ子」
「主様、モンスターを倒した時に手に入れるゴールドでゲロ。これは正当な報酬でゲロ」
「おいおい、これはゲームじゃないぞ」
「ハハハハッハ~」
閻魔大王がこの一連の出来事を見て急に笑い出した。恰幅のよい大王が笑うとやはり王者の風格がある。
「そいつらの姿を見て自分が恥ずかしくなったよ。己の安っぽいプライドに縛られ、大局的に物事を見ることができない秦広王。そして金貨に目がくらみ、執着するそのカエル娘。わしも娘に執着するあまり、心が狭くなっておったわい」
「それじゃ、魔夜を俺に預けてくれるのを認めてくれるのですか」
「ああ。人間界には、ほら、なんと言ったか。昔、勇者が言っていた言葉を思い出した。そうそう、可愛い子には旅をさせろって言葉だ」
「お父様……ありがとうデス」
魔夜はそう父親に向かって感謝した。右京の下で修行することを認めてくれたのだ。賢明な大王は、今まで盲目的に娘を愛しすぎていたことを反省した。鎖で縛り付け、自由を奪うのはよくないことだと思ったのだ。
「ゲロゲロ……。ゲロ子はそれが言いたくて敢えて金貨を拾ったでゲロ」
「嘘つけ。それなら、そのポケットの金貨を返せよ」
右京のツッコミを無視するゲロ子。空中に飛び上がるとクルクル回転して、閻魔大王の肩に乗った。
「大王も父親として一つ成長したでゲロ。これで、一件落着でゲロ」
そう言って閻魔大王の後頭部をバシバシ叩いている。いくらなんでもやり過ぎだろう。周りの獄卒どもはそれを見てみんな凍りついている。それでも怒らない閻魔大王。つかつかと進み出ると右京に右手を差し出した。
「右京殿。魔夜を預ける。よろしく頼む」
「分かりました」
「あと、これはわしからの贈り物だ」
大王が目で合図すると巨大な犬が獄卒10人がかりで連れられてきた。ケルベロスのクロだ。
「わんわん」
「クロ!」
「ワンころでゲロ」
怪我の手当をして包帯で巻かれているが、さすがは地獄の番犬。回復力も早そうだ。閻魔大王はケルベロスを連れていけと言う。大事な娘である魔夜の護衛のための申し出だが、こんな巨大な犬を連れていったら、客が恐怖で寄り付かなくなると右京は大王に訴えた。クロには情がわいていたが、さすがに地獄の番犬を店先につなぐわけにはいかないだろう。
「心配するな」
そう笑うと閻魔大王はポンと杖でケルベロスの体を叩く。すると、みるみる小さくなる。3つの頭も1つになった。どう見ても黒い子犬だ。だが、ただの犬ではないところもある。ワンワンと吠えていたケルベロスが、急にボッっと火を吐いた。ゲロ子のお尻に火がつく。
「アチチチでゲロ。このワンころ、火を吐くでゲロ」
お尻を地面にこすりつけて消し、慌てて右京の後ろへ隠れるゲロ子。
「このケルベロスは、悪の心をもつ者には天誅を下すのだ」
閻魔大王にそう言われてしまうゲロ子。ゲロ子の場合、ケルベロスには近づかない方がいいだろう。
こうして右京は魔夜を伴って、人間界に帰ってきた。帰りは獄卒が担いだ駕籠に乗ってあっという間であった。店に戻るとクロアは元に戻っていた。くしゃみをすると5歳児になってしまう後遺症が残ったのはご愛嬌というものだろう。
(またくしゃみをすると元に戻る)
人間界に留学することになった魔夜は、現在、月海亭のコンシェルジュデスクで生き生きと働いている。黄泉の国とは違った仕事で毎日が楽しいという。何よりも、毎日、ゲロ子のアイスが食べられるのが一番うれしいのだ。
右京とゲロ子は、道具屋『ダイフクヤ』のエヴァが急な心臓発作で亡くなったということも聞いた。ダイフクヤの傘下支店はみんな独立したという。息子のエジルは本店の道具屋を細々と続ける傍ら、離婚した妻とよりを戻し、今は趣味で絵を描いているということだ。
そして、エヴァの邪魔がなくなった『カクヤ』のジョセフは、めでたく携帯食料専門店を伊勢崎ショッピングモール内に開店することができるようになった。彼の妹のサリナも越四郎との仲が進むことになろう。
さて、黄泉の国の秦広王である。彼は1万もの軍勢を率いながら右京一人にやられ、さらに勝手に持ち出した冥府の剣で、右京を襲ったのに無様に負けたことで、大きく信用を失ってしまった。そのことは、彼への支持の低下につながり、閻魔大王に取って代わるどころではなくなってしまったという。
右京がもっていた『七つの大罪 セクシーウィッチ写真集』はどうしたかって?
閻魔大王が是非、売ってくれと申し出たけれど、右京は売らなかった。なぜなら、既に予約で売る相手が決まっていたのだ。売り先はイヅモの国の図書館秘書アリア。
題名はともかく、黄泉の国で無双した魔道書ということで、3万Gという高値で図書館が買い取ったのだ。今もイヅモの図書館に行けば、『貸出不可』『閲覧不可』という看板の後ろに、厳重に鍵をかけられてガラスケースに保管されているその本を見ることができる。
タイトルは『ブック・オブ・ザ・リバティ』
中身は稀有な黄泉の国のグラビア写真集風の魔道書であるが、父親からの自由を勝ち取った娘の話とともに、黄泉の国を駆け抜けた伝説の魔道書として長く言い伝えられるだろう。
「主様。何かかっこいいようで、カッコ悪いでゲロ」
「ゲロ子、それは誰もが思っていることなのに、お前が言うなよ」
「それがゲロ子の存在意義でゲロ」
収入
本の売却 30000G
拾った金貨 10G
支出
本の買取り 100G
ブーツの制作 80G
缶詰試作材料 30G
計 29800Gの利益。
「儲かり過ぎて笑いが止まらないでゲロ」
「ゲロ子、結局、お前、金貨1枚くすねたのか?」
「わんわん……ボウッ!」
「ア、アチチチ……お尻に火がついたでゲロ。クロ、火を吹くなでゲロ!」
第12話 完
第13話望郷の杖・リセットスタッフは30日公開予定です。




