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伊勢崎ウェポンディーラーズ ~異世界で武器の買い取り始めました~  作者: 九重七六八
第12話 黄泉の書(ブック・オブ・ザ・リバティ)
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独裁者の死

「利益率が20%も落ちているとはどういうことだい? これじゃあ、うちとの暖簾分け契約に違反するじゃないか」

 

 今日も「ダイフクヤ」の総帥エヴァは、傘下の道具屋チェーン店を視察している。それは視察という名のいじめで、経営者を励ますどころか脅しで締め付け、やっと稼いだ利益を奪い取るものであった。


「しかし、エヴァ様。エヴァ様が売れるとおっしゃって、ダンジョン用の魔法のマッチを大量に仕入れたのです。その設定価格が高過ぎて売れなかったのです。それが足を引っ張っての今月の決算なんです」


 チェーン店の店主はそうエヴァに訴える。この道具屋は全財産をはたいて出した店だ。エヴァの『ダイフクヤ』の傘下で商材をスムーズに納入させてもらう代わりに、暖簾料と称するロイヤリティを支払うのだ。それは売上金の20%という高額でしかも上限は無限だが下限には最低保証ラインというのがあり、売上金にかかわらず、一定額のロイヤリティを支払わないといけない契約であった。


 最初は大手の道具屋で商品が安く手に入ることや、宣伝効果が大きいこともあって、『ダイフクヤ』の傘下でよかったと思ったのだが、すぐにそれが間違いであったことを知った。まず、売上金の20%が高額であった。利益ではなく、売上金なのだ。


 親会社である『ダイフクヤ』は商品を卸すところで利益を得、さらに売上金の2割を問答無用で持っていくのだ。そして、最も納得がいかないのは、自分でこれが売れると思ったものを自由に仕入れることができず、エヴァが決めた本部の意向に沿わないといけない点である。


 道具屋は店のあるエリアで売れ筋の商品が若干異なるのだ。町の中心にある場合は、町の住人も利用するために生活必需品を多く仕入れる。逆に冒険者が多く滞在している場所は、薬草や毒消し、松明などの冒険必需品を数多く仕入れる。


 この店主の店の場合は、行商人が比較的多いために移動時に使う雨よけのコートや狼よけの松明、水や携帯食料などの旅グッズが必要なのに、エヴァの指示はそれに対応していなかったのだ。店のレイアウトも自由に変えることもできなかった。


 これでは自分が経営しているという実感がわかない。自分の全財産でエヴァの支店を作らされ、奴隷のように働かされている感じだ。


「それじゃ、なにかい? このわたしのせいだというのかい? 自分の努力が足りずにわたしのせいにしようというのかい?」


 エヴァは白髪交じりの髪を逆立てて、怒りを露わにする。60才を超えた老婆なのに声が異様にでかい。金でできた入れ歯が落ちるのではないかという勢いで口を開けて罵倒する。


「ろくに働きもしないで、売上が落ちたら本店のせいにする。あんたらはいいよ、気楽で。こっちはね、傘下の店全部を仕切っているんだ。文句を言う暇があったら、働くがいいさ」


「利益が出ないのでアルバイトも雇えないのです。妻と私で一日、14時間働き詰めなのです」


 店主は疲れた表情でそう懇願する。もうヘトヘトに疲れているのだ。エヴァの方針で道具屋は深夜営業を強いられている。さらに休みは1週間に一度もない。年中無休が『ダイフクヤ』グループのモットーなのだ。


「14時間だって? まだ、10時間もあるじゃないか。深夜11時まで営業だなんて言ってないで、24時間営業してもいいんだよ。女房と交代でやればいいじゃないか!」


「そ、そんな、殺生な……」

「それとも契約不履行で違約金を払って脱退するかい? そうしたら、このダイフクヤと商売敵だね。商品の仕入れなど一切できないと思うがいい」


 エヴァはそう勝ち誇った。所詮、傘下の支店や納入業者は全て自分の奴隷なのだ。死ぬまで働いてエヴァに金を貢ぐ存在。蜂で言えば、エヴァは女王蜂。あとは死ぬまで働き続ける働き蜂なのだ。役に立たない者は切り捨てる。それがエヴァの非情なまでの経営哲学なのだ。


「母さん、いくらなんでも、それはひどいんじゃ……」


 エヴァについてきた息子のエジルは、大きな体に似合わない小さな声でそう母親に意見した。愚鈍でなんの取り柄もない男だが、さすがに母親のすることは酷すぎると思ったのだ。これまで母親の言いなりで、子供ができないという理由で妻と無理やり別れさせられたり、社長なのに経営には一切口出しをさせてもらえなかったりといつまでも子供扱いされていた。


 40を超えた男だが、さすがに最近の母親のすることはえげつないと思うようになったのだ。思えば、自分の人生もこの母親の鎖にがんじがらめに縛り付けられ、指一本すら動かす自由を与えてもらえなかった。


(母さんに縛り付けられた俺の人生。俺は一体、何のために生きているんだ……)


 エジルの中で急に膨らむ母親への不満。それは40歳代になってようやく気付き、制御できないほど膨らんでいることを自覚した。今こそ、『自由リバティを』と心の中で誰かが叫んだ。もしかしたら、『自由を……でゲロ』と聞こえたかもしれない。何かが背中を押す瞬間であった。


 初めて自分に対して口ごたえしたエジルをエヴァは憎しげに睨みつける。大抵の者はこのエヴァの猛禽類のような睨みに萎縮し、ひれ伏してきた。


「あんたまで、私のやることにケチをつける気かい! お父さんが死んでこれ幸いとばかりに店の権利を狙う輩から、このダイフクヤを守ってこれたのは誰のおかげだ。私だ。私がいなければ、ダイフクヤは解体されていたさ。今のダイフクヤの力はどうだい。道具屋ギルドの中枢で押しも押されぬ大店さ。それをエジル、お前は息子なのに分からないのか! この裏切り者め!」


 母親の怒号にエジルはビビったが、それでも勇気を振り絞って本音を話そうと思った。目には涙が浮かんでくる。


「母さん……俺は道具屋なんかになりたくなかったよ。俺は元々、絵が好きなんだ。本当は画家になりたかったんだ」


「ふん。馬鹿か、お前は。お前なんかに絵の才能なんかないさ。40過ぎて何が画家だ。お前は黙って母さんの言うことを聞いておればよいのだ。もうすぐ、若い嫁も世話してやる。その娘とダイフクヤの跡取りをこさえるんだ」


 乾パン製造の小さな工場である『カクヤ』への嫌がらせは度を越していた。取引先の食品問屋に圧力をかけて、原材料の供給ルートを絶ったのだ。零細企業である『カクヤ』が干上がるのは間違いなく、妹を差し出すのは時間の問題と思われた。


「やだよ。俺は前の嫁さんのほうがいい……」


 前の嫁もエヴァに無理やり結婚させられた女性であった。無理矢理ではあったが、気立ての優しい女性でエジルは愛していた。10年も連れ添ったのにエヴァは子供を産めないという理由で離縁させられたのだ。


 エジルは母親に隠れて、元妻に仕送りをし、密かに会っていたのだった。それをエヴァにぶちまける。母親に対する反乱だ。自由を得るための反乱だ。思えば、子供の頃、仲の良かった友達が貧しい家の出だと知って、友達にふさわしくないと言って友達の親に圧力をかけて絶交させたこと。同じ年の友達と遊ぶことすら許されず、子供の頃から商売の勉強をさせられたこと。年頃になったときには、好きになった女の子が、商売上なんの得にもならないと言われて別れさせられたこと等、数々の嫌な思い出が浮かんできた。


「俺は母さんの奴隷じゃない! もう俺を縛らないでくれ!」


 エジルは叫んだ。息子の豹変にエヴァは言葉を失ったが、それでも体の奥底から吹き出してくる怒りの炎が全身を焼き尽くす感覚に囚われた。まさに消えようとするロウソクの炎が一瞬だけ大きくなるようなそんな感覚で、エヴァは口を開いた。


「あんたという子は! うっ……」


 エヴァは急に心臓を押さえた。そしてかきむしるように苦しみ、膝をついた。

「か、母さん!?」


 エジルは、白目をむいて倒れた母親を抱きかかえる。もう心臓は止まっていた。老齢で弱っていた心臓に怒りから来る急激な血圧の上昇が襲ったのだ。耐え切れなくなった心臓が悲鳴を上げてついに停止した。いわゆる憤死というものだ。


 人の死というのは普通、悲しみとともにあるものだが、エヴァの死は息子のエジルを始め、ダイフクヤの従業員、傘下の加盟店からきつい鎖から解放されたという安堵の気持ちの方が強かった。エヴァの死は自分たちにもやっと運が向いてきたと思わせる出来事だったのだ。


「どうもしないでゲロ、知らないでゲロ」

 小さなくしゃみで多くの人に自由をもたらせたゲロ子。だが、ゲロ子らしく、きれいさっぱりやったこと(くしゃみで寿命のロウソクの火を消してしまったこと)は忘れてしまった。今も右京の肩に乗ってゲロゲロ言っている。



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