怠惰・強欲・憤怒…そしてくしゃみ
黄泉の国へ足を運んでから、主人公、無敵の最強状態。
だけど、何だか、カッコよくないのは武器に問題があるからだろう。
黄泉の国の中心部を出発した秦広王は、実に1万という軍勢を率いていた。たった一人の亡者退治に過剰な兵力であるが、これはある思惑があってのこと。亡者退治を名目にして軍隊を動員し、油断しているところを反転して都を攻撃し、閻魔大王を葬ろうというのだ。
都の守備隊はせいぜい2千程度であるし、勢いに任せて率いている軍勢を我が物にすることを画策していた。既に一万のうち、半数の将軍は買収していたし、残りの半分はどっちが勝つか日和見している連中である。自分の有能さを見せつければ、簡単に味方となるだろうという計算だ。
「秦広王様。ケルベロスを連れているとはいえ、この人数は少し大げさ過ぎませんか?」
部下の一人がそう秦広王に話しかける。秦広王に心酔している部下だが、あまり有能ではない。主君の思惑を理解できないでいた。
(ふん。私の周りはこんな奴らばかりだ。扱いやすいがいざとなった時には役に立たない)
「ケルベロスの戦闘力は侮れない。私は小さな虫にも全力で立ち向かう。だから、常に勝率100%なのだ。100%でなければ戦わない。そして、私は常に100%にする知略があるのだ」
「おお……。さすが、秦広王様」
部下や兵士が賞賛をする。本当に賞賛している者もいるが、内心は疑っている者、カッコつけすぎじゃないかと思っている者など様々だが、今は流れに身を任せている。
「秦広王様。前線から伝令が。ケルベロスを連れた一行を発見したと!」
「よし、半円に隊列を変更。その者を取り囲め」
秦広王の命令で一万もの軍勢が右京たちを取り囲む。黒々とした黄泉の兵士が前方から土煙を上げて現れ、それが左右に分かれて自分たちを取り囲むように移動するのを右京は見た。
そして、その中央から燃えるような赤い毛の馬に乗った指揮官が出てきた。
「そこの亡者よ。止まるがいい。貴様はどうやってケルベロスを従えたのだ?」
右京には怖れがない。黄泉の国の住人は自分には一切ダメージを与えることはできないとわかっているからだ。いわば、勝利を約束された戦いである。無敵状態で戦うゲームみたいなものだ。
「あんたが大将さんか? 無駄な戦いはしたくない。そちらに魔夜という女の子はいないか? 俺は彼女に会いたいだけなんだ」
右京はそう叫んだ。黄泉の国に来たのは争うためではない。目的はクロアの幼児化を解消する手立てを教えてもらいたいだけなのだ。だが、気位の高い秦広王にはその想いは届かない。
「魔夜だと? 現大王の息女に用事があるのか? 無礼者め。亡者の立場でわきまえろ!」
「わきまえろだって? 随分と上から目線ですね。黄泉の国は随分と礼儀がない国だ」
秦広王にとっては、亡者は奴隷以下、虫けら同然のものである。そんなものから罵倒されて怒りがフツフツと沸き起こった。そんな心理状態だから、亡者にしてはおかしくないかという素朴な疑問も浮かばない。
「ふん。亡者と言い争う気はない。者共、まずはケルベロスだ。その裏切り犬を殺せ!」
秦広王がそう命じると、3方向からケルベロス目掛けて槍が雨のごとく降り注ぐ。それはケルベロスの体に容赦なく突き刺さる。
「うおおおお~ん」
悲痛の咆哮をあげるケルベロス。
「ク、クロ。クロになんてことするんだ!」
「ヒドイでゲロ!」
頭3つの恐ろしい犬だが、ここまで旅をしてきて情がわいた右京とゲロ子は怒った。槍は右京の方にも飛んでくるが、右京の体をすり抜けていく。
「主様、これはセクシー魔道書でお仕置きでゲロ!」
「おう!」
右京は写真集を開く。テーマは『怠惰』。綺麗な鬼のお姉さんが、片手に酒を持ってグテグテに酔っ払っている写真が出る。服も乱れていてかなり酔っ払ってしまった感じだ。見るからにエロっちい。
『あ~ん。わ・た・し、酔っちゃたみたい』
『もう何もしたくない。ねえ、一緒に仕事、さ・ぼ・ろ・う・よ』
右翼の軍団に属する兵士がバタバタと地面に寝っ転がる。動きが緩慢で表情はだらしない。仕事を全くやりたくなくなる魔法『メガテリウム』が発動したのだ。これを受けると1週間は働きたくなくなるのだ。秦広王は慌てた。
「ど、どうしたんだ! 畜生め。左翼と正面であの亡者をねじ伏せろ!」
「次、次の魔法!」
右京はページをめくる。テーマは『強欲』これまた綺麗なお姉さんが左手にもったナイフをエロっぽく舐めている。右に持ったナイフはこちらに突きつけている。なぜか、ビキニ水着姿なのかは意味不明だ。
『お金も服も全て置いていくのよ。全部、わたしがもらって、あ・げ・る』
「そう、そのパンツもよ。全部、ぬ・ぎ・な・さ・い」
「おう~っ」
「ひやっほう!」
右側の軍勢は装備がすべて消えてしまった。兵士全員、すっぽんぽんだ。身につけているものを全て奪い去る魔法『デスポイル』が発動したのだ。
急に丸腰になって立ちすくむ兵士。指揮する将軍も丸裸だから、叱咤激励することもできない。
「わあ~っ。化けもんだ!」
「逃げろ~っ」
化物と黄泉の国の住人に言われるのは心外であるが、まだ、中央の部隊がいる。さらにページをめくる右京。
テーマは『憤怒』。綺麗な鬼のお姉さんがセクシーなネグリジェ姿で怒っている。新婚夫婦なのに夫の帰りが遅くて、待ちくたびれて怒っているシチュエーションみたいだ。
「もう、今朝、約束したのに、今、何時だと思っているの!」
「もう今晩は寝かさないから! プンプン」
プンプンと怒ったのは傍らのゲロ子。この魔法は怒りエネルギーを高めて巨大な電撃に変えて口から発射するのだ。ゲロ子が魔法で操られて大きな口を開ける。そこに小さな電撃の玉が現れ、みるみるうちに巨大化していく。
「行け~っ!」
巨大な電撃の玉が前方に飛んでいく。そして、それが弾けると正面から突撃する兵士が感電する。ビリビリと痙攣してみんなその場で倒れた。気絶してしまったようである。秦広王も無様に気絶してしまった。
「おい」
「は、はい~っ」
「お前たち、まだ俺と戦うか?」
右京は裸でうずくまっている鬼の兵士に話しかける。
「め、滅相もございません。降伏します」
1万もの軍勢を一瞬で戦闘不能にした右京に鬼がビビっている。怒らせたら何をされるかわからないのだ。降伏してその命令に従わないととんでもない目に合いそうだと思った。右京にはその気持ちは全くないのだが。
「クロを手当してやってくれ。それと俺たちを魔夜のところへ案内してくれ」
「ま、魔夜様に……ですか?」
「魔夜を知っているでゲロか?」
「魔夜様は大王様のお嬢さまです。この先の門で窓口係として働いておられます」
そう裸の鬼はそう答えた。1時間ほど歩けば着く距離らしい。右京は鬼どもにケルベロスのクロを手当させると、全員でクロを運ばせた。500人ほどでスクエア隊形を組ませて、頭上に持ち上げさせて運ぶのだ。真っ裸の鬼の軍団に運ばれるケルベロス。町で医者に見てもらうつもりだ。
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「はあ~っ。つまんない、つまんない、つまんないデス!」
魔夜は朝から何度もそう叫ぶ。黄泉の国の門で窓口業務をするのが魔夜の務め。窓口業務で何をするかというと、やって来た亡者をここで裁くのだ。大王である閻魔大王が裁くのは極悪人のケースで、簡易なケースの場合、この入口の窓口で魔夜が判断するのだ。
とは言っても、極悪人の可能性がある亡者は胸が赤くなっているので、一目見るだけで本庁送りだと分かる。そんな奴は1000人に一人いるかどうかなので、ほとんど魔夜が裁くことになる。
裁き方はこうだ。窓口に来た亡者に名前と死んだ年齢を聞く。それを札に書いて亡者の額に貼ると心臓が輝いて外へ飛び出してくるのだ。それを掴んで天秤に載せる。片方には極楽鳥の羽が1枚乗っている。心臓が羽よりも軽い場合は、罪なしの善人ということで、黄泉の国の町へ通される。
この町で暮らして待機し、時期が来たら人間に生まれ変わるのだ。羽よりも重い場合は傾き加減で人間以外に生まれ変わる。よくて犬や猫。馬や羊、中には虫に生まれ変わる者もいる。
ちなみに極悪人の疑いで閻魔大王に裁かれて、有罪が確定すると魂ごと消滅させられる。二度と生は受けられないのだ。
「あ~ん。お父様のバカ。ほとんど窓口に仕事を押し付けやがってデス!」
魔夜がぼやくのも仕方がない。こんな生活を何百年と続けているのだ。たまには人間界に行って遊んでも罰は当たらない。にもかかわらず、先日、逃げだしてみたものの、すぐに捕まって連れ戻された。もっと、あのアイスクリームを食べてみたかったのにだ。
「おい、魔夜、ここにいたのか?」
不意に亡者に話しかけられて魔夜は驚いた。オレンジ色のくせっ毛がぴょこんと跳ね上がった。
「あ、あなたは右京さんデスね!」
「探したぞ、魔夜。お前、ここで何してるんだ?」
「家出したのデスけど、捕まって今は強制労働中デス」
見ると魔夜の首には首輪がしてあり、鎖でつながれている。大王が二度と逃げないように取り付けたのだ。
「ひどいな、お前の親は」
「ここで何をしているでゲロ?」
「窓口業務デス。ここで亡者を裁くのデス」
魔夜は並んでいる顔色の悪い亡者の顔を眺めた。一応、窓口は魔夜だけではないようだが、忙しいことには違いない。
「右京さんは、なぜ、こんなところに来たデスか?」
「お前の持ってきた本あったろ? あれで俺の友人が子供になってしまったんだ。元に戻す方法は知らないか?」
「やっぱりデスか。なんかの魔法がかかってるから気をつけてとは言ったけれど、よほど、魔力の高いものがかけた魔法デスね……。まさか、お父様が!」
どうやら、魔夜には心あたりがあるらしい。子供になったということは寿命に関係しており、元に戻す方法は宮殿にある寿命管理室へ行く必要があるという。
右京は魔夜がつながれている鎖をちぎった。セクシー写真集でぶっ叩けば、鎖は簡単に壊れた。生者である右京はこの黄泉の国では最強なのだ。
寿命管理室というのは、広大な部屋に火をつけられて燃えているロウソクがある部屋だ。野球場ほどの広さに無数のロウソクが並べてあるのだ。全く、ベタな光景であるが、見れば幻想的な光景で思わず息を飲んでしまう。
「このロウソクの残りの長さが寿命を表すデス。長ければ子供。短ければ老人デス。消えてしまえば、寿命を全うしたことになるデス。つまり、デス」
「デス(死)? って、ギャグか? それは?」
「何を言ってるのか、分かりませんデス」
説明しながら魔夜は数多くのロウソクからクロアのロウソクを見つけた。それは長いロウソクである。隣にもう一本。クロアと書かれたちょっとだけ短いロウソクがある。
「こちらに火を移されたようデスね。火を移せば元に年齢に戻りますが、ちょっとしたきっかけで、隣のロウソクに火が移る可能性もありますデスね。魔法で2本のロウソクができてしまったので、これは体質として残ってしまうデス」
「体質って、じゃあ、クロアは何かのきっかけで5歳に戻ったり、19歳になったりするということか?」
「そういうこともあるということデス」
「でたらめでゲロ。それにしてもそんな後遺症がクロアに残るのは傑作でゲロ。あの発情バンパイアもたまには子供になればいいでゲロ」
「おい、ゲロ子、クロアの悪口言うなよ」
「そのくらいは許されるでゲロ。こっちはあの発情バンパイアのせいでこんなところまで来たでゲロ」
「ハ、ハ、ハクション!」
「クロアちゃん、寒いの?」
「ううん。寒くないよ、ホーリーお姉さん」
小さなクロアそう首を振ったが心の中は別のことを考えていた。
(どうせ、あのクソカエルがクロアの悪口を言ってるんだよ。あのカエル、帰ってきたら、しばいてやるから。それにしても、ダーリンはやっぱりクロアの見込んだとおりだよ。愛するクロアのためなら黄泉の国へも行っちゃうのだから……)
そう小さなクロアは体だけが小さくなっても、精神はそのままだったのだ。右京が小さい自分に右往左往している様子を見て、ちょっと試してやろうと思ったのだ。小さい子になったつもりで甘えると右京は元に戻そうと奔走して、今は黄泉の国まで出かけている。本来ならクロア自身で出かけていって解決すればよかったのだが、ここは右京の男気を試したのだ。結果はクロアの期待通りであった。
「ハ、ハ、ハ、ハクションでゲロ!」
不意にゲロ子がくしゃみをした。誰かがゲロ子の悪口を言っているに違いない。
「気をつけてくださいよ。くしゃみで火が消えることなんか滅多にないけど、消えないという保証もないデスから」
そう魔夜が注意する。魔夜の方はゆっくりとクロアのロウソクの火を元のロウソクに移し替えていた。火は移ると勢いよく燃え出した。
ゲロ子は魔夜に言われてマズいと思った。実は目の前にあった小さなロウソクの火がくしゃみしたとたんに消えてしまったのだ。
(マズイでゲロ。短いロウソクで今にも消えそうだったでゲロが。くしゃみで消えてしまたでゲロ)
ゲロ子はそっと魔夜に聞く。
「消えてしまったらどうなるでゲロか?」
「消えた瞬間に死んでしまうデス」
「そ、そうでゲロか? もし、仮に消えたら隣の火を移せば復活するでゲロか?」
「それはないデスよ。まあ、消えてもそれが運命ということですよ。よほど、運がないか、よほどあくどいことをしたから消えるのデス」
「そ、そうでゲロか……」
ゲロ子の声が上ずって、脂汗をだらだらと流している。
「どうしたゲロ子?」
「どうもしないでゲロ、知らないでゲロ」
ゲロ子は忘れることにした。くしゃみで消えたがそれも寿命ということなのだ。
ちなみにロウソクには『エヴァ』と書かれていたことをゲロ子は知らない。
ゲロ子ナイス?




