悪魔の鎧戦士
「ゲロゲロ……。ギルドのモンスター辞典に1週間前に記録。読み上げるでゲロ」
「ああ、頼む」
「名前、悪魔の鎧戦士。耐久力、攻撃力とも謎。推定Aランクモンスター。1ヶ月前にラノンの地下迷宮に現れる。まだ、倒した者はいないでゲロ」
右京とゲロ子はキル子の冒険者パーティに参加している。キル子のパーティはエリア7という名で、リーダーの戦士の男、魔術師の女性、シーフの男で構成されている中堅冒険者チームだ。
ギルドによるランク付けはBで5段階ある位置づけで上から3番目とそこそこ強いメンバーが揃っていた。素人の神官見習いのホーリーと全く戦闘をする気がない商人の右京、戦闘力皆無の使い魔ゲロ子が町を出て、この迷宮の地下4階まで来られたのは、パーティの総合力のおかげであろう。
特にリーダーの男は30歳のベテラン戦士で、大きなウォーハンマーを武器に襲ってくるモンスターを軽く撃退してきた。男の名前はエイブラムスと言って、180センチの大男。プレートメイルをがっちり着て、いかにも戦士といういで立ちだ。チームのリーダーらしく、いつも戦闘では指示を出し、先頭に立って戦う。強さもキル子に負けず、劣らずの技量だ。
シーフの男は中年で40過ぎのおじさんだ。名前はハンス。冒険者というより、羊でも飼っていそうな小柄なおじさんだが、罠外しの技能は確かでこの面ではこのパーティでは欠かせない。魔術師の女の子の名前はルナ。肩まである髪を二つに編んでいるメガネっ娘だ。黒いウィザードハットとマントにメイジスタッフといかにもといった格好だが、まだ初心者ということだ。いくつかの低レベルの攻撃魔法が使えるらしいが、残念ながら、ここまでは出番がなかった。大抵の敵はキル子とエイブラムスで事足りたからだ。
「ギルド発行の迷宮図鑑によると迷宮NO.38。ラノンの地下迷宮でゲロ。この迷宮は古代に作られた地下都市であろうと言われているでゲロ。現在、地下7階まで攻略されているでゲロ。攻略されたフロアは中級レベルまでの冒険者の格好の練習場でゲロ。ここで経験値とモンスターが持っているお宝をゲットするでゲロ」
パーティ一行は3時間前からこの地下迷宮に潜入していた。現れるモンスターを倒しつつ、例の鎧戦士のモンスターが陣取る場所へと向かっていたのだ。
「その地下迷宮の4階。5階に降りる階段通路にその悪魔の鎧戦士がいるんだ。人間が5人並んで通れる幅で天井まで5mの通路だ。背後に回り込んで包囲する攻撃は難しい」
そうエイブラムスが解説する。ゲロ子の情報は冒険者ギルドの公式記録から抜き出した一般的なもので、実際に鎧戦士と戦った彼の話は参考になる。
「右京は危ないから、戦闘になったら後方に下がって待機するんだぞ」
キル子がそう右京に忠告したが、最初から右京は戦う気はない。なぜ、このパーティについて来たかというと、ホーリーのことが心配だったことと、彼女が持つメイスが現在のところ右京の持ち物であるという理由だからだ。
ホーリーがそのボスキャラを倒すのに貢献し、見事、神官任用試験の受験資格が得られる1000ポイントをゲットすること。この町でも噂になる悪魔の鎧戦士をホーリーの武器で退治できれば、メイスの価値は数段上がるだろう。それをこの目で見るために一緒についてきたのだ。
「なあ、キル子。ホーリーには例の攻撃スタイルだけを散々に練習させたけど、あれだけで本当にいいのか?」
「ああ。短期間でいろいろは習得できないよ。それにあの鎧戦士には、あの3連擊をかませる隙があるんだ。タイミングさえあれば、ホーリーはポイントを稼ぐことができるよ」
「そうだといいが……」
心配そうに言う右京になぜかイラついてしまうキル子。成り行き上、ホーリーの手伝いをしているキル子だが、元々はホーリーとは関係ない。それを助けようとしているのは、あくまで右京のためなのだ。
ホーリーは3日前に冒険者ギルドで冒険者として登録している。彼女が首から下げている記録用のペンダントには、まだポイント数は0のまま増えていない。ここまで来る間に一度も戦闘に参加してないのだ。戦闘訓練をキル子に1週間受けたとは言え、全くの素人であるし、特訓も鎧戦士だけに通用する技しか教えられていないのだ。雑魚モンスターと戦って負傷でもしたら意味がないからだ。
仲間を説得し、ここまでホーリーのために骨を折ってくれる霧子・ディートリッヒ。口は悪いが根は優しい女の子だ。先頭をパーティリーダーのエイブラムスと一緒に突き進むキル子こと霧子は、後ろから付いてくる右京にこれまでいいところを見せられて、うきうきしていた。彼とこんなに一緒に過ごすのは初めてだし、昨日は野宿でお手製のスープを振舞うことができた。
(キル子、このスープすごくうまいよ。料理上手だな)
(そ、そんなことない。冒険者なら誰でも作れるさ)
(これならいつでも俺の嫁になれるな、マイハニー)
(ふふふ……。右京こそ、あたしのマイダーリン)
「気持ち悪いでゲロな。欲求不満で妄想でゲロか? どうせ主様と乳繰り合っている妄想でゲロな。これだからビッチはいやらしいでゲロ」
ゲロ子に突っ込まれて霧子は我に返った。先頭に立って歩いているのに、つい後方からついてくる右京のことを考えてしまい、最近のキル子ブーム。(新婚妄想)をしてしまった。
「ち、違うわ!」
「じゃあ、なんの妄想をしていたでゲロか?」
ゲロ子はニヤニヤしてキル子を追求する。キル子は一瞬言葉を失った。このカエル娘、自分の心の中を読めるのではないかと思ってしまう。それでキル子は、(妄想などしていない)とズバリ言えばよかったのに、ズバリとゲロ子に言われたので、つい口からで出まかせを言ってしまった。
「これから悪魔の鎧戦士を血祭りに上げることができるかと想像すると体が興奮してしまっただけだ」
「本当でゲロか~?」
「本当だとも」
「その割には顔が赤いでゲロ。妄想だけでイってしまうとは、とんだビッチでゲロ」
「うるさい! カエル女、ぶっころずぞ!」
キル子とゲロ子がいつものじゃれあいをし始めると、(シッ!)と先頭のエイブラムスがそれを制した。
「目的地についたぞ。相変わらず、階段をがっちり守ってやがる」
5階への階段の入口にその無機質な戦士は立っていた。古風な金属製のスーツアーマーで色は黒。生命の気配を少しも感じさせない戦士。2m近くあるその巨体で通路を塞いでいる。持っている武器は巨大なバトルアックスである。渇いた血がどす黒くこびりつき、気味が悪い。血で錆びてボロボロな感じだ。遠目で見ても程度が悪そうで、売り物にはならないと右京は思った。
(しかし……。あんなの倒せるのか?)
右京は正直、あんなモンスターと戦うことなんて自分にはできないと心の底から思っている。怖いし、ダメージを受ければケガをする。ケガどころか死んでしまう可能性だってある。今回も後方で戦闘を見ているだけで十分だと思っている。
「いいかい? ホーリー。教えた通りのタイミングで殴ればいいから。何も考えずに体に染み込ませた動きをするだけだ」
「は、はい。分かっています」
ホーリーは震える両手を何とか抑えようとしていたが、心の中まで侵入してくる恐怖心は抑えることを拒んでいた。だが、ビビっていては自分の未来は開けない。子供たちの未来もだ。ホーリーはすっと息を吸い、そしてゆっくりとはいた。不思議と気持ちが落着いてくる。
背中に背負ったメイスを降ろし、布で包まれた白銀の輝きをもつ聖なる武器を解き放った。ホーリーが両手で握り、構えると一層輝きが増してパーティ全体を包み込む。メイスの持つ聖なる力による祝福の魔法が常時発動する。これはパーティ全体の防御力を高めると同時に戦闘力を若干アップする効果があるのだ。
「あ、ああん……」
ホーリーは思わず快感で声が出てしまった。聖なるメイスを握ると体全体が温かくなり、なんとも言えない気持ちよさが感じられるのだ。重量もあるはずなのに、華奢なホーリーでも軽々と持てるのだ。これはキル子でも体験できなかった経験で、ホーリーがこの武器との相性が抜群だという証拠であった。
「ホーリー、大丈夫か?」
顔がほのかにピンク色に染まり、モジモジしているホーリーに右京は声をかける。ホーリーは潤んだ目で右京を見る。手に持ったメイスに頬ずりして、舌を出して今にもそれを舐め回そうとするような勢いである。
「右京さん、私は何だか空を飛べそうなそんな気持ちです。とても気持ちよくて……。その、体の奥がジンジンして、体全体がフアフアするのです」
「魔法の武器は持ち主と同調するというから、このメイスはホーリーと相性がいいんだよ」
「ゲロゲロ……。相性がいいと攻撃力は数倍でゲロ。これ以上、ゲロ子に近づかないでゲロ」
ゲロ子は一度メイスに触ってひどい目にあっている。邪妖精のゲロ子はこの聖なる武器に触るだけで、ダメージを喰らうのだ。
「ホーリー、あたしらが奴の気を引く。ルナの魔法攻撃の後に生ずる隙を絶対に見逃すなよ。特訓の成果を見せるんだ」
「は、はい。霧子さん」
「運命を切り開くのは自分だけだよ!」
キル子はそうホーリーに向かって片目を閉じると、ガーディアンレディを振りかざし、鎧戦士に一撃を与える。だが、それは鎧に触れる寸前で弾かれた。続く、エイブラムスのウォーハンマーも同じく弾かれる。その様子を安全な後方から参観する右京とゲロ子。戦闘に参加するつもりは全くない。主人公にあらざる態度だが、右京はただの武器の買取屋である。モンスターを倒すのはその道の人に任せるのがよいであろう。
「直接打撃を無効化するなんて、チートな鎧だな。奴を倒してあの鎧を手に入れたら、高値で売れるな」
「主様はのんきでゲロな。この戦闘状態で金儲けの話とは」
「俺は武器の買い取り屋だぞ。タダであんな出物が手に入るのなら、超ラッキーじゃないか」
「残念だけど、あのモンスターの防具は人間には使えないでゲロ。奴が消滅したら、一緒に消滅するでゲロ」
魔界の生物は消滅すると存在そのものがチリとなる。それは体だけでなく身に付けていたもの全てに及ぶのだ。
「じゃあ、戦利品はホーリーの経験値だけってことだな」
キル子とエイブラムスが斬りかかって、鎧戦士の注意を引き付けると同時に、魔法の発動時間を稼ぐ役割があった。初心者魔術師ルナが発動した魔法。「ディスペル」魔法生物を消滅させる魔法だ。もちろん、ルナ程度の術者が唱えてもせいぜい、ウィルオーウイスプ(人魂)かスケルトン1体程度を消滅させる力しかない。かなりのベテラン術者でも目の前の鎧戦士は、消滅させることはできないだろう。高レベルの魔法使いか、宮廷魔術師、大神官クラスの力が必要だ。では、なぜ、ルナが試みたか……。
「いいか。ホーリー。あたしらが囮になって、奴の気を引きつけ、その隙に仲間のウィザードが(ディスペル)を発動する。ディスペルでは奴を倒すことはできないけど、5秒間奴は動けなくなるんだ」
キル子はそう説明した。町で特訓に入る前にホーリーに話したことだ。これは冒険者の間に噂になっていたことを前回の冒険で実際に確かめている。この5秒間に何ができるかで多くの冒険者は挫折していたが。
「5秒間?」
「そうだ。その5秒間に奴に3連擊をブチ込む」
そう言ってキル子はメイスを構えて、流れるように3発、敵を見立てた柱にぶちかました。この攻撃が鎧戦士に大ダメージを与える聖なる力を宿した武器ならば、効果は絶大であろう。キル子のお手本を真似して、ホーリーは1週間血のにじむような練習を重ねてきた。3連擊の練習のみを、その華奢な体に覚えさせたのだ。




